落日燃ゆ



赤い赤い空。
水平線の向こうへと太陽が無様に歪んで姿を失っていく。
レールの上をひた走る懐古趣味な列車の中、4人がけの乗合席をひとりで陣取って、アズラエルは窓の外を眺めていた。
ごとごとと耳障りな雑音が懐かしさを喚起する。
こんなにうるさい乗り物は久しぶりだった。
合理的で品がよく、快適な道具に囲まれて生活していたアズラエルには、縁遠いもの。
だが、悪くはない。
こういうものもきっと必要なのだ、この世界には。
優雅に足を組み替えながら、夕陽に染められた車内を見渡す。
アズラエルの座っている場所以外はどこも乗客がいっぱいで、空いている席はない。
ほんの僅かな差異が、アズラエルの気をよくさせた。
所詮、この程度の差なのだ。
自分と、それ以外の人間の違いは。
だがたしかに異なる差異がそこにはある。
アズラエルはそれで満足だった。
もっと特別な、人間とは決定的に違う「なにか」になりたいなど、思うはずもなかった。


再び視線を窓の外に移す。
終わりの時間だ。
すべてが真っ赤に染まっている。
頭上の空も眼前に広がる海も遠くの山も、何処へか続いている線路もすべて同じ色。
けして自らは汚さなかった白いはずの自分の手も血に染まったように赤く、硝煙のにおいがうっすら漂っているような気さえした。
途端、眩暈にも似た列車の振動が、悪路ゆえか一際激しく身体を揺さぶった。

よみがえる握った銃の感触。
引き金を、たしかに引いた。
耳を劈くような銃声がたしかに響いた。
この手が凶弾の反動を覚えている。
目の前でくずおれた身体を覚えている。

そうだ、もう、染まっているんだ。

真っ赤な世界。
落日。
空の端で大きく膨張した太陽が、もうすぐ落ちていこうとしている。
どこかへ。

ああ、帰らなくては。

急激に焦燥に駆られ、アズラエルは席を立った。
物言わぬ乗客たちはかつての主に目を向けることはないし、アズラエルもまた彼等を顧みることはない。
あるのは押し潰されそうに重く膨大な不安。
いっそ恐怖とも呼べそうな、けれど得体の知れない不安だ。

列車を下りるとそこはもう見慣れた街角だった。
固いアスファルトの歩道をふらふらと進み始める。
自分がどこに向かっているのかは明白で、道に迷うこともない。
もう何度も行き来した風景だ。
道の先では赤々と夕陽が燃えている。
知らず、足取りが速くなっていった。
追い立てられるようにアズラエルは前へ、夕陽に向かって進む。
背中にぞくりと例の不安がにじり寄ってきた。
振り向く勇気はなかったが、そのまま無視することも到底できない。
ちらりと後方に視線を走らせて、視界に入った黒い人影に「ひっ」と短い悲鳴が漏れた。
赤く燃える道路の上に、ぽっかりと口をあけた穴のように黒く大きな影が映る。

これからは夜の時間。
日が暮れる前に、家に帰らないと。

襲ってくる。
アイツラ。
化け物が。

くる。
はやく。
はやくはやくはやく。

帰らなくちゃ。