■甘いこととか

「ねえねえ駐在さん」
「なに」
「さくらんぼ食べる?」
「食べる」
 まあたまには、くだらなくない用件なこともある。
「はいどうぞ」
 いつの間にか可愛くなったガラスの器――というか以前はそんな気の利いた物体が無かったハズ――に和風のさくらんぼが載っている。黒い皮のやつじゃない。クリーム色から淡いオレンジ、ピンク、透明な紅色のグラデーションが掛かったアレだ。食べたことはあまりない。
 贅沢はテキだが、自分の為に用意してくれたなら、無闇に小言を言うのも何だ。
 素直に嬉しいし。寝る前になっても蒸し暑い日だけど、こういうのを目にすると涼しくなる。
「おいしい?」
「うまいな……」
 優しくて甘い。こんなにいい香りだったか。最後に食べた味なんて覚えてないけど、おいしいと思った。
 ほんのちょっぴりなら、贅沢も悪くないかも。
「えとね」
 ルナは隣に座ってにこにこ笑んでいる。
「ホントのさくらんぼなんだよ」
 確かにそうだ。舶来ものがニセだとはいわないが、やっぱり、さくらんぼというならコレがそうだろう。
「うん」
「合成じゃなくて、天然もの」
 うふふ、とルナは幸せそうに微笑んだ。
 すごいよね、と続く言葉をむせそうになりながら遮るユイ。
「……合成じゃないって、お前……どこの国の王様だ」
 やっぱり、年長者として、ここは言って聞かせるべきか。
 呻くユイをみて、ルナは笑顔のまま言った。
「ちーがーうーよー。買ったんじゃなくて、貰ったの。お客さんに。樹精の人でね、果樹園のオーナーさんなんだよん。いつも来てくれるからってお店のみんなで分けてって超いっぱい送られてきたの〜」
 すごいよね、と言われて確かにすごいと思う。
「ぼくあんな山盛りのさくらんぼ初めて見た」
「そらそうだろうな」
 ほっとしてから、ありがたく続きを食べる。
「ていうか、ぼく天然な高級食品なんてどこで買ったら良いか知らないよ」
 それもその通りだった。
 と、ソレはソレとして。
「……」
「なあに」
 にこにこ覗き込む顔に言ってやる。
「そんなに見られてると食いにくいんだが」
「恥ずかしい?」
 ルナはますます幸せそうな顔をした。一瞬また変なスイッチを押してしまったかとヒヤリとしたが、特にいかがわしい変化はみられず。そこは助かったと思う。
「いいからもうちょっと離れろ。暑いだろ」
「えーだって食べてるトコ近くで見たいんだもん」
「お前が近すぎだと食えない」
「そんじゃちょっとだけ離れて見てよっと」
 結局見るのは止めんのか、とユイは呆れた。それから自分を見つめるルナの前に、涼しげな器を押す。
「さっきから全然食べてないだろ」
「ぼくは駐在さんにいっぱいおいしいもの食べてもらいたいの」
 テーブルにもたれたままで、ルナはやっぱり幸せそうに微笑んだ。
「一人で食べたっておいしくないよ」
「えと、ありがとうー」
 でれっと伸ばした手を、ルナはひょこりと戻した。
「?」
「それじゃね」
 ルナはうふふと今度は何かある笑い方をした。
「食べさせて欲しいです」
「お前ね……」
「だめ?」
 期待いっぱいに、ルナはワクワク目を閉じる。
「……いいよ」
 1回だけだからな、次は自分で食えよとかぼやきつつも、ユイはルナのお願いを叶えた。


