■そんな日です
あーそういやそんな日かとのぼりを見る。
ハートがプリントされたピンクののぼりには『バレンタインフェア』と書いてある。
腹が減ってるせいか、なんとなく、甘い匂いがしてきた気がする。
思えば、浮ついた雰囲気がいつも呪わしかったのに、いまはそんなに、腹も立たない。その点は、気のせいだと思いたい。
別に、いつだって馬鹿馬鹿しいと思うけど、でも、アレなんかちょっとうまそうじゃないか?
そう、晩ご飯がまだだから、何でもかんでも欲しくなるんだと、彼は理由を考えた。
階段を降りると、気のせいじゃない甘い匂いがしてきた。
それと、思った程の混雑でないことにも気付く。
しかも、思った程、女性の姿がない。
それはもう、14日当日になってそんな売り場に用のある女性はあまりいないものであるが、そこまで、このダメ男には気が回らない。
ピンクのハートだけじゃなくて、それぞれの店舗が自分のブランドイメージを押し出した色を添えている。
大抵の店には、既に包装を終えた箱なんかが堆く積まれていたりする。
ユイはふと思った。
こんなにあったら、多分今日中に掃ける事はないだろう。
だったら、何もこんな日に買わなくても、もしかしたら、クリスマスのイチゴみたいにリニューアルされるかもしれない。とか。
セコい考えを、駅前で貰った下らないチラシと一緒にゴミ箱へ捨てる。
そうじゃなくて、多分、その日である事に意味がある。
縁起物とはそういうものだ。
と思う。
甘いものなら、自分がおいしいと思うものをあげても問題ないだろう。
甘いものは好きだ。
それで、ユイは自分好みな種類がないか、ざっくり見て回ることにした。
思った程でなくても、百貨店の地下は、この時間いつも込んでいる。
疲れるし、暑い。
そこに、涼しげな声が。
聞き覚えのある声だけど、何故、と思う。
そっちをみると、ちょっと他とは違う人だかり。
それで、ユイはナニがあるのか分かった。
チョコレートと、可愛い店員さん。
シエルは、シイナなんて使ってるのか。
そのメーカーは、ユイも知ってる高品質で有名なお菓子のブランドである。
まあ、宣伝費用も桁違いだろう。
しかし、ソレをこんな風に使うか、と少し呆れる。
でも、チョットだけ、萌えのカミサマありがとう、と罰当たりな感謝もした。
シエルのチョコレートは、一粒一粒バラ売りされている。
ケーキやドーナツのように、選ぶと店員さんが詰めてくれる。
だから、少し時間が掛かる。
しかも、あのシイナたんが対応してくれるなら、とギャラリーは満載だ。
写メールを撮ったり、小さい女の子が握手をしたり、彼女は人気者だった。
年末に鳴り物入りで現れた、ゆうなぎまてりある最新モデルのサイバーリングなら、これくらいのファンがいてもおかしくはない。
実物に間近に接する機会なんて、滅多に無いからだ。
街角で見かけても、せいぜい、すれ違いざまに眺める程度。
会話できるチャンスがあるなら、誰だって逃さないだろう。
男や家族連ればかりの列で、ユイはコッソリ胸を撫で下ろした。
聞くとはなしに聞いてみると、甘い物好きのお父さんや、限定版のチョコレート目当てだなんていう会話も少なくない。理由は、新型ロボ子への不純なアコガレだけではないらしい。
確かに、シエルのプラリネはどれもおいしい。まあ、高いけど。
ユイは幾分か軽くなった気持ちで、ヤツならどんなのが好きだろうかと、列の隙間からショーケースを眺めた。
「じゃあ、ソレとソレ」
「こちらの商品ですね」
マジで引田園子の声でしゃべってる。と今更ながら驚く。
無意味に露出しすぎてない衣装も、よく出来てると思う。
ルナには悪いけど、おかげで癒されたかも。
「ラッピングはどちらになさいますか」
その前に、聞くことがあるだろう。
そのパステルカラーのハート柄と、水色とピンクと白の花がプリントされた包装紙、どっちを選ぶとかじゃなくて。
自分の前の兄さんに聞いたみたいに、ご自宅用ですか? とかプレゼント包装は必要でしょうか? とか。
イロイロあるハズだ。
「……いらないです。家で食うんで」
取り返しのつかない間。
「あ、でも結構いらっしゃるんですよ、彼女さんに買って行かれる方も」
と、スマイル0円。
ちょっと青髪ほうきツインだからって、と思いつつも何も言えないユイ。
そうだ、日々に毎回キレる程自分は心の狭い男じゃない。もう大人だし。
今更って言えば今更すぎるけど、でも、ココまで差をつけられると正直がっくりくる。この行列でソレはないだろう。
あ、とかでもってなんだよ、リアルな反応しやがって。
あ、この人男だったんだ、とか何とか、イロイロ省略して演算するな、とか怨恨呪詛モードにはなった。
でも、園やんの声だと思うと怒ろうという気力が出なかった。
萌えの前にはこんなにも人は無力なのだろうか、とユイはトホホな帰路についた。
(1stup→080214thu)
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