■ふわふわの日

 駐在さんが帰ってきた。
「おかえりー」
 ぼくはわくわくと顔を見て荷物を受け取った。いつもなら、そんなマンガの萌えっ娘? みたいな甲斐甲斐しさに引いてスルーしようとするんだけど、今日は何も言わなかった。畳んだ服の入ったビニールバッグを洗面所の入り口に置く。斜め掛けの布カバンは大事に抱えたまま、ぼくは久しぶりにみた恋人の顔に嬉しくなる。
 帰ってきてくれた。まずは、それが嬉しい。
「お風呂、お湯入れてるよ」
 駐在さんはぼくをみてほっとした顔をしてる。いつものふんわりした目で、白く枯れた枝や落ち葉みたいな暖かい色に変わったテーブルクロスを眺めて、ちらっと玄関を振り返る。備え付けの靴箱の上に置いてた小さな布のマスコットが変わったことも、気付いてくれてたみたい。
「腹減って死にそう……」
 まあ、そんなトコも好き。
「じゃあ、ご飯?」
「いや、風呂入る。かなりヤバいコトになってるし」
 あんま近寄るな、と今更そんな事を言って、駐在さんは着替えを取りに部屋へ入っていった。
 着替えは届けてあげたし、シャワーくらいは浴びてるだろうから、言う程埃っぽくも汗臭くもなかった。でも、本人が気にしてるなら一緒にお風呂、とかって飛び込んで行くのはやめた方がよさそう。
 コーンクリームのシチューが入った鍋を暖めながら、ぼくはふわふわの泡になりたいなと思った。


 デザートは柿。合成でも、秋の色してる。味だって、昔の人が言ってたみたいな紙粘土じゃない。甘くて、ちょっと渋くて、端は溶けたように少し透き通っててもっと甘い。
「ねえねえ、ハロウィンはどうだった?」
「おかげで子供にあちこち引っ張られずに済んだよ」
 だけど包装をセルフにしたのは失敗だったとぼやく。肩を叩きながら柿を咥える。
「え、お店の人に頼まなかったの?」
「……あんまり忙しそうだったんでな」
 途中で種をつまみ出してから、残りを口に入れる。また種ごと食べるんじゃないかとちょっぴり不安だったのでコッソリ安心する。
「それに長居し辛かったし」
 先月、駐在さんはハロウィンウンザリモードで何やら思案していた。ヒラメいた内容を聞いて、ぼくはお菓子をすごく可愛く小分けしてくれるお店を教えてあげた。去年お祭りしてるトコロを通りかかって、タイヘンな目にあったらしい。まあみてるとイタズラしたくなる人だから。とか口に出したらおこられる。それで、今年はTrickされないように先んじてTreatしようと考えた次第。
 でもファンシーに飾ったお店で落ち着かない姿を想像すると仕舞った触手がざわざわしてきた。


「お疲れ様」
 暖かい玄米茶を置く。駐在さんはありがとうって、そっと口をつけた。柔らかな目で湯飲みをみてる。
 一度は家に帰って来たものの、普通の事件の応援で、また飛び出して行った。幸いというか、そんな血のいっぱい出る事件じゃなくて人騒がせで派手なだけだった。ハロウィンのお祭り気分に乗じて下着盗んだりお金盗んだりな窃盗集団を大捕り物したらしい。こういう場合駐在さんの役目はお手伝いだから、やってたのは検問とかだろう。いつもよりは、危険が少ないかも。
 秋だから、学際でもイロイロあった。未成年の人も混ざってるから詳しいことはTVには映らなかったけど、盛り上がりスギて何か壊したとか、乱闘とか、盗撮とか。コッチも、とりあえず誰も死んでないみたい。
 それでも、体だけはくたびれる。予定より帰って来る日が遅れちゃってたから、尚更だ。
 ぼくはレイトショーのチケットを思い出した。机に仕舞ったまま。譲ろうかと思ったけどやめた。だってギリギリまで待ちたかったし。折角観に行くんなら、並んで座りたかった。だから勿体ないけど、時間が来るまで手許に置いてた。
 見ちゃったら、駐在さんはきっと気にするから、隠した。残念だけど、明日はいっぱいあるからいつか行ければいいんだ。
 それより今日は、ゆっくり抱っこしたいし。おいしいものもたべたい。


