■可愛い傘
「あ。でんでんむしだ」
かわいいな。ルナは堤防を歩きながら、アジサイの茂みを見た。
小さなカタツムリが、まだ色付かない花の上にいる。雨粒がかかると、目を引っ込めて、じっとする。
貝殻を背負った姿がユーモラスで、だけど、やっぱりあの人はこういうのもダメなのかなって、少し考えた。
とか、何かっていうと、いつも、ユイの事を考えてるって、ルナは苦笑する。
異形な自分と一緒に暮らしてくれる、半分人間の血が通った魔物。ぼくの恋人。
いいんだ。向こうはそう思ってくれなくても、ぼくが好きなら、側に置いてくれるなら、それでいい。
気まずくなって、ケンカした事もある。そう、まさに痴話喧嘩。
だから、やっぱりぼくたち恋人同士なんだって、ルナは少し笑った。
ちょっと、邪魔かなって思う。雨なんか、スライムの姿でいるときは、何にも感じないんだけど、こうして人間の姿をしていると、わずらわしいかも。服が張り付くのが、ちょっとイヤ。
でも、雨っていう天気自体は好きだった。やっぱり、カサカサに乾いているより、湿っている方が暮らしやすい。だってスライムなんだもん。ルナはそんな事を頭の中で一人喋りながら歩いた。道の向こうをすれ違った女の子が、肩を叩き合って振り返る。
そういえば、ぼくって美形なんだっけ。なんて、ふと思い出す。
そりゃまあ、自分達の種族の基準でいったら、かっこいい方なんだけど。でも、やっぱり実感は湧かない。ステキって言われても、ピンとこない。
でも、あの人に初めて姿を見せた時、ちょっと恥ずかしそうな驚いたような顔をされた。
あれは、嬉しかった。
お似合いのカップルだって、言われた事もある。そうでしょそうでしょと、ほくそ笑む。あの人は慌てて否定していたけど、アレだけ恥ずかしがってたら、かえって怪しまれる。
そうそう、夜桜を観に行ったときも、あの人は人目を気にしてうつむき加減だった。
気になるかなあ。
ドラゴンなんだから、もっとハジけてもいいのに、とルナは思う。その気になれば分裂して増える事さえ出来る、境界線のはっきりしない自分達よりも、彼らはもっと退廃的だ。魔物の世界じゃ、色魔で十分通用する。だから、愛人がいるとか、男と付き合ってるとか、普通だって思う。
だけど、彼は色欲に弱い自分を、恥ずかしいと思ってるみたいだ。まあ、ついこの間まで人間だったんだから、しょうがないかな、とか。
それに、あの人は、どうにも堅い職業だから。
警察官にあるまじき行動だ、なんて一人でエキサイトして一人でツッコんだりして、疲れてそう。
そんな間抜けな姿を想像すると、いけないって思うのにくすくす笑ってしまった。
もっと自信を持ってもいいのに、肝心なトコロで、ダメな人。
だから、一見クールな美人キャラなのに、女の子にはモテない。
どうかな。だけど、そうやって冴えない割に自分を見せないから、折角付き合った娘とも、長く続かないんだと思う。
ぼくが不安になったみたいに、みんな不安だったんじゃないかな。
何も告げずに、どこかへ消えてしまうんじゃないかって、満開の桜の中でみたあの人は、儚げでとても綺麗だった。
あの日は風が強くて、見頃も今日で終わりかなんて、あちこちでおしゃべりが聞こえていた。
雪みたいに降ってくる花びらを見ながら、ぼくらは宴会の隙間を、ゆっくり歩いた。まあ、席なんか取ってなかったから、歩くしかなかったんだけど。
手を繋ぎたかったけど、やめておいた。照れくさそうなあの人を見ていると、かわいそうになったから。何かムリヤリ繋いでちょっと意地悪に萌えるのもエロスだと思うけど、折角のお花見だから、ほのぼのゆっくり過ごしたかった。
ホントは週末のおじさんたちや若いオニーサンのグループの殺意を一身に浴びながらラブラブするカップルが羨ましかった。
──ぼくだってこんなにラブラブなのにー!
