■きいちゃった

「……ぁ……お願い……も……許して」
 何度聞いても、どきどきする声。ぼくを突き刺すみたいな悲鳴。
 こんなこと、いけないってわかってるけど、だけど、だけど、やめるなんて無理。
「ダメだよ」
 ぼくはにこりと笑いながら、弱いトコロをそっと撫でた。
 火照った肌に触れる、優しい毛糸の束。
 ぼくの編んだ長い長いマフラーの先には、さすがに名前まで入れられなかったけど──ソレは結構難しいし──色違いの線。
 これくらいなら、おこられないかなと思って、付けた印。こんなのにも、この人は気付いてくれたのかな、ちょっと、心配だったけど、多分、知ってたと思う。
 後ろ向きに括った腕の方には、淡い緑色のライン。
 オレンジ色のラインは、ぼくの手にある。
 手首を縛って細い胴に巻きつけても、かなり余ってる。言ってたみたいに、変身したあとのあのウロコのある首に巻いたって、多分使える。
 思ってもみない、使い途。
 だって、あんなこと、言うんだもん。
 何でこんなに長く編んだのかって、イロイロ考えて、駐在さんはバカなことを言った。これで自分を縛るつもりなのかなんて、勝手に怯えて怒ろうとかして、可愛かった。
 もう、おバカなんだから。
 こんな長いマフラー、恋人にあげたら、することは決まってる。
 二人で並んで、首に巻く。
 それなのに、ぼくのことエロスライムだなんて、失礼しちゃう。
 だけど、おこらないで、一緒に座って、巻いてくれた。
 外じゃゼッタイ駄目だって、言ってたけど、ま、ソレはわかってたから。
 しあわせで、嬉しかった。
 照れ屋なあの人が何故かあんな日に買ってきてくれたチョコレートも、心も、大好きで甘かった。
 それで、隣で恥ずかしそうに僕のマフラーにくるまってるあの人も、溶けそうで可愛かった。
 だから、何だかもう、喰べてしまいたくなった。
 考えちゃ駄目だって思ったけど、なんか、イイコトしたいっていう思いに駆られた。
 バレンタインの神様にバチをあてられる、なんてそのトキはカン違いだったけどお説教されかけたトコだったから、その日は何とか、何とか心の隅に丸めてポイできた。


 でも、ゴミ箱に捨てることは、できなかったんだ。


 そんなこと。
 時々、引き出しから引っ張り出して、ぼくに気付かれないよう──その努力は報われなかったけど──コッソリ眺めたりとか。
 あの人はそんなこと、してた。
 だから、ぼくはだんだん耐え切れなくなって、溶けたチョコレートみたいに、頭が蕩けてしまった。
 お返しのマシュマロみたいな白い月は冷たかったけど、ぼくはぐみゃぐみゃでドロドロで、形なんかなくなってた。それはいつもだけど。
 その場で抱き締めて、押し倒して、何度もキスして溶かしちゃった。
 可愛いよ、だいすき。
 ぼくのただならぬ様子にあの人は戸惑ったみたいだけど、もう遅い。途中までしちゃったら、いつだって逃げられないのは知ってる。
 駄目、明日早いから、今から寝るトコロ、というセリフも聞かないフリで、パジャマのまま、風呂場に引きずり込んだ。
「やっ……駄目、駄目だって」
 じたばたする身体を押さえつけて、ちょっと熱めのシャワーをかけた。
 頭からお湯を被って、駐在さんはぷは、と可愛く咳き込んだ。
「な……何する気」
 言い終わる前にちょっとキスして、ぼくは言葉を取った。
「イイコト」
 濡れたパジャマは脱がしにくかったから、ぼくは少し乱暴に、ボタンの位置で布を引き裂いた。
 破れる音に、小さくびくっとして、ぼくの顔を見た。
 大丈夫。多分、殺されたりはしない。
 ちょっと怯えてる。ぼくのすることに。
 だから、少なくとも今はもう、この人は猟犬じゃない。
 ぼくだけの可愛い人。