「おやすみ」
「うん」
 今夜は、三日月くらいかな。鍵を確かめた窓を思い出す。少しにじんでいたから、天気は崩れるかも。
「あのね」
 静かにだけど素早く歩み寄る。小さな肩に囁く。
「今日、部屋行って良い?」
 そのまま背中から抱き締めた。
 一歩進めば簡単に抜けられる緩い力だったけど、駐在さんは動かなかった。
「いいよ」
 ぼくの顔を見ないで、小さな声。それだけでもう甘い。


「っ……ぅん」
 ぼくは眠りそうな身体を抱いた。小さくて可愛い喘ぎに痺れそうになる。ニセモノだけど、頭の後ろがぼんやりしてくる。
 くちゅ、と微かに妖しい音。硬くなってて、もうとろんと濡れていた。
「……ふあ」
 優しく握って手を動かした。
 その淫らな音をもっと聞きたかったから、ぼくは弾む息を殺して指を絡め、撫でている。多分長くは続かないけど。
「ん……っ……」
 華奢な身体が強張って、淡い肌が一際染まる。
 一瞬ぴく、と震えて力が抜ける。
 緩く開いたままの脚も閉じられない駐在さんに、ぼくは優しく微笑んだ。
「いっぱい、出したね」
「……」
 手の平の雫を戻すみたいに下からすくい上げて撫でる。出したばかりなのに、熱くて、まだ硬くなりそう。
 駐在さんはぐったりしたまま涙ぐんでぼくを見ている。まだ動けないんだ。微かに息を上げて、快感に耐えている。
 このまま手の中で狂わせて、滅茶苦茶に感じさせるのもいいけど、今日はもっと優しくしたい。敏感なトコロをこれ以上いじめるのはかわいそうだから、そっとキスして姿勢を変えた。
 開いた唇に、白く濡れた指を押し込む。
「……んっ……!」
 2つの指で舌を挟んで撫でると、駐在さんはぼくの腕の中で身じろぎした。
「んゃ……苦っ……」
 気持ち悪そうにぼくから逃げて抗議する。だけど素早く作った触手で絡め取ってもう一度咥えさせるとまた力を失った。
「ん……ふ……」
 上だけのパジャマが絡んだ身体に触手を這わせると、ぐったり目を伏せて吸い付いてきた。
「……んく」
「気持ちいい?」
 答えられないのを知りつつ、ぼくはそんなことを言った。乾ききらない髪に口付けて、新しい触手で頬を撫でる。
 駐在さんはもう、とろりと喉を伝うものが何なのかわからなくなっている。溶けた瞳でぼくの愛撫を受け容れる。柔らかい舌。甘くこぼれる唾液。ぼくは指先で、唇の奥の感触を楽しんだ。
 絡めた触手で脚を持ち上げる。細い触手が幾つも蠢いて割り拡げる。
「ん……ぅ」
 狭い入り口をくすぐって更に拡げて優しく粘液で満たす。
 その感触に、駐在さんの身体は儚げに跳ねて白い飛沫をこぼした。感じやすい可愛い人。もっとイイコトしてあげる。
 ぼくは熱くなった顔でにこりと微笑むと、束にした触手で潜り込んだ。


「……! んっ……んく」
 細い細い触手が何本も、中でも動く。激しくはしない。優しく、細かな襞の奥まで舐め尽くす。
 こんなに触れられるのは、ぼくしかいない。
 ぼくは目を閉じて心地良さに溶けた。
 甘い呻きがぼくを満たす。流れ込んでくる精気が、高く押し上げる。
 薄く目を開けると、痴態、と呼ぶには躊躇う儚げな姿。だけどぼくの指と触手に吸い付く優しげな口はどちらも、確かに淫らだった。
 ぼくは最後の準備をする。
 駐在さんも多分もう限界。締め付け方が変わってくる。
 細い肩に力が入って手が僅かに浮く。指先が何も無い所を彷徨って震えている。
 どこかきゅんとして、ぼくはその手を握り締めた。
 片方なんか自分の出したものでドロドロだったけど、駐在さんはぎゅっと握り返してくれた。
「……あ……」
「ユイ……」
 ぼくは深いキスをしながら、沢山の細かな触手から、流れるように静かに吐き出した。
 固く握りあった手は痛いくらいだったけど、とても甘く、優しかった。


