恋の足音 since 2011.11.05 ※TOPへ戻る際は←のサイト名をクリックして下さい。


早乙女学園を卒業して、晴れて早乙女事務所に所属となった俺と神宮寺。
一十木や四ノ宮、一ノ瀬や来栖、渋谷や…彼女も実力を認められ、皆一緒に同じ寮に住む事となった。
俺と神宮寺が組むことになったユニットの作曲は勿論彼女が担当してくれる。
ラフが出来るまでの間、ボイストレーニングやストレッチ、持ち歌の練習などやるべき事はたくさんあった。
なのに何故俺は神宮寺と肩をつき合わせて、奴の出るドラマの台本合わせに付き合っているんだ。
しかも、ベッドの上で。だらしくなくうつ伏せに寝転がって。
密着した肩が、二人の距離感を如実に表している。
俺も神宮寺もパーソナルスペースはそう狭くないと思っていたはずなんだが。
当の本人は気にした様子も無く、鼻歌を歌いながら台本をぱらぱらとめくっている。

「今回の役どころはヒロインにちょっかいかける色男だね」
「お前にぴったりだな、横からかき回すだけとは」
思わず口を滑り出た俺の嫌味に、神宮寺は挑発される事は無い。
ふふふ、と楽しそうに笑って俺を見るだけだ。
在学中、何度も些細な事でライバル意識をむき出しに絡まれたのを思い出す。
俺も奴の軽薄さに苛立ちを覚えて受け流せば良いものを律儀に反応を返して、いつも泥沼化。
そうして過ごした学園生活は彼女との出会いによって柔らかく変化し、こうして穏やかに時間を過ごす程度には
神宮寺を変えていた。
口論や諍いの原因のほとんどが、神宮寺の凝り固まったコンプレックスによる逆恨みだと気付いたのは随分前だ。
一つ一つ、それこそ始めて出会った5歳の頃からの思い出を掘り起こしながらお互いの感情を整理して。
長年積もり積もったものがそう簡単に消えてくれるわけは無かったが、それでも奴との関係は良くなったと思う。
さすがにこの近さは考えものだが。
一十木と同じように、スキンシップを多くとる性質なのだろうか?
今までそれが女性にしか発揮されていないように思えるのは俺の勘違いなのか。

「なぁ、こいつはヒロインが好きなのかな」
「ん?」
声のする方に顔を向けて、その近さに改めてぎょっと目を見開く。
気付かれないように、と少しだけずらした体はすぐに間合いを詰められ、
それどころか肩に体重を預けられてしまった。
台本を注視していた神宮寺は俺の様子に気付く事無く、自分が言う予定のセリフを指でなぞっている。
手入れされた爪が窓からの光を受けてきらきらと光って俺の目を刺した。
「聖川?」
黙ったままの俺を訝しげに思ったのだろう、神宮寺がこちらを向く。
その近さは、俺が先ほど焦った時のまま。
しかし神宮寺はその無遠慮な距離に、唇を少しわななかせ、瞬きを数度するだけだった。
そうして、なぁどう思う、と再度問われて台本に目を落とした。
想い人と些細な事でケンカして、泣いているヒロインを慰める神宮寺の役どころ。
親身になって相談を受け、俺にしときなよと微笑んでウィンク…奴の姿が容易に目に浮かぶな。
ヒロインはそれになびく事無く、奴のもとを立ち去る。ト書きには『笑って見送る』とだけ。
「そうだな…一度切りの役ならともかく、これから何度か出番はあるんだろう?」
「まぁ、主人公の友人役だからね。画面の賑やかし程度だけど」
「密かに想っている描写があれば深みが出るとは思うが…お前にはそんな経験なさそうだな」

女性に対する立ち振る舞いは夢を与えるという意味では完璧だとは思う。
大勢に愛を求められて与えて、奴自身は誰か一人の女性を求めるような事はしなかった。
そういう意味では見てみたいな、と言おうとして顔を向ける。
真剣に俺の意見に耳を傾けているように見える奴の横顔。
注意して見ないと分からないが、眉間にはほんの僅か皺がより、唇が数mm程度拗ねたように突き出されている。
忍ぶ恋の経験が無さそう、と言った俺の意見が不満だったのだろうか。
下手に声をかけて怒りに発展しても面倒だ、と奴が自ら言葉を発するのを待つ事にする。
何か考え事をしているのか、時折唇がむずむずと動いて、忙しなく両目が瞬いた。
それを見ながらいつだか俺の睫が長い、と言われたのを思い出す。
色素が薄いせいであまり目立ちはしないが、神宮寺の睫の方が長く濃いように見える。
無意識だろうが、神宮寺がばたばたと足を動かしスプリングを軋ませる。子供か。
埃を立てられては敵わん、と奴の肩を掴んだ。
「神宮寺」
「、ああ何?」
言われて気付いた様子の神宮寺が振り返る。奴の瞳に映りこんだ自分を確認出来るほどの距離。
俺に掴まれた肩に視線がすっと移り、スッと頬が赤く染まった。
この程度の接触などいくらでもしてきただろうに、何を恥ずかしがっているのか。
さっきだって自分から寄りかかってきただろう。
そもそも今自分たちは一人分のベッドに身を寄せ合っているのに。
「…密かに想っている奴が居るのか」
ふと問いかけた瞬間、頬だけを染めていた赤が顔全体に、終いには耳にまで広がる。
逃げるように身を引こうとした神宮時を許さず、肩を掴む力が知らず強くなった。
質問をした俺自身が、理不尽にもその反応を見たくなかったと思っている。
俺の目に剣呑な光が差したのを見たんだろう、神宮寺が首をかしげた。
何故こんなに苛立っているのか自分でも理解出来ない。
だがあれほど俺に固執し、俺だけを見てきた神宮寺が他の誰かに焦がれているなど認めたくなかった。
この子供じみた独占欲の根本にある感情は何なのか、もう少しで分かるかもしれない。
「俺にしておけ」
「ッ!」
神宮寺のうなじに手を回し、顔を背けられないように固定する。
呟いた言葉は思っていたより熱っぽい音になった。
うろたえて目を泳がせている神宮寺に嫌悪感を抱かれていない事ははっきりと分かる。
それどころか。
「神宮寺」
名前を吐息に乗せて、自分の中にある奴への好意的な気持ちをありったけこもて囁けば
同じだけ、いやそれ以上の感情が神宮寺から吹き上がる。
鈍い鈍いと散々からかわれてきたが、こいつの感情を読み取れるくらいには成長したらしい。
今朝取り替えたばかりの真新しいシーツが、俺と神宮寺の間で波打って重なる。
ベッドに肘を付き、顔だけを真横に反らした不自然な体勢のまま見つめ合って数分。
いい加減痺れてきた腕に鞭打って起き上がると、神宮寺が弾かれるように立ち上がった。

