■碧玉花

 苦しい。
 窮屈で、痛くて、息が止まりそう。
 でも、身体の奥は、熱くて、自分を作っている何かが、[ほど]けそうだった。
 全てを知っているように、這い回る不定形な闇の指。
 触手は、自由にならない身体から、タマシイみたいなものまでこそげ取っていく。引き換えに吐き出されるものが、心を不快な昂まりに突き上げる。
 昇り詰めて、昇り詰めて、弛緩する。
 ──何で俺、犯されてんの?
 ユイは、おぼつかない頭を動かした。
 少し伸びた髪が頬に掛かる。サイドで細く結わえられた紅いリボンが視界に入る。残った方の角に巻かれた小さな飾りが、乾いて澄んだ音を立てた。
 それは、貫かれ、絡みつくいかがわしい音よりも、ずっとずっと微かだった。
 悲しげで、寂しい音だと思う。
 そういえば、そこだって弱いトコロだから、執拗に締め上げられている尻尾にも、揃いの飾りがあった。小さな宝石をくぐらせた、優しいデザイン。
 自分の声にかき消されそうな、透明で小さな音が揺れる。
 日毎死んでいく心で、いつまで知覚できるだろうか。
 どうして、こんな事に。
 苦しかった。
「あ……」
 何度となく吐き出された。
「……ぅく……」
 駄目。
「も……」
 もう駄目。
 抜かれないまま、何度も吐き出されて、訴えてしまう。
 行き場がなくて、苦しい。
 朦朧とする。
 壊れそうだった。
 それなのに、身体は違う悲鳴をあげていた。
 冥い快感。間近にあるのは、認めたくない、淫らな息遣い。
 底のない闇の中、自分は一人で浮かんでいる。
 時折、人のものでない声が、どこからか響いて来る。
 それは、混沌を讃える叫びだった。黄昏の世界の歌だった。
 いつからか、世界は異形に包まれた。
 そうだった。
 いつからか、自分はこうして捕らえられている。
 身体を縛る細い布。繊細な紋様が施されたリボン。その暗くも美しい記号の並びは、びっしりと書き込まれた封印のスペル。
 きつめに嵌められた首輪にも、同じ模様。金具からは鎖。捕らわれの証。
 力というか、闘争心。そんなものまで消えていく。死なない程度に、少しずつ吸い取って、弱らせる。
 優雅にもみえる飾り布が、柔らかに、無慈悲にユイの薄っぺらな身体を浮かせていた。
 どこから伸びているのかは、闇が深すぎてわからない。
 何度も引きちぎろうとして、叩きのめされた。
 もう、それがどのくらい前のことなのか、記憶は曖昧になりかけている。ただ、自分ならそうするだろうと、虚ろな心で思った。
 手足のあちこちに巻かれた包帯が、多分その痕。
 空しく羽ばたく度に痛む翼の傷も、幾つかは戒めに貫かれたものだ。
 派手に引き裂かれた皮膜が、惨めに垂れ下がっている。多分、もう飛べない。
 空腹だった。
 だから、傷は殆ど癒えなかった。
 いつ解放されるのか、使うあてのない翼に回す余裕はなかった。
 折られた角も、思い出したように、ずきずきと傷むけど、どうにもできない。
 闇の中で、永遠に啜られる。
 それが、自分に与えられた役割。
「ん……」
 柔らかな闇が、唇をすり抜ける。口の中を蹂躙して、触手は身を震わせた。
 ごぷ、と音がして、流し込まれる。忌まわしい、濁ったナニカ。
 だけどソレが、与えられる唯一の糧だった。
 それでも、得体の知れない精気に酔う。他に、喰えるものはなかった。
 引き裂かれて、こじ開けられて、貫かれても、こちらから啜ることは出来なくて、奪われる一方だった。
 ただ生かされる為だけの、粗末ですらない食事。
 食べると表現するだけでも、咎になるかもしれない。一体何で出来ているのか。
 無理矢理押し込まれても、全部は飲み込めない。息苦しさに、涙が伝う。
 濡れたユイの頬を、誰かが拭った。
「泣いていいなんて、言ってないよ」
 美しい指先に付いた透明な水滴を、彼は愛しげに舐め取った。
「涙だって、勝手に出すことは許さない。この身体はもう、ぼくのものなんだから」
 昔のように、にこりと微笑んで、括った先を乱暴に弾いた。
「あっ……う」
 リボンに編み込まれた小さな鈴が、かわいそうなくらい、可憐な音を立てた。
 揺れる音の分だけ苛まれて、ユイはぼろぼろ涙をこぼした。
「泣くなって言った」
 冷たい声に、顔を上げると、冷たすぎる瞳が、自分を見下ろしていた。
 綺麗すぎる、青年の顔。
 ルナは、今も綺麗だった。


