■runaruna

「ちょいとそこのお兄さん」
 おいおい大丈夫なのかコイツ、と彼は思った。
 よりにもよって自分に声をかけるなんて、どうかしてる。
 そう考えれば、気のせいかもしれない。
「あなたですよ、帽子の方。野暮ったいコートの人とでもお呼びしましょうか」
 やっぱり、どうかしてる。そこまで分かっていて呼び込みしようなんて、ナニを考えているのやら。さして面白くもない様子で、彼は歩く。
「私がみえているのでしょ? ねえ社長、イヤ署長さん? ……いっそ警視総監とかの方がいいですかね」
 こういうペースには、付き合ったらイカン。囁くどころか、頭の中では金切り声。
「ねえちょっと聴いて下さいよ」
「……勤務中ですから」
「ズバリ、アナタは妖怪でしょう」
 妖怪って……エラい古風な言い回しだ、と思う。そういえば、時間にしては人通りが少ない。結界か何かだろう。
「半分だけですけど」
 返答を聞いて、うんうん、と満足そうにうなずく客引き風の男。ぐるぐる眼鏡が重そうだ。
「フフフ……そしてあなた、今彼女いないでしょう」
「余計なお世話です」
「待つ人のない暗〜いお部屋に帰っても、あとはショップ特典の等身大抱き枕を抱っこして寝るだけ」
「そんなん抱きません! ていうか開封したら価値が下がるじゃないですか」
 即座に否定するが、ある意味語るに落ちている。
「そんな寂しいアナタに灯をつける、すんばらしいサービスを、今なら無料で提供いたします」
「いや、仕事中ですから」
「まぁまぁ、そう堅いコトをおっしゃらずに」
 相手してると余計疲れるので足早に立ち去ろうとする。
「触手」
 ぎくり、として立ち止まってしまう。
「なんですか藪から棒に」
「浪漫だと思いませんか」
「思いません」
 コイツ、言うに事欠いてなんじゃい、何か適当な罪状叩きつけてふん縛ってやろうかと思う。
「そうですか〜? 一見気味が悪いソレではありますが、あるものをプラスすると、ど・りーむに」
 ムカっとくるがココは辛抱して、コートをひるがえす。やっぱり、相手しない方が良さそうだ。
「健気な可愛い子」
 ぴたっと止まった足先に、素早く回り込んで男は微笑んだ。眼鏡がキュピーンと光る。
「如何ですか?」
 彼はやや赤面気味で目を逸らす。その様子に、男は脈ありとみた。
 ──健気な可愛い子と触手……こんな、こんなのイケナイよ。なんて考えると拙者の愚息はモウ……。
「変なモノローグ入れんで下さい」
「コレは失礼。でも、ちょっとぴくりとしませんでした?」
「してません!」
「フフフ……まぁいいでしょう。ズバリ、あなたは幸運でしょう。今ならこのサービスがキャンペーン中につき、何と無料でデリバリー」
「……ソレって……」
 頭痛がしてきた。こめかみを押さえながら言う。
「俺を誰だか分かった上で言ってるんですか」
「ええ勿論。日頃の激務にお疲れのあなたに必要なものは、ズバリ癒し。猟犬の牙にしばしの休息を」
「何ですかその最後のは。縁起でもない」
「ですから、こんなサタデーナイトに恋人も作れず、一人仕事に打ち込むあなたに是非当社のサービスを」
「アンタいちいち失礼だなー!」
「まぁまぁそう熱くならずに。ストレスは美容の敵ですよ」
 キレイなお肌が台無しです、なんて笑われたので、やっぱりからかわれていると思う。
 黙って鯉口を切ると、男は静かに笑って言った。
「私を斬るおつもりですか? それとも、タイホなさいますか」
 ぐっと堪えて、柄を戻す。
「しません……」
「ですよねー。トリを取り締まる法はありませんからね。で、如何です? お願いしますよー、今回だけのご利用でも結構ですから」
 胸のプレートを見ると、拡張員、というステッカーが貼られている。こっちも仕事か。
「わかりました」
 諦めてため息をつく。
「ありがとうございます。では、早速コチラにサインを」


 22:00、約束の時間だ。
 落ち着かなくて、潰して捨てたペットボトルがぺこ、と音を立てただけで鼓動が跳ね上がる。
 確かに、みえない法律には、こういった種類の生業を制限するものはなかったけど、いいのか、ホントにソレでいいのか、なんて不安にかられる。
 そもそも、自分がされて嫌なコトは、他人に要求するべきじゃないだろう、とか。
 今更だけど、怖気づく。
 ナニカがひたひたと近づいて、まんじりともせずただ正座してる部屋の前に立つ。
 そこに靴のものである足音がなかった事にも、落ち着かない彼は気付かなかった。


 こんこん、夜遅いので、インターホンは鳴らさないでと言っておいた。
 律儀に静かなノックをして、ソレが外にいる。
 ──来た……!
 兎に角、あまりオドオドしていては格好がつかないので、出来るだけ落ち着いた声で、返事をし、ドアを開けた。
「こんばんわ」
 可愛い声が、若干恥じらい気味に挨拶した。
「……こ、こんばんは」
 いっそ気絶してしまえればどれだけよかったか、と彼は思う。


「どうぞ、宜しくお願いします」
 淑やかな仕草でうつむくと、三つ指をついた。どこが指なのかはわからないが。
「ぼく、ルナルナといいます」
 一人称ぼくキャラ設定ですかー! めまいがしそうだ。
 固まってしまった彼を、その器用な手、らしきもので優しく、素早くよけると、てきぱき部屋を片付け始める。
 ベッドの縁に追いやられたまま、丁寧な掃除ぶりを眺める。
 確かに、触手+可愛い子である。
 立ち居振る舞いは、大抵の可愛い子がそうであって欲しいと望まれるようにお行儀良く、清楚に映った。
 ただし、その優雅な手がなんなのか、床を滑るように移動するソレが脚なのか、わからない。不定形な姿からは、どこだか分からない器官が無数に伸ばされ、うねうねと楽しげに歌でも歌いそうに揺れている。


「あの、お味はいかがですか」
「……おいしいです」
 ふっくら炊けたご飯、塩気の丁度いい和え物、煮えすぎてない味噌汁、料理はどれも良く出来ていた。
「よかった」
 目を閉じれば、はにかんだ笑みを浮かべる美人のメイド……なんかが見えてくるワケもない。
 その姿は印象的過ぎて、彼の安い妄想を塗り替えて強烈すぎるインパクトに燃やし尽くした。
「おかわりいかがですか」
 身体に作ったくぼみにティーポットを押し込んで、にっこり微笑む……多分、微笑んでいる。
「いらないです……」
 暖かい、頃合の玄米茶はまだ湯飲みに残っている。これだって、おいしくて、一口で手詰まりしつつある捜査のことを忘れそうになった。
 確かに癒されてて、今夜は多分、よく眠れそうだ。
 傍らに拡げたチラシと契約書を見て、ため息をつく。
 妖怪ファミリーサポート、多忙なあなたに代わり、家事やおつかいなど、何でもお申し付け下さい。なんて書いてある。
 暗がりではよく分からなかったが、こうして見ると、このレイアウトに、いかがわしい要素は何もなかった。頭についた不条理な単語さえなければ、ベビーカーを押した若いお母さんにだって渡せるだろう。
 まあ、ある意味助かったというか、何も無くて良かったかもしれない。
 顔を上げると、目も鼻もない姿で、またにっこりされる。
 ありがたいけど、
 何でスライムなんだ。と、彼は思った。

 (1stup→071204tue?)


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