沈みゆく祈り
ねむれない……。
外が、うるさすぎて。
潮騒が耳元でささやく。
こっちにおいで、と、白い波が手招きして。
シャニは太陽の照り返してきらめく海を睨みつけた。
といっても対象は窓の外に悠悠と広がっているから、その無意味さに気付いてすぐに目を閉じる。
眼裏に焼きついた鮮やかな藍と碧を、頭を振って追い出そうとした。
ごとごとと列車がシャニをどこかへ運んでいく。
レールのきしむ音、車体の揺れる音、シャニの耳を覆っている心地よいノイズ、
あふれる音はたくさんあるのに、なぜか海鳴りだけが耳障りなほど大きな声をあげている。
いったい、なんだっていうんだ。
たゆたう藍と碧、空の境界線に光が走る。
海岸も見えないのに、ざざんと波の打ち寄せる音。
そうか、反対側の窓からなら陸地も見えるのかもしれない。
シャニが寄りかかっている方の窓は、一面の海と空しかない。
その上を、列車が走っている。
退屈な景色。
目を閉じる。
真っ暗になるはずだった視界には、ありありと海の残像が浮かぶ。
ねむれない。
窓の外がうるさすぎて、ねむれない。
乗り物に乗るのは好きだ。
ここちよいリズムを刻んで揺れる車体がゆりかごのように、いつもならシャニを眠りへいざなう。
閉ざされた空間ほどいい。
自分ひとりが縮こまってやっと納まるくらいの狭い場所を想像した。
ここは、人間がたくさんいすぎて気持ちが悪い。
車内には客がみっしり詰め込まれているが、不思議と立っている人間はいない。
誰もが行儀よく席に腰掛けている。
シャニの座るボックス席にも、空席はない。
隣にはゲームに熱中するクロト、向かいには本を読んでいるのか寝てるのか、伏せられた眼差しからは判断できないオルガ、
斜め向かいには、シャニの知らない赤毛の女が背筋を伸ばして天井を見つめていた。
反対側の席には、おっさんや女艦長の姿もある。
何処に行くんだっけ。
なんで戦艦じゃないんだ?
どうして列車になんか……。
ざざん、とシャニの思考を波が飲み込む。
身体ごと攫われていきそうだった。
どこかに。
やがて列車はゆっくりと停止する。
降りる場所だ。
シャニは立ち上がって、投げ出されたクロトの足をまたいだ。
うるさそうにクロトの眉根がよる。
構わずシャニは列車を降りた。
誰も、引き止める声はなかった。
むしろ背中を押されるような沈黙だけが、出て行こうとする車内に澱む。
「……」
小さな駅でホームに降り立ったのはシャニひとり。
背後にゆっくりと列車が出発していくのを感じていた。
レールに沿って遠ざかる列車の音が、やがて消失する。
あとに残ったのは、シャニと目の前に広がる海。
(おかえり おかえり)
海鳴りが呼んでいる。
シャニは一歩を踏み出した。
途端に、足元の感触が消える。
硬いコンクリートのホームはどこにもなく、ずぶずぶと蒼い海を沈んでいった。
とっさに体勢を整える。
膝を抱えて丸くなると、ぷかりと浮力が身体にかかった。
落下速度が落ちる。
真っ青な視界。
海の中には魚も岩も海草も海底もない。
ただ自分だけが暖かい海水に包まれていた。