ちょっとおじさんたちの愚痴に味方してあげたい気持ち。何だよ見せつけてくれちゃって。なんて、ぼくだって人前でキスとかしてみたい。多分、夜だから暗いし、身長差だってあるし、何より可愛いから、男同士だってバレないって、ぼくはさっきまでの決心を忘れる。
どこか、ちょっと木の陰になるトコロででも、しちゃおうかな。
そう、やっぱりキスするなんてやりすぎだから、ちょっとぎゅって、抱っこするとか。
それで、花びらに飾られた髪を撫でて、とか。
やっぱり、キスしたい。
ぼくの熱い視線は、ラブなコト考えながら、あるトコロで止まる。
うなじとか、唇とか、そういうロコツな場所じゃなくて、髪の毛。
綺麗な黒髪に、ぼくだってこんなに遠慮してるのに、ちゃっかり乗っかってる。
なんちゃって。
多分、花びらと一緒に落ちちゃったんだ。
ちっちゃい虫が尺を取るのを見ながら、ぼくは声をかけた。
「なに?」
ぼくを見上げて、あの人はきょとんと振り返った。
「あのね」
肩に手を置いて、髪に触れながら、ぼくは教えてあげた。
「ここ。髪の毛に虫いるよ」
おちてきたみたい、というぼくの言葉を、彼は全然聞いてなかった。
「だ、だったら」
はやくとってほしいと、小さな声で冷静そうに呟いた。
「うん……」
小さすぎて、取るのが難しい。潰しちゃったりしたら、何かイヤ。
「も、もしかして、駐在さん、蟲とかダメなの?」
だけど、震えてるのはぼくの手だけじゃなかった。平気なフリしてるけど、華奢な肩越しに伝わってくる。懸命に堪えながらも、少しだけ、ぴくりとする。ぼくはドキドキした。
恥ずかしくて死にそうだ!
とかゼッタイ心の中で叫んでる姿は、何か無性におかしくて愛しかった。
でも、ぼくの前だけなんだろうな。
それが少し嬉しい。
にょろっとした生き物が苦手なんて、まあ、男としてはイケてないから、普段は絶対辛抱しちゃうんだと思う。でも、ぼくの前だから、思わず焦っちゃったんだ。多分、照れくさくて緊張してたから。
取ってあげると、あの人は小さい声で、ありがとうと言った。
いいよもう。
チューなんかしなくても、ぼくたちラブラブだもん。
そんな思い出にワクワクしながら、ぼくは途中の畑で失敬したサトイモの葉を戦利品に、部屋へ帰った。
ご飯を作って、あったかいお茶を入れて、ドアを開けるあの人に笑いかける。
どうしたんだ、コレ、なんて、葉っぱの傘を見るあの人は、どこかあどけなくて可愛かった。
でも、ぼくが差し出したソレを手に持って、泣きそうな顔をした。
「な、なんでこんなもん持って帰るんだ……」
マンションはナマモノとかダメです、とか言ってぼくに葉を投げるように押し付ける。
「でも植物だよ」
「違うー! 何でそんな目立つの気付かないんだ!」
もうイヤ、どっか持ってって、みたいなカンジでソレに目をやり、後ずさる。
言われて、ぼくは初めてそのでっかい何かの幼虫の姿に気が付いた。
まあ、ちょっとビックリかな。
こんな大きなイモムシって、何になるんだろう。
コレって魔物とかじゃないよね。
そういう気配はしない。
とりあえず、ぼくはその葉っぱを風呂場に持っていった。こうしておけば、脱走して布団の中にいました、なんてコトもないだろうし。
「もー、何でそんな嫌がるかなー、ぼくとそんなに変わらないと思うけど」
ていうか、ぼくの方がよっぽど怖いと思うんだけど。
だって、イモムシはただそこにいるだけで、あと見た目がアレなだけだけど。
ぼくはあなたを取って喰べちゃったり、するんだよ。
「まあ、こうやって抱き付いてくれるなら、それでもいいけど」
「何だよ笑うなよ」
「えー? 笑ってないよ。おかしいだけ」
だって可愛いもん。と、ぼくは思った。
「ソレに笑ってるって言うんだよ。大体何で家の中でまであんなのがいるかもって思ってピリピリせないかんのだ、そんなのいないって思ってるからくつろげるのに……」
「じゃあ、安心しちゃってるんだ」
ぼくといて、安心しちゃってるの?