「ごめんね。疲れてるのに」
 駐在さんはぼくの胸にもたれている。ぼんやりしていて、またすぐに眠ってしまいそう。
「いいよ」
「うん……」
 抜いた触手でお尻を撫でる。ダメってわかってるけど触りたかった。
 赤い顔できゅっと目を閉じる駐在さんはとても可愛かった。薄い毛布と一緒に、ぼくの体の端を握り締める。そんな仕草にも胸がいっぱいになる。
 堪らなくなって、ぼくは自分にした約束を破った。
 ぐっと顔を寄せて、激しく深いキスをする。頭を支えた指が、黒い髪をくしゃりと掻き回す。
「んっ……ん」
「……ぅ……」
 今夜は綿菓子みたいにふわふわに、抱っこして寝ようって決めてたのに。
 ぼくはもう子供じゃないんだなって、艶やかな温度と音に酔いながら思った。


「身体、大丈夫?」
 その言葉に、駐在さんは苦笑いした。
 それから真顔で、ぼくの肩に頭を置いた。
「寂しいか」
 毎日帰って来ないのは、ぼくだって同じ。だけど二度と帰ってこないかもしれない可能性は、この人の方に大きく傾いている。その分岐が沢山の明日の中の僅かだとしても、ちょっとだけ、皆よりも多いかも。
「ううん」
 ぼくは元気に首を振った。ぼくのカッコイイ駐在さんは簡単に死んだりしないし、不安な顔は見せたくない。
「平気。ぼくもお留守の日あるし、それにお友達と会ったり、お買い物したりTVみたりとか本読んだりとかお菓子食べたりとか」
 人間の体に変われるようになってから、家の外が一気に広がった。楽しいことで忙しい。コレはホント。
「でもやっぱりさみしいかな、ちょっとだけ」
 ぼくはだめだなー。やっぱり言っちゃった。
「でも、ちょっとだよん。ちょっとだけ」
 ごめんな、と駐在さんはぼくの頭を撫でた。
「そんなの。ぼくの方こそ、ごめん」
 家に帰れなくてヘトヘトだったのに、ぼくはそんな人をたべちゃった。
「いいよ」
 駐在さんはまた、頭をぴとりとくっ付けた。
「ハロウィンなら何かされてもしょうがないし」
「えー?」
 駐在さんは申し訳なさそうに笑った。
「お前にも菓子やろうと思って取っておいた筈なんだが……」
「??」
「なんかゴチャゴチャやってたら混ざって全部あげてたんだ」
 お菓子がないからイタズラされちゃったってコト?
「もー……」
 と、ぼくは慌ててお口にチャックした。
 ──かわいいなあ。
 もっとたべちゃいたい。
「ごめんな」
 今度もっといいやつ買うから、と言う駐在さんの唇に蓋をする。触れるだけ。
「いいよいいよ。お菓子より駐在さんの方が甘いもん」
 ソレを聞くといつもどおり、倒れそうな顔をする。
 染まった耳元に、にっこりして囁く。
「でもねお菓子も欲しいー。ぼくオレンジの入った細長いチョコレートがいいな」
 と、何気にチョット高級な注文。
「お前ね」
 駐在さんは呆れた顔をしたけれど、次の休みに一緒に行こうって誘ってくれた。買い物も、そういえばもう、夏から一緒に行ってなかったかも。
 眠ってしまった顔に頬擦りする。話の途中で寝ちゃうまで、眠いトコロを付き合ってくれたのも嬉しい。一緒に出かけようって言ってくれたのも嬉しい。
 ココでアクセサリとかじゃなくてお菓子を買いに行こうなんて、駐在さんからみたらぼくは相当子供なのかなって思うけど、今はそれでもいい。
 今日はやっぱり綿菓子みたいにふわふわだ。

 (1stup→081108sat)


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