Blind Guardian
薄暗い蛍光灯に照らし出された肌が、青白く病的な色に見える。
昼間に見る彼はいつだってきれいで、しゃんとして、一分の隙も見せないひとだ。
きちんと任務をこなせなかった部下達に、不機嫌な顔をすることはあっても、疲れた様子や思い悩む様などは見たことがない。
だからこそ、気になった。
いくらプライベートな時間とはいえ、部下である自分がここにいるのに、顔色の悪さを隠せないでいる彼が。
機嫌や気分ではないのだから、体調まで精緻なコントロールがきかないのは人間だから仕方ないが、相手はアズラエルなのである。
とりつくろった自分を見せられないときに、他人と接触しようとすること自体がおかしいのだ。
余裕のない証拠。
元々ワーカホリック気味のアズラエルだが、ここ最近は特にひどい。
コーディネイタに積年の恨みを晴らす絶好の機会が迫っているせいなのか、休む暇もなく働きづめだ。
まるでこの機を逃してはならないという焦燥に駆られているようだった。
追い詰められているのは、彼の方なのかもしれない。
「あなたも宇宙に行くの?」
脱ぎ捨てられたバスローブと、シャツを羽織る背中を見比べながら、クロトは尋ねた。
先刻聞かされたばかりのこれからの予定では、更なる戦火を求めて宇宙へと戦場を移すことになっている。
一度発動してしまったブーステッドマンの計画は、途中で中断することはできない。
長持ちしない稀有な兵器の部品を、壊れないうちにより効率的に使おうという計算もあるのだろう。
兵器になるためのインプラント手術を終えてから廃品になるまでの時間は、多くの犠牲を出した実験によってすでに見積もられている。
もちろんクロトには知りえない情報であったし、知りたいとも思えない宣告だった。
「ええ、もちろん。地球にいたのでは、僕のビジョン通りにきちんとことが進むか心配ですからね」
一流のビジネスマンである彼は、部下をも信用しない性質らしい。
門外漢である分野だからこそ疑わしく思っているのかもしれない。
状況が時々刻々と移り変わっていく中で、どんなときでも、どんな状況でも、
一番自分に優しい判断を下せるのは自分だけだと考えている。
戦場で自分の出る幕ではないと知っていながら、きっとそれが許せないんだ。
「わざわざ最前線に黒幕が出てくるのって、殺してくれって言ってるようなものじゃない?」
きしりとベッドが揺れる。
床に落とされたネクタイを拾い上げたアズラエルが、微笑みながら振り返った。
目に映る他人すべてを見下す、冷ややかな笑みは相変わらずだったけれど、やはりどこか精彩を欠いている。
火遊び染みた運動をしたせいなのだろうか?
「地球にいたってテロだなんだで危険なことに変わりないんですよ。軍隊に守ってもらった方がかえって安全でしょ?」
それに、とアズラエルは一呼吸置いて、クロトに笑いかけてきた。
それまでの曖昧な微笑ではなく、胡散臭いとしかいいようのない完璧に作りこまれた笑み。
この顔、大嫌いだ。
「キミたちもいますしね」
僕らがいるから、なんだって?
あんたが僕らを信用してないことくらい、知ってる。
「……それってどういう意味? 試作兵器が開発費に見合うだけの仕事をするか、自分の目で見極めたいってこと?」
シニカルに吐き捨てたクロトに、一筋も表情を変えることなくアズラエルが聞き返す。
「それ以外にどんな意味があるんですか?」
「…………」
なにを期待したんだろう、僕は。
アズラエルは冷たくて厳しくて残酷な使役者。
ときに甘いことばや優しい仕草で僕らを騙してくれるけど、それは全部余興で、アズラエルを楽しませるだけのもの。
頭の足りない僕らでちょっと遊んでいるだけなんだ。
からかって、意地悪をして、決定的な止めは与えずにいたぶるだけ。
ああやだ、このひと、こんなときは決まって僕のこころを読むから。
「冗談です。僕が危なくなったら、キミたちが守ってくれるでしょう?」
それこそ笑えない冗談だった。
僕らはあんたを守ったりしない、アレに乗ってるときなら、尚更。
「心配してくださるのも嬉しいですけどね、僕はキミたちが期待以上に働いてくれることを一番望んでいますよ」
くすくすと笑いながら、アズラエルはソファに掛けてあったジャケットに袖を通している。
きっとこの後にまた、仕事をするつもりなんだろう。
僕で遊んで気分転換になったのだろうか。
僕はもう、そんなことでしか役に立たないのだろうか。
少し休めばいいのになんて、口が裂けても言えるはずない。
「心配なんかしてない」
あんたがずっと一緒にいたら、つい殺したくなっちゃうかもしれないじゃん。
アレ飲んでるときの僕ら、ふつうじゃないんだから。
後先考える余裕も頭もないんだよ。
これは心配してるんじゃない。
ただ、もうあんたと一緒にいたくないんだ。
「さ、そろそろ部屋に戻りなさい。明日の準備もあるでしょう?」
まとめなければいけない荷物なんかないって、知ってるくせに。
僕が持っているのは小さなゲーム機ひとつで、それさえ持っていればあとは周りが勝手に用意してくれる。
軍服だって兵器だって薬だってなんだって。
「おやすみ、クロト」
それは僕を部屋から追い出すためのことばだ。
本当は甘くも優しくもない彼だから、僕が邪魔だって目ではっきりと告げている。
ただの兵器、利用するための道具に、心配なんてさせてくれるつもりもないんだ。
額に落とされたおやすみのキスに、僕が返すのはいつもこのひとこと。
「さよなら」
できたらどんなにいいかって、いつも思う。