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時計の針が日付を跨ごうと12の方向に傾きかけた頃、聖川の部屋にようやく明かりが灯った。
疲労がうっすら浮かんだ表情を浮かべたまま洗面所へ向かう聖川に続いて
一緒に仕事へ出向いていたレンも部屋へと足を踏み入れる。

聖川家の長男と神宮寺家の三男、二大財閥の息子が異色のアイドルユニットを結成。
これ以上無いくらいの話題性でデビューした二人は、寝る暇もまともな食事を取る事も
ままならない程忙しない日々を送っていた。

都心から大分離れた地方都市での取材も細かく引き受ける。
今日の仕事が途切れた時には太陽はとっくに沈み、月が高く上っている時刻だった。
そのままホテルを取る選択肢もあったが翌日の仕事の入りが早く、
どうせなら自分の部屋でくつろぎたい、と長時間電車に揺られてようやく帰り着いた。

聖川が向かった洗面所で手を洗い、うがいをして戻るとレンがだらりとソファーに座り込んでいた。
座るというよりもソファーの形に添うようにへばり付いている、という表現が合う格好。
翌日の打ち合わせを大まかにでも良いからでもしておきたい、とレンを引き止めたのは聖川だ。
溜め込んだ疲労が全身から滲み出ているレンを見て、少しだけ判断を間違ったか、と思う。
鈍った思考で話し合っても眠りについたらすっぽりと抜け落ちてしまうかもしれない。

そう思いながらレンの肩に伸ばした聖川の手は、のそりと起き上がったレンに阻まれた。
「神宮寺」
「打ち合わせするんだろ?」
ぐっ、と伸びをしながらレンが言う。あくびでもかみ殺したのかその声にいつもの艶はない。
ばきばきと小気味良い音を立ててなるレンの首や肩が凝り固まった疲労をそのまま示している。
一度は姿勢を正したレンは聖川が黙ったままなのを見て、再びソファーに体を預けた。
首だけを傾かせて、聖川と目線を合わせている。
「お互い疲れていてはまともな打ち合わせなど出来ないからな」
「そう?俺は平気だけど。お坊ちゃまにはきつかったか」
「何を言う。お前こそ今にも眠りそうだろうが」
くすくすと笑うレンと軽口の応酬をしながら、聖川も同じようにソファーへ腰掛ける。
ぴしりと定規でも当てたように真っ直ぐ背筋を伸ばし、顔だけをレンへ向けて。
その拍子にさらりと流れた前髪を耳にかけると、目を細めてこちらを見るレンと目が合った。

「なんだ」
「早く寝ないと、そのお綺麗な髪が痛んじゃうかもよ」
「俺は男だ。アイドルとして最低限の品質を保つようにはするが…」
からかうような口調にムッとして言い返すが、レンは聖川の反論を喜ぶように笑みを深める。
「ふふ。二人とも種類は違えど人形のような美しさって称されてるんだ。
ファンのためにも最低限と言わずにさ。なんなら良い美容室紹介しようか?」
眉根を寄せた聖川の横顔を隠す髪に、レンのしなやかな指がするりと通される。
細く真っ直ぐにまとまった髪は指に留まる事なく、絹のような肌触りを残して滑り落ちた。
なおも髪を弄ろうと指をすっと上げたレンを聖川が睨みつける。
「この程度で怒るなよ」
燻りかけた聖川の苛立ちを振り払うように、レンが勢いをつけて身を起こす。
そのまま振り返って時計を確認したレンが、あ、と小さく声をあげた。
それに気付いて聖川は次の言葉を待ったが、レンは迷うように口ごもったまま何も言わない。

何か異変でもあったのか、と同じように時計を振り返ると長針が12時を追い越した所だった。
だらだらと取り留めの無い会話をしていたせいで貴重な時間が大分失われてしまった。
が、それ以上に聖川はレンの様子が気になっている。
気のせいで無ければ、時計を見たレンは最初驚いて、次に諦めたような表情を浮かべた。
どちらも眉が数mm上がったとか、唇がほんの一瞬拗ねるように突き出されたという程度だが。

「言いたい事があるなら言え」
「ん?んー…」
「気になるだろう」
まあ大した事じゃないんだけど、と前置きしてレンがようやく口を開く。
「誕生日だったんでね」
言いながら苦々しい記憶でも呼び起こしてしまったのか、レンの眉間に皺が寄る。
そう言えば、バレンタインが誕生日なのだと随分前に聞いた気がする。
早乙女学園に在学中に一十木経由で知ったような、あやふやな記憶だ。
季節のイベント関係の取材や撮影は前倒しで行われているため、聖川はホワイトデーまで過ぎている気分で居た。

