37.5℃の触媒
誰にも、ばれていないと思っていた。
タカオやレイは、もともと聡い性質ではないから、
気をつけなければならないのはマックスひとりだ。
断続して頭に響く鈍い痛みに微かに表情をしかめるのも、
マックスがひょいと他所を向いた隙に。
長い前髪と眼鏡が表情を半分ほど隠してくれているのも、助かる。
大転寺に許可を得ているとはいえ、
自分はおまけてBBAにくっついて来たに過ぎない。
専属メカニックといえば聞こえはいいが、
ようは、自分の知的好奇心を満足させるためのわがままを叶えてもらったのだ。
だから、迷惑をかけるわけには、いかない。
「おい、お前……」
カイ、は、はっきり言って問題外だった。
仲間になどおよそ興味のないそぶりをして、
その実だれよりも状況を客観的に把握できるカイは、
だけどその性格からして、なにかに気付いても見て見ぬフリをするだろうと。
特に自分はブレーダーでもないただのおまけだし、
彼には一度めっためたに負かされているし、
歯牙にもかけられていないからと。
「なんですか?」
だから険しい双眸をしたカイに二の腕を掴み上げられたときも、
なにか別のことで呼び止められたのだと思った。
気に食わないことでもしたかな、とか、少しだけ卑屈に考えてもいた。
おどおどしながら尋ねると、カイはひどく不機嫌そうに眉を顰めた。
シェルキラーのヘッドとして多くの子ども達に恐れられていたカイも、
意図しない場面であからさまに脅えられるのは面白くないのだろうか。
ポーカーフェイスを保てなかったことを頭痛のせいにして、気を引き締める。
弱さを見せるのは好きじゃない。
たとえ必要とされるのが得意分野だけだとしても、
せめて頼りにされることがひとつくらいなかったら、
彼らと一緒になんていられないから。
みんな、眩しすぎて。
「気分が悪いなら休め」
一瞬、息が止まった。
あまりの意外さに面食らって、つい、演技をすることを忘れる。
「は……?」
疑問符と一緒に吐き出した吐息が、気だるい熱を持った。
掴まれた腕が、痛い。
「倒れてもロクな介抱は望めんぞ」
だから予防をと、そういうことか?
確かにBBAのメンバで病人の応急処置など心得ているものはないだろう。
レイなどは怪我には強いかもしれないが、殊病気に関しては縁がなさそうだ。
勿論タカオやマックスも、介抱されることはあってもすることが出来るかと問われれば、望みは薄い。
当のカイがするつもりのないことは発言からも知れたけれど。
けれど。
あのカイが自分に、気遣うような発言を?
まさか。
「平気です、これくらい」
カイの思惑を量りきれなくて、ことばを素直に受け取れなかった。
振り払った腕は思いのほか簡単にはずれた。
「そうか」
無感情な呟きとともに、それまで痛いほど突き刺さっていた視線が消える。
捕われていたのはこちらのはずなのに、
手を離した途端ふっと糸の切れた凧のようにいなくなる。
まるでここにいる自分の存在などはじめからなかったかのように、
たった今まで話していたことをきれいさっぱり忘れ去ったかのように。
「…………」
悲しい気がした。
カイは自分にそういう態度をとることを、先刻までは当然だと考えていたくせに。
ふいに垣間見せた意外性が、ひどく惜しく思える。
ただの気まぐれ。例外。一時的な、感傷。
きっとそうなのだろう、だけど。
ほんの短い間だけ巡ってきた、カイが自分を視界に入れてくれた時間。
それを、とても惜しいと思った。
もう2度とないのかもしれない、そう思うと悲しくて。
「痛……」
頭が割れるように痛い。
多分、熱もあるだろう。
今日はタカオたちと出かけるのを止めて、休んでいようかな。
そっと腕に触れる。
廊下の角に消えていった、力の強い腕の感触を思い出した。
触れた瞬間はひんやりとして、でも次第に熱くなっていった。
それはもしかしたら、自分の熱が彼に伝わったせいかもしれない。
「……カイ」
彼にのりうつった自分の体温を、ほんの少しだけ羨んだ。