レーゾンデートル



「理由がなかったら存在しちゃいけないの?」

生きる意味を持たない僕が欲しがったもの。
それが「絶対に確かななにか」だった。

「あたりまえです。存在に必要なエネルギーは有限ではないのですよ?」

ふわふわ頼りなくて不安定な毎日、殺されるのか生かされるのかも分からなくて、気まぐれに襲ってくる痛みとか苦しみとか、とにかく安定した日々がどこにもなかった。
今夜眠りについたら明日の朝にはもう目を覚ますことはないのかもしれない。
知らないうちに疲れ果てた心臓が鼓動を止めて、冷たくなっていくのかもしれない。
なにひとつ思い通りにならない束縛された生活の中で、僕が考えることをやめたのは当然の結果だと思う。
なにをしても無駄。なにを考えても無駄。
僕が夢見たとおりになることなんてひとつもない。

だから。
絶対に確かななにかが欲しかった。

そうした僕の心情に、軍はおあつらえ向きの場所だった。
命令にされたことに疑問をさしはさんでいたら、一秒を争う戦場で生き残ることは出来ない。
右を向けと言われたら向いて、引き金を引けと言われたら引く。
ためらってる時間なんてない。

それでも僕は間違えたくなんてないから。
その命令が絶対に確かだという確信がほしかった。

僕よりも冷めた目をもったヤツは、そんなものは幻想だと吐き捨てた。
僕よりもさらに考えることを放棄しているヤツは、間違っても別にいいと呟いた。

お前らはそれでいいかもしれない。
だけど僕には、絶対に確かななにかは必要なんだ。

僕が見つけた絶対に確かなもの。
それが、ムルタ・アズラエル。



***

僕たち新型兵器の直属の保持者である彼は、独裁的な完璧主義者だった。
理論武装した命令に厳密に従うことを要求するし、根は合理主義であるらしく言うことだけはカッコがついていた。
なにも考えたくない馬鹿な連中が気軽に信じやすいような嘘をつく。

「キミの理由はひとを殺すこと」

嘘、と言い切るには、彼の姿勢はまっすぐすぎるかもしれない。
だけど多分あれは嘘。
大義名分とか、後付けの言い訳とか、そんなところ。
でも彼は、少し曲がった思想でもそれらしく聞かせることに関しては天才的だった。
なにかが違う、とわかっていても、容易に反論できないのが、正義というもので。
彼の振りかざす正義はとても魅力的だった。

「ボクに殺された人の理由は、ボクに殺されること?」

彼自身が本当に信じているからなのかもしれない。
彼は、自分の正義に酔っている。
そして聞くものの大半はそれに酔わされる。
自分で考えることを放棄した連中だ、目の前に魅惑的な言説があればすぐにそれを自説に取り込む。
畏まった理屈を振りかざすことで体面を繕いたいオエラ方がまず彼に騙された。
そいつらの指揮する部隊にも段々と広まっていった。
今では軍部はすでにアズラエルの思想に取り込まれている。
笑える構図の末端に、そして僕もいた。

「誰かが幸せになるためには、誰かが不幸にならなければならないんです」

彼のことばは一片のよどみも曇りもなく、時間がたっても矛盾しない。
彼なら信じてもいいと思った。
途中で主張を曲げてしまうような柔な信条じゃ、すべてを預けるには不安定すぎる。
彼くらい固いものがある方が、安心できる。
内容なんて二の次だった。

「ボクは幸せ?」

僕が彼を好きなのはたったそれだけの理由で、説得力もなにもあったものではなかったけど、僕が彼を信じるというその行為だけは確かだ。
そして僕を確かにするものは、彼に対するこの気持ちしかないのだという事実が、この気持ちを強固にしている。

「キミの理由は僕を幸せにすることです。だからキミは、不幸でいなくちゃならないんですよ」

誰になにを言われたっていい。
僕はただ僕自身の意志でアズラエルに従ってるし憧れてる。
彼のためによろこんで生命を差し出そう。