「結んじゃった」
 口の中から引っ張り出した枝は結び目が出来ている。
 まあ、やるかなとは思っていた。
「俺はやらないからな」
「えー、見たい」
「そんな器用な事出来るか」
「そうかなー」
「何だよ」
「カンタンに出来ちゃうと思うよん」
「……」
 多分あまり相手しない方がいい。言われそうな事も予測がつき過ぎる。
「ねえねえ」
「なに」
「いま恥ずかしいコト考えてる?」
「ない」
「えー。それじゃどうして赤くなってるの?」
 さくらんぼみたい、と触れそうに覗き込まれて焦る。
「……!」
 固まったユイをみて、ルナはうれしげに笑った。
「なーんちゃって、ナンチャッテ」
「……しばくぞ」
 可愛いなもう、と喜ぶルナに悔しいやら恥ずかしいやらなユイ。今度は本当にほんのり顔が赤い。
 自分にはおいしいもの、もう十分にある。ルナはそんなことを考えた。
「えとね」
「なんだよ」
「ぼくも食べさせてあげる」
「好きにしなはれ」


 顔を上げる。小さな果実が入り込めるくらい、唇を緩めて目を閉じる。
 多分、相当照れた顔を晒しているだろうけどソレは諦める。時々なら、こんなのもありだ。
「!」
 やっぱり、こんなのはナシだ。慌てて引き剥がそうとするが、がっちり押さえられていて無理だった。
 力では負けない筈だけど、無理。
 甘い匂いと、とろけた感触、強くても掴まれてるのは肩だけなのに、手が動かない。
 恥ずかしさと、別な感情に耐えながら目を開けると、幸せそうな瞳があった。ピンクに近くて蛍光がかった澄んだ赤、少し、さくらんぼに似てると思った。
 こんなコトして、呆けた顔しやがって、と思うが、自分はもっと酷い顔をしているだろう。こじ開けられた口許、合わさった唇の隙間から唾液が伝っても、拭う事さえ出来ないでいる。柔らかく舌を絡められると、迎え入れるみたいに擦り合わせてしまった。呑んでしまえないさくらんぼと、どっちだろう。
 甘いのかどうかとか。
「ん……ぅ」
 そっと引き抜いた舌と唇に、透明な糸。どっちのものなのかもうわからない。ユイはそれが溶け合って離れていく様子を、ただぼんやり眺める。
 口許を拭って、ルナはにこりと笑った。
「おいしい?」
「……こんなんじゃ、味……わからない」
「じゃ、もう一度」


