撃墜王の孤独
大気を斬るスピードで疾走する機体。外部に開けた場所はないのに、気流の乱れをリアルに感じる。実際に外身ごとシェイクされてるからでも、解放された視覚のせいでもあるだろう。手術をしたがる奴等はその錯覚もないよう完璧にしてやると言うけれど、それじゃあ操縦する腕が鈍るってことをわかってない。なにより、快感が薄れてしまうじゃないか。そんなじゃ全然意味がない。
手足となった兵器を操り、全身全霊をかけて自分の快楽のために空を焼き町を潰す。味わったことのある人間だけがわかる嗜癖染みたスリルが、パイロットの勘を育てていく。そのためにはGも空気の震えも絶対必要なファクタだ。
所詮パイロットの事情はパイロットにしかわからないし、整備士や技術者やまして政治家なんかには絶対に踏み込めない領域がたしかにあって、僕が目指すものはその高み、頂点だ。まだ誰も見たことがない風景を捕らえ、誰にも触れられたことがないものを手にする。可能性はこの空と同じ有限なのだから、何度もリトライすれば必ず辿りつける。これは夢想主義者の空論なんかじゃない
ががっとノイズが発生して外部との通信画面がふるえ、僕だけの城に邪魔者が現れる。
これ、これが一番必要ないんだ。命令なんかいらない。僕は僕のやりたいようにやりたいし、その方が絶対に敵をたくさん効率よく倒せる。他の奴等は僕の邪魔ばかりして、役に立ったためしがない。
『クロトっ、てめぇドコ狙ってんだよぉ!』
うるさいな。これがノイズ以外のなんだっていうんだ。
「ドコって、目標は撃破しただろ。あんまうろちょろすんなよな、めざわりだからさ」
母艦から送られてくる敵のデータが右サイドに表示させた画面の上を滑り落ちていくのに視線を流せば、優先的に撃つ様に示されたポイントの高い敵はほとんど僕がやっつけている。考えなしに撃ち落とせばいいってもんじゃないんだよね。これできっとこの戦闘も、僕がスコアランキングの一番上に載るのは決定だ。
『なっ……てめー、わざと狙ってんだろ!』
なんて自信過剰なヤツ。この僕にそこまでかまってもらえるほど、自分がエライとでも思ってんのかね?
「お前に当てたってポイントになんないんだろ。そんな無駄なことしないよ」
むしろ当てたらマイナスなんだよな。わざわざ避けてやってんのに、自分から当たりに行ってんじゃん? 僕にまかせて大人しくとけばいいのにさぁ。
ごぅんと地響きを上げて僕の飛び去った地面から煙が上がる。もうどれくらいレベルが上がっただろう。そろそろボスが出てきてもいいと思うんだけど、これはゲームじゃないからな。わくわくするようなラスボスなんて待ち構えてないんだ。そこがどうにもつまらない。
「……なんだ、アレ?」
突然現れたあまり見かけない型の機体。データを照合するも、画面に浮かぶのはアンノウンの文字。有益な物資じゃないことは、こちらに定められた照準が物語っていた。ということは、敵だ。
「なんだかわかんねーけど、レアキャラゲット!」
想定にない敵の登場だ、わくわくする。出て来いと念じていたステージのボスが出現したのかもしれない。
『てめっ、先走んなっ』
またノイズ。わかった。こいつはゲームの難易度を上げるためのハンデなんだな。そんなジャンクに惑わされる僕じゃない。
「待たねーよ、ばーか」
