■keep-rabbit

 KEEP OUT.
 立ち入り禁止。
 俺の世界の言葉。俺に出来るたった一つは、その向こう側にある。
 黄色いテープに赤いラインの入ったソレは、警告文と一緒に招かれざるものを遮る。
 俺の世界は、その向こうにある。
 考えてみれば象徴的なテープだ。
 捜査の為の境界。
 こっち側は、警察の世界。
 ソレは俺達の張れる、魔導でもない、電脳でもない、法による結界だ。
 それなのに、そのテープは薄暗い地下室を見下ろして、蜘蛛の巣のように張り付いている。
 相応しい力のない結界へ、俺は強い怒りを覚えたが、それだけだった。
 今の俺には、その悪趣味でクソッタレなアレを剥がす手も足も、無かったからだ。
 禍々しい蜘蛛の結界が弾くのは、人気か? タダ俺を動揺させて悦ぶだけのパフォーマンスか?
 そして俺の拘束された身体では、憤ってみせても、相手を悦ばせるだけだった。
「ムカついてる? ムカついてるよね。君ってホントにキレやすいよね」
 ──黙れ変態!
「可愛いね」
 罵りたくてもそう出来なくて、ソレ用にあつらえたマニアックなテープで塞がれた口からは、むぐむぐとカッコ悪スギな呻き声しか上がらなかった。
 そうすれば、ヤツはますます悦ぶって分かってた。
 だけど、腹が立ってムダでも何か言ってやらなければ気が済まなかった。
 ──許せない。俺にこんなコトをしておいて、生きて帰れるなんて思うなよ。
 ヤツの瞳の奥から届く慈しむ目に、俺はなけなしの殺気を叩きつけた。
「素敵だよ。ホント君は真面目でソレでいてすごく気が強くて、それから……」
「……っ!」
 身じろぎしてみてもどうにもならない。ヤツは男にしては優しい手つきで、俺の装備一式を床に放り出した。その一つ一つを念入りにチェックし、愛しげに撫でると、俺の戦闘における癖やメンテナンスの不得手部分を指摘した。余計なお世話だったが、正論だった。
 だから、だから、俺より強いっていうのか?
 だから、自由にしても良いって思っているのか。
 冗談じゃない。
 そう思っても、俺はヤツのされるがままで丸腰になった。身に着けているのはボタンの引き千切れたシャツ、わざわざ残しておかれたネクタイと手袋、ベルトを緩められた制服のズボン。それから無理やり結線させられて今でもピリピリと刺激のあるうなじのコネクタ。診察台みたいなベッドの柵を通した手首の手錠。ソレだって本当なら俺がヤツにかける筈のモノだ。
 そうだ。
 俺はコイツを絶対タイホしてやる。
 俺をこんな恥ずかしい目に遭わせて自分だけ良い思いなんかさせてやらない。
 こうなればいっそ、メロメロにしてでも、コイツをふん縛ってやる。
 こんなことくらいで、俺の根性は折れたりしない。
 兎に角俺はその時は、そんな気持ちで、瞳を輝かせ変態丸出しの愛の言葉を囁くヤツの顔を見ていた。
「じゃ、どんなコトして欲しい?」
 ──バーカ、バーカ死ねヘンタイ!
 とでも言ってやりたいが、塞がれた口で何を言ってもアヤシイ呻き声を上げてヤツを悦ばせるだけだ。
 俺はただ黙って、目だけでヤツを殺せないか試していた。
「じゃあ、ボクがやりたいコトからさくっと始めちゃうよ」
 言うと、あっという間にヤツは俺の制服のズボンのベルトを引き抜いて背中の隙間から尻を撫でた。
 あんまりロコツな感じじゃなくて、初めてっぽい女の子にするように、なでなで、なでなで、と何度も触られた。
「やっぱり可愛いお尻だね。すべすべで、丸くて、小っちゃくて、でも身体動かしてるからしっかりしてるよね」
 そう言ってる間も、ヤツの冷たい手は、俺の尻をさわさわ触ってはその感触を堪能しているようだった。どんなだったか、熱っぽく語るヤツの言葉はどことなくおぼつかなくなってきていて、だけど。
 それは、それは俺も同じだった。
「可愛いな。可愛いな君は、素敵だよ」
 ヤツは耳元で囁いて、熱い吐息が絡んだ耳を舌先で突付いた。
「……ん……っ」
 こんなことおかしい。おかしいけど、俺は耐え切れずに呻いた。
「ああ……可愛いなあ。チューしたいな。でも君ゼッタイ咬み付くでしょ」
