恋の足音 since 2011.11.05 ※TOPへ戻る際は←のサイト名をクリックして下さい。


広い撮影スタジオの中、一人スポットライトを浴びながらポージングをする神宮寺。
入り口に近い薄暗い壁際で、床を縦横無尽に這い回るコードを踏まないように立つ。
学園物ドラマへの出演が決まり、その挿入歌までを任せてもらえることになった。
そのジャケットを撮影している神宮寺を少し離れた場所から、ひっそりと見つめる。
俺の撮影はすでに終わっているためここに居る理由は特に無い。
が、月宮先生から自分の魅せ方の参考になるわよ、と助言され促されるままここに居る。
一見して軽薄そうで考え無しにも見える奴の女性への態度が、完璧に計算されたものだと、
俺はずっと気付かなかった。
女性に対する扇情的だが穏やかに突き放す態度、級友に対する飄々とした傍観者のような態度。
俺にだけ子供のように些細な事で突っかかってきて、理不尽な怒りを露にする。
彼女という理解者を通して奴と向き合わなければ俺は一生気付かなかっただろう。
奴が、俺にだけ本心と吐露しているなどと。

直接浴びていない俺でさえ目が眩みそうになる強いフラッシュにさらされながら、
神宮寺はポーカーフェイスを崩さない。
心の内を覗かせようとしないくせいに、その笑みは酷く挑発的だ。
だからこそ暴きたい、線引きされた向こう側へ行きたいと女性は思うのだろうか。
月宮先生には申し訳ないが、俺には到底真似出来そうも無い。
一から十まで同じようにする必要は無いだろうが、どこか参考に出来そうなところは無いものか。
視線の先の神宮寺は、引き締まった体躯をしならせて流し目をカメラに送っている。
端のみを吊り上げる奴特有の笑みを形作っている薄い唇の端から、ちろりと赤い舌が覗いた。
ぶわ、と気恥ずかしさが襲ってくる。
俺に対してやられたわけでも、俺自身がやるように言われたわけじゃないが、
卒業してからもセットで扱われているせいかどうもあいつの恥は俺の恥、と感じてしまうようになってしまった。
しかしアイドル的にはその行動は正解だったようで、神宮寺はカメラマンから賞賛の声を浴びている。
おそらくは先ほどのカットのうち良いものがジャケットとして店頭に並ぶ事になるのだろう。

「どう?まぁくん」
「ッ!」
唐突に真横から聞こえてきた声に、身を竦ませる。
そんな俺の反応をくすくすと笑っている男…いや女性?は月宮先生だった。
「月宮先生…いえ、月宮先輩。いらっしゃってたんですか」
「きゃあ〜まぁくんに先輩って言われちゃった☆」
「……………………」
自分の両手で頬を包みながら、月宮、先輩が頭を左右に振り回す。
撮影の邪魔にならないように小声で叫ぶという器用な芸当を使いながら。
「レンちゃんを見てどう?何か思うところはあるかしら」
「…そうですね…」
視線を神宮寺に戻しながら、返答を考える。
対人用の笑みを浮かべながら、カメラマンの悪ふざけか社長からの指示か、
小道具として真っ赤な薔薇を受け取っている。苦笑の一つでもするかと思ったが、
奴は口に咥えて加減を間違えれば笑ってしまうようなポージングでフラッシュを浴びていた。
「ああいうバランス感覚は身につけたいですね、俺がやると冗談にしかならない」
「うふっそうね、まぁくんには合わないスタイルだものね」
「あとは…そうですね」
考えながら、眩しい光に目を細めながら神宮寺に視線を投げる。
丁度撮影が終わったらしい奴はカメラマンと二言三言言葉を交わし、
すっかり虜となってしまった女性スタッフたちに如才ない笑みを振りまいている。
「あのように…求められるアイドル像を瞬時に理解し体現するのは並大抵のことではないと思います」
「あらあらあらぁ〜知らない間にすっかり理解が深まってるわね♪」
ぐふふ、とおよそアイドルらしくないトーンで月宮先輩が笑う。
その笑顔の裏に何か不穏なものを感じ取ったが、それを正しく察するのは俺には難しかった。
何となく居心地が悪くなって月宮先輩と神宮寺の間で視線を彷徨わせる。
そんな俺の反応が楽しいのか、月宮先輩が楽しそうに笑いながら俺のわき腹を肘で小突く。

この状況を何とか出来ないか、と心の中で思った直後に奴と視線がかちりと合った。
女性に囲まれている中で艶やかな笑みを浮かべた顔だけがこちらから確認出来る。
居ないはずの俺の存在に気付いて、完璧に作られたアイドルとしての表情がぽかんとした間抜け面に変わった。
それに目ざとく気付いた女性たちがぎょっとしている様子が俺にまで伝わってくる。
細やかな気遣いを売りにしているはずの奴は女性たちの変化どころか自分の変化にすら
気付いていないようだ。
俺が居るだけで、戸惑ってポーカーフェイスを維持できなくなる。
そう思い至った途端、胸に愛しさにも似た感情が沸き起こった。
それと同時にちょっとした悪戯心が湧いて、奴を真似て精一杯の挑発的?な笑みを浮かべてみる。
こちらの方が暗いのだから俺の表情などはっきり分からないだろうとオマケで手を振ってやると、
神宮寺の顔が一瞬で耳の先まで真っ赤に染め上がった。
ただでさえ困惑していた女性陣が一層困惑し、一部では悲鳴に似た叫び声が上がっている。
何人かが奴の視線の先に居る俺に気付き、躊躇いがちに指を差してひそひそと話し出す。
やり過ぎたか、と手を下ろすとわき目も振らずにこちらに早足で駆けて来た神宮寺に腕を掴まれた。

