■穀雨のころ
ぼくは日が長くなる頃の夕方が好きだ。
光はあったかくて影は冷たく、空気はそんな春と夏の間を行き来してる。
5日続いた雨が上がって、朝から空には雲が無かった。ぼくは嬉しくなって、布団を洗って外へ干した。乾燥機は便利だけど、やっぱりお日様に当てたい。効果はそんなに変わらないけれど、気持ちが違うというか。
ぼくに布団から放り出された駐在さんは、古い本を片付け始めた。斜め読みをするから大して身には付いてない、なんて言いつつ、いつも沢山本を読んでいる。部屋が狭くなるからと、いらなくなった分はズバッと売ってまた別の本を買ってるみたい。それでも本棚からはみ出して、床に積み上がっている。
お約束どおり、片付けながら本を読んでて、作業はあまりはかどらない。昼ご飯が済んで、整理し終わった塊をみて、ぼくはあることに気が付いた。前より、数が減っている。
それって、ぼくのせいかな。
そうかも。かさの減った本の数は、ここのところ何だか忙しい仕事と、ぼくがいる分の時間。本は何も悪くないけど、少なくともぼくは良いことだと思った。
最初に会った頃、少し散らかった部屋をみて、ぼくは考えた。積み上がった本やCDで、一人の時間をつぶしてる。思えば、そんなことばかりだった。
この人の部屋には、誰も来ないし、それは多分、前に住んでたところでも、その前も。典型的な、独り者の部屋だった。それと、電話。
ぼくの知っている限りで、隅に追いやられた電話が、鳴ったことは一度もない。携帯だって、仕事の話しかしてない。一緒に住むようになって、長い時間顔を合わせるようになっても、新しい発見はなかった。
彼を呼び出すのは、事件とか。何か用事。だから駐在さんは、休みの日だって、ほとんど外出しない。デスクワークに偏ってるときは、朝早くコッソリ走ってるみたいだ。でもぼくは朝起きるのが苦手だから、そんなにそっと出て行かなくても気付かないんだけど。気を遣ってくれるのはうれしいかな。
一緒の家で暮らしてるって感じがする。
減った本とCDの数だけ、ぼくと話したり、それから抱き合ったり、それにもっと先とか。色んな事して、二人で過ごしてる。
何かシケてるって、ショウさんには笑われたけど、トクベツにどこか行かなくても、イベントな買い物がなくても、それでいい。駐在さんは、外に出るのが好きじゃないって知ってるから。自分の棲み家で猫みたいにぼんやり丸くなってるのが、一番楽みたい。面倒くさい、金がもったいない、とか自分じゃゼンゼン気付いてない。ものぐさだからインドアなんて、いつも言ってる。
だけどそうじゃないんだ。半分は違うとぼくは思ってる。
買い取りサービスを待ってる間で、普段掃除しないトコロを整頓する事にした。二人であちこちみてると、かなり使い途のない物が出てきた。つい貰ってしまった試供品とか。可愛いけど1個だけのネイルチップとか、インクの引っ掛かるボールペン、丸く穴の空いた紙のうちわ。ちょっともったいないけど、思い切って処分しないときりがないし。そのうち行こうと思って取っておいたファミレスの半額チケットは、お互い忘れてて過ぎた日付にガッカリ。辛うじて生きてたデリバリーピザの割引カードはもうこんな悲劇──って大袈裟だけど──が起きないようにとか言って、駐在さんがカエルのマグネットで冷蔵庫に張り付けた。
駐在さんはぼくが貯めてる紙袋や包装紙を見て、変な顔をした。
「ソレって、そのうち使うかもとか言ってかなり永久にしまわれる物体だろ」
お前はオカンか、と突っ込まれた。
「えー……でもそうかも」
「何かもったいなくて俺も貯めてた事あるけど、かさばってしまいには捨てたな」
言いながら、駐在さんは破れ易そうな紙袋から順にクロスさせた紙紐の上へ積み重ね始めた。
「しっかりした造りのやつが10個もあればいいだろ」
「うん。あ、でも可愛いのとか綺麗なの取っときたいかも」
「好きにしなはれ……」
ぼくが紙袋の詰まった箱を自分の方に寄せると、駐在さんはもう一つの箱の中身を取り出した。無造作な掴み方、容赦なく捨てる気満々だ。