「そうだよ……」
もういいよ、好きに笑えばいいよ、と、あの人はそっぽを向いた。
「俺は今でもああいうイキモノとかはダメなのー! ……お前以外のあんなの」
「ぼくは怖くないのに?」
「怖いんだからしょうがないだろ」
不思議で、やっぱり訊いちゃった。
「理由なんかないよ、何かもう、見ただけで泣きたい」
「ホントに? お仕事の時はどうしてるの?」
「我慢してるよ……」
怖いけど、何とか、目的があれば頑張れる、と情けない顔をする。その使命感は立派だと思う。
「ナニ考えてるのか分かりにくい顔だからな、得してる」
そうだ。この人の表情は小さくて分かり難い。本気で隠すつもりになったら、簡単にしっぽは出さないだろう。
でも、そういう相手を怯えさせて、泣き叫ぶトコロが見たい、なんて人もいるんだって、この人はわかってるのかな。多分、弱いトコロがバレたらその時は、一気にソコを崩される。
だからといって、素直に泣いたり笑ったりなんか、この人には無理。どうしてぼくには心を開いてくれるのか、今にして思えば何がきっかけだったのか、もうわからない。
ソツがないけれど、仲良くなるのが下手。自分が寂しいことにすら、最近まで気付かなかったくらい、人付き合いに関心のない人だ。
自分にはそういう暮らしは向いてない。なんて勝手に考えてたみたい。
誰にも心を開かない、だから恋人とか出来ないんだ。
どんなに大事にされても、スマートに接して貰っても、自分の心を見せてくれないなんて、寂しい。いろんな人に、そんな気持ちを抱かせて、罪な人だって思う。
難しいと思うけど、ぼくと話してるみたいに、もっとみんなと話せばいい。
まあ、時間はたっぷりあるんだし、ちょっとずつ、変わっていけばいいかな。
でも、ぼくだけが平気なこの人が可愛くて、大好きなんだ。
ぼくは駐在さんの恥ずかしい話を聞きながら、いつもしてるみたいにそっと絡み付いて抱き締めた。優しくて、あったかくて、気持ち良い。いつだってどこか怪我してるけど、柔らかな肌がぼくは大好きだった。
「えー。でんでんむしもダメなの」
やっぱり、と思いながらもぼくは驚いた。あんなに可愛いのに。ダメかなぁ……気持ち悪いかなぁ……どう見てもぼくの方が怖い姿してると思うんだけど。
「えーと、殻取ったら、ナメクジじゃん! とかそういうのー?」
「ちがうよ」
殻があるからイヤなんだよ。そう言われたので、ぼくはますますハテナマークでいっぱいになった。
「ナメクジなら、まあ、他の触る代わりに食えって言われたらソッチを選ぶよ」
なんでよー! その辺がワカラナイ。変だよ。大体イキナリそんなイキモノを食べるとかっていう発想が変。でも、言ったからにはホントに食べるんだ。ソコが、この人の怖いところ。だからみんなダマされる。タフで、頑丈で、とんでもない魔物だって思われる。
「アレが割れたら中身が出るって思うともう駄目」
「か、かんがえスギなんじゃないの?」
変なのもほどほどにしとかないと、体に悪いよって思った。
「ていうか、だいたいイキモノはみんな潰したら中身出ちゃうでしょ」
ぼくはちがうけど、と付け足しながら言う。
「そ、それは……そうだが」
服の中でこそこそ動くぼくの手、図鑑に載ってるような生物よりずっと奇怪な筈のソレ。触手に肩を撫でられて、ちょっと言葉が引っ掛かる。感じてるんだ、可愛い。ぼくは更に弱そうなトコロを探って、腰をちょっとだけ引き寄せた。
駐在さんは、ぽうっとした顔で、ぼくの身体に廻していた腕を深くした。ほんのり赤い顔で、恥ずかしそうに話を続ける。
「何か、感触が残ってるっていうか」
結構柔らかくて、潰れやすいんだよ、アレ。そう言うと、色っぽいっていうより情けない顔で、ぼくに縋り付いた。怖いことを思い出してるみたいな感触。身震いするってやつかな。だからぼくは同じようにしっかり抱き締めて、服の中では胸とかお尻とか触ってあげた。
「ちょっと、俺まだ風呂入ってない……」
「いいのいいのそんなのー」
えーと、と言ってからにこやかに告げる。