「なんか……甘いね」
 お昼に味見したときよりおいしい、なんて言われてめまいがしそうになる。
 そんな言葉を平気で吐ける、こいつには多分ずっと、甘いことされっぱなしなんだろう。
 酷いと思うけど、溶けそうだ。そういうトコロがムカつく。でも振り払えない。
 朦朧として、あまり噛み砕かないまま飲み込んでしまう。やけに熱っぽい眼差しで、そんなユイの姿を見つめるルナの目。甘い、さくらんぼの色だ。
 自分の分を食べながら、ルナはユイの半開きの口に1粒押し込んだ。とろんと咥えたのをみると、枝をそっと引っ張って取る。そうやって、次の1粒、その次も、食べさせる。
 甘い、どんなおいしいものよりも、ぼくは甘いものをしってる。ルナは熱く微笑みながら愛しい人の頬を撫でた。
「ねえ」
 額をくっつけて囁く。
「種、出していいよ」
 ほらココ、なんてそっと口付ける。ユイは黙って首を振った。
「お腹の中で芽が出ちゃっても知らないよ」
 そんな事を言ってからかう。
 ユイは力の無い目で辛うじてルナを睨んで、こくんと喉を動かした。
「ホントにたべちゃった」
 ルナは少し驚いて焦った。
「……別に、何も起こらない」
「え?」
「面倒だから結構種とか食ってるけど、腹壊したりしないぞ」
「えー……」
 ルナは折角のエロスな空気も忘れそうになった。
「そんなのダメだよー」
 からだによくないです、と、迫るルナをユイは疲れた顔で見た。
「お前が言うなよ」
「そうだけどー……」
 変なコトしだしたのお前だろ、とぼやかれて、ルナはにこりと思いついた。
 ねえねえ、とまとわり付く。緩くだけどいきなり全身に絡み付けれて、ユイは身じろぎした。何かまた、下らないコトを考えてる目だ。
「そうだあのね、ぼくが取ってあげようか」
「ふざけんな……!」
 言われて背中が凍りそうになった。
「こうやって伸ばしたら、届くんじゃない?」
「やめろ」
 冗談じゃない。本気で殴ってやろうと思ったが、服の中に入り込まれて気持ちが折れた。どうすれば動けなくなるか、知ってるなんて酷い。
「食べたばかりなら、まだ胃の中にあるんでしょ」
 細く伸ばした触手で、喉を撫でられる。
「そ、そういうコト、やめろ」
 うねうね伝わせて、みぞおちを突付く。そっと絡み付いて這い回る。
「……っ……ぁ」
 同時に背中や脇腹も撫でられて、目の前が霞むが、唇に触れた感触で我に返る。
「っ……!」
「ね……こういうの、好きでしょ」
 そのまま何度も、何度も唇を撫でられる。
「うんと深くまで、してあげよっか」
 その目は熱くて、幸せそうで、見てるとこっちも熱くなりそうだったけど、なんていうか怖かった。
「嫌だ」
 ユイは甘い触手から逃げるように顔を背けた。
「うん」
 視線を戻すと、ルナは優しく笑っていた。
「ごめんね」
 言ってみただけだから、と言われてユイは耳まで赤くなった。
「お前ー! 日に何回もからかうな! ふざけんな! 殺してやる!」
「えー、じゃあ1日1回とかならいいの〜」
「そんなコト言ってない! いちいちあげ足取るな!」
 俺は説教してるんだ、とユイはルナを指さした。但し、その手にはとろんとしたスライムの身体が滴っているし、しどけなく座ったまま拘束気味で、小言を言うポーズじゃない。
「ぼくおこられてるの?」
「そうだよ、お前は反省しとけ」
「じゃあ反省は後でするから今はイイコトしよ」
「するかバカタレ! 離せ」
「いやだよん」
「ふざけんな……」
 怒っていても可愛い顔の前に、さくらんぼを持ってくる。口の中に放り込む。
 かわいいなあ、エロいな、と思う。食べてる時の顔も好きだ。
「駐在さんて、食い意地張ってるよね」
「そうだよ」
 ユイはまた種ごと飲み込んでぼやいた。
「食わなきゃ身体がもたんからな」
「そうだよね〜」
 まあソコは、ちょっとはぼくのせいかなともルナは反省した。
 さくらんぼを咥えて、ぷちん、と枝を取る。そのままキスして、舌で押し込む。甘いな、離したくないな、と思いながら唇を離す。
 照れながらも、もぐもぐ食べてる姿はやっぱりどこか色っぽいと思う。多分、食欲とか性欲とか、そんなのと縁遠い姿だからだ。
 お人形さんみたいなこの人が、甘さや快感に、翻弄されるのがいい。
 そういうトコ、もっと見たい。
「おいしいものあげるから、いっぱいたべてね」
 甘いもの食べながら、キスして、抱き締めて、ルナはいつも幸せだ。


 半分脱がしたパジャマは、色が薄くて白に近い。こぼれた唾液とあちこち触る為に染み出した粘液で、濡れたところが透けている。淡く染まった肌に貼り付いて、それがルナを益々熱くさせた。
 そろそろ下も脱がしちゃおうかな、と触手を動かす。
「……んく……」
 ズボンと下着を剥がすと、ユイは小さく呻いて足を閉じようとした。
「おいしい?」
 膝に絡み付いて足を開かせながら、ルナは食べてる途中なさくらんぼのことを聞いた。
「ん……」
 ユイは恥ずかしさに朦朧としながらもうなずいた。
「かわいいね」
 好きだよ、と囁いてキスする。口の中を撫でながら、正面から抱え上げて、膝? に乗せる。
 恥じらいながらもユイはルナの上着の端を掴んだ。脚はぎゅっと絡み付くようにルナの胴に沿っている。その感触に、固まって、熱くなって研ぎ澄まされた気になる。
 はやく、もっと奥まで味わいたい。
 だけど、もっと甘くしてからがいい。