 違う。
 単なる美しさで並べたら、今の方が勝っている。
 圧倒的な存在感。見る者を灼く輝き。
 魔性、という言葉は、こう使うトコロだ。
 昔の自分なら、そんな風に皮肉ったかもしれない。
 ユイはただ、吊されたままで、ぐったりと考えた。
 ルナはそんなユイの顎を掴んで持ち上げた。溜まっていた涙が、流れて奈落へこぼれる。
 今も昔も変わらない、純粋で美しい雫だとルナは思った。
 儚げに輝きながら、長い闇を落ちる。
 今のルナの瞳なら、底まで追える。
 但し、たどり着きはしない。
 かさかさ、キイキイと耳障りな音がする。砕く音、潰す音に、奪い合っている様子が手に取るようにわかった。
 気配だけなら、ユイにもわかるようだ。
 陵辱に耐えるときとは違う動揺に、ルナは冷たく笑った。
「ホラ、余計に涙こぼすから、ケンカになった」
 涙一つで、殺し合う。
 聖なる因子を持った身体、闇に閉ざされた世界でも、誰もが欲しがった。
 むしろ、冥い闇であるからこそ、淡い輝きが必要なのかもしれないが。
「彼らが」
 ルナは何気なくといった調子で口にした。
「あなたを見付けたらどういう反応するだろう」
 びくっと震える姿を見て、ルナは優しく言った。
「怖い?」
 袖口から直接触手を走らせる。リボンと重ねて締め付けながら、気持ちを聞いた。
 知ってる。
 削られて、答えることすらままならない。それと、その沈黙が孕むものとか。
 薄い布が何枚も重なった衣装が、ひらひらと揺れる。
 所々、効果的に魅了するように覗いた肌に、戒めがきつく、食い込んだ。
 ずっと潜り込ませたままの触手を、硬くして突き上げる。
「……っ」
 華奢な身体が軋む。
 小さな鈴がまた、可愛い音を立てた。括られ、せき止められた先からは、それでも透き通った露がこぼれそうだった。
「かはっ……」
 傷だらけのタマシイから、甘い精気を啜り取る。
 一際艶やかな感触と同時に、くぐもった手応えがあった。
 今ので、胴の骨辺りを、傷付けたかもしれない。
「喰べられたって、どうせ死なないんでしょ」
 殆ど不死身なんだから、と言葉を投げながら、ルナは触手を引き抜いた。
 深くもぐり込んでいた触手は、白い糸を長く引いて、暗闇へ消えた。
 流し込まれたままだった精が溢れて、清楚な姿を汚した。
「んっ……あ……」
 ルナが小さな腹を押しながら撫でると、ユイは身体を震わせた。その何とも言えない圧迫感に翻弄される。
 小柄な身体のどこに潜んでいたのか、尋常でない量の白く濁った液体が、闇の底へしたたり落ちた。
 混沌のものどもが、奪い合い、啜る。繰り返される呻きに、ユイは悲しげに瞳を閉じた。


「どうして、言うこと聞けないかな」
「んっ……」
 勝手に気絶しない、ルナはそうなじって、はだけた胸に吸い付いた。
 片方の手で、優しくつまんで時々爪を立てる。
 甘噛みして何度も舌でなぞると、窮屈な身体を、いっぱいまで反らせた。弱々しい羽ばたきと、か細い啼き声が響く。
「いきたい?」
 鈴を弾いて、ルナはからかった。
「……っ!」
 懸命にこらえても、涙は溢れて落ちた。
「ていうか、イくのはいけるんだよね、あなたの場合」
 言われて、ユイは濡れた頬を一層赤くした。いたたまれなくなって、顔を背ける。
 その仕草を冷たく見下して、ルナは括ったリボンの上から強く握り締めた。
「……やっ……」
 優しく、強く、柔らかに、激しく、ルナは解かないまま執拗に愛撫を繰り返した。
 喘がせて、喘がせて、気絶させる。
 以前酷く抵抗した時に、出来た傷にした手当てが、無駄になった。
 包帯が解けて、戒めに削られた傷跡で赤く染まる。
 さすがに血となれば、格が違う。
 闇が弾けて、湧いている。
「休まないで」
「……」
 揺り起こして、惨状を、その絶叫を聞かせる。
 入りきらない力で、身じろぎする。
「聞こえるね。あなたの血で、闇が騒いでいる」