「触るときは、ちゃんと使い分けマース」
「ば、バカ……」
恥ずかしいコト言われて、耳まで赤くなって、ぼくを睨む。でも、そんなのある意味フェイクだから、ぼくは構わず上着を脱がして、床に置いた。ベルトを解いて、腰を持ち上げて、ジーンズの裾を引っ張ると、駐在さんはおとなしくぼくのすることに身体を預けた。
「こわかったの?」
そう言うと、心細そうにうつむいた。訊いちゃダメって思ったけど、知りたくなった。
「何か、怖いことされたの……?」
「そうだよ」
駐在さんは泣きそうな顔で、ぼくから更に目を逸らした。
「……腹に入れられた」
「で、でんでんむしを?」
さすがのぼくも、引いてしまった。
人間って、人間って。
何でそんな怖いコト思いつくんだろう。
「ていうか……ホントに?」
「こんなアホな冗談言えるか」
ホントだよ、と、駐在さんは思い出しても寒気がするのか、また身震いした。
「あの時は……マジで死ぬかと思った」
悔しさと怖さに怯えながら、ぼくにもたれて、話を続ける。
「生きたまま……カタツムリ何匹も押し込まれて、潰さずに出せって言われた……」
怖かった。聞くだけでぼくは総毛だった。
「気持ち悪いっていうか……もうおかしくなりそうだった……ホントに柔らかくて、潰れるし」
卵じゃないんだから、そんなコト出来るわけない。まあ、でんでんむしをどうにかするのが目的じゃなくて、兎に角相手を苦しめて恥をかかせるのが目的だから、正しいって言えば正しい。
「……何かあのパリっとした感触が怖くて、申し訳なくて、情けなくて……」
「でんでんむし、かわいそうだったの?」
「……そんなの、偽善者の言うコトだってわかってるけど……」
ナニが怖かったって、殺しちゃったのが怖かったって、駐在さんはうつむいたまま腕に力を込めた。
「どんなコトされても、平気だって、丁度思い上がってた時期だったから、もうショックで……兎に角メタメタでどう思われるかなんて考える余裕もなくて、泣きわめいた」
ソコからどうやって助かったのか、救出された過程なんかも、覚えてはいないとか。
「何かそのハナシ自体もうヤバすぎて誰も口にしないカンジだったし」
俺も思い出したくなくて、と恥ずかしそうに言う。
「殺してやりたいなんて思う気力もなくて……」
この人に、酷いコトするなんて、ぼくが殺してやりたいって、殺意が湧いた。だけど、でんでんむしを殺しちゃったなんて気にするトコロが、かわいそうで、愛しくて、守ってあげたいって思った。
ソッチの方が、まずは大事。
「ねえ」
「……なに……」
顔を背けて、小さな声で返事する。弱いトコロを見られるのは、やっぱり嫌なのかな。
多分、すごく嫌なんだと思う。
自分は強いって思わなきゃ、この人は生き延びて来られなかった。
過去のことなんて、ぼくは知らないけど、きっと、何度も怖い思いをしてる。
「大丈夫だよ」
「……な……なにが」
人間の男の人がするみたいに、抱き締めて、引き寄せて、押し倒して、ぼくは告げた。
「蟲とかいたら、ぼくが取ってあげる」
ホントは、守ってあげるって言いたいんだけど、でも、守ってもらうのはいつもぼく。多分これからも、ぼくを守ってくれるのはこの人だ。
だってぼくには、爪も牙もないんだもん。
だから、守ってあげるなんて、カッコイイことは言えなかった。
「こわかったら、泣いてもいいよ」
ぼく、笑わないから。
「ソレ嘘」
お前いま、笑ってる、駐在さんはそう言って少し怖い顔を作った。だけど、ぼくの手? をそっと握ってくれた。そう、少し嬉しそうだって思うのは、期待しすぎかな。
Tシャツと、ショウさんがいつもからかう、全然色気のない下着だけ残して、ぼくは駐在さんの服を全部脱がした。新しい傷とかはなかった。今日は、危ない仕事じゃなかったんだって、少しほっとする。それから、するのはいつもしてること。
細い腰に巻きついて、ぺたんこのお腹を押すように撫でる。
それだけでも、この人はぐったりぼくに身体を預けて、儚く喘いだ。
