戦争が終わり、世界の終わりが始まった
長い長い石段の途中、元述は重た過ぎる足を止めた。
どうしようもなく、悲しかった。自分の力ではどうしようもないことだとわかっていたので、悲しくて苦しくて、そして恐ろしかった。
この恐怖には覚えがある。
彼に、出逢ってから。
とんと忘れていた、いや忘れた振りをしていた恐怖だ。
「まったくあの方たちは、こころから理解し合っているのですね」
諦めの早いひとだった。
いや、諦めるなんて生易しいものじゃない。所有物を捨てることにまったく躊躇がないのだ。大欲は無欲に似るというが、まさにそのとおりのひとだった。
一番大事なもの以外は大事じゃない。煩わしくなったり、いらなくなったらすぐ捨てる。良く言えばとても合理的、裏を返せば薄情ということになる。
自分はいつでも要る側の人間になれたし、彼に必要とされる自信があった。
だけどいつでも怯えていた気がする。
いつ、あのひとの要らないものになってしまうのだろうか、と。
自分はとても臆病な人間だった。
変化を嫌い、慣れ親しんだ環境を、例えそれが血生臭い戦場であっても、手放すのは恐ろしいことだった。戦争が終わったのは、自分にとって幸であるのか不幸なのか。大勢の民から祝福され感謝された行為すら、本当に自分が為した功績なのか実感が湧かない。
長らく世間を苦しめていた悪獣の親玉が討ち取とられ、日常と隣り合わせであった脅威は去った。それは喜ぶべきことだ。なのに不安は日一日と経つごとに形もあらわな恐怖となって圧し掛かってくる。
永遠かと思われた長く辛い戦争も終わった。彼の人と一緒に追い求めた勝利が、嬉しくないわけもない。
終わらせたのは、自分がこの手に握った剣。
彼の人と己自身のために磨き続けたその切っ先は、突きつける相手を失ったけれど、その栄誉と誇りが失われるわけではない。そしてこの剣が振るわれるべき場所は、唯ひとつしかない、はずだった。
「大事にされないものですね。それがあの方の魅力でもあるのでしょうけど」
とんとん、と、澱みない足取りが元述の傍らを通り過ぎていった。数段降りた先でふと足を止め、阿志泰が視線を伏せる。少しためらいがちにつむがれる言葉は、自嘲を充分に含みながらも、きっぱりと矛先を元述に向いている。
視界の端で、長く編まれた黒髪が揺れた。ゆっくりと、黙して立ち尽くす元述に、阿志泰が振り向く。
「……あなたは違うんだと思ってました。あの方の特別なんじゃないかって」
そう思っていた。そう信じていた。そう、願っていた。
怜悧に光る合理の刃物に、切り捨てられることなんか望むわけがない。選び取られるだけの自信と実力は、彼の人のためだけに培った。
すべてが、全部が、元述のなにもかもが、彼のためだけに存在していたのに。
「でも、違ったんですね。あなたもおんなじだ」
歪んだ口元に浮かぶ嘲りの色。日頃から好かぬ相手からの、あからさまな悪意にも憤りを表に出せないほどに、元述の気分は沈んでいた。殴りかかる気力さえなくて、せめてもと阿志泰を睨みつける。
そうして出逢った黒く縁取られた硝子の向こうの双眸は、深く傷つき痛んでおり、元述はそこに自分自身の影を見た。
ああ、おなじなんだ。
そのときはっきりと己の内なる絶望を知った。