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『別れてくれないか』と告げた時、神宮寺は何も言わなかった。 ただ黙って俺の目をじっと見つめ続け、それに俺が耐え切れなくなった頃小さく分かった、と返した。 俺は神宮寺に詰られることも、追い縋られることも、…引き止められようと望むことすらしなかった。 恋人という肩書きが消えたとしてもこれまで築いてきた絆がそう簡単に失われることは無い。 そんな甘ったれた幻想に捕らわれて俺は、神宮寺の心の叫びを聞こうとすらしなかった。 神宮寺とユニットを組んでデビューしてから月日が矢の様に流れていった。 俺と神宮寺の確執は終わりを見せたわけではなかったが、そのわだかまりは日を追うごとに解けていく。 くだらない事から口論に発展する事は驚くほど減っていた。 「在学時代に比べて俺に絡まなくなったな」 「なんだ、寂しいのか?」 「馬鹿を言え」 そう軽口を叩き合って笑えるくらいには俺と神宮寺の仲は修復されている。 そもそも俺は神宮寺に対して否定的な見方をした事は無い。奴が歩み寄ってくれるなら、それが険悪な関係になる事は無い。 二大財閥の御曹司。家族との深い溝。自らの在り方への疑問。 お互いの持つ根本的な心の問題こそ違ったが、自分に近い境遇の人間が側に居る事がどれほど心強い事か。 半年ほど立ち、月の予定が半分以上埋まるようになる頃には神宮寺の空気はすっかり俺に馴染んだ。 神宮寺の側は心地よく、俺のうぬぼれで無ければ奴も随分と気を許してくれていると思う。 言葉を交わすことも無く2人でお茶を飲みながらゆっくりしている所で月宮先生に遭遇し、熟年夫婦のようね、とからかわれた事もある。 俺と神宮寺は男同士ですよ、と返すと月宮先生は俺と奴を交互に見て、少し困ったような顔をしてそう、と微笑んだ。 視線をずらすとそこには真っ赤になって俯く神宮寺が居て、ぎょっとして後ずさった俺を見た月宮先生が慌てた様子で取り繕う。 しかしその言葉は俺の耳を通り抜けてしまった。聞こえるのは微動だにしない神宮時と、俺の息遣いだけ。 逃げるようにその場を去った神宮寺を追って次の現場に向かうまで、車中は無言だった。 その日の夜、意を決した神宮寺にその想いを告白され、気付けば俺もそうだと返していた。 その時の神宮寺の笑顔は一生忘れることは無いだろう。奴には珍しい、無垢で透明な笑顔だった。 そうして更に半年ほどが立った時、ある週刊誌が俺と神宮寺の関係をお互いの家柄を含め書きたてた。 芸能活動は金持ちの道楽、お互いの財閥が好感度を上げるために息子を利用している、今の人気は親が金を積んで手に入れたもの… この手の週刊誌なんて下世話な話題をでっちあげて発行部数を稼いでるんだ、気にすることは無い。 一緒に暮らす部屋のソファーに座り、神宮寺が目の前のテーブルに雑誌を放り投げる。 神宮寺の口からその話題が出る事は二度と無かった。無視をするのが良いと考えているんだろう。それについては俺も同意だ。 今までも何度かワイドショーのネタにしようと尾行されたりつまらない噂で取材を受けた事もある。騒ぎが大きくなって長期化した事もある。 事務所が持つ絶大な力で今まで酷い被害を受けてはいなかったが、今回もそうだとは限らない。 そう思うと呑気に構えていいものかという不安に取り付かれる。 俺と神宮寺が夢のために身を寄せる芸能界は実力主義であり、コネがものを言う世界だ。 シャイニング早乙女が居て、自分たいが努力を怠らない限りは何の問題も無く暮らしていけるだろう。 しかしそれに関わる外の人間たちの生活は脅かされる。 自分をこの世界に送り出すことを許してくれた父。まだ幼い、財閥同士のしがらみに晒されていない妹。 神宮寺だって自分を影ながら支えてくれた兄をこんな事に巻き込みたくは無いだろう。 「真斗、何を考えてる?」 「…何も」 ソファーに座りながら考え込み始めた俺に神宮寺が声をかける。探るような声音。 神宮寺は気にするべきでは無い、と言っていた。 ならばこの俺の考えは杞憂であり奴にわざわざ話して心配をかける事は無いと言うこと。 それに神宮寺は俺よりもずっと早く芸能界に関わってきた。こういう時の上手いかわし方も良く知っているはずだ。 「何を一人で抱え込んでいるんだ、話せよ」 神宮寺はなおも食い下がってきた。 俺はそれに曖昧に返し、ソファーから立ち上がって夕食の準備を始めた。 背中に刺さるような視線が突き刺さる。 久しぶりにゆっくり出来る日に、余計な心配事を持ち込んで仕舞いたくなかった。 本当はその時にちゃんと向き合って話をするべきだったのだ。