 闇が湧く、異様な呪詛と熱気の中で、ルナはユイを犯した。
 変わらずあの可憐な戒めは残したまま。儚い音色が残酷に響く。
 今度は意識が飛ぶ寸前に、手を止めて聞いた。
「解いてあげようか」
 よほど限界なのか、悲しげな心よりも身体はずっと正直だった。
 優しい言葉に、細い腰が跳ね上がって鈴が音を立てた。
「あうっ……ぅあ」
 焦点の合わない瞳からは涙が溢れ、半開きの口から覗く舌先には、透明な唾液が絡んでいた。
「淫らだね」
「は……う」
 いっぱいいっぱいまで勃ち上がった裏側をつ、と指で辿る。身体ごと、ひくっと動いて、切なげに腰をぶつけてきた。
「あなたの精なら、ぼくの軍勢はきっと、一段と強化される」
 優しく口付けて、にこりと笑う。
「また、強力なナニカが生まれるかもしれない」
 再び握った手を乱暴に動かして、絶望に見開いた瞳を覗き込む。
「僕を魔王にしたみたいにね」


 愛してる。愛してる。
 何度も囁かれた、甘い記憶。
 無垢な恋に優しく押し開かれて、稀有なる糧を与え続けた。
 その精は、牙を持たない恋人を、数万の異形の覇者に変えた。
 均衡の崩れた影の世界は、争い、互いに喰い合いながら実体を持った。
 彼とその覇権を競うものの手に、混沌に沈んだ人の世がある。
 それが、今の世界だった。
 概ね人畜無害な一匹の魔物を、黄昏の王にも変える。
 それが、聖なるニエの力だった。


「あなたの血に、みんな狂わされる。あなたが欲しくて、壊れるんだ」
 ぼくもきっと、壊れてる。
 だからあなたを、ぼくのものに。
 この星辰で、永遠にする。


 ユイはもう、自分が正気なのかそうでないのかわからなかった。
 ルナに茶化されなくても、吐き出したくて、出したくて、おかしくなりそうだった。
 だけど、怖くて、出来なかった。
 ほどいてほしいって、言えなかった。
 言わなければずっとこのまま。
 多分、壊れるまで啜られる。
 ルナはきっとそうする。
 誰よりも、誰よりも、ソレを知ってる。
 ルナは変わってしまったけど変わってない。
 愛してるって、好きだよって言ってくれるルナはもういないけど。
 それは、自分が消してしまった。
 ユイは思った。
 自分を大好きだったルナがいなくなったなら、ルナが好きだった自分もまた、いないのと同じではないか。
 ──だったら、あのときに、もう俺は消えてしまってた。
 大好きだったルナと一緒に。


 絶望にひび割れた心に、快感が染み透る。
 括られたまま貫かれて、ユイはもう何度目か、今度は酷く熱い昂まりを感じて気を失った。
「は……ぁ……ん……」
 窮屈な腹の中で蠢く触手を、愛しいとさえ思った。
 いっぱいまで突かれて、たっぷり出されると、身体が自由に動かなくなる。ナニカ大切なものを啜り取られて、頭が真っ白になる。
 だけど、はやく、ソレをしてほしかった。
 そして、一緒に、
「うあ……」
 ルナの冷たい瞳に、身体の奥まで晒される。
 多分、欲しくて身体が壊れそうなんて、もう知ってる。
「……も……出さ……て」
「いいよ」


「あ……それいや……」
 しゃら、という鎖の音にユイは少し壊れた口調で怯えた。
 これでしようね、とルナが取り出した小物には、凝った装飾がされていた。張型と呼ぶには、少し頼りないくらいのアイテム。目的からは想像のつかない、繊細なつくりだった。
 所々にからんだ金の鎖が、優美ながらも残酷なデザインだった。
 だけど、次に使う儀式用のソレよりはずっと優しい。
 それに、コレを使うと見事に、この可愛いお人形さんは従順になる。
「ホラ、ちゃんと、足開いて」
「あっ……」
 粘液を塗り込めて黙らせる。
 イヤイヤするのも、ある意味フェイク。