確かに、言われなくても、そんな濃密なコミュニケーション御近所さんと取ってるわけじゃなし、作ったおはぎやお団子を、ちょこっと包んで渡したりしない。お母さんのお付き合いなんて無縁だから、そっと剥がして伸ばして畳んだ包装紙なんて、この家にはいらないかも。
「待って待って」
「なに?」
「えとねソレもぼくがするから」
「コレはさすがに使い途ないだろ」
無いのはわかってるんだけど。
「だって気に入ってるんだもん」
「まあいいけど………あんまりカオスにならんようにな」
「はあい」
駐在さんはやれやれと肩をすくめつつ、掃除機を提げてベランダへ出て行った。多分、網戸を吸うつもりなんだ。
ぼくは深く追及されなかったことにホっとして、掃除機の音を聞いた。
使わなくても要るんだもん。
駐在さんが戻って来ないうちに、大事な包装紙を選り出して、別の箱にしまった。
シエルの花の模様は、駐在さんがくれたチョコレートのラッピングだ。それから、クリスマスに貰った絵本の包装。プレゼントを包んだ紙は、使わなくても必要だった。
バレたら変な顔されるかな。またうろたえて赤面するかも。そんなのもみてみたい気がするけど、こういうコトは、コッソリしまっておく方がいいと思った。
値段が付いたものも、付かなかったものも、引き取って古本屋さんは帰っていった。そのうち埋まるだろうけど、本棚は少しがらんとして、駐在さんの部屋がちょっとだけ広くみえた。
「大分片付いたね〜」
「そうだな……、……!」
駐在さんは相槌をうちながら本棚の裏を掃除機で吸っていた。何かの手応えに驚いたみたいだ。掃除機の先には、ホコリだらけの封筒がくっ付いていた。軽く弾いてホコリを退けて、中身を覗く。
「金だ」
ちょっと嬉しそうな顔をして、駐在さんはすぐ苦笑した。
「まあ存在を忘れてただけで元々俺のもんだから別に増えたワケじゃないんだが」
「あはははは。わかるよー。何か出て来たお金って儲かったような気持ちになっちゃうよねー」
「そうそう。錯覚だって分かってるのにな」
前に本を大量に整理したときの料金らしい。本と一緒に棚に置いてたのが何かの弾みでこぼれたみたいだ。
駐在さんは今回の本の料金と一緒にすると、またその封筒を本棚にしまった。
「ねえねえ、それって次の本読むのに積み立ててるの?」
「まあそんなもんかな」
「そんで、本いっぱいになったらまた売って、そのお金でまた本買ったら超お得?」
「イヤ、そのエントロピーは店の儲けになるよう廻ってるからそんな得にはならんな」
「そうなの?」
「そうだよ。でないと古本屋の商売上がったりだろ。買った古本また売っても買い取りしてくれるけど大概めちゃくちゃ安くなるし、新品でも発売日のすぐ後とかじゃないとそんな高くならんし。まあゴミの日に捨てるとリサイクル料掛かってくるからその分は助かってるな。なんぼか足してまた古本で買って読んだら売って、またちょっとずつ金足して、何というかまあ、エセ永久機関?」
「そっかー……そうなんだー」
「なに?」
「んとね、駐在さんて、あんまり本好きじゃないの?」
「……? ナニおもしろいこと聞いてんだお前」
「そっかそうだよねー変かも」
ぼくはお茶淹れるからと立ち上がって、部屋を移動した。
「お前の言うとおりかもな」
「え?」
「本。別に発売日が待ち遠しいとか思わないし。適当なのが手許にあればそれでいい」
「好きじゃないってコト?」
「イヤ、もちろん嫌々読んでるとか読まされてるとかそういう事もないんだが」
ちょっと考えて、駐在さんは続けた。
「何かな、本読んでるとラクなんだ」
「ゴロゴロ出来るから?」
「え? まあソレもある」
駐在さんは困った顔をして笑った。
「本読んでると、その時は頭が別のトコロに離れてるみたいでな、兎に角書いてある事に目が向いてて、他のことはぼんやりとしか浮かばないから」
手近な本を手に取る。値札の付いた文庫本。まあこの人は大抵このサイズの本しか買わないんだけど。
ぱらぱらとめくって眺める視線は、嫌そうでも、面倒そうでもなかった。それなりに、好きなものに触れてる顔。
だけど、ぼくは少し悲しくなる。
ユイにとってはいつだって同じかもしれないけど、そんなのダメ。ぼくには、すごく、一人ぼっちにみえたんだ。
