■ブランコ

「お前さあ〜、よくそんなトコに体入るな」
 細いとは思っていたが、まさか背もたれ付きのブランコに乗れるなんて。
 さすがに少し窮屈そうで、微妙に姿勢が斜めになっているものの、腰がすっぽり収まっている。
「そうか? 結構大丈夫なもんだよ。お前もやってみ」
「アホなコト言うなよ」
 呆れ顔の真夜を見上げて、マユトはブランコを揺らした。久しぶりにデートらしく可愛い光景だが、見とれていられない。
「ちょいやめとけ」
「ナニが?」
 いい年こいて何で児童公園なんか、と渋っていた割にまんざらでもない仕草。マユトはふわりと、次第に強く、ブランコを漕ぐ。髪が流れて闇に溶ける。
「やめろって」
「何でよ」
「んなキチキチでギコギコやってて抜けなくなったらどうすんだよ」
「大丈夫だって」
 入ったんだから出られるだろ、と今度はマユトが呆れた顔をした。
「ホラ、もう止まったから、これでいいだろ」
「お、おう。イヤ待て待てソコから出ろって」


「……」
 いつもは口うるさい自分の態度を煙たがるこの男が、なんでこんなに過保護なのか。やれやれとブランコを降りる。
「そんなに乗りたきゃコッチにもあんだろ」
 真夜は自分の左側を顎で示した。
「コレならヨユーで乗れるだろ」
 まあソレはそうだが、と思いながら通常タイプのブランコに腰掛けるマユト。
「向こうのが背もたれが付いててラクなんだよ」


「あー……」
 このものぐさ太郎が、と思うが仕方ないかも。この1年余り、仕事で鍛えられ、マユトはかなり頑丈になった。それでも頻繁に倒れそうになっていた頃の習慣が残っているのだろう。
 無意識に支えを求めて壁寄りに進んだりとかは、日々[にちにち]にもある。得物にスタッフを渡したのも、今ではベストチョイスだと思う。
 そんなことより、こうして楽しそうな姿を見られる事が何よりだ。
 家の中以外で、こんな子供っぽい姿が見られるなんて、思わぬ収穫だ。
 つい、誰かにさらわれたら、ケガでもしたら、なんて柄にもないことに腐心してしまう。
 可愛いマユト。誰にも渡さない。誰にも見せたくない。
 同じ公園なら、もっとムードのある記念公園……とかへ行かずに小さな町内付属の公園を選んだのはその為。パーソナルスペースの広すぎるマユトの為は当然のコトとして、自分の為。くつろいだ仕草を、独り占めしたいからだ。
 住宅街の真中、ぞうさんの滑り台なんかを視界に入れて、いかがわしい楽しみには及べないこともこの際どうでもいい。ここなら、他のカップルも来ないし、かなり高確率で二人きりだ。
 まあ、もっと根本的な理由もあるにはあるが。


「公園は禁煙だぞ」
 ライターの光を咎められる。仕方無しに、一呼吸分しか消費していないタバコを携帯灰皿へ放り込む。こんなアイテムだって、持つようになった自分。マユトは気付いていないかもしれないが、変えられたのは、自分もそうだ。
「ところで」
「なんだよ」
 1週間に1箱。散々小言を言われてここまで落としたペース。もうおこられたくはない。前に少し褒めてくれたけど、また、そういうコト言って欲しい。
「お前、今日は俺がびっくりするようないい肉食わしてくれるって言ったよな」
 確かに先月、いやもう10日ばかり前か、そんな約束をした。件の洋食屋に予約だって入れた。
「それが何で夜中の公園でドーナツ食って遊具で戯れてるかね」
「だってお前がさ、ドーナツなら甘いものでもいいって言うからさ、ちゃんとエンゼル買ってきただろ」
「ソレはうまかったけど」
「……」
 真夜は横を向いて呟く。
「しょうがないだろ金ねーし」
 食い物のことはいいけど、とマユトは前置きして言った。
「分かってるならもう仕事選り好みしない」
「何だよソレ」
「仕事自体は無いワケじゃないんだよ。お前が難癖付けて断るから暇なんだよ。どうすんだ来月家賃遅れたら大家さんウチ来るぞ」
「そん時ゃまたお前が出てくれたらさ、清純なミリキでイチコロだから」
 以前は悪ガキをどやしつける婆さんだった視線が、申し訳なさそうなマユトの態度で一変した。まあ確かに、ナニをして食っているのかうろんな若いのが住んでいたハズの部屋から、綺麗な子がいかにもしおらしく出てきたら強くは言えないか。
「人をペテン師みたいに言うな。別に芝居なんかしてないからな」
 人並みの事を言っただけだ、なんて少し膨らんだ頬は可愛かった。
「わかったわかった、そんな顔……たまにはいいけど」
「ふざけんな」
 マユトは怒った顔で小言を続ける。


