世界は残酷でできている
たとえば手を伸ばせば届くのだと、思っていたわけじゃない。
夜空に光る星星を線で繋ぐことが出来るように見えても、本当は気の遠くなるような距離を隔てているんだと知っている。
そしてその遠さを感じているのは自分で、彼等の物差しで計れば取るに足りない距離なのかもしれない。
目に見えているものは時に感覚に嘘をつく。
すぐ隣にいるひとのことばが行動がわからなすぎてずいぶんと遠くに感じるように。
「そんなに面白いですか? 宇宙は」
熱心に窓の外を、宇宙空間を見詰めているように見えたのだろう。
見下すような呆れるような探るようなことばが、俺の背中に向かって吐かれる。
距離は、近い。
暗い窓ガラスに反射する人影は、夢想した星あかりを掻き消すほどはっきりと映りこんできた。
「……別に。なにもないんだって思っただけだ」
馴れ馴れしく肩にかけられた手が鬱陶しかったが、払いのけるわけにはいかない。
俺の所有者であり支配者であるところの奴の、機嫌をわざわざ損ねるなんて馬鹿げている。
……アルコールの匂いが鼻についた。
「なにもないことはないですよ。見えないからといって、ないわけじゃないんです」
驚いた。
即物的で利己的だとばかり思っていた奴の口から、そんな観念的な情緒的な言葉が出るなんて。
俺は続きのことばを待って、ガラス越しに彼を見上げる。
見えないなにがあると言うのだろう。
この暗い、真っ暗な空間にはなにが満ちていると言うのだろう。
悪意・絶望・苦痛・悲哀・凍るような身を切られるような冷たい残酷。
非道な扇動者に俺は密かな期待を寄せる。
「私達が来た地球は宇宙から生まれたんですよ。宇宙になにもなかったら私達だって存在しないはずでしょ?」
……科学は俺達から想像力を奪うよな。
月にはなにがあるのか?
軍であり兵器であり人間の住処だ。
うさぎも蟹も髪の長い女もいない。
殴られる痛みも見下される悔しさもすべて全部、人間の気持ちなんか脳内の化学物質が見せる幻だとか、それが真理みたいな短絡思考。
聞き苦しくて子守唄にもならない薀蓄。
夢を見るしか能のない矮小のくせに。
「見えないならないのと同じだ」
そしたら悪意も悲しみも罪悪感も消え去る。
希望も絶望もフラットになって残る僅かな余韻すらなにもなくて。
世界のすべてがここにある。
俺に見えないもの。
それは俺の世界には存在しないもの。
もし俺が死んだら世界は消し飛ぶ。
俺の知らないところで生きてる人間なんて価値がない。
もし俺がいなくなったら、俺が憎んでいるあんたもいなくなる。
後に残るのは世界。
なんの意味も持たない無価値な世界。
世界は残酷、それだけで出来ている。