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「ほんっっっっっっとうにあの男は私の神経を逆撫でする言動ばかり!!!!」


だんっ、と握りこぶしが華奢な細工のテーブルに叩きつけられた。
テーブルよりもさらに華奢で繊細な細工が施されたティーカップが受け皿の受けで小さく跳ねる。
奇跡的にカップの中に納まったままの紅茶が渦巻くのを見つめながら、レンは楽しそうに目を細めた。

久しぶりのOFFに行きつけのカフェで紅茶の香りを楽しんでいたら、
頭から湯気でも出そうなほど怒り狂った様子のトキヤがすぐ横を通り過ぎようとしたので捕まえてみた。
いつもならするりとかわされてしまう腕は難なくトキヤの肩にまわり、
「一人で寂しかったんだ。一緒にお茶しよっか?イッチー♪」
あっさりとトキヤを自分の目の前に座らせることに成功した。

さてどんな話題で楽しもうか、とレンが考える暇は少しも無かった。
どうやら誰かに話を聞いて貰いたかった様子のトキヤは開口一番、寮でずっと同室で卒業後も同室になってしまった
太陽のような男の名前を出し、以降はずっと愚痴を履き続けている。

途中何度か茶化したり対処法などを助言したみたりしたが、その度に視線を逸らして口ごもり、再び愚痴へと戻る。
まさかトキヤが愚痴を聞いて欲しいだけなどと態度に表すとは思っていなかったので多少面食らったが、
レンはあっさりと気持ちを切り替えて対応の仕方を変えた。

「レディと一緒に居るみたいだよ」
「風呂上りにちゃんと体を拭きもせず私に抱きつい…何か言いましたか?」
「いーや。大変だねぇ、イッチー」
「ええ、全くあの男は何度言っても…」

完璧主義で個人主義で、自分の価値観に従って行動するトキヤがこんなにも他人の存在に心を乱されている。
曲がりなりにも友人としてトキヤと、そして音也の中学生のような恋愛を応援してきた自分にとっては
愚痴すらも微笑ましく映る。

「貴方はどうなんです、レン」
「ん?イッキとは相性いいからね、問題無いよ」

喉の渇きを覚えて、ティーカップへと手を伸ばす。
レンの回答はトキヤの望むものとはずれていたようで、小さく溜息を吐かれた。

「音也では無く聖川さんですy」
「ぶっ!!!ぐ、げほッ」

唇に触れた琥珀色の液体が白いテーブルに撒き散らされる。
飛んできた店員がテーブルを拭くのをのを視界の端に留めながら、必至に息を整えた。

音也とトキヤが恋人同士であることは周知の事実だが、
聖川とレンまでもがそういう関係になっている事は誰にも知られて無いはずだ。
少しでも情報がバレていれば激昂した藤川が怒鳴り込んできそうだし、そもそもシャイニング早乙女が
黙っているはずが無い。

今の話の流れではどう考えてもトキヤには感づかれている。
こちらが気付いていない振りをして話を逸らした時点で、聡いトキヤは二人の関係が恋人同士だと確信を持ってしまうだろう。
という事は、トキヤの心情を読み取る事に異常なまでの才能を発揮する音也には確実にバレている。
音也にバレてしまえば芋づる式に那月へ翔へとどんどん情報が広まってしまう。
つまりは詰んだ。

「……………………………」
「ちょっと、真っ赤になったまま黙らないで下さいよ」
「いつから気付いてたんだよ…」

楽しげなトキヤの声が、突っ伏したレンの旋毛に降りかかった。
音也への不満で爆発していた感情が珍しく動揺しているレンへの興味に移ったのか、
トキヤはすっかりいつもの冷静な皮肉屋に戻ってしまっている。

「貴方が聖川さんに片思いをしているのはそれこそ入学当初からバレバレでしたね」
「なっ!?」
「クリスマス後あたりから、聖川さんに突っかかる貴方の声が半音上がっていたのでああ想いが通じたのだと」
「……………………………」

一度は跳ね上がったレンの顔が再びテーブルにへばりつく。
クスクスと楽しそうに笑うトキヤの声が耳にうっすら入り込んできた。

トキヤの言う通り、クリスマスのダンスパーティ当日に我慢出来ずに聖川に告白した。
レディたちの望むままに用意された時間全てを使って踊り、終わりの鐘が鳴る頃に
休憩にと足を運んだベランダで喧騒から逃げてきた聖川と鉢合わせした。
お決まりの口論が始まり、虫の居所が悪かったらしい聖川に俺の事が嫌いなら二度と貴様の前に現れないようにしてやる、
と啖呵を切られてつい好きだと…
それから先はよく覚えていない。
いつも訝しげに細められていた聖川の目がまん丸に見開かれて、
自分の言動に真っ青になったまま細かく震えているレンを射抜いていた。
頬に触れた聖川の手の熱さと、重ねられた唇が震えていたことだけ覚えている。