「浮いてるっていうか、沈んでるっていうか、頭だけでどこかに出掛けてる気がする、それが何かラクかな。読み終わったらあー帰って来たって思うし、頭使った気にもなる」
「それってさあ」
ぼくは頬を膨らませて言った。
「本に脳みそとか吸われてるんじゃない? チュルチュルっと」
「何じゃそら。知識が蓄積されるんなら分かるが」
駐在さんは首を傾げて、めくっていた本を戻した。
だって多分、吸い取られてる。
嫌なこと、怖かったりとか、悲しかったりとか、そんなこと、読んだ本の中に置いてきてるんだ。
一人でいると、イロイロ考えちゃうから、本読んで、ぼんやりして過ごすんだ。
一人なんだって思うと、ただ座ってるのだって苦しい。もし、寂しくなったらもっと辛くなるから、誰もいないときは何も考えない。
そうやって、綻びそうなトコロは、自分で繕って片付けてきたんだ。
確かにそれが大人だし、そつがなくて要領の良いタイプかも。どんな危なっかしいトコロでも、上手くバランスを取って歩けそう。
今までずっとそうやって。
でも、ぼくはいや。
そんなのダメだって言いたかった。
言っても、ぼくには上手く説明出来そうにないけど。駐在さんみたいに、しっかり整頓された言葉は出て来ない。
だけどイヤ。
そんな風に、一人で何でも出来るようになっちゃうのはダメ。気疲れしちゃうのも知ってるけど、ちゃんと体も連れて出掛けるのもアリ。疲れたなって思ったら、二人で、手を繋げばいい。
「ちょっとほこりっぽいかも」
「だったら離れろ」
抱っこして顔を埋めると、駐在さんは迷惑そうにつぶやいた。
「ねえねえ、お風呂入ろっか」
「嫌じゃ。夕勤でもないのに、こんなハンパな時間に入れるか。それに風呂入るほど汚れてないだろ、俺は寝る前でいいよ。お前が入りたいと思うなら行って来い。昨日上がる時に洗っといたからすぐお湯も張れるぞ」
「じゃあそうするー。ぼくも終わってから入ろっと」
ぼくはにこりと微笑みながら、体重をかけて小柄な身体を床に押し付けた。
「な……何を終わらす気だ……」
駐在さんは呻いて顔を上げた。
「もちろんえっちなコトです」
ウフフと笑うぼくに、駐在さんは少し赤い顔でため息をついた。
「どいてくれ、床が痛い」
「いいけど、逃げたら縛っちゃうからね」
「! つまらんことを言うな……こんな明々天気の良い日に陰気なコトやるなー!」
「えとねイヤイヤして暴れなかったらしないよん」
身を起こしてぺったり座った駐在さんを抱き締める。
窮屈そうに顔をしかめるけれど、振り払われたりはしなかった。
ぺたぺた音を立てて首筋にキスして軽く噛みつきながら舐めると、身体が熱くなるのがわかった。続けて上着のボタンを外す。下に着てるTシャツをたくし上げて触れたトコロで、その腕を掴まれた。
「ここで……続ける気か」
網戸越しに入って来た風が薄いカーテンの裾を揺らしている。
抱き合ってる側
「大丈夫、誰にも見えてないって、ね」
ココでしちゃうよ、とぼくは耳元で囁いて舌を這わせた。
「ん、ん……嫌だ」
力が抜けた隙に滑らせた指先で、強めに胸に触れたせいか、窓が気になるのか、駐在さんは涙目でぼくを見上げた。
「駄目、ぜったいだめ」
抱き寄せて背中を撫でると、いつもならとろんとしてもたれてくるのに、弱々しく首を振ってぼくを咎めた。
ホントに嫌なんだ。
「じゃ、こうするね」
ぼくは駐在さんを壁際へ座らせると、部屋の電気を消した。
あったかいところが一際くっきり映って、光は柔らかくなって壁や床に薄く広がった。カーテンの向こうが白く、眩しく見える。
「これでもっともっと見えなくなった」
網戸とカーテンがあって更に部屋が暗くなれば、明るい外からは見えない。
まあ一番内側の遮光カーテンを引いてあげれば完璧なんだけど、ソレはそよそよあったかい日にもったいない。
こんなぽわんとしたトコロで、抱っこしてみたかったんだ。ごめんね。
ぼくはとろんとした仕草で背中に腕を廻してきた駐在さんを抱き締めて、心の中で謝った。だけど、罪の意識も心地良いくらい、あったかい。ホントに日向の猫みたいに柔らかくて、愛しかった。
