cutting edge


そういうひとだと、わかっていたつもりだった。
少し、優しくなったなんて、都合のいい勘違いをしていた。
だからこれは自分が悪い。
勝手にしたことで勝手に傷つくなんて、カイにだっていい迷惑だ。
こころを開いてくれたのかもしれないなんて、そんなこと。
期待してた自分が図々し過ぎただけだ。


***


「キョウジュ? どうかシタ?」
「え? いえ、なんでもありません」
小首を傾げたマックスに問われて、慌てて首を横に振る。
ため息が、ついこぼれてしまった。
感情の動きに聡いマックスは、「なんでもない」なんてひとことで心配を止めるような人間じゃない。
だからキョウジュはもうひとつ言い訳を重ねなければならなかった。
「すこし、疲れただけです。走ってきたので」
馬鹿が付くほど素直なマックスに嘘をつくのは、とても難しい。
方便程度の嘘でも、悪辣な手口で騙しているような、罪悪感が募る。
確かに灯台から走ってきたのは嘘じゃないし、そのせいで疲れてもいるけれど、 マックスが聞きとがめて心配したため息の原因ではなくてもしかしたらそれもバレるのではないかと冷や冷やする。
誤魔化したことがわかったら、きっとマックスは更に憂慮するのだろう。
自分のせいでこの真正直な少年をわずらわせるのは、考えただけでもひどく気が滅入ることだった。
「あはは。ヒロミちゃんは元気そうだヨ〜?」
「ヒロミさんは私よりずっと体力ありますよ」
もしかすると腕力も……。
はぁ、でも本当に、疲れているのかもしれない。
パソコンも実は結構重いし。
少し木陰で休むとマックスに伝えると、彼は眩しいくらいの笑顔で「I see.」と返してくれた。
流れ落ちる滝からはじける水滴がとどかない場所を選び、地面に腰を下ろす。
伸ばした膝の上にパソコンを置いて、モニタを立ち上げた。
データに残るマックスのバトルのファイルを見て、カイのも撮っておけば良かったと今更のように後悔する。
あの時は……それよりも聖獣捕獲装置をクラックする方が重要だと、そう判断したけど。
彼にとっては余計なことだった。
しかも、プライドに触るようなマネを、してしまったし。
カイならそう言うだろうと、以前の自分ならわかってた。
わざわざ機嫌を損ねるような事態を招くようなことなど、しなかったはずだ(それは私が殊更臆病であったのと、私の力なんかカイには必要ないと弁えていたのと、カイよりも余程心配な世話のかかる相手がいたことなどが関係している)。

カイは、世界大会を戦っている間にも周囲を気にかけるように変わってきた。
会わない間に人が丸くなったのか、再会してからはよく笑うようになったし、話し掛ければ返事をするし、付き合いが良くなった。
端から見ていてまるで別人のようだと感じていた。
でもそれは、仲間に対しての距離が近づいたからだった。

―――私は……仲間、じゃないから。

ずっと一緒にいたけど、彼等とは立場が違う。
と、昔の私はもっと謙虚にその事実を受け止めていたように思う。
友人の位置にあるタカオしか側にいなかったから、しばらく彼の仲間という存在が遠かったから。

忘れていた。
この、距離。

ふと顔を上げれば光を遮る木々のない陽の下で、水辺の乱反射を受けながら騒いでいる面々がいて。
世界大会を優勝という華々しい成績で飾った彼等にあたるスポットライトと、それを外側で、セコンドで見詰めていた自分の姿を重ねた。
自分はこの位置に満足している。
力の限りサポートして、勝ちあがっていく彼等を自分のことのように喜べる。
今までだって用意していたパーツや作戦が無駄になった事だってあった。
けどそれは仕方のないことで、バトルを臨機応変に戦っていく器用さだってブレーダーの重要な素質で。
カイはその頂点ともいえる正真正銘のスペシャリストで。
悲しむ必要なんか、落ち込む理由なんかどこにもない。
ただ、はっきりと拒絶されたような気がして、それが少しだけ、ほんの少しだけ……。
けれどそんなのは己のひとりよがりなエゴで勝手に傷ついてるに過ぎなくて、カイにはなんの非もないことだ。

「おい」
「わっ……なんですか? カイ」
びっくりした。
みんなと一緒にいると(それはそれでカイらしくないが)思っていたから。
相変わらずの不機嫌そうな表情でいるのだろうと思って見上げれば、意外にも穏やかな表情 (といっても微笑を浮かべていたりしないのがカイだ)と目が合って、たじろいだ。
もう喜んでもらえる期待なんかしない、ただ彼等が必要な時に必要なものを出せるよう万全でいようと、それに見返りなんていらないと心に決めたばかりだったのに。
すぐにも挫けそうになった決心を、キョウジュは辛うじて胸の中に抱きとめた。
「迎えならもうすぐ……」
「悪かったな」
「はい?」
なにがですか?
唐突な謝罪の意味をキョウジュが理解しないうちに、カイはさらりと背を向け遠ざかる。
素っ気ない、素っ気なさ過ぎる態度は、火渡カイの常態でありよく知る姿だったから、混乱はますます深まった。
また自分に都合のいい解釈をしているんじゃないかと、つい疑ってしまう。

「…………」
見返りなんていらないと、その決意を変えるつもりはなかった。
礼を言われたいわけじゃない。
負い目を感じてほしくなんかない。
自分も彼等も当たり前のことを、当たり前にやっているだけ。
その義務を果たすことで自分は、彼等の隣に当たり前にいる特別を享受しうるわけで。
だから浮かれるな。勘違いするな。
なにを許されたわけでもない。
なにかを許されるために努力しているのではない。
彼に、彼等に必要とされること。
それがなにより望むことだから。