「ふ……ふぁっ……」
 酷い触り方。触れるか触れないかのトコロで、何度も往復される。腰が浮いてしまうのも、もうどうにもできない。また、なんて言ってからかわれるかわからないけど、もうそれでいい。
 そんなのは些細なこと。
 それよりも、触れようとしないで苛む一方で、胸や脇腹、耳なんかは執拗に撫で回す、その方が問題だ。
「あ……んっ、んっ」
 死にそうなくらい恥ずかしい自分の声も、もう半分も聞き取れない。痛くないかなと思いつつも、吸われたり、突付かれたりすると、腰を挟んだ脚に力を入れてしまう。
「ひあ」
 冷たい指に、先を掬われる。ソコから先はやっぱりなにもない。
 だけど、甘く痺れたみたいに身体が動かない。
「ちょっとこぼれちゃったね」
 ルナはにこりと笑って指先を見せつけた。透明な滴がてらてらとたかっている。
「甘いね」
 そんなコトを言われて、気が遠くなる。
 濡れた指先を丁寧に舐め取って、ルナは艶然と微笑んだ。何で、そういうこと言うのか。おかしくなりそうだ。
 最後の1個、器に残ったさくらんぼをつまんで、口の中に押し込む。
「駐在さんにも、甘いものあげるね」
 押し込んだ指を抜かないまま、口の中を這う。舌を挟んで、そっと指を動かす。
 そんなにされたら、もう駄目かもしれない。
 何がって、何だろう。でも、駄目なものは駄目。
「んふ……んく……っ……」
 されるがままに、撫でられて、縋りつく。
 エロいって言われても、言い返せない。
 こんなになってたら、違わない。
「……っん……ぁ」
 ルナの指からは、絡んだ唾液が滴っている。
 それを見ている目は、熱くて、少し澱んでいる。幸せそうだけど、妖しい笑み。
 やっぱりこいつも魔物だと、頭のどこかで思う。
「したくなったら、言ってね」
「……!」
 そう言って、首筋に噛み付かれた。
「ん」
 その次は耳たぶ、その後は胸だった。
「や……ぁ」
 押し返そうとすると、触手に邪魔された。
 吸い付かれて、自分の唾液でドロドロの手に撫でられて、もう何も言えない。
 甘いのは、食べかけのまま飲み込めないさくらんぼだけじゃない。
「……っあ、あう」
 酷い。甘噛みされた。でも、何もかも忘れそうになった。
 ほんの少しだけど、爪を立てられる。痛い筈だったけど、ソレもちがう。
「気持ちいい?」
「うあ」
 気付くと、触手と、舌と、指に撫でまわされていた。
「っ……あ……ぁっ……」
 少し足りないトコロがもどかしくて、でも、そんなことも快感だった。
「かわいい」
 たべちゃいたい、なんて言われる。
「……ひう……」
 そうだけど。して欲しいことはあるが、そんなこと。
「……っ」
 いえるわけない。
 だけどもっといろんなことして欲しい。
 突付かれる度に腰が熱くなった。優しい舌の感触に、意識が飛びそうになる。
「あっ……あっ、もう、や、……ひゃ……や……」
 甘いさくらんぼ、甘い触り方、それで駄目になる。
「や、らめぇ」
 それがダメだった。


