■ダメなものはダメ
「ん……」
可愛い声だなって思う。
そっと背中に手を廻してさする。
これだけのコトであったかくなって自分にもたれてくるなんて、そんなに好きでいてくれるのかとか、自惚れてもいいだろうか。
うなじに顔を埋めると、優しい石鹸の香りがした。風呂上りで少し湿っていて、桜みたいな色をしている。でも、肌が染まっているのは、お湯のせいじゃないかも。
頬に濡れた感触がある。寝るときも外さないチョーカーは、当然風呂に入る時も着けたまま。革紐はまだ乾いていなくて、水を含んでいた。指先でそっと辿って、触れる。ひんやりした半透明の小さなプレート。魔物を惹きつける甘いタマシイの匂いを、曖昧にする効果があるとか。マジックアイテムであると感知出来るか出来ないかギリギリの、僅かな魔力で編まれたソレは、要するにお守りだ。
こんなのだって、いつかは自分が。
作ってあげたいとルナは思っている。
プレートを戻すと、冷たさにぴくっと肩が震えた。もう一度紐を辿って、耳に触れる。耳たぶには、小さな穴が開いている。スロットと兼用のピアスホール。こっちは寝る前とかは、いつも外している。
指で優しく挟んで撫でると、くすぐったそうに身じろぎした。逃げられないように、片方の腕は細い胴にしっかり巻きつける。
少しずつ熱くなっていく呼吸が、同じようにルナを熱くさせた。
──あー、なんか溶けちゃいそう。
ルナはぼんやり思うと廻した腕をとろりと変えた。不定形で半透明な姿で、改めて抱き締める。薄手のパジャマを隔てて蠢く柔らかな触手に、ユイの身体は力を吸い取られたみたいに崩れた。
二の腕にもたれてまどろむ顔をみていると、欲しいな、と思った。
「いい?」
優しく顎を持ち上げると、薄く目が開いた。
「……え」
キスしていい? とは口に出さないで、目を閉じて顔を近付ける。
「え?」
なんだかいつもと反応が違う。
酔いそうな頭を懸命に戻して、ルナはユイの顔を見た。
その顔は思ったより遠くにあった。
あれっと思っている間に、ユイは絡み付いた触手から抜け出そうと身体を離した。
「どうしたの?」
ルナは触手を短くして、引き寄せる。
背中を撫でると、ぽっと赤くなる。
どっちかというとノリ気だと思う。
「えーと」
「電気消そうか?」
それとも、とルナは優しく言った。
「ベッド行く?」
直接的な言葉に、赤面する姿は何度みても飽きない。この反応が、好きってコトだって、勝手に思ってるけどきっとそう。
かわいい。可愛い。
堪らなくなって身体を押し付けて頬を寄せると、また逃げられた。
「駄目」
「どうして? イイコトしよ」
耳元で囁くと、暴れ出すでもない、猫みたいな感触。
仕方ないので、触手を増やして両腕を縛ってみた。
「いいでしょ」
「ややや、やめろ」
ダメなんだって。
ユイは自由だった足を器用に曲げると、ルナと自分の間の隙間を思い切り押した。
「きゃー、ひどーい」
まあ、本気になればこんなユルイ拘束じゃ意味ないわけだが。
何も足で押し返すことはない。と思う。
「もー、なんでこんなコトするかなー」
と抱き付くと、別段怒った様子もない。
「ねえねえ、もう縛ったりしないから、続きしよ」
軽く頬にキスすると、慌てて離れる。
「えーと」
ルナはその様子を見て言った。
「もしかして、キスしたくないの?」
気まずそうに目が泳ぐ。
「なんかイヤなコトあった?」
ラブいシーンの途中で、無骨な足技を使ってしまうような人だけど、ひっそり繊細なトコロもある。
もしかして、またどこかで何かエロいコトされたりしてヘコんでるとか?
ルナは不安になった。
「イヤ、どっちかっていうと良いコトなんだが」
恥ずかしそうに横を向いてユイは白状した。
「口の中が削れた」
「??」
「えーと、昼に5人分食べたらタダにしてやるって言われてエビフライとかから揚げとか食ったらエラいコトになった」
「もー」
心配して損ちゃった、とルナはがっくりきた。
「でも晩ご飯いっぱい食べてたよね」
「冷奴……豆腐に何かトマトとか乗ってたけど合ってるよな──とリゾットならそんな困らないよ」
「あーそうかー」
「ソレに食わないとヘタるけど、お前と毎日そういうコトしないと死ぬワケじゃないし」
「えー」
間違ってないけどヒドいと思う。
「だから治ってからでもいいかなと」
「よくないよ〜毎日ちゅーしないとしんじゃうー」
ルナは強引に腰を引き寄せた。平たい腹同士がぴったりくっ付くと、ユイは一度冷めた顔を茹でたように赤くした。
「……お前ね」
それだけ呟くと、黙って下を向く。が、あるトコロだけは見ないように頑張る。
無邪気な笑顔と言い分で、硬いトコロだけはしっかり硬い。こんなにぴったりくっ付かれると、イヤでもわかってしまう。というか、そういうコトされると自分だって困る。
「ダメなものはダメです」
やっとの思いでそう告げて、ほんのり火照ったルナの顔を見る。
「ダメじゃないもん〜」
「だから口の中が痛いんだって」
できません、とユイは情けない顔をする。無理だよ、と思う。キスしなければいいというハナシでもない。多分、その、メロメロにされてしまったら忘れる。
本当のトコロは、あの晩ご飯だって結構辛かった。
単純に食欲に負けたのと、恥ずかしくて言えなくて見栄を張っただけのこと。
食べなきゃよかったなんて反省はしないけど、アレな雰囲気になってるのに最中で痛い痛いっていうのもサイアクにしまらない。
「そんなに痛いの?」
「……かなり」
「そうなんだー」
とか言いつつ迫るルナ。
「いたいからだめだって」
「えー、そんなのぼくが治してあげるよ」
ルナはにこりと微笑んで新たな触手をうぞうぞと生やした。
「!!」
オレンジ色というかピンク色というか、淡い触手たちの先端は、甘すぎる雫で覆われている。
多分、その粘液で治癒を。その手があったかと思うが、過程を考えると激しく抵抗があった。
後ずさるが、もう遅い。
「いたくしないからね」
いつもよりとろんとろんに溶かしてあげます、とにんまりする。
こうなると、この人は頼りの力で抗えなくなる。
どうなるかと思ったけど、役得。
「ね」
「うひ〜」
(1stup→081018sat)
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