目標に狙いを定め疾走する。地面に這い蹲るだけの奴は当然ついてはこられない。振り切るのなんて簡単だ。母艦から情報を集めろなんて指示が出てる。そんなの知らないよ。そりゃそっちの仕事だろうが。僕はただこの敵を倒すだけ。
動きも予想して攻撃を仕掛けたけれど、さすがボスは雑魚以上の反応速度で軽々と避けた。「ちっ」と舌打ちしたが、僕の顔はきっと愉悦に歪んでいる。そうこなくっちゃおもしろくない。
反撃をかわして再び攻撃に転じようとして、目の前を遮ったものに眉を吊り上げる。ひとつ振り切ったかと思ったら今度はこいつか。スコアに響くけど、いっそ撃ち落としてやろうか。
宇宙の闇は窓の外に果てしなく続いている。これで僕らは完全に閉じ込められたわけだ。外は真空なのだから、窓を破って逃げ出すわけにもいかない。けれどもう連中は僕が逃げ出す心配などしていないだろう。逃亡なんて馬鹿な真似は連中の望む成果を上げられずに処分されそうになっていた奴等がするものだ。すでにほしいものを与えられている僕が、逃げたいと思うわけがない。
「案外……つまんなかった」
「時間切れだったしな」
「もっと手ごたえあればなぁ」
「よくゆーよ、アンノウンにてこずってたろ」
まともに援護もできないで僕の邪魔をするばかりだった奴等が、珍しく会話をはずませている。あんな結果でも外で暴れられただけで満足だったんだろう。程度の低い奴等だ。これからもこいつらに足を引っ張られるのかと思うとうんざりした。
「なぁクロト」
揶揄する口調でオルガがこちらを振り向いたのを、当然ながら黙殺する。うるさい、黙って本でも読んでろ。シャニは寝てろ。僕にはお前らと会話してるようなヒマなんかないんだよ。
「無視すんなよ」
なんで僕がそんな会話にまざってやらなくちゃいけないのか理解に苦しむね。お前らだって、戦闘の余韻が醒めるころには誰とも口聞かなくなるくせに。
「ヘンなヤツー。もうほっとけよぉ」
なんとでも言え、役立たずども。お前らがそんなだから、僕が苦労する。
僕はすごいんだ、選ばれたんだ。お前らなんか僕のおまけに過ぎない。僕がいなけりゃ世界は滅びるんだ。僕の邪魔をするな。
***
「へぇ、キミ、上手なんだね」
あの日、部屋から極力出ないように指示されていた僕のところにやってきて、ゲームの腕を誉めてくれたひと。施設の人間以外にそんな風に話し掛けられたのは初めてで、どうしたらいいのかわからなかった。いつもなら誰が来ても僕は挨拶もしたことがなくて、じっと部屋にこもってゲームをしているだけで、時折施設の人間が部屋を訪れて外からの客になにやら説明をするのを背中で聞いているだけだった。外から来る人間は、みんな僕らをゴミクズのように見下す。その目に出会いたくなかったから、名前を呼ばれても振り向かない。そうしていれば大抵はどうでもよさそうに通り過ぎていく。
だから突然現れたこのひとに話し掛けられたときも、呆然と見詰めることしかできなかった。
「あれ? いいんですか? 終わっちゃってますよ?」
彼の青い瞳が、凝視する僕を困ったように見返して、きれいな白い指で画面を指した。
「え? あ……」
あんまり驚きすぎて、画面を見るのも手を動かすのも忘れていた。おかげでディスプレイにはGame overの文字が躍っている。
慌ててゲーム機のリセットボタンを押した僕は、背後に立った彼のことを意識して身体を縮めた。うつむいて、手に握ったコントローラを意味なく弄る。
どうしよう。どうすれば……?