「……?」
 突然ひんやり固まったユイを見て、ルナは顔を上げた。
 そんな蒼白になる程、怖いことなにもしていない。


 ──ていうか、ナニ俺、何!?
 口許を押さえて、赤くなったり白くなったりなユイは、完全にテンパっていた。
 ──『らめぇ』って何だよ、俺『らめぇ』って言った……!
「あ゛ー……」
 そのままどんよりと落ち込んでしまう。
「えと、大丈夫?」
 まさか種の呪いとか?
 と、ルナは少し慌てるがそんなわけもない。
「そんなにイヤだった?」
 超イヤです。
 と思ったがソレはコッチのハナシである。
「ちがう」
「どこかいたいの」
「いや、大丈夫」
 お前のせいじゃない、とユイはルナに小さく笑った。
 でもあとでちょっと泣こうと思う。
「そうなの?」
「うん」
 ユイは半分形のないルナの身体を撫でた。
 それで少し安心したのか、ルナは再びユイの身体に巻きつこうとした。
「えーと」
「なあに?」
「ごめん、俺今日は無理」
 もうできません、と頭を下げる。
「え〜!」
 何だその驚き方は、とムカっとくるが日々の行いから考えるとせんのないこと。
「駐在さん……えと、大丈夫?」
「多分ダイジョウブ」
「……」
「なんだよ」
「ホントにしおれてる」
 と言われて慌ててパジャマを羽織り直す。でろでろだけど丸出しよりはマシだ。
「ま、まあそういうコトだからまた今度」
 えー、とか言っているルナを横目で見ながらズボンと下着を回収する。
 幸せが逃げるのは分かっていてもため息をついてしまう。


「トモリさん」
 何日か過ぎて、臨場感は薄れたものの、ユイはかなり、自分が予想以上にがっくりきていると思った。
 なんとなく情けない気持ちで電気街を冷やかして、いつものカフェに入る。
 フィギュアなんかみていると、若干気が晴れたが、ふと思い出しては顔から火が出そうになったりする。
 席を探していると、名前を呼ばれた。
「コッチですよ」
 窓際の席で、見知った相手がそっと手を挙げた。
「ども、お久しぶりです」
「どうも」


 谷崎は食べ終えたフォカッチャの包みを几帳面に畳むと、デミタスカップを傾けた。彼は夏でもコーヒーはホット主義である。
「どうです最近、何か収穫ありました?」
「特に変わらずです」
 自分の分のコーヒーにシロップを放り込んで、ストローでミルクとかき混ぜる。溶けた氷の音は、いつ聞いても涼しい。
 萌えな世間話でもしてれば、綺麗に忘れられるかも。丁度良いタイミングだ。
 谷崎とはこうやって目的もなくふらふら、電気街を歩いていると会う。お互いいい大人があまり人には言えない趣味な、同好の士だった。休日が不定期なのも、多分同じ。そうすると自然と連れに恵まれなくなるので、独りで行動しがちだ。だから特に約束はしてなくても、見かけたら声を掛け合って、ひっそり萌えを交換したりする。
「谷崎さんは、何か目当てのブツでも?」
「コレだよ」
 量販店の紙袋を出すと、小声で言った。隙間から、チラッとパッケージを見せて速やかにしまう。
「昨日発売日だったからちょっと心配だったんだけど、揃ってた」
 谷崎は嬉しげに笑った。
「アレ良く出来てますよね。さっき店頭で見ました」
「そうなんだよ。ランダムじゃないから良いかなって、つい着手しちゃいまして」
 気付いたら第2弾、第3弾、と集めている次第。
「いやー。萌えは心の栄養っていうか」
 癒やされちゃってます、と照れた顔をする谷崎。はっとするような美形、とかそんなんじゃないが、見ると安心する姿だ。
「全くです」
 あくまでも声は潜めて、いつもこんな調子の彼らだった。
「そういえば、もうプレイされました?」
 前に会った時話題にしたゲームのタイトルだ。


「あー……アレはチョット」
 ユイはそのタイトルにどんよりする。
「そうなんですか?」
 ことさら小声になる谷崎。
「姫様手袋齢数百だし」
 ネタシチュ多かったでしょ。と囁く。姫様は、まんまの意味。手袋は、そんな姫様が着用するアレ。軍手とかも可。齢数百は、見た目は萌えな女の子に枯れた──枯れてないけど──婆さんが入っていたりとか。
 とまあこういうゲームが好きなダメ人間だった筈だ。つまり同志。
「いやなんというかそのアレなセリフが」
 ユイは赤面しそうになるのを堪えた。いつだって架空のフェチズムについて語り合う友だけど、こんなコトはいえない。多分、目はかなり泳いでいるだろう。
「あれ? トモリさんってああいうノリ駄目でしたっけ」
「絵は今も好きです。ていうかかなり萌えます」
 不親切なスキップにも耐え、ひたすらクリックして集めたCGだけど、多分もう開く事はない。
「ちょっと最近地雷になったというか……」
「まあみさくら言語は好み分かれますからねー」
 とか言いつつ、谷崎はエスプレッソを空にした。
 むしろ好みというか、そのくらいはっちゃけてる方が楽しい。恋愛ムード満載な方が、気恥ずかしかった。だからユイはロマンチックというか、ラブンラブンというか、そういうゲームはあまりやらない。
 ナイだろそんなコト、作り事だから萌えられるというか。馬鹿だなと思いながら萌えられるというか。
 そんな夢が本当にあったらとか、考えられない。
 実際にやってみるとか、言ってしまうとか。
 あってはならないことだ。