華奢な肩に、優しい舌に触れて、確かめる。あったかい身体を、薄いタマシイの味を、ぼくは啜り取った。
こんな人を、押し開くなんて、内側から、身体を抉るなんて、これ以上のことを要求するのは酷いと思う。だけどいつも、ぼくはそういうコト、してる。
下着をそっと抜き取って潜り込む。最初に踏み込まれるのは、慣れたりしないみたい。少し、ぼくを見て、辛そうに顔を背ける。
ごめんね。そんなに長い時間、痛い思いはさせないから。
痛みじゃない、もっと別のナニカで震える声を聴くまで、数える程も経ってない。だけど、やっぱりかわいそう。でも、じゃあしない、とか、そんなコトできるワケない。
だって、だって、したいんだもん。
よくそんな恥ずかしい事言えるな、なんて呆れられたけど、愛を確かめたいっていうか。
好きだから、ぼくのものにしたい。
ぼくのすることに感じて、虚ろな目を開いて、そっと涙をこぼす。途切れそうな呼吸と、甘く、妖しい気配。やっぱり、この精気は欲しいかな。もちろん、好きっていう気持ちの方が何倍も上だけど、でも、食欲だって満たされる。
可愛い、ぼくのものだって、思った。
身体が熱くなって、何度も吐き出して、抱き締める。
「や……なに」
正気に返っても、ぼくが身体から離れないのをみて、駐在さんは力の入りきらない身体で、身じろぎした。
「かわいい……好き……すきだよ」
「な、なんだよ……っ!」
バカ、とかって怒るつもりだったのかも。でも、途中で言葉を切って、ぼくの触手を握り締める。
「……」
何か言おうとして、言えなくて、ぼくを見上げて、首を振る。
「ねえ、もっと、深くしていい?」
「いや……」
ソレ嘘でしょ。思わず緩んだ手を絡め取って、ぼくは微笑んだ。
「……もう駄目」
抜いて、と小さく言った唇を、塞いで口の中を撫でる。
「いいの? やめていいの?」
「……」
身体の奥をくすぐられて、もともと霞がかかったみたいな瞳から、ますます光が失われる。
「するんでしょ」
「……酷……」
こんなの酷い、なんて、涙をこぼしつつも、ぼくの言葉に従う。まあ、コレでやめるなんて、普通に考えたら無理。でも、いいでしょ。
「ひどくないよ」
絡み付いて、深く辿って、ぼくは囁いた。
「気持ち……いいでしょ……」
ぼくにそう言われて、耐え切れなくなったみたい。一度崩された心は、簡単には戻って来ない。
されるがまま、翻弄されるこの人を、ぼくは存分に啜る。
意識が戻っても、今度はぼくに絡めた腕を解かずに、ぽうっとした顔でもたれた。
「気持ちよかった?」
そんな問いにも、恥ずかしそうにこくりとうなずく。
抜いて、とも放して、とも言わずに、残った快感にまかせたまま、沈むようにまどろむ。
ぼくが優しく髪を撫でると、切なげに喘いで、廻した腕に力を込めた。
可愛い。かわいい。
好きだって思った。
でも、別の気持ちも湧いた。
「ねえ」
少し乱暴に突き上げて、震える身体を締め付ける。
目を見開いて、だけど自分ではもう自由に動けなくて、駐在さんは黙っていた。
お人形さんみたいな人だ。兎に角、全然色気がない。
ううん、いつだってぼくはこんな姿みてるとハァハァしちゃうけど、何か、普通の人とは違う。生き物っていう感じが、あんまりしない人なんだ。
だから、だから、どんな風に驚くか、怖がるか、知りたくなるのかも。
「……ん……」
急に硬く、太くされて、駐在さんは小さく悲鳴を上げた。
構わずに、そのまま動かすと、染まった肌を更に染め上げて、ぼくにもたれて、息を吐いた。
「すごい……」
気持ち良いよ、と、ぼくは言ってあげた。
「こんなに締め付けて、ぼくもう」
おかしくなりそうだよ。なんて、囁く。
ぐったりぼくを見上げる半開きの瞳に、ぼくはそのことを言った。
「こんなにしたら、潰れちゃうかな」
最初は気付かなくて、途中でその意味に気付いて、固まった。
「な……」
そこを更に、深く抉って、優しくくすぐった。溶けそうに落ちる彼を浚って、続ける。
「きもちよかった?」