 洗うっていうより、なでなでするのが目的なんだけど、ふわふわの泡を作って、くっつけて、流す。
 触れる度に、弱々しく抗う。呼吸は甘くて、鼓動はとても速くなって、ソレが余計ぼくを熱くさせた。
 また頭からお湯をかけて、すっきり洗い流してから、ぼくは手に、新しい泡を作った。
 優しい香りのボディソープの泡でお尻を撫でて、そっと、指を伸ばした。
 これからすることの為には、傷付けないように、柔らかにしてあげないと駄目。
 泡を押し込むみたいに拡げて、優しく撫でる。
「……っ」
 お湯とは違う熱い感触が、ぼくの胸に零れた。
 涙。
 長いまつげの端から涙をこぼして、訴えた。
「い……た」
 わかってる。多分、痛いと思う。
「……やめ……て……」
 痛いよね。石鹸て、こんなコトする為のものじゃないから、結構しみるんだって、どこかで聞いた。知ってたけど、ぼくはいつものやり方じゃなくて、こんな方法を選んだ。
 寝る前だったからピアスのない耳を甘噛みして、ぼくは揃えていた指をいっぱいまで拡げた。
「や……痛い……駄目……」
「痛いの?」
 そんなことわかってるのにわざわざ訊くぼくを見て、駐在さんは溜まった涙を溢れさせた。
 ぼくはにっこり微笑んだまま、泡を押し込んだり、掻き出したり、繰り返した。
「いや……」
 指を動かすたびに、びくっと肩を震わせてる。涙と濡れた髪が張り付いた頬にも、さっと朱がさした。
「でも、感じてるんでしょ」
 だったら、これでいいでしょ、とぼくは意地悪を言った。
「やだ」
 反対の手で、顎を強引に寄せて、少し乱暴にキスした。奪うみたいに、ちょっと噛み付く。気絶しそうな顔を見る。
「どうしてほしいの?」
 そのまま床に押し付けて、指を抜かないままのお尻だけを持ち上げて、ぼくは聞いた。
「……やさしく……して……」
 痛みと快感、ぼくの強引さに怯えた瞳は弱々しくて、胸がきゅっとなった。
 こんな人がぼくのものだなんて、しあわせ。
 でも、今は滅茶苦茶にしたい。
「ぼく、優しくないかな」
 ぼくはゆっくり言葉を吐き出した。
「どこが、やさしくない?」
 教えて、と囁くと、消え入りそうな声が返ってきた。
「いたい……これ」
 ぼくの腕を掴んで、懸命に訴える。
 儚い力をやんわり振り解いて、もっと深く。
「かはっ……」
 虚ろな目を見開いて、涙をぱたぱたこぼす。
「駄、目……せっけん、いれないで」
「いいけど、何にもナシだともっと酷いよ」
 ここで終わりっていう選択肢は、ない。
「どうするの?」
「いつも……」
「なあに」
 手を止めて、ぼくは耳を傾けた。
「いつも、してくれてる……みたいに」
 そっと頬を撫でると、駐在さんはほっとしたのか目を閉じた。
「それって、何のこと?」
 耳もとで囁いて、ぼくは笑った。
「ちゃんといわなきゃ、わからないよ」
 はっとして開いた目は、子猫みたいに可愛かった。
「や……いやっ……」
 暫く強引に辿ってから、ぼくは引き抜いた指を見せ付けた。
 とろりとした泡が、床を伝う。
「どんなこと? 何をして欲しいの」
「ルナの……作ったので……」
「うん」
「してほしい」


 すっかり溶けちゃった悲鳴で、駐在さんはぼくにあずけた身体を震わせた。
 伸ばした触手で、小さな傷痕を癒してあげる。
 甘い魔力で、石鹸が優しく穿った傷を塞ぐ。
「ぼくの粘液って、そんなにきもちいい?」
 力のない頭を撫でて、ぼくは囁いた。
 そういう能力なんだから、当たり前なんだけど。
 ぼくには人間が使うような液体とかクリームはいらない。好きなときにいつでも、この身体の中から甘い雫を作り出せる。
 物体を溶かしたり、こうして、傷を癒したりとか、心を溶かしたり。
「あのね」
 ぼくは優しくあやすように抱き締めて、そのことを言った。
「駐在さんがいけないんだよ」
 あんなこと、
「ぼくのこと変態扱いしちゃうから」
 まあ、そうなんだけど。
「だから、どうしても、したくなったんだ」
 そうだ、何て言われてももういい。
 ぼくはもう逃げられない駐在さんの身体を浴槽の縁にもたせかけ、長い毛糸の塊を手に取った。
「言ってたみたいに、縛ってあげる」