「あ……ひ」
 かちゃ、くちゅ、と音がして、華奢な腰に潜り込んだ。
「うあ……ぁ」
 冷たい、無機質な感触に、身体を反らせる。左右に小さく動かすと、ひくっと震えて力が抜けた。
「気持ちいいね」
 声にならない快感を訴えて、潤んだ瞳が懇願した。
「……て」
 ぐったりと、力の入らない腰を浮かせる。
「……ほどいて」
 ルナは何度か無視して鈴を撫でたり、弾いたり、可愛がってみた。
 その度に、細い体が壊れそうに跳ね上がった。
「気持ちいい?」
 縋りつくような瞳に、涙が溢れる。
「泣いていいよ」
 とろりと濡れた持ち手を軽く前後に引く。
「あっ……やっ……!」
 びくっと震えて、悲鳴をあげる。
「返事は?」
 くるりと動かすと、絡みつくような音をさせて鎖が揺れた。
「イイの?」
「は……い」
 やっとの思いで答えた言葉を飲み込むように口付けて、ルナは型を更に深く押し込んだ。
「いい子だね」
 残酷な刺激に、息も絶え絶えな姿を見下ろす。
「ほどいてあげるよ」


 精を受けて湧く魔物の気配は、一際禍々しく、生き生きと冥く輝いていた。
 快感に震える、小さなお尻を撫でてやる。
「よかったんだ」
 頭を撫でると、こくこくとうなずいた。
「たくさん出したね」
 鎖を動かして、優しく突く。
「あなたは本当に罪な人なんだ」
 しどけない身体を見せ付けるように、底に向かって淡い灯りを投げる。
「これで、一体どのくらいの異形が、あなたのトリコになったんだろう」
 出し入れを繰り返すと、甘い声が響いた。
 心も身体も、溶けつつある。
「儀式が済んだら、彼らにも」
 半開きの口から、ぽたぽたと唾液が零れる。ずっと下にある、ルナの手許からも。
「あなたの身体、喰べてもらう」
「は……い……」


「ぁ……ん……」
 たっぷりと揺すられて、ユイは壊れそうになった。
 そうじゃなくて、もう、壊れてる。
 気持ちいい。
 絡め取られているだけで、朦朧とする。
 戒めが軋む音も、耳の奥を犯して響く。
 そして、身体を割り拡げられ、差し込まれた感触に、心を啜られた。
 金の鎖の、涼やかな音。それを濁らせてるのは、自分の身体。
 絡み付いて、絡み付かれて、抉られる。
 だけど、そういうのが、もっと欲しかった。


 自分の体液に群がる異形の気配を感じて、ユイは虚ろに震えた。
 されるがままに揺すり立てられながら、彼らの祈りを聞く。
 通り過ぎる声は、犯し、喰らえと、叫んでいた。


「次はコレだよ」
「……!」
 消えそうな瞳に映ったのは、漆黒の型だった。
 直接的な刃物ではなかったが、緩やかな棘。そんなものが表面にある。造らせたものの趣味か、やはりデザインはどこか繊細だった。陰惨な用途なのに、優美な花にあるトゲにも、見えてしまう。
 細工の隙間から、冥い灯りが見える。
 中身は詰まっておらず、空洞になっていた。
 ルナは、それにそっと口付けて、魔王の顔で紡いだ。
 妖しく、少し悲しい漆黒の祝詞。
 混沌の唄に、刻まれた紋様が揺れた。
 型の装飾にも、びっしりと、冥い言葉があった。
 これで、聖餐を我が手に。


「我がものに」
 そんな言葉さえ、甘く聞こえた。
 壊された。
 気持ち良く、された。
 そしてこれから、もっと。
 何もかも欲しくて、狂おしい心にも、あれを、受け容れたら無事では済まないことは、わかる。


「……[なか]……ぐちゃぐちゃ………なる」
 引き裂かれ、押し開かれる。
 棘は時折細かに震えて、襞の隅々まで擦った。
「ひぐっ」
 それでも、その残酷な刺激で気を遣る。華奢な身体が快感に弾けて、がくりと力を無くす。
 だけど、激しい痛みが、昏りから引き戻し、揺さぶった。
 小柄ではあっても、すらりと伸びる脚に、赤い痕が伝う。
「あ゛……あ゛……」
 身体が震えると、雫は奈落へ降りる。
 地の底から響く、異形の王を讃える声。自分たちを統べる将が、稀なるニエを勝ち取り、遂にその血肉とする夜への畏怖。
 力あれという期待。
 甘い血への渇望。
 あの魔物の混沌へこの儚い身体を投げ入れたら。どんな風に貪るだろうか。
 永劫の背徳。宴を想うと、冥く、熱くたぎった。
 ルナはローブの隙間から、触手を取り出した。ヒトの男根に一際近しい。それが、本当の器官だった。
「お前は誰のものか」
 儀式を孕んだ言葉で、押し開く。
「あ、ぅ」
 心も、身体も、総て。
「あなたの……も、の」
 型の空洞は、この為にある。
 潜らせて、入り込む。
「あなたのもの」
 うわごとのように繰り返す。瞳には、あの微かな光さえ無かった。
「……様」
 何もかも、虚ろに。
 タマシイさえも、我がものに。


