■Everyday-FLaGment
「今、喋っていい?」
「いいっスよ」
自分ペースで雑談モードに入るときは確認を入れる。堅苦しい程じゃないけど、体のどこかにスイッチがついてるみたいな人だ。
ダメな時に話しかけてくるなんて絶対ないんだけどな。KYを自称してかなり、そんなことなく世の中渡ってるキャラだ。何てか一人でもハミってる感ゼロって感じだしむしろフリーなのが不思議なくらいだ。でもないか。男からみていいやつが女にモテるかというとそうじゃないし。
「自分服とか詳しい?」
「! デートとかですか」
「そんないいものじゃないよ」
「ソレって場所どこです? 友達ばっかで飲み? 職場の人とか来ます? もっとアレっスかね、お披露目的な重いやつ?」
「あー披露宴2回やるみたいな? ソレはない。てかむしろソッチの方がありがたい」
とか言ってぼやく。めんどくさそうに弁当箱の蓋を閉める。信じられるか手作りなんだぜ。自分の。だからって料理好きってワケじゃないらしいけど。
「女の子には悪いけど、フォーマルなら男は楽だろ」
「あーそうそう、女の子はホント大変っスよね。俺的には楽しみでもあるんですけど」
つか、気合入った格好って興味ある。
「招待状には何か書いてなかったんですか」
「ない。電話ではチョット洒落たスーツでいいって」
そのチョットが問題なんだって、と困った顔だ。こんなのはなかなか見れない。強面じゃないけど多分根性は座ってる。コッチよりデカいトラックに煽られても、ヤっちゃんのベンツにクラクション鳴らされても顔色ひとつ変えない。
むしろ本人がソッチ系の出身だってウワサもあったけどまあウソ。確かに結構目立つスロットは開いてる。ソレで財布落として半泣きだった小学生の為に自販機の防壁を抜いた──後で始末書を書いてた──こともある。アレはカッコ良かった。あんなんドラマでしかみたことなかったからな。だからってなんかアンダーグラウンドな世界の人って決め付けるのもアレだ。タダの電脳オタかもしれないし。大体ヤクザだったならスーツのことでなんて悩まないだろ。多分。
「スーツなんか就活で買ったやつ以外持ってないよ」
「会社とかどうしてたんですか」
「制服ってか作業着あった。どうせ着替えるからもうジャージで来る人いた。出勤したらその着替えた作業着の上から白衣着るし出張なんか2回しか行った事ない」
今サラッと言ったけど作業着着て外に出られない職種で白衣って結構ハイスペックじゃね? 多分サイバーウェアとかの医療系か合成食糧とかのバイオ系。だったら確かに研究職の人は服装がラフだ。近所の旦那さんがそうだった。今はエラくなってスーツに変わってるけどまあ営業みたいに垢抜けてはないな。
「ここの面接では幸い受かったけどいい加減アレだけっていうのもどうかと思って」
「まーいかにもビジネススーツですっていうのはわかりますからね」
「そうなんだよもうかなり経つから形も古いしな……あーもう流行り廃りなんか無くなればいいのに」
もうね、自販機もブラックのコーヒーとウーロン茶しか売らなければいい、などと自分の存在意義を根底から覆すような発言まではじめる。イヤ先輩の好みでいったら世界から甘い系ドリンク消えますからってか俺の為にコーラも残してください。
「自分が困るから炭酸はコーラだけおけ」
「……ありがとうございます」
「とかって現実逃避しててもな〜」
こりゃかなり詰んでるな、と俺は思った。珍しいからみてたいけどカワイソウだし。
「いや、祝福する気はあるんだよ」
「わかりました」
男二人で服なんか買いにいけるかってスルーされるかと思ったけど感謝された。
最近俺は気付いた、勧められた映画は観ない人だ。来て欲しいなら最初からそう言う。頼んでもないことしてあげても喜ばない。人数合わせに──ヒドい扱いだがそうでも言わないと絶対来ないし──主任が誘った合コンで、いい感じになりそうな子に聴いて欲しい曲あるそれで今度カラオケで歌ってって倍プッシュされたのに適当な返事で誤魔化した。あのあと何回かメール貰ってたみたいだけど未だに聴いてないしそのアーティストの曲カーステで掛かった時さり気なくチャンネルを変えた。お近づきになりたい側的には結構キツいタイプだ。口に出さないだけで興味ないものとかはっきりしてるし。好きなものは自分で開拓、本当にみたい映画は一人でみるんだと思う。大してみたくない映画は聞くまでもない。
「良かったら、一緒に店行きます?」
言っといてウザがられなくて良かったとか俺はホッとしたわけだ。
「なんか良いと思うトコありました?」
「全然ワカラン」
全部同じにみえてきた、と疲れた顔をする。もしかして体調悪いのか?