「! そんなコトしたら、こわれる」
 いいでしょ。
「大丈夫。あとで治してあげるから」
 残酷なコトを言って、ぼくは微笑んだ。
 ここまできたら、もう、最後までしたいことをする。
「いやだ……そんなの……入らない……」
 可愛いふわふわの毛糸の束も、今のこの人には恐怖アイテムなんだろうなと思うと、ゾクゾクした。
「そんなコトないよ」
 そう、人間には無理かもしれないけど。
「こうやって巻き付けたら、ね」
「やっ……嫌っ!」
 ぼくの触手を包んだソレでくすぐっただけで、駐在さんは子供みたいに悲鳴を上げた。
「いたい……痛いよ……絶対……だめ」
 ひくっとしゃくり上げて、ぼくを見る。
 思い込み、なんだけど。多分これだけ柔らかくしてたら、入ると思う。
 でも、駄目って思ってる以上は、絶対ダメなんだろうな。
 もうひと押し、堕とさないと駄目みたい。
「じゃあ、もっとちゃんと入るように、してあげて」
 ぼくは優しく笑うと毛糸の端を、可愛いお腹の上に置いた。
「滑りやすくしてあげたら、痛くないんじゃない?」
 なんて言って、触手を巻きつけて、握ってみる。
「……! そんなの」
 酷いよ、って言いながらも、ぼくが力を込めると、やんわり腰を浮かせた。
「ほら、ぼくも手伝ってあげるから、駐在さんので、いっぱいにしてあげて」
「は……あっ……」
 白い飛沫が、オレンジ色のラインを染める。
 ぼくの頭の中も、酷い光景で白く霞んだ。
 ぼくのやってることは滅茶苦茶だ。でも、
「もっといっぱい、触ってあげるね」
 自分を抑えられない。
 膨らみのない胸にも、小さいお尻にも、もっと奥にも。ぼくは触手を滑らせた。
 緩めたり、震わせたりする度に、白い雫が、白い毛糸を染める。
 今日はもう少し、可愛い声を聴きたかったから、口は塞がない。
 長い間、ずっとそうした。
「おねがい……もう」
 許して。死んじゃいそうな瞳がぼくに縋りつく。
 駄目だよ。駄目。
 イイコト、するんだから。
「これだけ……」
 ぼくは自分でも熱くなってるのが分かるくらい浮かされた声で、そのことを言った。
「これだけベタベタになってたら、きっといたくないよ」
「……や……ぁ……んっ……」
 ぼくはもう、返事を聞かないで、ソレを押し込んだ。
 何だかもうわからないものになってしまった、元はふわふわだった毛糸のマフラー。
 ぼくの触手に絡まって、可愛い人の、身体を抉る。
 イキモノの感触と違う刺激に、華奢な肩が震えた。
 こんなことでも、反応してしまうなんて、繊細すぎてかわいそうだけど、淫らな身体だと思った。
「ほら、ちゃんと入った」
 ぼくはそっと触手だけを抜いて、身体の中に毛糸の束を残した。
 ぼくの粘液と、この人の身体が作った雫に染まった、マフラーだったもの。
 だけど、こうしてみると、まるで生きものみたいだった。ぼくみたいな、異形な何か。
 ホントに、この人は、啜られてる為に生まれてきたみたいだった。考えちゃいけないことだったけど、思わずにはいられない。
 お人形さんみたいな、ぼくの大事な人。
 両手で頬を挟んで、唇を奪う。視線が合ったから、ぼくは気持ちを込めて、微笑んだ。こんなトキだけど、幸せだった。
 向かい合わせに抱き締めて、膝の上に乗せる。
 軽い身体。爪や牙があるなんて思えない。
 身体を動かすと、刺激になるみたいだった。小さく息を吐いて、身じろぎする。
 濡れた毛糸の感触を思い出して、ぼくはゾクゾクした。
 いつもしてるみたいに、唇を開かせて、可愛い舌に触れる。ぺたんこのお腹に、淡く色のついた胸に。
「んく……」
「どう? きもちいい?」
 ぼくは残酷な妄想で自分の方がいっぱいいっぱいになりながら、優しく訊いた。
「ぎゅって、こうすると、締め付けるんだよね、いつも」
 そう、いつもしてること。
「ぼくのこと、きゅうって締め付けて、感じてるみたいに、いまも、気持ち良いんでしょ」
 締め付けると、多分、ざらっとした感触がずっと強くなると思う、そうすれば、もっと、身体が反応しちゃうんだけど。
 思ったととおり、自分で自分の反応に促されて、ぼくが手を止めても、身体が震えてる。
 びくっとして、ぼくから滑り落ちそうになるので、抱き寄せて、支えてあげる。
 締め上げられて、マフラーからは、余った水滴が、艶かしい音をさせて零れた。
「ね、もっと、やらしいトコ……みせて」
 ぼくは堪らなくなって、染まった毛糸を引き抜いた。
 声も出せないで、ぼくの腕の中で駐在さんは気を失った。


「ねえ……どうだった?」
 シャワーの湯気の中で、猫みたいに床に伏せる姿を見下ろす。
「ユイ」
 返事して。
「は……い」
 ぼくの声に、虚ろな視線が動いた。
「もう一回、しよっか」
 細い腰を持ち上げて、指を滑らせる。
 きゅっと絡みつきながら、澱んだ瞳がうなずいた。

 (1stup→080214thu)


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