蒼白な顔で、ぼくから離れようとする。だけど、身体は思うように動かなくて、溺れそうになる。酷いコト言われて、傷ついて、だけど感じてるんだ。
「ねえ……どんなだった?」
ゾクゾクした。背中なんてどこにもないけど、ざわざわして、ぼくはその背徳的な情動に流される。
「でんでんむしの殻って、どんなカンジ?」
「……!」
そうなんじゃないかと思ったけど、正解。
そのことに触れられて、泣きそうな顔で首を振る。
「気持ちよくなって、それでかわいそうで、泣いちゃったんでしょ」
こわかったんでしょ。
そう言うと、身体を震わせて、駐在さんは悲鳴を上げた。ぼくは言葉で傷つけながら、優しく、執拗に身体を抉っていた。弱いトコロに触れられて、儚く喘いで、吐き出す。
「こんな風に……いっちゃったんでしょ……だって、駐在さん、感じやすい身体してるし」
達してしまってますます敏感になった身体を更に弄んで、ぼくは酷いコトを言った。
「でんでんむしとか入れられたって、感じちゃうよね」
「……そんな」
そんなコト、酷い。
涙がこぼれる。怯えた瞳が、そう言ってる。
ぼくに抉られて、押し開かれて、何度も首を振りながら言う。
「嫌……ちがう」
「ちがわないよ」
ぼくはにっこり微笑んで、腰を持ち上げて、ぐっと力を込めた。
「こんな風に……」
ぎり、と音がしそうなくらい歯を食いしばったけど、堪え切れなくて、がくりと突っ伏す。
「いっちゃうんでしょ」
「酷……嫌……いや……」
気持ち良いのか、怖い記憶に怯えてるのか、時折身体を震わせながら、ぼくから啜り取って、啜られて、駐在さんは何度も吐き出した。
「こ……こんなコト、酷い」
ぼくに抉られながら、駐在さんはぼろぼろ涙をこぼした。
「いや?」
「嫌、もう駄目、もう嫌だ」
「こわいの?」
子供みたいにしゃくり上げて、途切れがちな言葉を吐き出す。
「……怖い……」
「怖いコトされて、気持ち良くなっちゃって、嫌だよね」
ぼくは優しく動かしながら、別の触手で濡れた頬を拭ってあげた。
「そんなの、酷いよね」
こわかったよね、と、深く抱き締めて、絡み付く。
「ばか……ルナの変態!」
駐在さんは泣きながらぼくを罵った。
「うん……ごめんね」
「酷い……ひどいよ」
こんなのないよ、そう言って、また黙ってしまう。
気持ち良いんだ。
こんな時でも、ぼくを感じて、溶けそうになってる。
「だって、可愛かったんだもん」
「な……なにソレ」
「怖がってる時の顔、何かゾクゾクして、可愛くて、ハァハァしちゃった」
「……そ、そんなコト」
酷いよ。またぼろぼろ泣き出した背中をさすって、ぼくは謝った。
「ごめんね」
「……おまえ」
お前なんか、お前なんか、と、何度も言いながら涙を堪える。
「ぼくなんか」
ぼくは優しく駐在さんの肩を抱いて、こっちを向かせた。
やっぱり、可愛いなあ、と思う。
こんな顔、ぼくしかしらないんだよ。
「ぼくなんか、嫌い?」
「……」
駐在さんは、何も言わなかった。言葉の代わりに、ぼくから目を逸らせた。じっと見詰めていると、そっと視線を戻して、恥ずかしそうにぼくを見た。
ぼくは、愛しい人をぎゅっと抱き締めて言った。
「ぼくは好き」
あなたが大好き。
ぼくの言葉に、駐在さんはそっともたれて、また、腕を廻してくれた。
嫌いって言われるかなって思ったのに。
赦してくれるんだ。
大好き。そういうトコも、みんな好き。
「ごめんね、もうしないから」
そう言うと、また思い出したのか、ぽろっと涙をこぼした。
あやすように抱き締めて、今度は本当に、大好きって言いながら、その身体を押し開いた。
「泣かないで」
ぼくが、ぼくが守ってあげるから。
聞こえてるかどうかわからなかったけど、ぼくはやっぱり、ソレを口に出した。
ぼく、頑張るから。
あなたを、怖い目になんか遭わせない。
みんなを守るあなたを、ぼくが、守ってあげる。
(1stup→080719sat)
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