心配をかけたくないなどという身勝手な自己満足で終わらせずに。 それから俺と神宮寺の仲は坂を転がり落ちるように元の険悪な空気を漂わせるようになった。 俺は神宮寺が変わった理由を知ろうとすらしなかった。それどころか、あの告白さえ気まぐれで言ったものではと疑った。 デビューして丁度1年経った頃、お互い一人の仕事も増えてきた所でユニットは解散された。 解散の意志を伝えるために社長室を訪れた時、早乙女社長は何故か神宮寺だけを見て良いのか、とだけ確認した。 『良いさ、どの道こうなる運命だった』と吐き捨てるように言った奴が泣きだしそうな顔をしていたと、 俺はどうして気付いてやれなかったんだろう。 別れを告げたのは同居を解消した時だった。 どちらか一方が残るにはこの部屋は広すぎて、思い出も残りすぎていた。 全ての荷物を運び出して空っぽになった部屋の窓際でぼんやり外を見ている神宮寺の背に、俺は別れようと言った。 奴は肩をびくりと震わせ、それでも振り向かなかった。 窓に付いた手がかたかたと震えているのは怒りか、それとも悲しみかなんて分かろうともせず俺は返事を待った。 随分時間をかけてゆっくりと振り返った神宮寺の顔は昼の強い日差しを背に、はっきりとした表情は見えない。 ただ、強いまなざしが俺を射抜いている事は容易に分かった。 そうして随分長い時間が流れたあと、神宮寺は分かった、と小さく呟いた。 俺はほっとしたように息を吐いて、そうか、今までありがとうと薄っぺらい常套句を吐いた。 それを聞いて窓に向き直った神宮寺の顔が一瞬歪められるのが視界の端に映ったが、俺は気にも留めなかった。 それから順調に仕事を積み重ねて行った俺とは対照的に、神宮寺は日に日にメディアへの露出が少なくなり、 ついには芸能界から姿を消してしまった。 その間に俺がやった事と言えば、あくまで友人として最近の奴を憂うメールを送り、留守番電話に励ましの言葉を入れるのみ。 電話に出ない神宮寺の元へ直接会いに行くわけでもなく、周囲に奴の様子を探るわけでもなく。 俺たちの関係が静かに、確実に消え薄れていくを黙って受け入れていた。 何人か出来た芸能界での友人は確かに一緒に居て楽しかったが、その都度思い出されるのは神宮寺と居た穏やかな時間。 この世界で揉まれ、理不尽な思惑に翻弄され、人の言葉の裏の裏を読み取ってようやく気付けたのは あの空気は神宮寺の努力のみよって作られていたと言う事。 俺は何もしなかった。 ただあいつの愛情を受け取り、与えられた暖かな空気を感じ、何かを伝えることすらしなかった。 神宮寺は聡い奴だから俺がそんな風に流されて、そして様々なしがらみから逃れられない事に気付いていた。 別れてから数年立ち、俺自身の扱いがアイドルでは無くなり音楽だけに没頭出来るようになった頃。 空いた時間を作って神宮寺の兄に連絡を取り、会いに行く事にした。 彼は随分と居場所を教えることを渋っていたが、神宮寺と向き合ってちゃんと話しがしたいと告げるとようやく了承してくれた。 神宮寺は余り名も知られていない別荘地に、世話係のジョージと一緒に住んでいるらしい。 電車とバスを乗り継いでようやくたどり着いた先で、迎え出たのはそのジョージだった。 目が合い、彼の表情が怒りに歪むのを認識した瞬間胸倉を掴まれ、あらん限りの力で殴られる。 彼は込み上げてくる思いを口にしようとして何度も唇をわななかせ、何も言えずに俺から手を離し短く謝罪の言葉を述べた。 きっと殴られた理由は神宮寺の事で、俺の今までの行動の結果がその先にある。 俺が進み出ると彼は何も言わずに道を譲り、ぱたんと静かに扉を閉めた。 壁をそのまま切り抜いたようなガラス窓に向けて置かれた大きなソファーから、明るい茶色の髪が覗いている。 声をかけても反応は無い。 正面から覗き込んで、もう一度かけようとした声は喉で止まって飲み込まれた。 神宮寺の目には死人のように生気が無かった。慌てて触れた手には温もりも、脈動もある。 挑発的に釣りあがっていた口角は緩んで、薄く開いた唇から細く息が漏れ出している。 触れた頬の弾力は変わらない。ただ魂だけがぽっかりと抜け落ちてしまっているように動かない。 これが。 これが俺の行動の結果。 神宮寺と向き合うことをせず、自らの環境ばかりを気にしていた俺の。 知ろうとした心はすでに俺が壊してしまっていた。 「レン」 名前で呼んだのは初めてだった。そして、きっと最後だ。 |
ハッピーエンド厨で死にネタも裏切りネタも駄目だけどたまーに酷い話を書きたくなる。神宮寺の心と向き合わなかった、何も成長していなかった聖川のお話。 もう二度と書かない辛い^^ |