そっと唇を開かせてキスすると、優しく舌を吸われた。ぼくは淡く眠くなって溶けてしまいそうだった。
「大好き……かわい」
今度はぼくがリードして、熱く、長いキスを続けた。深く辿って、絡ませる。
背中にあった手が落ちて、床に触れる。力のない身体を壁に優しく押さえて、背中に腕を入れて浮かせると、一度に腰から下を裸にした。
「いきたかったら、出しちゃっていいからね」
ぼくは囁いて、そっと舌をのばした。
両手で撫でるように脚を開かせると、深く飲み込む。口のなかには薄く苦い味が広がったけど、届いた精気は優しく甘かった。
床に置いた手で懸命に身体を支えて、駐在さんは腰をぐっと反らせた。
噛み締めた唇から淡い色の血がつうっと伝って、儚げな声が微かに届く。
溢れるような、熱い感触。苦しくはなかった。ぼくは同じくらい熱くなって、余さず啜り取った。
「口の中、切っちゃったね……」
そっと拭って舐めると、甘いタマシイの匂いがした。
その指先を長く柔らかな半透明の触手に戻す。顔に近付けると、駐在さんは素直に唇を寄せてきた。
「っん……ふ……」
傷を塞いで、優しく辿る。
このくらいの傷なら、簡単に治せる。それが何度も、この人と身体を交わすことで得た力だった。もちろんそんなのが欲しいワケじゃない。だけど、こんな風に癒やしてあげられるのは、すごく嬉しかった。いつかもっと、高度な魔法とか覚えて、酷いこと、深い痛みとか苦しさとか、一瞬で消してあげたい。
触手を抜くと、とろりと唾液がこぼれた。異形の愛撫にすっかり溶けてしまった可愛い顔。もっと、溶かしたい。
「あ……」
取らされる姿勢の恥ずかしさに、駐在さんは頬を染めてためらった。だけどぼくが細い腰を抱えて脚の内側に指を滑らせると、そっと床に手をついて身体を伏せた。
「今日は、人間の身体のトコ、挿れちゃうね」
言いながら、柔らかく指を出し入れする。締め付けながらも、とろりとした柔らかな感触。指を増やすとますます絡み付いてきた。
堪らなくなったのか、時折くっと動いてしまう腰が淫らだった。
押し込めた悲鳴にも、甘い声がこぼれ落ちる。
「……いれるね」
とろけてはいてもとても小さなトコロにすこし、触れさせる。
入り口をちょっとだけ押すと、駐在さんは身体を強ばらせて悲鳴を上げた。
「……や、嫌だっ」
「こわいの?」
駐在さんは首を振った。
「痛い?」
「違っ……」
ぼくが覆い被さるように抱き締めると、駐在さんは涙をにじませて、ただでさえ赤い顔を更に赤くした。
ぼくはそんな駐在さんの耳たぶを噛んで、胸を撫でて優しくつまんだ。指の腹で潰すように転がして、とんとんとつつく。
「あ、や、やめて……」
言いながら、駐在さんの身体は微かに震えて、淡く染まっていく。
構わずに続けて胸を撫でて、脇腹に舌を這わせると、ひくっと腰が浮いて、細い身体が痙攣した。こんなに、次に何をして欲しいのかわかってるのに、触れられると酷く嫌がった。
「気持ちいいんでしょ……」
また口の中を切ったのか、血の混ざった唾液をこぼして、苦しげな目でうなずいた。
「じゃ、もっと、気持ち良くなろ……」
「……ぁっ、やっ駄目!」
ぼくのほうがこわれてしまいそうだった。どうにも出来なくなって、柔らかくだけど、少し押し込んだ。もう、おかしくなっちゃいそうだった。
ぐっと腰を掴むぼくに、駐在さんはぽろりと涙をこぼして言った。
「……声、出ちゃ……」
そういうコトか。ぼくは少しホっとして、可愛い人を抱き締めた。
「や、ぁ……っ!」
そしてそのまま一息に押し開いた。
「ふぁっ……あう、……く」
あったかくて、柔らかで、窮屈。気持ちいい。ぼくはその感触に酔いしれた。
「ん……ぅく」
駐在さんも、半開きの瞳をとろけさせてる。肩と頭はぺったり床に臥して、ぼくの片手に支えられながら、震える膝で腰を持ち上げ、絡み付いてくる。
ぼくは指先の熱い感触を楽しみながら、優しく微笑んだ。
「こ……れ、なら、平気でしょ」
「……ふ」
指で塞がれ、くぐもった声もすごく色っぽかった。
