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光の届かない深い森に分け入るように意識の底へと沈んでいく。 耳が痛くなるほどの無音、自らの指先さえ見えない完全な闇の中でぽっかりとスポットライトの光に 切り抜かれたように明るい場所がある。 自分の心を守るために俺を生み出した半身が、その俺ですらを拒絶するために作った場所。 「…那月」 問いかけた声はあっさりと無視された。 長い膝を折りたたみ、そこに顔を押し付けて自分を守るように両腕で鍵をかけている。 目の前に膝を突いて座り込み、覗き込むように顔を寄せても那月はぴくりとも動かない。 俺の心までがガラガラと音を立てて砕けてしまいそうで、それを振り払うように那月の体を抱え込んだ。 「那月、那月…俺が居るだろ。俺がずっとお前と一緒に居るから…」 「…さっちゃん」 耳に滑り込んできたか細い声に、抱きしめる力を一層強める。 壊れたおもちゃのように俺の名前を繰り返し呟いた那月の腕がそろそろと俺の背に回され、 そしてそのまま地面に押し倒される。 硬いかと思っていた背に当たる感触は柔らかく、那月が無意識に作り変えたんだろうと思う。 「さっちゃん」 確かめるように俺の名前を呼んで、那月の唇が俺に触れてくる。 額に降り、鼻筋を辿って頬に寄り道をして唇へ。俺の形を確かめるように唇が肌を滑っていく。 あの日、那月がこうして心を閉ざす切欠となった夏の日とは違う拙いクチヅケ。 「さっちゃん」 呼ばれて、那月と視線を絡ませる。 ただ俺の存在を確かめるだけにしていたクチヅケはいつの間にか違った感情を那月に呼び起こしていたらしく、 その瞳は薄く張った涙でゆらゆらと覚束ない光を灯らせていた。 「いいぜ、ほら」 首に腕を回して自分の方に引き寄せると、那月の体がびくりと揺れ、崩れるように抱きしめられる。 触れるだけだった唇から熱い舌が伸びてきて首筋を吸う。 乱暴な指がボタンが弾け飛ぶのも構わずに性急に胸元を開いたのを見て、笑いが込み上げた。 「さっちゃん」 「何でもねぇよ…っん」 笑ってしまった俺を見て那月が頬を膨らませる。咎めるように胸の突起を爪先で引っかかれてつい声が出た。 それで機嫌が戻ったのか、楽しそうに突起を弄り始めた那月を見てぎゅ、と唇を噛んだ。 「ねぇどうして唇噛むの」 「馬鹿、俺が喘いだって…ぁうッ」 「ぼくは聞きたいよ、さっちゃんの甘い声」 「あっぅ、んんッ」 玩具をねだる子供のように甘ったれた声を出しながら、那月の指先は俺から声を引き出そうといやらしく動く。 周りとぐるりとなぞられ突起を強く押しつぶされ、たまらず高い声があがった。 ここは現実の物理法則が適応されない、那月の心の世界だ。 那月がそう望めば俺の股は勝手に開くし愛撫に体は身悶える。そういう世界だ。 そして俺は逆らえない、逆らおうとも思わない。 「さっちゃん、さっちゃん、さっちゃん…」 ちゅうちゅうと突起を吸い続ける那月の唇が下腹部に降り、着ていたパジャマのズボンがずり下ろされた。 すでに硬く反っているペニスを那月の手で掴まれ、ゆるゆると擦りあげられる。 先端から溢れ始めた粘ついた体液が那月の指を濡らし、派手な水音を立てる。 「さっちゃん、気持ちいい?」 「ああ」 「でもまだ余裕だね」 不満そうに頬を膨らませた那月の指がペニスから離れ、粘ついた糸を引きながら尻に触れる。 そのままぬるりと体内に滑り込んできた指を反射的に締め付けると耳元で那月が嬉しそうに笑ったのが分かった。 「那月、待…んぁッ!」 「やだ、待たないよ」 ごりごりと前立腺を押しつぶされて頭の芯が快感で痺れる。 自然と揺れ始めた俺の腰の動きに合わせて那月の指も動き、あっと言う間に指が増やされ穴を押し広げられた。 にこにこと楽しそうに笑う那月を見て、ほっと息を吐く。 こうして体を絡ませている間、抉られた心の傷は快楽に霞んで那月を泣かせる事は無い。 全く同じ姿をしたもう一人の自分である俺を夢の世界で貫いて、慰められる。 それが異常だって、那月は気付く必要は無いんだ。ずっと、永遠に。 「さっちゃんの中気持ち良い…」 「そう、かよッ…」 うっとりと呟いた那月は俺の中を確かめるように浅いところを揺すった後、我慢出来ずに奥へと体を沈ませた。 内側から強く揺さぶられながら、相変わらず那月は俺の名前を呼び続ける。 眉根を寄せて快楽を追っている那月の頬を撫でると、きょとんとしてから穏やかに笑って俺の唇を塞ぐ。 ずっと繋がっていたい。 そうすれば那月の笑顔が泣き顔に変わってなんかしまわないし、もう柔らかい心を裂かれる心配をしなくていい。 この世界でずっと交わってひとつになったフリをし続けたい。 「さっちゃん…ッ」 中でじわりと広がる熱を感じて、俺は気付かれないように那月の頭を抱え込む。 まだ終わらせたくなかった。まだ那月に現実を見せたくなかった。 俺の真意を読み取れなかった那月は嬉しそうに微笑んで、もう一回しようか、と俺にクチヅケをする。 断る理由は勿論無い、にこりと笑って足をからめると那月は更に嬉しそうに微笑む。 そうだ、那月を痛みから遠ざけて笑顔を取り戻せるのは俺だけ。 那月を拒絶したあのちんちくりんなんかじゃない。どうせ、あの女も那月を見捨てて泣かせるに決まってる。 俺がずっと那月を守っていけば良いんだ。ずっと。 「ッ!」 何時の間にあの世界が閉ざされたのか、俺がハッと目を開けるとそこは寮のベッドの上だった。 時計を確認するとまだ夜明け前の薄暗い時間帯で、同室のチビも寝息を立てて俺に気付いた気配は無い。 そのまま再びベッドに身を投げ出し、コチコチと響く時計の秒針の音を聞く。 心のずっとずっと奥の深い闇の底、那月は再び体を丸めて眠りについている。 どんなに交わったところで、現実にその証を持ってくる事は出来ない。 偽物の温もりの記憶だけがかろうじて心の隅に引っかかって残っていた。 はぁ、と溜息を吐いて両手で顔を覆う。 触れる熱が自分のものではなく那月のものだったら、と思うことがある。 俺と那月が別々の人間で、あんな世界じゃなく現実で触れ合って抱きしめあえることが出来たらと。 傷ついた那月の心を守るために生まれた俺がこんな事を思うことこそがきっと異常なんだろう。 守ってやりたいのに、分かれてあいつを抱きしめたいなんて。 「馬鹿みてぇ」 流れた涙は那月のものか自分のものか、俺にはどうしても分からなかった。 |
切ないエロ…切ないエロ…と言い聞かせて書いた捧げ物の那砂SS。BGMがレ/ミ/オ/ロ/メ/ン/「太/陽/の/下」だったせいの切なさ。 |