くれなゐのあめ
真っ暗なトンネルがずっとずっと続いている。
ごうんごうんと耳障りな音が周囲に充満して、頭の中をぐるぐると掻き回されるような錯覚がして、
クロトは妙にイライラするのを感じていた。
自分は手元のゲームに集中しているはずで、ゲームをやっているときは周囲の音なんて耳に入らないのが常なのに、その音だけはやけに耳につく。
どうにもむずむずして顔を上げれば、硬質な蛍光灯に照らされた車内に、一様に暗い顔をした人間達がぞろりと並んで座っているのが見渡せる。
下を向いて、前を向いて、目を閉じて。
思い思いの格好で椅子に深く腰掛けていて、立っている人間はいない。
かといって閑散とした様子はなく、どの座席もまんべんなく人間で埋まっていた。
密度の割りに、車内はとても静かだ。
耳鳴りのような列車の走る音に掻き消されるのか、話し声のひとつも聞こえてこない。
ボックス席のクロトの隣にはシャニが身体を窓に預けてぐったりと眠っていて、その向かいでオルガが無表情で手にした本をめくっている。
あまりに変わり映えのしない情景だ。
ふと目をやった窓の外は真っ暗。
トンネルの中なのだから当たり前だが、どうにも落ち着かない。
僕等を乗せた列車が走り始めてまもなく突入したトンネルは、なかなか出口の見えない長い長い迷路のようだった。
それともこれは地上を走る列車ではなく、地下鉄だったのだろうか。
それならば地上の光が一筋も見えないのは当然なのだが。
地下をひた走る列車。
ごうんと窮屈な空間を高速ですり抜ける音。
音ばかりじゃ物足りない、とクロトは思う。
やはりなんといっても、人間の感覚器の中でも一番にダイレクトにこころを揺さぶるのは視覚だ。
目に見えて外の景色が流れていれば、これほどまでに退屈な空間にはならなかっただろうに。
―――いや、この程度の速さではかえってストレスになるか。
景色のない窓の外を見るのに飽きて、クロトは手元に視線を戻す。
なんども繰り返したゲームのイントロ画面。
目をつぶってたってクリアできる。
ちゃらちゃらと軽薄な音楽が始まって、クロトはまた同じ場面で同じ敵を倒していく。
(何度殺しても、生き返るんだよなぁ)
それは自分がゲームを最初からはじめたせいだと知っている。
(そして何度も同じ手で殺せるんだ)
ゲームのプログラムは、書き換えない限り同じようにしか現象しない。
(ボクなら、ここで失速しないよ)
けっして意思の宿ることのない仮想世界は、クロトのじれったさを永遠に理解しはしない。
(もっと手ごたえのある敵がほしい)
そう、クロトが何度も倒されて、何度も挑戦できるような、強大な敵が。
今度こそは、と本気になれるような宿敵が。
ゆらり、と視界の隅を何かが横切った。
窓の外だ。
(……?)
こと動体視力に関しては3人の中では群を抜いて成績のいいのがクロトで、他ふたりは外の様子には無頓着でいる。
クロトは目を凝らす。
相変わらず暗いだけだと思った窓ガラスには、無表情な同乗者たちの冷たい横顔が映っている。
その向こう。
(赤い……雨?)
トンネルを抜けていたことに気付かなかった。
窓の外が、トンネルの中同様に暗かったせいだ。
(いつのまに夜になったんだろう)
夜の闇をうねるように、静かに、降ってくる赤い……
花びら。
注視し続けるまでもなく、薄紅はどんどん勢力を増していった。
やがては窓を埋め尽くすほどに花びらが外を舞う。
がくん、と車体が揺れた。
駅が近いのか、停止するのだろう。
列車が失速するにつれ、煙幕のように霞む花びらの向こうが、桜色に埋め尽くされていることがわかる。
(桜……が、咲いてる)
奇跡的にクロトが名前を知っていた花。
植物は気候や環境を選ぶから、どこにでもある風景ではない。
どこか懐かしいような空気を感じて、クロトは窓の外に広がる光景が生まれ育った場所によく似ていることを思い出していた。
でも、とクロトは首を傾げる。
(そんな季節、だったっけ?)
少し宇宙にいっている間に、随分時間が経ってしまったのだろうか。
やけに時間の感覚が希薄だった。
時差ぼけのようなものかもしれない。
宇宙では朝も昼も夜も関係なしに暗闇が続いていたから。
小さな駅で列車が止まった。
はっと気がつくと、列車の中には座席を埋めていた人間がいなくなっていた。
同乗していたはずのオルガとシャニも、姿が見えない。
クロトはちっと舌打ちする。
(置いていかれた。ボクも行かなきゃ)
急いで立ちあがると、古い木の床板がぎしりと軋んだ。
弾みで膝の上から小さな長方形の機器が落ちて、床でことりと音を立てる。
それをかえりみることなく、軽快な靴音を響かせてクロトは列車を降りた。
外は夜、月の明ひかりもないのにあたりはほんのり明るくて。
視界いっぱいに桜の木が開けた。
唐突に、理解する。
ああ、ボクは、帰ってきたんだ。