■早起きしましょう

「起きろ」
 揺すってみても、反応はない。
 しょうがないので、つま先で突付いてみる。
 変化なし。
「こらー! お前、今日はチョット早めに出るから起こせって言ったろ」
 ぺし、と後頭部を殴ってみる。
 どうせ仮のアタマなんだから、加減はいらないか。でも、とりあえずは8分目くらいで。
「う……ん」
 寝返りをうって、ルナは呟いた。
「……駐在さん……エロいよかわいいよ……」
 ハァハァ、というムカつく擬音つき。
 どんな夢をみてるのか、考えると寒気がする。
 とりあえず、前の晩のことは考えない。
 ユイは気まずそうに咳払いすると、布団をめくり上げた。
「いやー。さむいのいやー」
「だったら起きろよ。因みに外は3℃だぞ。あきらめろ」
 ドアを開ければ、多分今の状況だって天国に思えるハズだ。
 今度は特に加減もせずに殴りつける。
「いたいよー。もうちょっと寝たいー」
「痛がるか寝るかどっちかにしろ」
 ていうかそんなの痛いうちに入らないだろ、とユイはため息をついた。
「いいから起きろって、遅刻しても知らんぞ」
「えーでもー」
 とろりと形を変えて、あったかい方へ流れていこうとする。
「ベッドの下に入るなー!」
 不定形な身体を掴んで引っ張り出す。
「ていうか、そこ寒くないか?」
「うん。思った程あったかくない」
 やっぱりおふとんが最高かな、なんて、さっき床に捨てた布団に流れ込む。
「寝直すなって」
「えーだって」
「お前な」
 布団を引っ張ると、めくった隙間から人の顔が出てきた。
「えと、駐在さんがキスしてくれたら起きれるかも」
 そりゃもうぱっちりと、とか何とか微笑むヤツの顔。
「また切り刻まれたいのか」
 今度はどこかの姫様みたいに17分割してやろうか。
 ユイは黙って壁に立てかけた長細い袋を手に取った。
「おうちで抜刀しないでよー」
「いいんだよ。お前は何回斬っても血が出ないから汚れないし、試し斬りにぴったりだ」
「きゃー。辻斬り反対〜」
「お前……完全に目が覚めてるだろ。ホントにしばくぞ」
 と言われて、ルナはえへへ、と笑った。
 確かに、おかげでぱっちり目があいたかも。


「わわ、もうこんな時間、えーん、ご飯残しちゃってごめんね」
「いいよ気にすんな」
 ばたばた用意すると、ルナは飛び出して行った。
「気をつけてな」
「はーい」
 いってきます、と声がして、ドアが少し大きく閉じる。


 やれやれ、と思いながら、皿に二切れ残った玉子焼きを食べてしまう。
 まずくは無いが、特においしくもないなと思う。
 ユイは料理が下手だった。
 自他共に認めるケチ男が、自炊しないワケではなかったのだが、一人で作り続けていると、どんどん間違った方角へ向かって行ってしまうらしい。
 見た目だけなら、密かに自信はある。
 でも、どうにもおいしいようなそうでないような、細かい味がよくわからない。
 またあの積みスギなサイバーウェアのせいかと思ったけど、そうでもなかった。
 管理局のスタッフも、味覚障害は出てないと言っていた。
 身近な人間は、大体、ユイに食べたものの感想を聞かない。
 おいしいかおいしくないかよくわからないので、アテにならないとか。
 でも、わからないなりに、おいしいものは知ってるつもりだ。
 例えば、ルナの作ったものは、大体おいしい。
 ヤツはそれでもいいからと無邪気によろこんでいるが、こんなに差があるとちょっと申し訳ないような気もする。
 が、気がしただけだった。
 ドアが開いた時入って来た空気に、くしゃみが出そうになる。
 ティッシュの箱を手繰り寄せながら、ちょっとカゼ気味かも、と思う。
 この寒いのに、夜中に3時間も素っ裸にしやがって、そうだ、メシがまずいくらいのハンデがあってもいいはずだ。
 ユイは鼻をかみながらそんなことを考えた。

 (1stup→080228thu)


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