「ちょっと休みます?」
「いいよ来たばっかりだし」
まだ30分経ってない、と腕時計をみる。色白いな、日焼けしないのかと思うけど、時計外すとうっすら跡があったり、夏だと袖まくりして出した所だけ腕が少し違う。
「何か調子悪そうじゃないですか」
「ごめんありがとう」
人多い所苦手なんだって、そうなんだ。ナイーブなトコもあるのか。こうやってみると病弱っぽいし。
「ショップの中の人の受け売りなんですけどね」
階段の端のベンチに腰掛けて、俺はスーツの話をした。基本的な形とか、メインの色とか、着たとき裾がどの辺にあるのがいいとか、そういうの。いっそコレにしましょうって決めてしまおうかと思ったけどやめる。押し付けがましくなりたくない。
「予算はどのくらいですか」
聞いてさすがだと思った。弁当作ってるだけある。
「もっと安上がりになるならソレに越したことないけどたまにしか買わないからそこそこで」
「じゃあ、ブランドとか絞らなくてもいいですか」
「身の丈に合ってるものなら」
そんなへりくだらなくても大丈夫だって、言ってしまいたかった。
「靴はどうします?」
「黒でいいならある。まあ別なの合わせた方がいいなら投資するのもアリ」
俺の買って来たウーロン茶を素直に受け取ってありがとうって言う。横の自販機のやつだ。ウチのじゃないけどたまにはいいか。
「着るもの決めてから別の店で選ぶ方が得なんだろうけど多分気力が保ちそうにない」
と苦笑いする。もう一度来るっていう選択肢はないんだろうな。俺も提案する勇気はない。30分でコレだし。あんま好きじゃない所引っ張りまわしたくない。
「妥協しすぎか?」
俺が考えていると遠慮がちに聞かれた。コインを出されたけど断る。何気に俺の飲んでるコーラの分も込みだし。
「たまには奢らせてください。てか、別に靴揃えるのがダメとかじゃないです。そこまで買う気満々なら中の人も喜ぶし」
「じゃあ、ごちそうさま」
「多分めっちゃやる気出してきますよ。もうね、いかにも迷ってますみたいな感じでこういう目的でって言えば、張り切ります。顔とかは結構どうでもいいんスよ、極端じゃなきゃ。兎に角ちょっと細身でスタイル良い人大好きなんですから」
病弱って例えたけど実は着痩せするタイプだし。暗がりだけど服脱いだ背中みて驚いた。この仕事で重いもの運んでたらなったって言ってたけど、だったらあんな傷はつかない。アレ何なんだろうな。いくらなんでもヤクザって線は……まあいっか。
「スーツで決められないなら別に展示してるコートとか小物とか、中の人の服装なんかで良いなって思ったトコでもいいですよ」
「それなら」
アリだ。
pgrされそうw? って照れくさそうに聞かれたけど、されるわけない。まあそんなお高過ぎるトコじゃないし。
こういうチョイスからみてもセンス悪い人じゃない。自分に似合うものと好みをきちんと把握してる。俺的にはもうちょっと冒険してみても良いと思うけど、今回は目的が目的だしな。先輩には言い辛かったけど、面子によってはそれこそただのビジネススーツとか、仕舞いっぱなしの就活スーツまんまのネクタイとシャツで来ちゃう奴ばっかだったりする。この人自体が何をしてた人なのか掴み辛いので断言できないんだよな。でも、大学の友達っていうなら多分そんな派手じゃないだろ。サークルとかウラヤマで聞いてみたら、なんだっけ、化石掘ってたとか言ってたし石磨いたりとかなんか俺の意図したのとは違う方向の活動? だった。もっと色気出してたら今頃服のことでなんか悩まなくても選んでもらえてたかもしれないのにワカランひとだ。いや、いいのかソレで。イヤイヤイヤ。てか、俺のことは今どうでもいい。
折角だから見違えて欲しいけど、気合入れすぎて浮いたりして恥かかせたくないし。この人の性格なら地味で沈んでもかえって安心するだろう。滅茶苦茶勿体無いけどな。店員に言えばマジ喜んで選ぶ。飾り甲斐あるんだ。口に出してもリップサービスだと思われるし、下手したら俺に対する好感度が下がりそうだから省略しただけで、見た目は良いんだから。イマイチだからってマトモな店員は客を減点しないけど、キレイなら果てしなくプラスする。