 なでなで。さわさわと、ヤツは暖かくなった手で、他に何をするでもなく、俺の尻を撫でる。
「んんっ……ふ……」
 こんな優しいなんて、ある意味痛いコトをされるよりよっぽど怖い。
 多分、こわかった。
「ん……」
 悪し様に罵ることさえも出来ない。ソレが余計俺を疲れさせたんだと思う。
「可愛い。可愛いねユイ」
「!!」
「知ってるよ。君のコトくらい。君が今の仕事する前に何だったのかも、ボクは知ってるし」
 ──君が初めてじゃないことだって。
「知ってるよ。でもいいよ。その方がいろんなコト出来そうだし」
 ヘコみつつある俺を楽しげに眺め、ヤツはことり、と小さな小瓶をサイドテーブルに置いた。
 俺はソレを見て、もう駄目かもしれないと思った。
 ソレは、俺の知ってるたった一人が作ったものと似ていたからだ。
「ね? もうしちゃう?」
 俺は首を振った。冗談じゃない。
 折れそうな気持ちを奮い立たせて、ヤツを睨む。
「でも」
 と、ヤツは拘束プログラムで自由に動かない俺の身体を優しく撫でて、ズボンに手をかけるとあっさり引き剥がした。
「えー。君ってトランクス派なの? もっと色気出してよ」
 ──何だよ変態! 死ね! 今すぐ殺してやる! 
 俺は赤面しているであろう自分の顔にも殺意を抱きつつ、精一杯、言葉は無くても気持ちをぶつけた。
「ま。いいか。そういうえっちなのは今度お兄さんが穿かせてあげるよ。今日はどうせこうして、すぐポイしちゃうんだしさ」
 言うと、ヤツはとうとう下着も投げ捨ててしまった。
 悔しくて恥ずかしくて、俺は泣きたくなったけど何とかこらえた。
「……っ」
 さわさわ、と今度は左脚の付け根と太ももの辺りに指を滑らし、ヤツは言った。
「すっごい、肌キレイだよね。柔らかくて、石鹸の匂いがする。これが作り物だなんて思えないよ」
 まああんなコト知っててコレを知らないなんてコトありえないか。
「ねえ、チューしていい?」
 良いワケがない。
 俺は首を振った。
「でもしちゃう」
 ヤツは俺の膝を強引に開かせると、そっと唇を近づける。
「んー! んー!」
 俺はじたばたともがいたが、ヤツの腕はぴくりともしなかった。
「だーいじょうぶだって、ソッチはまーだ」
 ナニが大丈夫なんだか。
 ヤツはちろりと出した舌で、さっき悦に入っていた脚の付け根、それに膝の裏とか、正直どうかしてるとしか思えないが靴下を剥がして足の指先までてらてらと這い回った。
 こんなどうしようもないフェチ野朗に、俺はメタメタにされた。
 ただ、ウサギが給水ボトルから水飲んでるだけだと思えば何のコトもない筈なのに、俺は、堪らなくなって何度も悲鳴を上げた。
 そんな俺の仕草に、ヤツは驚いたみたいだった。
「何かあんまりその蓋役に立たないね。正直こんなに感じてくれるなんて思わなかったからさ。びっくりしちゃった」
 言いながら、ヤツは憔悴した俺の顔を抱き締めて囁いた。
「でも、気持ち良いんだ」
 そして、がしがしと頭を撫でた。
「可愛いよ、可愛い」
 胸に当たる冷たい異形の感触に、俺はびくり、と身体を震わせた。
 コレは、アレだ。
「ユイ。好きだよ。キミが大好きだ。ボクもそろそろイイコトしたい」
 ──嫌。嫌だ。
 ホントにイヤか? どこかでそんな気もするけど、でも、イヤだ。
 俺は、どうしようも無くなって、ただ子供のようにイヤイヤと首を振る。
「おっぱいとか触っちゃおうかな。その前にチューしよう」
「……」
「どう? どうかな? 気持ちいい?」
 胸から顔を上げて、ヤツはにこりと微笑んだ。
 楽しそうに指を這わせて、また、唇を寄せる。
「んんっ……ん……」
 嫌だ。怖いから。どうにかなってしまうそうで怖い。嫌だ。心が薄くなってしまう。
「ああ……可愛いなキミは……泣いちゃったね」
 ヤツは、俺の涙を吸うと、優しく髪を梳いた。
「だけど、ボクももう限界かな。ごめんね」
 そう言うと、例の小瓶を、俺の腹の上に半分程落とした。冷たくて、びくりと震えてしまう。
「イイコトしてあげるよ」


