機能不全の羊



結構な長い期間十把一絡げの扱いでいた自分たちだが、馴れ合いや会話というものは本当に少なかった。
傍に誰がいようがお構いなしに他人を視界にいれずにいるのが、お互いに一番心地よい距離であったはずだ。
気を使いあってではなく、極自然に決まったルール。
それが今、おかしな風に捻じ曲がっている。

「またそれかよ。同じもんやってよく飽きねーよなぁ?」

オルガの絡み癖は、自分たちとはまったく関係ない他人(往々にしてそれは女だ)に対してならそう珍しいものではない。
だがそれが、こちら側に向くことはほとんどなかった。
絶えず聞こえてくる電子音に苛々が頂点に達したのかもしれない。
剣呑に睨まれたクロトは、ちらりと視線を流したが、すぐに興味を殺がれて手元のゲームに戻る。

「やりこまないと気がすまないんだよね。単価も高いしさ。それに僕はアンタみたいに馬鹿じゃないし」

指を動かすのはそれほど苦になる作業ではないらしく、目線ははずさないもののオルガに返答する余裕が見えた。
投げかけた言葉が、受け返されている。
成立するコミュニケーション。
なんて、不自然。

「なんだよ、そりゃ」

馬鹿、なんて頭の悪い軽口に反応したオルガが眉を顰める。

「そんなに本があったって、アンタが死ぬまでに読みきれるわけないじゃん?」

オルガの部屋には役目を終えたのかのか、読まれることを待っているのかわからない、かなりの量の本が積まれている。
本を読むことではなく、本に囲まれることが目的なんじゃないかと思うくらいに。

「へっ。そう簡単にゃ死なねーよ。そういうてめぇは生き残る自信がないから、新しいのに手を出さないってか?」

態度を改め見下げたようにクロトをからかうも、当のクロトは涼しげな表情で受け流す。
この言い合いは、クロトの方に分があるようだ。

「そうじゃないよ。スケールの小さいゲームなんか、種類やっても楽しめない。これはただの暇つぶしでしかないからね。 余計な時間は退屈でいいんだ。その方が、アレを楽しめるだろ」

にこりともしないクロトが、本当にアレを楽しんでいるのかはわからない。
確かにMSに搭乗しているときは性格が違っているが、薬の作用じゃないとどうしていいきれるだろうか?

「けっ。戦争狂かよ」

深く考えずにそこにツッコむオルガは、ただ単に絡みたいだけなんだろう。

「そっちだって似たようなもんじゃん。薬のせいにしてるけどさぁ、アンタ、ホントは人殺しとか好きだろ」

口調は辟易している様子のクロトだが、無視を決め込まないあたり、鬱陶しげなのはポーズで暇つぶしの手段を変えたのかもしれない。

「俺が好きなのは自分の手で殺すことであって、あんなんに乗ってスイッチ押すだけじゃつまんねーよ」

……ここに至るまでの経緯というものが、自分たちにはそれぞれある。
大体は似通った理由であるが、別々の個人であるが故にそれらは決定的に違う。

「へぇ、そうなんだ。そうは見えないけど」

オルガの理由、そんなものに興味はないが、どこからか聞かされて、何故だか知っている。
恐らく3人が3人とも、それぞれを把握している。
どうでもいいだけで。

「殺す相手の顔が見えないなんて最悪だ」

語られる言葉の裏にはなにも見えない。
為し得た所業に対する自負も、浸る思い出も、なにも感じない。
常用している薬のせいで記憶が薄いというだけではなく、元々の感情の起伏がすでに薄かった。
そのときオルガがなにを思っていたのか、想像する術がない。
他人を理解する気持ちがないから、今まで認識しなかったはずなんだ。
こちら側にも世界が広がっていることを。

「……殺す相手に顔なんてないよ」

無表情のクロトがぽつりと漏らし、皮肉るようにオルガは口端を上げる。

「お前はそうだろうな」

なんだかそれって、わかり合ってるみたいな会話だ。
違和感。
気味が悪い。

「シャニは?」

唐突に向けられた話の矛先。
クロトも居心地が悪くなったのかもしれない。
常とは違うオルガの態度に。

「……うざーい」

短く拒絶する。
それしか言葉を知らないかのように、言い慣れた単語を使う。
巻き込まれたくなかったからだ。

「あっそ」

さしたる興味はなかったらしく、クロトはあっさりと引き下がった。

「殺すのも死ぬのもうざいってか。誰かの言いなりになってんのが一番楽だしな」

見透かしたようなオルガの言葉に苛ついたが、係わり合いにならない方を選ぶ。
ぐったりとソファに沈み込んで動かない身体を無視することに決めたのか、話題は勝手に進んでいった。

「そうかな。僕は嫌いだけど」

耳障りな戯言を遮断するためにプレーヤーの音量をあげようかと思ったが、おざなりに動いている指先が立てる電子音が 絶妙に混じり合うのを聞いていたくて止めた。

「あ? お前いつもいいなりだろ。あのおっさんの」

それにしても不毛な会話……オルガが飽きるまで続くんだろう。

「好きでそうしてんじゃないっての。僕を楽しませてくれるから、その代価だね。ゲームにはお金がかかるんだ」

ゲーム、に含まれている意味は、クロトの手の中にある小さな世界のことだけを指しているのではない。
自分たちが後戻りできないほどに巻き込まれているこの状況すべてを意味している。
シャニにとっては楽しいとは到底思えない世界だ。

「代価と思えば野郎にカラダ売るのも平気ってわけか?」

殺すのも死ぬのも面倒なだけ。
だからといって殺されたいわけじゃない。
……オルガが知ったような口を聞くから、刷り込まれた理屈かもしれない。
考えるのも面倒だし、それでもいいんだけど。

