向日葵はゆれるまま



がたごとと揺れる列車はまっすぐな線路を走っている。
車体は木製、揺れるたびにぎしりとしなる音がした。
今時随分なアナクロニズムだ。
これだからナチュラルはバカなのだと、宇宙の化け物は言う。
宇宙で生まれ宇宙で育った彼等は、地上を走る列車のノスタルジィを知らない。

窓を風景が流れていく。
ほんの少し、開けられた窓から、暖かく心地のいい風が入り込んで頬をくすぐる。
地上特有の、懐かしくも古めかしい、花の香りが嗅覚を柔らかく刺激する。

これを、この雰囲気を感じて尚、郷愁にとらわれない人間などいるのだろうか?
そんな奴が存在するのなら、それこそ、人間には思えない。
彼のコーディネイター排斥急先鋒組織が、奴等を宇宙の化け物と呼ぶのも納得してしまいそうになる。

鼓動のリズムに似て揺れる列車。
たくさんの人間が詰まっているのに、誰一人口を開かない細長の空間。
箱型に仕切られた椅子に腰掛け、思い思いに時間を過ごす。
本を開くもの、まぶたを閉じ転寝をするもの、耳を塞いで音楽を楽しむもの、ぼんやりと窓の外を眺めるもの。

ちらり、とオルガは目の前の席に座る赤毛の少年を一瞥する。
手には彼が片時も手放さない平べったい四角の機械。
いかにもデジタルなBGMこそ聞こえてはこないが、こいつには情緒というものが欠けているのではないか、と思わせる。
隣で寝こけているやつの方がまだマシだ。

かといって、口に出して注意を促すことも億劫である。
なにより、言葉を発して列車の走る音だけが響くこの静謐な空間を、壊したくなかった。

ぺらり、と手の中のペーパーバックの頁が風にあおられる。
手元に視線を落とし、日差しに焼けたセピアの紙を指で撫で、そしてもう一度顔を上げる。

窓の外は、黄色い絨毯。
先刻から風景を埋め尽くす勢いで群生したひまわりが、みな一様に太陽めがけて首を伸ばしている。
進む先を眺めても、まだまだひまわり畑は続くようだ。
線路の脇を囲むような黄色い海。
どこまで続くのだろうと興味をそそられる。

がたごと。
しばらく窓の外を眺めていた。
景色は一向に変わらない。
ひまわり、ひまわり。
いつしか視界が黄色い大輪の華で埋め尽くされる。
時折相席の存在を確かめて、前に見たときと同じ格好をしている彼らに何故かほっとした。

どこへ行こうとしているのか。
この列車は、自分たちは、あのひまわりは。
辿り着くべきところは存在するのだろうか。

かたり、と席を立つ音がして、オルガは視線を車内に戻す。
シャニがのそりと起き上がって、クロトの足を越え歩き出すところだった。
半分寝惚けているのか、もそもそと覚束ない足取りでシャニの背中が車両を隔てるドアの向こうに消える。
トイレだろうか?

そしてまた静謐。
オルガはやっと本の続きを読むことにした。
…………。
集中して読んでいるはずだし、何度も読み返したストーリなのに、少しも情景が浮かんでこない。
頭に物語がはいらない。
なにも、考えられない。
もやがかかったかのように、途端に不鮮明になる視界。
さっきからこうだ。
本を読もうとすると、頭がぐちゃぐちゃしてくる。

仕方なしに顔を上げると、クロトもそこにはいなかった。
ふたりそろって、食堂車にでも移動したか。
目障りなのがいなくなってせいせいする、はずだ。

窓の外、相変わらずのひまわり畑。
ぎぃ、ときしんだ音をたてって列車が停止する。
誘われるようにオルガは列車を降りた。
ホームはコンクリート造りだったが、こじんまりとした駅舎は木造。
駅舎の外は、一面黄色い花で埋め尽くされていた。
ひまわり、ひまわり。

(ここは、どこだ?)
見覚えがあった。
記憶なんかとっくに消されてないはずの、オルガの脳裏にはっきりと懐かしく蘇る。
背の高いひまわりに隠れて、小さな少年が顔を覗かせた。
オルガと目が合って表情が綻んだ少年のくちびるが意味を持って動く。
(お・か・え・り……)
音にされなかった声を、染み付いた習性で読み取って、オルガは困惑した。
迎えられる場所なんか、自分にはない。
もうとっくになくなった、はずだ。

くすくすと笑いながら身を翻した少年がひまわりの向こうに掛けていく。
黄色くかすんだ視界におぼろげに建物の影が映った。
(あれは―――)
さほど大きくはない、2階建ての家。
風にあおられた薄緑のカーテンが、開け放たれた窓の外で手招くように踊っている。
家の前の小さな庭では、数人のこどもたちが元気に駆け回っていた。

「―――」

どうして自分は彼等のことを覚えているのだろう、とオルガは思った。
どうして彼等はあの懐かしい場所であの頃と変わらずに笑顔でいるのだろうと。

(燃え落ちた、はずだ)

頼りなく崩れた柱を知っている。
半分なくなった壁を知っている。
真っ黒に焦げた体を知っている。

とっくに消されて失われたはずの記憶だった。
(どうして―――)
逢えるはずのないひとたち、記憶しているはずのないひとたち。
目の前には大輪の華に囲まれてまるでなにもなかったかのように笑う、ひとたち。

ああ、俺は、―――

















死んだのか。