「…何を思い出しているのか知りませんが、真っ赤ですよ。はしたない」

あきれ返ったトキヤの声に、ハッと我に返る。

「はしたない事してるのはイッチーとイッキだろ」
「貴方たちには負けますよ」
「…同じ条件じゃないと勝負にはならないさ」
「ええ、音也と貴方では経験の差が…、?貴方たちまさか」

ひゅっとトキヤが息を飲んだ。

あれから何度かキスをしたり触りあったりする程度の夜の生活はあったが、
それ以上の事は一切されていない。
なし崩しに聖川を抱いてしまえば手っ取り早かったのだろうが、何となく抱かれた方が
愛されている事を実感出来そうでレンからは踏み出せなかった。
そうして、お互いの腹を探りあいながら卒業し、結局は同じ社員寮に暮らしている。
無理矢理上に乗って入れさせて嫌われるのも怖いし、抱いてくれなどどはっきり言える素直さがあれば
出会った頃から今まで散々悩み倒してなんかいない。

「ま…まぁ、愛を確かめる手段は性交以外にもたくさんあるわけですし」
「イッチーが思う性交以外を聖川で想像してみなよ」
「…………………………………………………………浅はかな発言でした」
「いいさ、分かってた事だよ」

奥手で初心でぶっちゃけ童貞の聖川が自分から触れ合ったり交わろうとするのを躊躇うのは当然だ。
向こうは下手なことをすれば百戦錬磨のレンに馬鹿にされると思っているだろうし、
そう思いこませてしまったのはこれまでの自分の態度のせい。

「はぁ…大体、あんなに分かりやすく愛されてるのに何が不満なんだ」
「ちょ、ちょっと」
「こっちは嫌われて無いかどうかで疑心暗鬼に陥ってるって言うのに」
「あの…レン」
「聖川は俺に興味なんて無いからイッチーみたいに構われすぎて嫌気が差すことなんて無いしね」
「…」
「恋人同士っていう枠に収まれただけで奇跡だからこれ以上望めない」
「望めばいい、全て与えてやる」
「そんな甲斐性を発揮するほど愛されてるわけ……………、ぁ」

白いテーブル乗った黒い影を辿っていく。
その途中で気まずそうに視線を逸らしているトキヤが見えた。
そうして辿りついた先に、やれやれと幼い子供の我侭を見咎めるような表情をした当の本人が突っ立っていた。

聖川に、全て聞かれた

そう認識した途端に全身から汗がぶわっと噴出し、顔を熱湯につけられたかと思うほど一気に熱が集まった。
すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られるが、体が思うように動いてくれない。
気付けば聖川に腕を取られて無理矢理椅子から剥ぎ取られていた。

「一ノ瀬、こいつを借りていくぞ」
「どうぞ。構って欲しくて仕方無いようでしたので」
「一十木もな。迎えに行ったら嫌な顔される、と部屋で拗ねていたぞ」
「…では、私から迎えに行きますよ」
「そうしてくれ」

立ち上がったトキヤが伝票をひらひらと振って去っていくのを見ながら、
レンはその場で立ち尽くしてた。
正確には立ち尽くす他無かった。
涼しげな聖川の表情とは裏腹に腕を掴む力は凶悪で、隙を突いて逃げる事も出来ない。
どこから聞かれていたのか知りたいのに確かめる勇気が無い。

「さて、帰るぞ。時間が惜しい」
「…用事があるなら俺を置いて一人で帰ったらいいだろ」

つい零した憎まれ口に、聖川は動じることなく笑った。
嬉しい事があってつい零れた笑みでも、戸惑うレンを落ち着かせるための笑みでも無い。

「そんな口が聞けなくなるくらい徹底的に愛してやる」

微笑みながら言われて、思わず頷く。
満足そうに笑みを深める聖川に手を引かれながら、レンは期待に満ちる自分の心情に戸惑った。
あれ…これほのぼのギャグじゃなくてただの甘々マサレンじゃね?あれ??(^o^≡^o^)