「……ん……んん……! ん……」
 テープで塞がれて息が苦しい。
 でももっと苦しいのは、別のトコロ。
「ねえ、もういきそうなんじゃない?」
 言われると、自分でも分かるくらい顔が熱くなった。
 こんなコト……コイツが何なのか忘れたのか俺……!
 でも……ダメだった。腹を立てても、殺意を奮い立てても、もう戻れなかった。


「可愛いかった。キミ最高にエロかった。大好きだよ」
 俺はそんなヤツの言葉に視線で斬りつける気力ももう無かった。
 ボロボロの俺の顔を見て、ヤツはにっこり微笑んで言った。
「じゃ、次はボクの番」


 ヤツは俺を手錠とコネクタで拘束したまま自分の膝に座らせた。
 その時に腹の上に零されたのが最後の一瓶と半分。
 ソレをそっとすくい上げて、入れる。
「んんっ……!」
 痛くないって言うヤツがいたら、まず正気じゃない。
 ゼッタイ、何度やられたって最初に踏み込まれるのは怖い。
 第一、こんな知らない男、ホントに嫌だ。
 綺麗な手、こういうコトする連中にしては、優しい方だ。
 だけど、その指も、入ってくるとなれば気持ち悪い。
 長い指だったなと思う。
 あんなに入れられるのかと思うと怖くておかしくなりそうだった。
 どこか、奥のほう、その辺がなんだか怖い。
 痛みや嫌悪感を忘れるナニカがソコにはあって、俺はソレも怖かった。
 だから、こうやって口を塞がれたままなのがせめてもの救いだと思った。
 なけなしの道徳心も無くしそうになって呻く俺の顔を見て、ヤツはぽつりと言った。
「こんなのもういらないよね」
「……!」
 ヤツはどうしようもない姿の俺から、テープを剥がしてしまった。
「チューしていい? いいよね」
 牙を折られた俺に、ヤツは優しく口付ける。
 柔らかな舌が絡みつく。心が、白い闇に沈んでいく。
 ヤツの綺麗な指はいくつ埋まっているんだろうか。2本目までは覚えていたけど。
 わからない。
 だけどソレを感じて、俺はヤツの舌に唇を塞がれてさえ、自分でもぞっとするような声を漏らした。
「ユイ」
「……」
 愛しげに名前を呼ばれて、俺は焦点の合わない瞳を向けた。
「何か、して欲しいコトある?」
 俺は、弱々しく首を振った。
「じゃ、もういい?」
 ソレにも、首を振る。
 こんなハズじゃ、なかったのに。
 優しく指を折り曲げられて、俺は悲鳴を上げる。
「あう……」
「こういうのがいいの?」
「ん……んんっ……あ……あ、やだ」
「イヤ?」
 首を振る。
「じゃ、挿れて欲しい?」


「気持ち良い?」
「んく……あふ……」
 ヤツの身体は指なんかよりずっと苦しくて、でも心が沈んでしまうのはもっと早かった。
 膝に乗せた俺の身体を撫でたりさすったりしながら、時々軽く揺さぶる。
 それが……いちばんすごいコト。
 正気でいられるのかどうか、もう俺にはわからない。
 唇に滑り込まれた綺麗な指も、ヤツと何度も何度もキスした舌を、それでも足りないくらい弄ぶ。
 多分、誰かに聞かれたら、俺はもう死ぬんじゃないかって思われそう。
 すごい声とか、出してると思う。
 でも、それももう、俺にはよく分からなかった。
 何時間、何度こうしているのかも。

 
「ユイ。キミは最高だ。ホント可愛いかったよ」
「……」
 俺は朦朧とした意識ながら、それでも必死でヤツを捕まえようと気力を奮い立たせた。
 が、どうにもならないものはならない。
 ここまでメタメタにされても、まだ、完璧には折れない──正直自分でも驚いてるが──俺を見て、彼は優しく微笑んだ。
「キミのエロい声、もう一度聞くまでボクは死なないよ」
 意識が沈む前に、俺はヤツの声をもう一度聞いた。
「好きだよユイ。愛してる」


 ……コレが俺の恥ずかしい記憶。
 のヒトツ。
 自分で言ってて虚しいけど、ま、こんなコトこの街では珍しくもないってコトだ。
 あーあ。
 ま、あんまり後ろ向きになっててもしょうがないので明日もぼちぼち歩くことにする。

 (1stup→080120sun)


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