「しないの? 続き」
「う、……うん」
柔らかく問いかけられて、彼に促されるようにゲームを再開したけれど、緊張して思うように動かない指にひどく焦った。ちらり、と横を見れば、相好を崩してゲームの画面をじっと見ているひとがいる。
こんなこと、今までなかった。ずっと放っとかれっぱなしだったから、僕がするゲームを見ていたり誉めてくれたり、一緒にいてくれるひとなんかいなかった。
その時の僕は彼がどんな肩書きを持っていて、何故施設に来ていたのか知らなかったけれど、訪ねるたびに僕に新しいゲームを持って部屋に顔を出しにきた。施設の人間はあまりいい顔をしなかったけれど、彼を咎めるようなことはしなかったから、きっとエライひとなんだと思った。外の世界のことはどうせ施設から出してもらえない僕には関係なかった。
このひとだ、と僕は直感的に理解してしまったから。
「あのね、今日はキミにお願いがあって来たんだけど」
普段ではありえないほど気分が高揚する。はっきりとした発音でことばを発するのも、彼の前でだけだ。
「キミ、戦闘機に乗ってみる気はない?」
やっぱり。やっぱりそうだった。このひとだった。僕をここから連れ出してくれるひと。狭苦しい施設から解放して、僕に大きな使命を与えてくれるひと。
「待ってたんだ」
いつもより一層優しげな表情を造って笑う彼を見上げて、僕はうっとりと呟いた。彼が「ん?」と首を傾げる。
頭の中でファンファーレと勇ましい音楽が流れる。この時が訪れるのを僕はずっと待っていた。もう遅すぎたくらいだ。待ちくたびれてしまうところだった。
「ええと、それはOKってこと?」
彼の問いかけに僕は勢いよく頷く。僕がこんな風にはっきりと意思表示をするのは珍しいから、施設の人間が軽く目を見開いていた。
「僕の力が必要になる日が必ず来るって知ってたよ」
そう告げると彼は少しだけきれいな瞳を細めて、それから僕の頭を柔らかい仕草で撫でた。勇者を導く手に、僕は選ばれたんだ。
***
目の前に立ち塞がるもの、そのすべてを僕はけちらす。邪魔者は排除、当たり前のことだろ? 僕の自由を奪うものは許さない。いつだって身軽に気軽に振舞う、それが僕のスタイル!
かっこいいとか悪いとか、他人に縛られた基準はいらない。大事なのは、僕が気持ちいいかどうかだけ。
奪う以外のやり方は僕を縛りつける。ほしいものは奪え。同情や気まぐれの施しも対価を払う行為も、僕をいたずらに搾取する。
奪え。なにもかも奪いつくせ。僕が飽きて欲望を感じなくなるまで。金も居場所も快楽も幸福も、与えられたらゲームオーバー。
でも僕は負けないし止まらない。ほしいものはなにを手に入れても後から後からわいてくるから。
この飢えが癒えるまで奪い続ける僕は孤独な強奪者。手に入れたはずのものがどうなったかなんて、僕は知らないんだ。
***
「フリーダムっていうんだって」
静かな部屋に、シャニののっぺりとした声が響く。誰に向かって話しかけたわけでもなく呟かれたそれに、唐突な単語の意味を知りたくて、僕はほんの数ミリ眉を動かし、オルガは本から顔を上げた。
「あん?」
問い返したのはもちろんオルガで、僕は聞いていないフリをしながらシャニの返答をじりじり待っていた。しばらく放置されて回転数の落ちたシャニが、きちんと会話をできるのかは怪しかった。
「こないだの、白いヤツ」
寝言じゃないだろうな、という危惧はすぐに解消された。シャニがアイマスクをずりあげながらネタバラシをする。その内容に、どきり、と胸が鳴った。
「ああ、お前らが仕留めそこなったヤツな」
「……オルガだって、当たんなかったじゃん」
それ以降のくだらない会話は聞いていない。僕の頭の中は《フリーダム》という名前でいっぱいになった。
前のステージでボスを倒し損ねたのに、どうしてステージが上がったんだろう、と不思議に思っていた理由がやっとわかった。ゲームをクリアしたときの賞品だったからなんだ。