「おっ前…!」
「すまん、事前に連絡しておけば良かったな」
「それは別にいいさ、何だよさっきのッ…!」
「さっきの…」
とぼけようとしたが、俺を射抜く神宮寺の視線に負けて正直に理由を話す。
「参考にさせてもらった。お前ほど扇情的では無いだろうが」
言うと、神宮寺は目をぱちくりと瞬かせ、あきれ返ったように溜息を吐いた。
気分を害してしまったかと思ったが、俯いて流れ落ちる髪の間から見える耳は赤く染まったまま。
「お前にしか効果が無いなら無駄だな」
「っひ」
無意識に耳に触れると、神宮寺がバネ仕掛けの人形のように勢い良く体を起こす。
体の一部に触れられて過剰な反応を示すような奴だと思ってなかったが、触り方が悪かったのか。
それとも男に触られるなどもってのほか、という事だろうか?
後者の方がしっくりくるな。
「まぁくんセクハラよ、もうっ」
「月宮せ…んぱい、男同士ですよ?」
一部始終を見ていた月宮先輩の指が俺の鼻先に突きつけられた。
月宮先輩はリスのように頬を膨らませながら、何もわかって無い、と大げさに俺を責め立てた。
「レンちゃんがまぁくんの事大好きなんだから、気軽に触っちゃいけな」
「リンゴちゃんッ!!!!」
ぶわ、と巻き起こされた風に前髪が翻った。
酷く焦った様子のレンに壁に押し付けられ手で口を塞がれてしまった月宮先輩がジタバタともがいている。
慌てて神宮寺を引き離すと、奴も自分の行動に驚いたように固まっていた。
「乱暴にして申し訳ありません、月宮先輩」
「いいのよ、あたしもちょっと軽率だったわ」
「軽率?」
「うふ、こっちの話よ。ねっレンちゃん」
「……………………はい…………………」
心なしか悔しそうに、神宮寺が声を絞り出す。
月宮先輩は小悪魔じみた笑顔を浮かべて神宮寺のわき腹を肘で小突いている。
この人は後輩のわき腹を弄る癖でもあるのだろうか。

「じゃ、あたしは次の現場があるから行くわねん♪」
散々神宮寺を弄り倒して、投げキッスをして満足気に去っていく月宮先輩を見送る。
やつれた様子の神宮寺を見やると、必死に表情を作り直している最中だった。
遠目からは分かりづらかったが、今回共通して使っているモチーフの王冠が左の鎖骨にある。
「お前はそこにしたんだな」
「ん?ああ…本当は心臓にしようと思ったんだけどね、止められたよ」
「?何故だ、お前らしい発案だと思うが」
言いながら、ぴたりと手のひらを神宮寺の心臓の上に押し付ける。
露出で言えば俺も同じくらいボタンを開けて胸元を晒しているし、
一十木に至ってはボタンなどせずシャツ自体も風で後ろに舞っている状態のため上半身のほんどを晒している。
「聖川…手をどけろ」
「ああ不快だったか、すまん」
嫌がっているような声ではなかったが、一応手を離す。
右手に絡みつく奴の視線は明らかに名残惜しそうで、しかしその理由が分からない。
俺から目を逸らす神宮寺の瞳は何か言いたそうにしていたが、やはり正解は分からない。
横を過ぎ去るスタッフに騒がせた侘びをしながら挨拶をする神宮寺と共に頭を下げながら、
俺がすべきだった行動を悶々と考える。

「聖川、この後仕事は?」
硬直した空気を神宮寺の声が切り裂く。
「無い。帰って自主練習だな」
ふぅん、と興味が無さそうな声音の返答。
普段であればそのまま会話を終えるような他愛も無い答えだが、
何となくそれは間違いのような気がした。
なるべく意識しないよう努めて、うっかり忘れていたが俺とこいつは恋人同士だ。
そう思って改めて自分の行動を振り返ると頭がくらくらしてくる。
仕事中の神宮寺に挑発的な視線を送って戸惑わせ、耳や胸板に触れて戯れる。
駄目だ、もう考えないようにしよう。恥ずかしさのあまりこの場から逃げ出したくなる。
「神宮寺、俺は先に寮へ」
「えっ」
戻っている、と続けようとした口がそのままで固まった。
周りには聞こえていないだろうが、俺の耳にはしっかり届いている。
俺が無遠慮に触ったせいで戸惑って震えた声が、か細く漏れて脳を揺さぶった。
今すぐに口づけたい。
頭の中をそんな衝動が満たしてく。振り払っても奥からどんどん湧き出る感情の波に
翻弄されそうになって、必死に頭を振った。
「どうしたんだよ、聖川…戻るんだろ?」
「ああ…神宮寺」
「何だよ」
「仕事を終えたら俺の部屋に来い」
ひゅっと息を飲んだ神宮寺の顔が、一瞬遅れて急速に赤く染め上がっていく。
今日はよく赤面させてしまう。だが薄暗い壁際なら周りには気取られないだろう。
目の前にぼんやりと視認出来る神宮寺の王冠を、指でなぞる。
長時間浴びていたライトの熱のせいか、俺のらしくな発言のせいか。
指先から火照った奴の体温がじわじわとせり上がって来る。
「ではな」
明るくなり始めたスタジオに神宮時を取り残して、周りのスタッフに謝礼を伝えて
出口へ向かう。
俺の発言が正解かどうかは、神宮寺が帰ってきた時に分かるだろう。
続々と発表される新曲ジャケット、財閥が性的過ぎて書き始めたのにただのバカップル話になる怪異