「…ん?だった?」
「日付変わっちゃったからね」
肩を竦めるレンの声からは残念そうな雰囲気は感じ取れない。
恐らくファンたちから大量のプレゼントとチョコレートが事務所に届いているだろうから、
本人はそれで満足なのかもしれない。
忙しさを言い訳にはしたくないが、すっかり忘れていた聖川は居たたまれない気持ちになってしまう。
それを察したのか、レンがにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「真斗くんはプレゼントくれないの?」
「プレゼント…か」

そうそう、と冗談めかした声でレンが笑う。
本当に貰えるとは思っていない、ただの軽口に聞こえる。
しかし聖川はレンの発言を真正面から受け止めてしまっていた。
自分がレンに与えられる精一杯の贈り物を頭の中に羅列する。
男性から花を贈られて喜ぶわけはないし、レンの趣味に関するものは確実にファンから贈られているだろう。
食事を奢ろうにもレンが好みそうな店は男同士で行っては場違いな所ばかり。
ユニットを組んで友にアイドルとして歩んできた事への感謝を言葉にするのも気恥ずかしい。

なら俺にはこれしかない、と一人心の中で結論付けて立ち上がる。
ぐるぐると目の前で思い悩んでいた聖川を律儀に待ち続けたレンが、
眠そうに閉じかけていた瞼をぱちりと開けたのが横目に見える。
追ってくるレンの視線を背中に感じながら、聖川は窓際に置かれたグランドピアノへと向かった。

不器用な自分は想いをそのまま言葉に紡ぐ事が出来ない。
気の利いた贈り物も思いつかない。
音楽なら素直に想いを伝えられる。

そう信じて、聖川は鍵盤に指を走らせた。
荒れ狂うような熱い想いでもあり、凪いだ湖面のような穏やかな想いでもある。
複雑に絡み合った深いレンへの想いを音に乗せて紡ぎ出す。
静かな深夜の部屋に、聖川が奏でる旋律だけが満ちていく。
それを聞いているはずのレンは聖川を茶化す事無く、ソファーに体を沈めたまま。
最後の和音が静かに重ねられて、すっと静寂が降りる。

鍵盤から指を下ろして、ふぅと小さく息を吐く。
笑いながら拍手でもしてくれるかと思ったレンは黙ったまま。
無言の理由を知ろうとレンに向き合って、聖川はぴたりと動きを止める。

レンの瞳と、纏っていた空気が変わったのを感じ取って聖川は衝動的に動いていた。

聖川の様子で何をする素早く察したレンが逃げるより早く、
自分の両腕で囲って閉じ込める。
「…お前な」
抱きすくめられたレンが、聖川の腕の中で悔しそうに呟く。
「…うるさい」
少女のように頬を紅潮させ、瞳を潤ませたレンを見て聖川もまた頬を染めていた。
お互いの表情を確認出来ないくらいに縮まった距離のまま無言で腕を絡ませる。
音楽と言う手段を使ってレンに愛してると叫んでしまった。
聖川の愛を全身で感じて不覚にも感動して泣きそうになってしまった。
抱きしめ合う理由も離れる理由も思いつかないまま、じわじわと時計が針を進める。

開き直るのは、聖川の方が早かった。

素直に気持ちを言葉にする代わりに、首筋をくすぐっているレンの髪に触れる。
腕の中でひくり、とレンが震えたのを無視して手のひらを滑らせた。
小さく震えたきりまるで抵抗をしないレンにやめる切欠を見失う。
撫でる手は止めずにそっとこめかみに口づける。
それでも抵抗する気配を見せないレンに、なけなしの勇気を振り絞って体を離す。

かち合ったレンの瞳は涙の膜に覆われたままだ。
揺れる瞳を見つめたまま、レンの両肩を逃げられないようにしっかり掴む。
じわりと手のひらから伝わったレンの体温に眩暈がする。

この衝動のまま、唇に口づけてしまっても良いのだろうか。

ふと生まれた不安に動きを止めてしまった聖川を見て、
レンがわざとらしく溜息をついた。
「プレゼント。…ついでに、こっちにもくれよ」
とんとん、と指先で自分の唇を叩く。
頬を赤らめたままで自分を挑発するレンを見て、聖川を足踏みさせていた最後の砦が崩れる。
深呼吸を一度、覚悟を決めてレンの肩にかけた手に力を込めた。

「誕生日おめでとう…レン」

目を閉じて唇を触れ合わせる寸前、レンが漏らした笑いはそのまま聖川の中へ吸い込まれた。
せっかく、原作準拠で頑張ってみたら攻×攻みたいな感じに…なったね!誕生日おめでとうダーリン♪