一度は低いステージで顔を出しておいて、最終局面で再戦するために、そこでは倒せないようなシナリオになっていたのだろう。フリーダム、自由、このゲームをクリアした先にあるもの。
「自由、か。嫌味な名前」
ふと会話の続きが耳に飛び込んでくる。オルガの皮肉気な笑いとセリフ。当然だ、だってそれを手に入れられるのはゲームの覇者、つまり僕だけなのだから。
***
開きっぱなしだった通信回線から、唐突にひどいノイズが吐き出された。
「シャニ? オルガ!」
とっさになにが起こったのかが連想される。そしてそれは自分にとってどうでもいいことのはずで、むしろ重荷だった邪魔者がいなくなってせいせいするはずで。それなのに思わずレーダーを確認してしまったことに舌打ちする。
「ちっ……バカじゃん、あいつら」
一応味方であると識別されているかの二機の反応はなく、予想が当たっていたことを理解する。
これで戦況が不利になった。
そうだ。僕はそのことを嘆いているんだ。別に一機になったって、やられるつもりなんか全然ないけど。
は、と吐息が漏れる。嘲笑したつもりだったそれは、思いの外つんと鼻の奥を刺激してきた。耳障りなノイズが脳を焼く。
ああ、なんだ。あれじゃん。薬がもう切れるんだ。だからボクは泣いてるんだよ。苦しいから。ただの生理現象だ。でも邪魔だな、これ。早くなんとかしないと。またアイツに逃げられる。
「く……はぁっ……は」
頭が痛い。全身が震えてるし、これじゃどうしようもない。とにかく一度帰艦しなければと、レイダーにドミニオンに向けて飛行する半オートの設定を打ち込む。邪魔さえ入らなければ、あとはぼっとしてても着くはずだ。
瞬間。
「……え?」
放たれた強い閃光の先で、艦影が脆くもかすんでいく。
「うそだろ……?」
アレがなくなったら。
アレがなかったら僕は。
「……っ、どうしろって言うんだよっ」
目の前にほしいものは見えてるのに。邪魔者がいなくなって、僕ひとりになるのはシナリオとして悪くない。主人公は、選ばれたのは僕なんだから。でも僕が戦えなくなったら、誰がゲームの続きをするんだ。
「ぐっ……あ、はっ……っ」
喉がただれたように熱くて、息をするたびひどい痛みが肺から喉を伝って走る。パイロットスーツの中は冷や汗でぐしょぐしょなのに、全身が熱を持っていて暑くて仕方なかった。
朦朧とする意識で計器を弄る。なにか、なにかあるはずだ。この場面を切り抜けて最終ステージに辿り着く方法が。この際裏技でもバグ技でもかまわない。僕はこんなところでやられたりしない。自由が待っている。
「うぁ……っくそ……」
どうして。どうしてどうしてどうして。僕は、僕は僕は僕は選ばれたのに。どうして。
目の前が暗くなっていく。もう痛くて苦しくてなにがなんだかわからない。わからないということはしあわせなことだ。なにかを痛いほど求めなくてもすむ、いや、もしかしたらなにかを手に入れたと感じることができる。僕に決定的に足りないなにかがあったとしても、それを諦められるくらいの、なにか。
絶対に手に入らないものが、もうすぐ目と鼻の先まで迫っているかのような、錯覚を、幻を、残酷な甘い夢を、見ていた。
***
たくさん敵を倒せれば気持ちがいい。こないだの出撃だって僕が一番だった。あの《自由》にだって一度は手をかけた。スコアランキングの一番上が僕の定位置で、そこから僕を引き摺り下ろせるような手ごたえのあるライバルはそういない。
だけどそんな成績がなんになるっていうんだろう。どんなにもてはやされたって、戦っているときも死ぬときも一人だ。コクピットの中で孤独に死んでいくのが、パイロットの役目なんだから。
馴れ合う仲間なんていらない。僕の邪魔をする障害物になるだけだ。共有するのは空間だけで、響きあうものひとつない。
でもこのゲームももう終わり。Game overだ、仕方がない。勇者はまだレベルが低かった。もう少しレベルを上げてからボスに挑むべきで、
……いや、こんなクソゲー、もう捨てちゃおうか。