「超アリですよ、あの人達大抵は自分はモチロン他人に服を着せるのが大好きなんですから適度にフレンドリーにしてればおけです、服嫌いだったら出来ない仕事ですから」
「自分がソフトドリンク好きなのと同じような感じ?」
「そうそう、ま、ウチの場合嫌々やってる奴の混入率はかなり多いです」
「いま自分黒いこと言ったな。仕様だけど」
そう言うアンタ程じゃないけどな、と心の中でつぶやく。大体、甘いものは自分が嫌いなだけで世の好みはめっさリサーチしてるし、自販機への愛は俺のことからかえない。
「じゃあ行きます?」
大丈夫ですか、と言うとありがとうって。そんな大したことしてない。ペットボトルを仕舞う形の良い手を見ながら思う。
「靴下とかってどうしてる?」
「あ〜、そんなの誰からも見えないトコだし、変な柄とか色じゃなきゃ100円ショップのでもいいっス」
白いやつしか持ってないならチョット考えた方が、と言おうとして止める。いつも、朝着てきた服に合ってるし、制服の下でも違和感がない色だ。
「俺ならこだわらないっスね。手持ちで充分です。イタリアンレストランって言ってたし、靴なんか脱がないっしょ」
「あーそうか」
それもそうだな、と立ち上がる。
「まあ靴脱いでパンツもめくるっつーか脱ぐ? までいかなくても靴下見えちゃうような展開期待してるならめっちゃチョイスしてもいいかもしれないですが」
「してないよ」
と苦笑いされた。俺なんかフリーのときは姉ちゃんがウルサイ。サッサと適当な相手みつけて出てけだと。オマエモナ。
この人にはそういうのないのか? 歳的に興味ウスな態度だとイロイロ言われそうなのに。家出て一人で住んでてもオカンは勝手に湧いて来るっていうし。そういや家族の話も聞いたことない。
「そもそも人に頼るくらいいつもと違う服着てるのにソレで気に入られても維持できないだろ」
「そうっスね。ぶっちゃけインナーのLvまでチェックしてる女、絶対ファッション関係めんどいです。そこまでいくと俺チョットナシです」
「ないよな」
「中身で勝負させて欲しいです」
「……お前サイテーだな……」
昼間っから下ネタかよ、と視線が冷たい。
「ちょ、違いますよ服の中身って意味じゃなくて」
確かに、流れで言ったらそうなるかも。エロキャラ認定はイヤだ。仕事でめっさしくじってフォローもしてもらったし、酔ってゲロって介抱もしてもらったし、彼女に振られた愚痴も聞いてもらったし、もう落ちるトコロないんだけど、なんかイヤ。
「ハートの方ですよハート!」
「だろうね」
「えー! 俺いま遊ばれマシタ? マシタ?」
俺はちょっとだけ笑った先輩の顔をみた。そして後ろ姿を追い掛ける。
自分の事でもないのに俺は鼻高々でショップを出た。彼女とかがいれば嬉しがるだろう。店員の見る目が変わるんだ。
先輩が弁当持ちだし食う時間もままならない日々──実は何回もその弁当の世話になったことがある。男二人で手作り弁当分けっこ……サム過ぎる光景だ──だから、優雅にランチなんか食ったことない。
こんな時間に差し向かいでとか。
定食屋でもいい。もうちょっと変わったもの食いたかった気もするけど家族連れとか女ばっかで回転が早すぎる。
ここなら、ピーク過ぎたらそれなりにテーブルが余る。ゆっくり食っててもくつろげる。
「自分、疲れてないか?」
「まさか」
こんなんで、とか言おうとして、味噌汁と一緒に飲み込む。定食屋って言ってもチェーン店じゃないから中身は上等だ。うまい豆腐だと思う。
「大丈夫ですか?」
こんなことで疲れないけど、そんな風に言ったらこの人をdisってる風になる。多分、疲れてるのは先輩の方だ。
「食べたし、座れたからもう大丈夫」
ほっとした顔でテーブルに出た熱い茶を口にしてた。不健康に白くなってた顔がいつもみたいな柔らかい色に戻ったのをみて、俺もほっとしたんだ。
無茶振りルートこなすより服買う方がストレスなのかよ。こんな安堵した顔は初めてみたぞ。ワカランひとだ。