「お、お前でもそういう冗談言うようになったんだな」
いつもの余裕ぶった表情をしようとしてるんだと思うが、未だ上気した頬はそのままだ。
俺の何気ない一言がここまで神宮時を乱すとは思わなかった。
じっと奴を見つめたままベッドに座ったままの俺を見ている神宮寺は落ち着かない様子だ。
うろうろとその場を歩き回り、視線をきょろきょろと辺りに散らしてこの場を逃れるきっかけを
探しているように見えた。
「神宮寺」
「なに?」
「戻って来い」
体勢は変えずに、手だけを神宮寺へと差し伸べる。奴が息を飲む音が微かに耳に届いた。
自覚してしまえば、戸惑ったように震える瞳も、握り込まれて今は見えない指先も、一歩を踏み出せない
弱い心も全てが愛おしく思える。
そうだ、俺は神宮寺を愛している。
奴にもこの想いを嫌と言うほど分からせてやりたい。その心を俺で満たしてしまいたい。
「冗談では無いと教えてやる。…来い」
もう一度、念を押すように言葉を重ねる。
神宮寺は熱にうかされた瞳で俺を見つめ、ふらふらとこちらへ足を進めた。
微かに震える指先が俺の手に触れた瞬間、どちらからともなくシーツの波へともつれ込む。
抵抗も無くあっさりと俺に組み敷かれた神宮寺が細く、うっとりと息を吐き出した。
「お前が想っているのは俺だけだろう?」
神宮寺の瞼がひくりと動き、柔らかそうな唇がきゅっと結ばれる。
何が神宮寺の言葉をせき止めているのが分からないのはやはり俺が鈍いなのか。
それとも奴が意地っ張りなだけなのか。
あれだけべたべたと引っ付いて来て置いて、言葉にするのは怖いんだろうか。
「沈黙は肯定と取るぞ」
薄く色づいた頬に手を添える。神宮寺の瞳の奥が歓喜に揺れ、ゆっくりと瞼が下りた。
その先に望まれる事なら分かってやれる。
俺の薄く硬い唇とは正反対の、ぽってりと厚い唇に吸い寄せられるように口づけた。
感触だけを味わって離れようとした俺を、神宮寺の唇が追いかけてくる。
キスに慣れていない少女のように、ただ押し付けてくるだけの拙いキス。
舌くらい絡められるかと思って身構えていた俺は拍子抜けしてしまった。
だが、そこから奴の思いの本気さを読み取って、じわりと愛しさが込み上げてくる。
「…レン」
思いついて、名前を呼んでみる。
わだかまりが解けて大切な友人となってからも、神宮寺を下の名前で呼んだ事は無かった。
この年になってわざわざ呼び名を変えるのが気恥ずかしいと思って。
だがそれを神宮寺と話し合ったわけではない。
俺に対しては案外純情な一面を見せるこの男は、呼び名を親しげに変えることで喜ぶかもしれない。
そんな安易な思いつきだった。
「レン?」
あくまで勝手な俺の想像だ。
奴からの反応が全く無いのに不安を覚え、いつでも唇を触れ合わせる距離から離れる。
そして神宮寺の、レンの表情の変化を確認してびくりと体を竦ませた。
笑っている。
幼い頃を思わせるような、無垢な表情で。上気した頬を緩ませて、にこにこと。
俺に名を呼ばれただけで、こんなにも幸せな表情を。
心の底から、獣じみた欲がもぞりと動いた気がした。
このままレンの唇を貪って、唾液を吸って、そして…俺のものにしてしまいたい。
だが今はまだ日差しが眩しい午後。いつ彼女が曲のラフが出来た、と尋ねて来るか分からない。
いやそれ以前に夜だったら良いというわけではない。
早乙女事務所に入った以上恋愛は禁止だ。体だけの関係はもっと駄目だ。
ここでやめて、レンが俺以外の女性や男性になびいてしまうのも避けたい。
どう行動するのが正解なのか、いくら考えても答えが出ない。

シーツの波に背を預けたまま、レンは俺を見上げている。
考え事を中断した俺と視線を絡ませ、嬉しそうに目を細めた。
「  」
唇がゆっくりと無音で言葉を形作る。
真下から伸ばされた腕が俺を引きずり込もうと背に回った。
俺は先ほどのレンが唇で紡いだ音を頭の中で再生して…もう、考えることはやめた。
デレデレのマサレンが書きたくて…肩をくっつけて嬉しそうにしてるレンを想像したら白米3杯はいけるよね。