「んなコト言ってもよ、同じような依頼ばっかじゃ飽きるんだよ」
「それだけその分野に定評が出来たってコトだろ。あの2時間で2万の仕事なんか滅茶苦茶良かったのに」
「な〜んでよ、犬のお守りなんてやってられっかよ。お前だって動物嫌いじゃん」
「そうだけど、仕事は仕事だろ。飼ってて毎日家にいるんじゃなきゃいいよ」
「わかったわかった、ソレよかさ、仕事って言ってもさ、猫探したりさ、昆虫採集したりさ、葬式の駐車場の番、コンサートのチケ取り、浮気調査……なんかもうウンザリじゃね?」
「今言ったの全部請けたら家賃払えただろうな」
「……だからよ〜」
「まあ、お前にもプライドがあるっていうのも考慮に入れるから」
「お、マジで?」
「お前の気に入る内容じゃなかったら俺一人で請けるよ。ハムスターの世話とか将棋の相手なら俺にも出来るし」
「却下」
「何だよ」
「……」
「ちゃんと、無理はしないから」
「んなコトじゃねえよ」
 ソレも心配だが、問題はソレじゃない。


「お前一人知らない家に行かせられるかよ」
「イヤ、そんなヤバい仕事は請けないから」
「ヤバくないトコロなんてないんだよ。ご隠居とか有閑マダムとか、セレブなビジネスマンとかさ、二人きりになって何かあったらどうすんだ」
「あるワケないだろ」
「お前は〜! 俺がどんだけ気が気じゃないか分かってねえな、お前を狙ってる狼がいないか、俺は四六時中ケイカイしてんだぞ」
「そんなもの好きお前くらいだよ……」
 真夜の半分セクハラな啓発トークは尚も続いたが、マユトは話半分にブランコを漕ぐ作業に戻った。
 何でコイツ、こんなバカなんだろうと、涼しい風の中、ほんのりあったかくなってちょっぴおかしくなって笑う。
 目を閉じていても、姿が浮かぶ。
 ありえない心配をする滑稽な姿。誰にも渡さないなんて、臆面もなく言い切る男。


「ご免」
「何でお前はそんなバカなんだよ」
「面目ない……」
 真夜はしょげるマユトを背負って歩く。多少体ができた今でもかなり華奢なまま、軽いままだった。
「つか、お前三半規管弱いのな」
 返事がない。眠ってしまったようだ。
 ブランコ漕ぎ過ぎて酔ってしまうなんて、バカ過ぎる。おんぶされるのを恥ずかしがって、なかなか乗ろうとしなかったが、歩けないのも確かだった。
「ありがとう……」
 背中に乗せたとき、耳元で聞こえた小さな声がくすぐったかった。
 天気が変わりそうな風が強くなる。しばらく雨だろう。これからは、一雨毎に涼しくなる。そういえばセミの喚き声も変わった。この服装だと、少し寒いくらいの空気だから、柔らかな体温が心地良い。
 また大きく風が通って、膝の高さで跳ねるカサカサした軽い音。空箱とペットボトルをまとめた袋、マユトならそうすると思ったからだ。律儀にゴミを持ち帰るなんてそんな数年後の自分、過去に想像したこともなかった。
 違うものになりつつある形じゃなくて、変えられることが嬉しかった。不本意な変質でなくて、好きなことで変わるソレだ。


 ――ありがとう。
 自分を変えてくれた、いつかマユトはそう言ったが、同じこと、俺だって同じだと真夜は思った。

 (1stup→090829sat)


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