でも、自分が疲れてるから、俺がしんどくないか気、廻してる。
それにしても魚食うの上手いよな。いつか忘れたけど飲み会の時も手使わずに箸だけでホッケ解体してたし。なーんで一人なんかね。大抵の女は一緒に歩きたいタイプの男だろ。まさか、疲れるからか? コイビトは通帳とか? なんてな。
「ちょっと、ゆっくり食ってもおけ?」
「いいっスよ。俺も、休みの日くらいはまったりしたいんで」
「そうだよな。腰落ち着けて食えないのが唯一の不満っていうか」
スケールちっさいけど、とセルフツッコミする。ある意味、フトコロ広いと思いますけど。俺は他にも労働条件に言いたいことかなりある。やっぱりどっか違うトコに腰掛けてる気がする。目の前にいるのにな。
「そういやアレひどかったですよね、狭山さん所の代打入ったとき!」
「あーアレな……」
「まさか、あのベンチとか灰皿とか置いてたスペースがフラットな通路になってるなんて」
「あんなトコ変わるって思わなかったな」
駅ビル周りだったんで、駐車スペースは問題なかったんだが、外で何か食うのに丁度良かった空間が潰されてたんだ。戻って車で食う時間もなかったし、仕方ないから辛うじて尻が下ろせたってかもたれられた植え込みの縁に並んで悲しいランチだった。何か下校時刻に重なったのか、JKの集団にめっちゃみられるし。
「イヤーマジサイアクでしたよねー」
「何の罰ゲームかよって感じだったよな」
自分で言ったとおり、大丈夫になったのか、熱いもの食ってあったかそうにしてる顔は健康そうに見えた。
下戸だって言って絶対酒飲まないからワカランけど、酔ったら、やっぱり、こんな風にいやもっとうす赤くなったりするんだろうか。
スゲー失礼だけど、見違えた。俺が見違えたってしょうがないけど、先輩のシアワセの為の大いなる躍進だ。ホントに。仮糸付いてるの羽織っただけでも、マジでモデルみたいだった。きっと大漁だろう。まあ糸垂らさないと何も始まらないけど。
確か、出来上がりは来週って言ってた。結構早い。さすがに一緒に取りに行くとかキモいし、出来た服を着てる所、俺はめっちゃみたい──知的好奇心だ、こうきしん──アホそのものな興味をしばきたおして先輩が自宅送付の送り状を書く手を眺めてた。手の平より指が長いんだよな。指輪とかすればいいのに。
「今日はありがとう」
おかげで悩みから解放された、と大袈裟に言って少し笑う。
「や、俺ヒマなんで、またいつでもゆってください」
「そんな事言ったら本当に『ふく なんか たのむ コンサート』とかメールするかも」
「ちょ、ナニ前向きになってんですかw マジ狩りでもする気ですか?」
女の子だってかなり期待を抱いて参戦する筈だ。この人にやる気があればチョロいだろ。
「まあそーゆーのもアリです。いつも世話なってますから。今日もなんかデザートまで食わしてもらっちゃって」
俺は期間限定のジェラートのコーンをかじった。
ああいうカフェは店員までインテリアの一部みたいにオシャレ感出してくる。彼氏にして欲しいバイトなんてのによく挙がってるしな。
「なんか高くついたんじゃないですか」
「いやいや。わざわざ出てきてもらったし。ホント助かった」
カフェエプロンなんかも似合いそうだとか考えながら俺は先輩の嬉しそうな顔をみた。
テイクアウトの容器からコーヒーが減る。折角だからとオプションつけまくってたけど、モチロン砂糖はナシ。
先輩はコーヒーを減らしながら階段を眺めた。方向が違うから俺はまだ先まで歩く。
「おかげでなんか特典? がGETできたりしそうな気がしてきた」
とか言ったりする。多分ネタのつもりだ。
「気合ですよ気合! フラグ立ったら教えてくださいよ! じゃ、俺はコッチなんで」
ジェスチャーして挨拶して、時間見るような感じで携帯出す。
「それじゃ、また休み明け」
先輩はにこっとして背中を向けて階段降りてく。さらっと振った手が綺麗で、人の気も知らないで、ビョーキだな俺。
(1stup→120422sun)
□Story? 02(小話一覧)へもどる
□トップへもどる