恋の足音 since 2011.11.05 ※TOPへ戻る際は←のサイト名をクリックして下さい。 |
一十木の質問はいつも唐突で意図が掴めない。 『ファーストキスはレモンの味がするってホントかなぁ?』 と聞かれた時は顔から火が吹くかと思った。本人は至っていつも通りで、俺の表情の変化を指摘していたが。 一十木は分かったら教えてくれ、と俺の心情などおかまいなしに自分の席へと戻っていった。 漫画から得た知識だと言ってたが、そんな情報が載っているのは少女漫画くらいのものではないだろうか。 七海か渋谷から借りたのだろうか。漫画のヒロインのようにキスへの淡い憧れでもあるのかと思ったが カレーなどと言い出すあたりただの興味本位だろう。 俺自身は入学式の日に七海と事故で唇を触れ合わせた事がある程度だが、 さすがにあれをカウントするのはルール違反というものだろう。 遠い記憶に想いを馳せながら歩いて寮へとたどり着き、開けようとした部屋の鍵はかかってなかった。 神宮寺はすでに帰ってきているらしい。 「ただいま」 「おかえり」 普段は口を開けば俺を皮肉るか、でなければ小ばかにした態度を取る神宮寺も毎度の挨拶だけは普通に交わす。 神宮寺家の、というよりジョージの教育の賜物だろうか。 趣味の悪い色をしたシーツが敷かれたベッドの上、だらしのない格好で雑誌を読んでいる神宮寺が ちらりと視線を寄越す。 一瞬身構えたが奴はすぐに興味が無さそうに俺から視線を外し、再び雑誌に没頭する。 読んでいるのは女性向けのファッション誌だ。相変わらず研究に余念が無い事だな。 音楽の勉強をしろと言ったところで『ファンのレディとの共通の話題作りだよ』などと、のらりくらりと交わされるのが 容易に想像できる。 「Sクラスは課題が大量に出たと聞いたが」 「ん?」 休み時間にAクラスに来ていた来栖が一十木に愚痴を言っていた記憶がある。 明日までに配布した曲に沿って作詞をせよ、課題曲は5曲。曲自体は30秒程度の短いものだったが5種は大変だろう。 共用スペースのテーブルには課題をやった形跡は無い。 「ああ、あれね。お優しい聖川様に心配されるとはな」 「茶化すな、神宮寺」 「はいはい。課題を出されたのは午前の授業だったからね、休み時間で済ませたんだよ」 そう言って雑誌に意識を戻した神宮寺からふわりとレモンの香りが漂う。 奴がいつも纏っている香りとは全く違う、爽やかな甘い香り。良く見れば時折頬が丸く膨らんでいる。 レモン味の飴でも舐めているのだろう。 ならきっと今キスをしたら一十木の言うようにレモンの味がするのだろうな。 「!!!」 「うわっ…何だよ、いきなり壁殴ったりして…顔赤いぞ」 「貴様には関係無い」 自分でも理不尽だと思うが、ついきつく睨みつけてしまう。 神宮寺は特に気にする事もなく、やれやれと言った様子で肩を竦めた。 自分のソファーの端に縮こまるように座り、深く息を吐き出す。 時計の秒針が刻む硬質な音と、時折ページをめくる乾いた音だけが室内を満たす。 普段ならどうという事は無い静寂は今は無性に辛かった。 黙っていると、一十木の発言が頭の中をぐるぐると回り始める。 頭の片隅で生まれた考えは徐々に大きくなり、ついには体全体を支配する錯覚に捕らわれる。 いくら分かったら教えてくれ、と友人に頼まれたからと言ってそれを別の友人で検証しようと思うなんて。 相手は神宮寺だ。れっきとした男で、女性のように華奢で愛らしいわけでもない。 いや何を考えてるんだ。 女性のようだったら男でもキスの対象になりえるのか。世の中には同性愛者も存在するが俺はノーマルだ。 そう、ノーマルだ。 神宮寺ならキスくらい良いかという考えは即刻捨てるべきだ。 大体奴とはお世辞にも良好な関係とは言えず、ケンカする程仲が良いという分類も適応されない。 いや違うな、仲が良くともキスという選択肢は早々発生しないだろう。 いかん、ドツボにハマってきた。 必死に妙な考えを振り払おうとしていると、すぐ隣でスプリングが軋む。 ハッとして顔をあげると何故か神宮寺が俺を覗き込んでいた。 「何一人でブツブツ言って百面相してんだよ、お前は」 全部顔に出ていたのか。それは仕方無いとして、声にまで出していたのか俺は。 距離的に聞こえてない事を祈るしかない。 様子がおかしかっただろう俺を心配しているのか、神宮寺は常のように軽薄な笑みを浮かべてはいなかった。 緩く吊り上げられている唇は薄く開いて、飴は舐め切ってしまったのか確認出来ない。 いやそんな事を確認してどうするんだ俺は。 「一十木が今日も唐突な質問をしてきてな」 「うん?イッチーね。