■Listen

 お人形趣味な白い服。
 男の子だから辛うじて短パン、そんな風に残されたプライドが余計忌まわしかった。
 アルフォンソはユイを完全に人形にはしない。どこかに心が残るように扱う。
 それは、優しさや憐憫じゃない。
 誰よりも、とまでいかなくても、ユイは彼を、別に知りたくないコトまで知ってる。
 人力で刺繍された豪奢なレース、つるつる気持ち悪いシルク。
 ユイは絹が嫌いだった。
 アレが吐いた糸なんか。
 まだ、この街の誰にも気付かれてないけど、ユイは蟲が怖い。だからアレが作った糸なんか、蟲が這っているようで好きになれない。
 いつか、そんなことされる。
 蟲に喰われるような、未来のニオイがして、ぞくっとする。
 そんな豪華で愛らしい服には、悪趣味な仕掛けがあった。
 肝心なトコロが覆えない、奇妙なスリット。
 胸と、脚の間。
 男が突き上げる度、ユイは白い喉を反らせて声を殺した。
 悲鳴を上げるのを嫌うからだ。
 大切な喉を痛めるから、叫ぶな、我を忘れて喘ぐな、とアルフォンソは言う。
 ソレに、コレはレッスンだ。指定された音階以外は口にしてはならない。
 どうせ
 どうしても言いたい言葉は仕舞うつもりだから。
 従ってもいい。
 ほかにすることもないし。
 でも、突かれる度に、弾かれる毎に、偽りの甘い水に溺れていく。底に溜まった泥は、[くら]い。
 言ってやりたい言葉が、澱になって積もっている。
 ──みんな  。
 ──  ればいい。
 悪趣味。
 変態。
 でも燃えるように、甘い。
 毒って分かってて大人が吸う煙のように。
 派手すぎる色をしたキャンディのように。
 ずっと欲しかった。あんな飴、食べてみたかった。
 今は、好きなだけ、多分、欲しい言ったらくれる。何から出来てるかわからないニセモノじゃなくて、優しく植物が編んだホンモノの砂糖で出来た、透き通ったキャンディをくれるだろう。
 だけど今の自分は、もうそんなもの、食べておいしいと思わない。
 なんでかわからないけど、そう感じた。
 有害って分かってる甘味料を啜るように、俺は全てを放り出して、貪り喰ってる。なにもかも。
 鏡が曇っていく。
 弾む息で白くなる。
 頭を押されると、額がくっついた。
 突かれるままに突っ伏すと、胸が冷たかった。
 禁じられているのに声を上げてしまう。
 胸、冷たい。
 息を吐くために開けた口から、舌がこぼれてしまう。白くなった鏡を、ねっとりと拭く。
 無様な姿。
 センセイは可愛いって、ハァハァ息を上げてるけど。唾液だらけの俺の耳を犯して。
「君は……素晴らしい」
 くだらない。
 くだらないけど、
 もういきそう。
 行ってしまう。
 ダメなトコロに。
 頭に血が上ったセンセイがめちゃめちゃに突くからだ。
 鏡についた手が震える。
 センセイが言った、指定の音階。震える声でうたう。
「綺麗だ」
 馬鹿だ。
 いい大人が、名教師が、ナニして遊んでるんだろう。
 馬鹿だな。
 でも、怖い遊び。
 こんな毒。
 甘くてもう身体、保たない。
 情けなく力が抜けて滑っていく手。
 小さい手。
 もっと大きいといいのに。
 服の隙間、悪趣味なデザイン。
 冷たい鏡に胸の先が触れる。
 脚の間の隙間には、もっと無様な飾り。
 出してしまわないように括られたリボン。堪えきれずに溢れたアレでベタベタで、花屋が棄てた花みたいだ。
 これからこの男は、俺を誉めそやしながら、あのドロドロのリボンを解く。
 しらない。
 そのあとはしらない。
 も、なにもかんがえられない。
 鏡の向こうで、アルフォンソが、いつもの顔で見てるんだろうけど。
 しらない。
 いっそデレデレと鼻の下を伸ばしているんなら罵る事も見下すことも出来るけど、あの男は、そういうことはしない。興奮してない筈もないんだが。
 情けないトコロ括ったレースのリボン、アレと同じので、男が、俺を触るのをずっとみてた。わかる。それできっとガチガチだ。
 なのにあいつはずっと余裕だ。
 指に巻いたリボンで、胸を擦られて俺がどうなったか、レースの凸凹を突っ込まれてどんな風に呻──この場合、うたうっていうのかこういう連中は──いたのか、全部しってる。それなのに、何も浮かべない顔で全部みてる。
 センセイのピアノはホンモノだった。迷わない音色。歌もすごい。初めて聴いたときは、どうしてか少し震えた。完璧な音程。そういうのは嫌いじゃない。好きでもないけど、続けてもいいなって思う。でも、その何も知らないどこかの綺麗な服の人達を感動させる手で、人形遊びなんかする。長い指に巻いたレースのリボンは、センセイが作る音の中できっと、一番えげつない。下品な音で遊ばれてる俺も、同じ。ドロドロのリボンに削られて、うたう俺をセンセイは優しく抱きしめた。抱きしめた手にも、同じリボンが絡んでて、わけの分からない構造になってる服の隙間をまさぐる。胸と中奥[なか]を擦るレースに、身体は好き勝手な振りまでつけてしまう。だらしなく息を上げた男の賞賛。俺を褒めながら犯す男。
 どうしようもない痴態を、ただ黙ってみてる。
 伊達男はいつもポーカーフェイス。
 いつも気取ってる。
 しらない。
 あんな男。
 こんな世界。
 しらない。
 こんな甘いの、
 いらない。

 (1stup→090806thu)


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