スリルとリスクの天秤
「僕は悪くないっ」
納得なんてできるわけがなかった。
今の状況は本当に不本意で仕方がない。
なんでアイツラはよくて、僕だけがこんな目に合わなくちゃならない?
遊びだったはずだ。
ただの、ゲーム。
それなのに目くじら立てちゃって、ばっかみたい。
「ですから、ここから出たいんでしょう? 悪くない取引だと思いますが」
大西洋連邦の戦犯隔離施設には不似合いな、仕立てのよいスーツ(お世辞にも趣味がいいとは言えないが)を着て、上品ぶった話し方をする男が、僕を見下ろしている。
ほぼすべてが独房で労働義務もないこの施設ではあったが、この手の人間を目にする機会は不思議と多かった。
大っぴらに言えないような仕事をする人間をほしがっている金に汚い人間に、人材を提供する裏ルートになっているらしい。
それでも僕はここにいること自体が不満で、足元を見られてただ同然でこき使われる仕事なんて、いくら自由と引き換えでも問題外だった。
「どうして取引なんかしなくちゃならないんだっ。こっからなんてすぐに出られる、僕は無罪なんだから!」
顔も知らないネット仲間としていた、ちょっとしたゲーム。
どれだけセキュリティの高いサーバに侵入することができるかを競っていた。
もちろんウィルスをばら撒いたりプログラムを改ざんしたりなんかしない。
侵入した形跡だって残したりしない。
ただ遊んでいたいだけなのに。
「キミの刑はすでに確定しています。なんでしたっけ、懲役267年? つまり、死ぬまでそこから出られない、という意味ですよ」
自分の腕を過信していただけに、失敗したと分かったときはショックだった。
身元を割られるような痕跡を残した自分に非があったのだと、その時は思った。
「僕はっ……」
でも違う。
僕は絶対にミスしてない。
誰かが裏切ったんだ。
あの時一緒に遊んでた誰かが。
「私に従えば自由になれるんですよ? もちろん、仕事に見合う報酬だって用意します」
見つかればそれ相応の罰ゲームが存在することは理解していたし、そのことをとやかく言うつもりはない。
罰ゲームもきちんとこなしてこそのゲームだとも思う。
「……死ぬかもしれないんだろ」
だけど自分のミスではなく誰かの裏切り行為によって、僕ひとりだけがこんな目に合わなければならない理不尽さを、大人しく我慢するなんてできなかった。
「そこにいて死ぬのを待つだけなのと、どちらがいいですか? 大きな利益を上げたいなら、
それなりのリスクは覚悟していただかないと。こちらもビジネスですからね」
顔も知らない奴等だった。
ただ一緒にゲームをして遊んでいただけで、裏切りを考えるほどの関係にあった奴なんかいない。
自分たちのゲームが問題視され始めていることは事実で、自分にさえ害が及ばなければどうなっても構わなくて、そのスケープゴートがたまたま僕であったのかもしれない。
「僕、なにすればいいのさ」
だけど、どんな理由があったとしたって許せなかった。
少なくとも僕は、誰一人仲間を売ろうなんて考えなかった。
絶対に身元が割れることはないという、絶対の自信が僕にはあった。
「簡単なことですよ。ゲームみたいなものです。キミ、好きでしょう? ゲーム」
馬鹿にしたような口調は、ゲームなんかと卑下しているのか、それともこの男の生来の気質なのか判断に迷う。
けれどそれを差し引いても余りある魅力が、その申し出にはあった。
僕をこんな目に合わせたのは人間であって、ゲームに罪はない。
ゲームができないのは不満であったし、そのためにはここから出ることが絶対条件だ。
だって自分はちっとも悪くなんてないんだから、ゲームができないのは間違っている。
絶対に間違っている。
「うん」
素直に頷きながら僕は、2度と同じミスを繰り返さないことを心に決める。
否、僕はミスなんかしない。
僕の操作通りの行動しかとらないプログラムは、僕を裏切ったりはしないから
悪いのはバグだらけの癖に手を加えて修正することもできない人間だ。
「じゃあ決まりだ」
他人のすることなんか信用できない。
もう絶対信頼しない。
僕の手が後ろに拘束されていることを知りながら目の前に差し出してきたこの手も、いつかは僕を裏切る手なんだ。
「歓迎しますよ、クロト君」
僕の仕事を聞き知ったアズラエルが手を回して、僕を自分の息のかかった戦犯施設に収監させたという事を知ったのは、大分後になってからだった。
アズラエル本人が自慢げに話していたから、嘘じゃないだろう。
つまり僕だけが特別に重い刑を課せられたのは奴等のせいじゃなく、僕自身の腕がよかったせいだったのだ。
だからと言って僕の考えに変更点はない。
アズラエルが信用ならない人間なのはよくわかったし、ヘボなふたりの同業者を信頼する気にはなれなかったからだ。
失敗は即死に繋がる状況の中で、自分以外を信じたら命がいくつあっても足りない。
他人を信じることがなくなってから、僕は上手く生きられるようになった。
別の人間が見たらひどく不恰好な生き方でも、他人を気にすることのない僕にとっては関係のないこと。
ゲームができればいいんだ。
そこそこ難易度が高くて、スリルがあって、退屈しないゲームさえあれば。
あとはなにもいらない。