 しかも、あの夜には更に続きがあった。


 風呂にでも入って寝て忘れようと思うが、立ち上がれない。腰に巻き付いた触手に引き戻される。
「ねえねえ」
 超くだらない用件に決まっている。
「だめなものはだめです」
「ぼくまだ何も言ってないよ」
 言わなくてもまあ分かる。
「だから、今日はもうナニやっても萎えちゃってダメなんだって」
 言ってからしまったと思う。
「そういうことなら」
 ルナはにんまり微笑んで言った。
「強制的に盛り上がってもらいます」
「な、なに考えてんだ」
「えっちなコトです」
 ぼくもう我慢できません、と押し倒される。
「こんなコトもあろうかと」
 触手を見せ付けてあやしげな液体を滴らせる。まあ、見た目はいつもの透明な粘液だ。
「媚薬の合成も練習してました」
 匂いからして甘すぎる。冗談じゃない。
「いただきま〜す」
「わきゃー」


 結果、効果がありスギなのかユイの記憶は完全に飛んでしまっていた。


 あの流れで、前後不覚になった自分がナニを口にしたのか。いや、立体物とかじゃなくて、言葉。
 自分が何を言ったって、ヤツは無邪気に喜ぶだろう。いつだって幸せそうで甲斐甲斐しい。夜が空けてから、どこか痛いところはないかも聞かれた。まあ、心配になるようなコト、やらないで欲しいのもそうだが。身体は重かったけど、副作用とかはなかった。朝ご飯はうまかったし、汚れは全て拭われてあった。洗濯したてのシーツにもたれて、ここまでしてくれると少し申し訳ない気がした。
 なけなしの勇気を振り絞って、記憶が無いことを白状した。余程死にそうな顔をしていたのか、また可愛いなんて喜ばれた。こういうトコロは悪気ゼロだが、つくづく酷い奴だと思う。
 夕べも可愛いかった甘かったと囁かれて、何も言えなくなった。
 何かとんでもないコト言ったかも、考えるだけでうろたえる。
 あんなコトとかこんなコトとか。
 めまいがしそうなくらい恥ずかしいが、訊くのはもっと恥ずかしい。
 ――『らめぇ』って何だよなんだよ俺。
 アレだけでも十分打ちのめされてる。ただでさえ傾きかけだった男のプライドはほぼ粉砕。それなのに更に何かアレなコト言ったかもしれないなんて、なんて。
 ダメすぎる。


 ユイはまた速くなりそうな胸を押さえた。今日だけでもうかなりの幸せを逃したかも。
「具合悪そうですけど、大丈夫?」
「概ね大丈夫です」
「もしかして、急に暑くなってバテてます?」
「……そんなトコロです」
「萌えもいいですけど」
 食べなきゃダメですよ、とにっこりして、谷崎は席を立った。
「でないと体もたないですよ」
「そうですね」
 谷崎の後ろ姿を見ながら、どうせ甘いならケーキ屋でメニュー端から端まで詰め込んで食ってやろうとユイは思った。
 その発想が既に男の恋人だか愛人だとかを喜ばせる次第だが、ソレには、結構大したことのある推理も働かない。
 確かに彼はダメ男だった。

 (1stup→080703thu)


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