白い花
ふと、空を見上げた。
延々続くゆるい坂道に息切れしたとか、真夏の温度に調整された空気のおかげで身体がだるいとか、
フィジカルな理由もあるにはあった。
けれど一番の原因は、さほど広くない道を埋め尽くす黒い人影から、無闇に目を逸らしたくなったからだ。
色の濃い青が一面に広がる様に目を眇める。
気分転換のつもりだったのに、目に痛いほど鮮やかな青がなおさら気分を沈ませてくれた。
嫌な色だ。
清々しいはずの曇りのない青空を、こんなにも厭わしく感じたのは初めてだった。
丘の上には共同墓地があり、今日は先の戦争で命を落とした人々の慰霊祭が執り行われる。
厳粛な雰囲気を漂わせ、沈痛な面持ちでぞろぞろと目的地へ向かう喪服の行列。
緑の原、点在する墓碑の白、一本道を埋め尽くす黒の行列、そしてそれらを覆う空の青。
まるで絵画のような色彩が、作り物めいた情景が、ひどく気持ちを落ち込ませる。
見ているだけで気が滅入るのに、自分もその一部をなしてしまっている、という事実が追い討ちをかけた。
きっと、同じような顔をしている。
沈鬱な面持ちで、厳粛な雰囲気で、目的地を目指す群れに同化している。
こんなにもたくさんのひとがおなじになれるなんてうそだ。
体裁や建前、欺瞞に満ちた祈りが、この空にそそがれるのだと思うと、泣きたくなる。
「ヴィーノ? 大丈夫か?」
隣を歩く友人の見慣れぬ正装が、今という瞬間の異質さを際立たせる。
きらいだ、こんな空気。
「ん、平気」
眉を顰めてこちらを伺う友人に薄く笑みを返し、すぐに前を向き直した。
その横顔がまた暗く沈んだとしても、この状況を考えればおかしいことだとは思われないだろう。
しばらく張り付いていた視線が離れた隙を狙って、ヴィーノはため息を吐いた。
たくさん、ひとが死んだ。
知らないところで、知らないひとが死んだ。
知っているひとも死んだ。
あまりに多すぎる犠牲者の数は、すでに悲しみや悔しさといった感情を麻痺させている。
こんな戦争をはじめた誰かを憎む気持ちも、もうない。
あるのは虚脱感。
こんなにもひとは簡単に死んで、そして死ななかった人間は彼等を悼んで、過去に変えていく。
だれがどこでどんなふうに戦ったのか、ヴィーノは知らない。
だけどこの葬列に並んでいて、彼等に白い花を手向けようとしている。
まるでなにも出来なかった自分たちへの免罪符のようだ。
この黒い行列が、あやまちだらけの過去を清算する順番待ちの列のように思えた。
もう二度と悲劇は繰り返さないと誓いながら、自分は兵士になるための勉強をしている。
この慰霊祭には、士官学校の生徒は強制参加を命ぜられていたから、自分以外にも未来の軍人がたくさんいるはずだ。
(軍に入るからって、必ず戦争に参加するってわけじゃないけど)
これから先、誓いどおりに悲劇が起きなければ、自分たちは自国の警備をするだけの自衛軍でいられる。
なにも起きなければ、と但し書きがついてしまうのは仕方のないことなのか。
(でも、こわい……)
前回はまだ未熟な学生であったため、直接には戦争に参加しなかった。
いや、本当は、戦争など起きるはずがないと思っていた。
だから士官学校に入った。
選択したのはエンジニアリングの道だったけれど、それでも軍属に変わりはない。
ひとたび戦争状態になれば、兵士たちと一緒に戦場へかりだされるのだ。
(そんなのって、イヤだ。イヤだよ……)
はぁ、と大きなため息が口から漏れた。
友人がこちらに視線を投げかけ、それでも黙っていてくれたことに、ヴィーノは感謝する。
(こんなこと、今更言えないよなぁ)
今すぐ、逃げ出したい、だなんて。