 割り拡げられた身体が跳ね上がる。
 千切れた花のようだった。
 突き上げる度に、暖かな血が絡みつく。
 抜き取ると、吐き出した精と混ざった淡い色が溢れ、落ちた。
 硬く息づく器官にも、真紅の証。
 もう一度、もっと、深く。
 啜り取って、注ぎ込んで、総てを。


 身体の隙間から零れる雫は、鮮やかだった。
 滴り落ちる度、賞賛の歌が聞こえる。
 永遠に、魔性の王を称える呪詛。
 光の失われた瞳を覗き込んで、押し開く。
 突き刺す毎に、赤い雫が零れ落ちて、白い鱗が影の色に染まった。
 夕日の似合う優しい色の翼は、かつて、好きだったもの。
 それを、影の色に、闇の色に、堕とす。


「これ……で……」
 あなたはぼくのもの。
「暗闇の破瓜で、あなたはもう」
 待ち望んだ契約。
 大切なニエ。
「愛してるよ、ぼくの可愛い、お人形さん」


 起きるとルナが自分の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫?」
 言われて、ホっとするよりも恥ずかしくて死にそうに。
「ちょ、ちょっと滅茶苦茶な夢みただけだから」
 大丈夫、と背中を向ける。
 ──ていうかナニ!? 何で俺、あんな……トンデモな夢……。
 まさか、まさか秘められたドM願望があるとか? 実は支配されたがってるとか?
 イヤ、マジありえない、そんなんありえないと、ユイは内心頭を抱えた。
 あんなこと、望んでない。
 ルナがあんな風に変わってしまうとか、それが、自分のせいだとか、そんな事。
 そんな未来、絶対に望まない。
 脳内で自分を殴りながら、ユイは向き直ってルナの袖を引いた。
 恥ずかしい。恥ずかしいけど。
「ご免……ちょっとくっ付いて良い?」
「え? 超良いけど、大丈夫?」
 抱き付いてくれるなら、ルナはいつでも歓迎だった。
「うん……別に、病気とかじゃないし」
 言いつつも、恥ずかしさとほんの少しの恐怖で、震えてる。
 大したことないってコトは、多分ない。
「ご免な。寝てから邪魔になったら適当に転がしてくれていいから」
 そう言っておやすみ3秒は良いけど、華奢な両腕は、ルナの腕を巻き込んでいた。
 可愛い。
 本気で怖がってたんだと思うと、罪の意識にちょっぴり心が痛んだ。
 あの夢は、ルナがあくまでも作りごとのタノシミとしてセットしたものだ。
 ごめんね、とそっと抱き締める。
 規則正しい呼吸に、静かな寝顔。
 これだけで、ホントは十分だ。心も身体も、タマシイさえも欲しいなんて、そんなのただの物語。
 自分だけの世界のつもりだった。たまには、夢の中だけなら、こんな萌えもアリかなと、思っただけ。
 それが、碧玉の花がみせる夢。
 この可愛い人はいつも忙しくて、おいそれと抱けないくらい疲れてる。
 ここのところ、そんな日がずっと続いて、少し寂しかったから、甘いマジックアイテムで、夢でもみようとした。
 それだけ。
 シナリオだって、フルスクラッチなものじゃない。
「もー……」
 ルナは困った顔で笑うと小さくため息をついた。


 清らかな天使ちゃんを魔王様がフォールダウンさせるっていうテンプレートを、ちょっといじっただけ。


 夢をみるために作ったそのシロップを、まさかコッソリ飲んでしまうなんて。
「食いしん坊なんだから……」
 自分専用のつもりで、瓶に名前も書いておいたのに、とルナは呆れた。
 同じ器から注ぐと、紡いだ夢を共有出来るとか。
 もったいないけど、やっぱりアレは、封印した方が良いかも。

 (1stup→090401wed)


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