「それとこれとは別問題。セックスが楽しいと思ったことないし」

楽しみ以外で行動の理由になるのはやはり惰性だろうか。
状況に流されるだけ流されて、他人からみたら最悪の選択を知らずにして、それでも別に構わないと思えるような。

「つまんねー奴」

したいことはなにもないけど、やりたくないことだってない。
死体にならずにここまで来たのは幸運だったのか、それとも不幸なのか。
選ぶ必要がないから、ここにいる。

「アンタみたいに艦内の女手当たりしだい手ぇ出したって面倒くさいだけじゃん」

もし、どこかで別の道を選んでいれば、自分はここにいなかった。
ありえない空想だけれど、いつ何時かに指先の1本でも動かそうとしていたなら、自分はここにはいなかっただろう。

「シラネェの? 殺人にはつきものなんだぜ、セックスってのはよ。燃料みてぇなもん」

理由はない。
理屈もない。
あるのは事実の積み重ね。

「……アンタ、人殺して感じるタイプ?」

快楽も愉悦も拒否した。
なのに苦痛だけは感じることをやめないなんて。

「じゃなきゃ殺人なんてやらねーよ」

この身体は、どうかしている。

「きも……」

自分だけの世界に沈み込んでいたシャニの呟きは、偶然にも会話を成立させてしまった。
それまで蚊帳の外だった場所からの思わぬ非難に、オルガが不機嫌そうに振り向く。

「あ? シャニ、てめーはどーなんだよ」

どうってなんだ。
こっちはお前と違って人を殺すなんて積極的なマネ、した覚えはない。
……もちろん、戦争以外で、という意味だった。

「……なにもしたくない」

戦場でならたくさん殺した。
でもそれはクロトと同じで、人間を殺しているのではないのだ。
自分の行動の結果を考えることなどなく、ただ下された命令に従っただけ。
生きているんだと思い知らされるあの苦痛が大嫌いだから。

「じゃあ死ねば?」

自ら死ぬという行為が、どれだけの労力を使うのか、知らない人間の言葉だ、それは。
少なくともシャニにはそんな気力はない。

「面倒くさい……」

何故くだらない会話を続けているのだろう。
言葉なんか忘れてしまえたらいいのに。

「だったら死に方は決まりだね。食わなきゃいいんだ。食べるのだって面倒なんだろ?」

嫌味な内容とは裏腹に、口調に揶揄の色はない。
クロトの話し方はどこか病的だ。
感情がない声。
はじめからないのか、どこかでなくしたのか、それとも彼の言葉通りにゲームの本番以外では省エネモードであるのか。

「うん……」

皮肉気に聞こえなかったのはもうひとつ、それが事実に近かったからだ。
シャニは食事をあまりしない。
恐らく必要最低限もとっていない。

「栄養剤注入されて終わりだろ」

自分たちの行動は、すべてが実験者の監視下にあるから、規定量を食さなかったことは当然データとして残り、足りないエネルギーは食事以外の方法で供給される。

「うん……」

人間だって機械と変わらない。
自然に存在するのに足りないものがあれば、人工的に補えばいいのだ。

「随分話が弾んでいるようですね」

唐突に、外側の世界が割り込んできた。
条件反射で身体が緊張する。
自分たちを支配する声。
世界のこちら側を構築させ、また崩壊させる力を持った存在。

「……弾んでねぇよ」

極端にオルガのテンションの下がる。
これで煩わしい喧騒が静まるのだろうと思ったら、少し安堵もできた。

「盛り上がってるとこ悪いんですけど、ちょっとクロト君、借りてもいいですか?」

クロトの表情が、ほんの僅かだけ、変化する。
感情がなくなっていく順番には個体差もあるだろうけど大体似通っていて、ネガティブなものは後々まで残る傾向にある。
苦痛もそうだし、面倒くさいと感じるのも、嫌悪や憎悪することも。

「返さなくてもかまわねぇぜ」

不規則に響いていた電子音が消滅する。
クロトの跨っていた椅子が音を立てた。

「返すもなにも、僕はアンタのものじゃない」

心底嫌そうなオルガを拒絶するように吐き捨てるクロトは、多分ほんの少し苛立っている。
数少ない表情をクロトから引き出せるのは、もはやアズラエルだけになった。

「帰ってくんな」

それまで意味を失っていたオルガの手の中で活字が息を吹き返す。
ぱらぱらと紙の捲れる音。

「うざい」

なにが、かは呟いたシャニにもわからなかった。

「こんなときばっか乗ってくんなよシャニ」

いつもと決定的に違ったオルガの態度か。
感情のゆらぎを隠し切れないクロトか。

「クロト君」

心地よかった電子音を消し去った原因であるアズラエルか。

「はぁい」

それとも状況を受け流し損ねた自分か。
きっと何れもが正解で、何れもが正しくない。

「けっ」

媚びる様に返事をして消えた背中に、苛立ち紛れの呟きがひとつ。
シャニには見当がついていた。
なぜオルガが、今日に限ってこちら側の均衡を崩したのか。

「……さみしい?」

ネガティブな感情は蓄積する。
いつまでも残って忘れられない。
なくなればいいのに、と思えば思うほど、こびりつく。

「ばーか。んなワケねーだろ」

知ってて知らないフリをした。
どうしてこうも、こちら側の情報は節度を持たずに行ったり来たりするのだろう。
シャニが求めたわけでは決してなく、むしろ知りたくなんかないオルガの理由。

「ふぅん」

機能しなくなったものを嘆いているだけなんだ。