開いた窓の外に聞こえたら、とかそんなに心配しなくても外は思う程静かじゃない。だけどそういうナイーブさもぼくは堪らなく愛しかった。
「ちょっとだけ、動くね」
緩くだけど突かれて、ぼくの指に吸い付きながら、壊れそうになってる。
「すきだよ……」
ぼくは小さく告げると一度引き抜いてぐっと貫いた。
駐在さんの身体から、白い雫がこぼれ落ちる。最後に一際強く絡み合って、ぼくもたっぷりと吐き出した。
寝顔はすごく可愛かった。堅いとかわいそうだから、敷いてあげたバスタオルとクッションに突っ伏している。うつ伏せで寝るのって、苦しくないのかな。
そうしてると起き上がり易いからとか、小さな刃物なら隠しておけるなんて言ってたっけ。ぼくにはそれが冗談なのかそうでないのかわからなかった。
綺麗に土踏まずのできた素足が見える。細い足首も、どこにあんなすごいジャンプ出来る身が付いてるのか謎な脛
こんなの俺みたいな種類の仕事してたら普通にあるだろ、とかまた言われそう。でも、ユイが痛い思いしてるって思うと、ぼくは痛かった。悲しくなる。
この細い脚、頼りなげな腕が、過去に失われた代替品だって聞いたときもびっくりして、こわくなった。
右腕と左脚を喰べられた話。まだ詳しいコトは知らない。
──ぼくはあなたが傷付くのがこわい。
ホントは危険な事、して欲しくない。
こうして、眠るトコロをみていたい。
でも、駐在さんじゃない駐在さんなんて、想像つかないのも、本当。
ずれたタオルケットを掛け直すと、寝たままごそごそ動いて顔の向きを変えた。よっぽど強く押し付けてたのか、見えるようになった頬に型がついている。
クッションに巻き付けたタオルの跡だ。小っちゃい子みたいでおかしかった。
一人で笑ってると、目が合った。
「お目目あいた?」
「開いた……どれくらい寝てた?」
「1時間半くらいかなー。身体、痛くない?」
いたくないよ、駐在さんは、居心地良さそうにタオルケットを手繰り寄せた。その顔は、まだちょっとだけとろんとしてて、やっぱり可愛かった。
「布団ありがとう」
「いいよいいよ。だってぼくのせいだし」
「……そらそうだ」
でも、お説教はされなかった。
「いま何時だっけ」
とか言いながら起き上がってコンポの時計を見る。
『17:34』
「もうこんな時間か……」
ぼくの好きな夕方。優しい光と少しひんやりした空気が浮かんでる。
「日、長くなったな」
いつの間にか、ぼくの隣に座ってる。駐在さんは同じ窓をみてた。
「うん」
何か幸せだなって思う。
「今日何食う?」
「え? えとね」
まあソレも楽しいかな。ラブなトコロはもう見たし。
「えとね今日はどっか行かない?」
「ねえねえ駐在さん」
「なに……」
あからさまに警戒した顔で振り返る。
あのままじゃ出掛けられないから、お風呂に入ろうとしてるみたい。駐在さんの手は引き出しの中で服を選っていた。
「着替えはぼくが用意して良い?」
「良いけど……イヤ、何か考えてるコトを先に言え」
「着て欲しい服があるんだー。せっかくデートなんだし、良いでしょ」
「大丈夫なんだろうな……衣装くさい格好とか絶対アウトだからな」
デートってなんだよ、とかぼやきながらも、駐在さんは何も持たずに背中を向けた。
もう晩ご飯はあなたでいいです。
妄想、じゃなくて想像してたとおりにぴったりだった服装を眺めながら、ドアを閉めてエレベーターに乗る。
外はまだ明るかった。空には水色なトコロが残っている。
「お前何食いたい?」
「え〜、そんなコトきいていいの?」
ぼくはつい口に出してしまった。
「しばくぞ」
「ウフフなんちゃって。駐在さんは? 何か食べたいものある?」
「特に考えてない」
「そっか。それじゃticoのテナントのパスタ屋さん。おいしいカルパッチョもあるよ」
ソレ聞いたら何か腹減ってきた、なんて言うからぼくは走り出した。
手を握って引っ張ってたのに、2秒で並ばれる。
さっきよりあったかくなった手と、慌てた顔で何か言ってるけど、そんなの、きこえません。
(1stup→080428mon)
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