あいつは日々心のままに生きてるからな」 「ああ、それで…」 笑い話にしてしまおうと切り出した言葉はそこで詰まってしまった。 どんな顔して話せば良いんだ。 一十木とファーストキスの味について話していたら、お前とキスしても良いかという気持ちになった。 …言えるわけが無い。自慢じゃないがここまで来て上手くごまかせる程、俺は話術に自信が無い。 悩んでいる間にもレモンの香りはふわふわと漂って俺の思考を混乱させる。 「おい、聖川!」 黙りこくったままの俺に痺れを切らしたのか、苛立った声を上げた神宮寺に肩を掴まれ 強制的に顔を見合わせる事となる。 俺の目が捉えるのは悲しいかなはやり奴の唇だった。 閉じられた唇は不満そうに歪んでいる。近づくことで更に強くなったレモンの香りに、 ついに衝動を抑えられなくなった俺は次の瞬間には神宮寺の腕を引っ張って体ごと引き寄せてしまった。 声も出さずに驚きに目を見開いた奴の唇に自分のそれを重ねると、 思わぬ不意打ちに慌てた神宮寺が唇を開く。 恐らくは俺を罵倒するために開かれたそこに素早く舌を差し入れると奴の体がびくりと跳ねた。 頭の中ではもうやめておけと警鐘がガンガンと鳴り響き、心臓は壊れそうな程強く脈打っている。 恐る恐る絡めた舌は想像に反してレモンの味はしなかった。 匂いはいままで一番強く感じるが、この手の飴は香料で味を付けているせいだろうか。 …今更根本的な疑問が浮かぶが、ファーストキスという初々しい場面で舌なぞ入れるだろうか? 軽く触れ合わせる程度が一般的なファーストキスなのではないのか。 そもそも『ファーストキスはレモンの味』なんて思春期の恋心を端的に表現しただけであって 実際の味の話では無いだろう。 どんどん冷静になっていく思考に引きずられるように神宮時から体を離す。 殴られるか怒鳴られるか、もしくは考えうる限りの嫌味が降り注ぐだろうと身構える。 しかしいつまで経っても衝撃も罵倒も飛んでこず、奴がソファーから降りた気配も無い。 「神宮寺、そのだな…」 言った瞬間、神宮寺が勢い良く立ち上がる。 そのまま部屋を出て行こうとする奴の腕を咄嗟に掴んだ。しまった、引き止めてどうすると言うんだ。 「…説明しろよ」 地を這うような神宮寺の声。怒りからかその声は少々震えている。 焦りながらも、必死にこれまでの行動を説明しようと話を組み立てようとするが、 全く上手くまとまらない。 一十木からの質問が『ファーストキスってレモンの味なの?』と聞かれた。 そうしたら神宮寺が偶然にもレモン味の飴を舐めていて、今お前とキスしたらレモンの味がするんだろうと思った。 抵抗はあったが、何故か自然にする事が出来た。お前の意思を確認せずにすまん。 …駄目だな。長い言い訳など男らしくない。 簡潔に、あくまで潔く… 「お前の唇の味を知りたかった」 空気が凍る音が聞こえた気がした。 散々悩んで導き出した説明がこれか。これでは神宮寺に劣情を抱いているみたいじゃないか。 しかも表現が我ながら教育上よろしくない。 迷いながらも掴んだままだった神宮寺の腕を解放する。俺だったら一刻も早くこの空間から逃げ出したいからな。 しかし奴は微動だにせず、立ち尽くしたままだ。 俺が行動を起こせずにそわそわしていると、神宮寺がくるりと振り返る。 表面上は怒っていないようには見えるが、油断は出来ない。それだけの事をしてしまったからな。 そう言えば謝ってすらいない。 「…変態」 謝罪のために開こうした口がそのままの形で固まる。 楽しそうな顔をしてなんて事を言うんだ貴様は。というか、怒っていたのでは無いのか。 神宮寺はくるりと踵を返し、不思議と上機嫌な様子で自分へのベッドへと沈む。 先ほどまで読んでいた女性雑誌をめくりながら、ぱたぱたと足を振る姿は鼻歌でも歌い出しそうだ。 …案の定歌い始めた。 こんなにも分かりやすい神宮寺は珍しい。いつもは飄々としてつかみどころが無い奴だからな。 上機嫌の理由は俺には察することが出来なかったが、キスの件はうやむやになってしまったし これでよかったのだろうか。 良いと思う事にしよう。これ以上事態を混乱させるのは得策ではない。 問題は一十木への報告だ。まさか神宮時で確認したと言うわけにもいくまい。 俺は言葉が足りないがために誤解される言動を取る事があるそうだから気をつけねば。 神宮寺の唇が以外と柔らかく心地よかったのもうっかり話さないようにしないといけないな。 …一十木に聞かれたら、口を滑らせてしまいそうだが。 |
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