白い花



辺りは一面焼け野原になっていた。
近くにあった化学工場がミスで発生させた火災が延焼し、先日までは確かにあった建物が見る影もない。
なにか焼け残ったものはないかと黒ずんだ瓦礫の中を探したが、もうすべて拾われてしまった後なのだろう、焼けかす以外に目に付くものはすでになかった。

ちっと舌打ちして、オルガは足元の灰を蹴散らす。
その拍子に灰の下からのぞいたブリキのおもちゃに、苦い気持ちにさせられた。
風に舞った灰がちらちらとまた地面に落ちて、遊び相手を失ったおもちゃを再び隠していく。
他人を悼んでいられるほど余裕のある生活をしていないから、こうして事故現場を物色しに来ているのだが、やりきれない。使えそうなものはなにもない上に、死者を冒涜しているような気にさせられて踏んだりけったりだ。

収穫もないし、さっさと帰ろうと、瓦礫の山から視線をそらし、踵を返した。
そして、もう誰もいないだろうと思っていた場所に、自分以外の人影を見つけてぎくりと歩を止めた。
ゆらゆらと揺れる白い影――まったく馬鹿げていることに、一瞬ものすごく驚いてしまった。

よくよく確認すればそれは生きた人間で、こんな灰だらけの場所に白い服を着てのこのこやって来るようなまぬけだった。
身体の動きに沿って軽く揺れる金糸の髪に、透き通るような白い肌をした、いかにも育ちのよさそうな男。
きっと灰の中を白い服で動き回ったらどうなるのかも知らないのだろう。

「なにしてんだよ、あんた」

苦労したことが無い人間にいいイメージのないオルガは、つっけんどんにその男に問いかけた。
まさか燃え残りから使えそうなものを拾おうとしているわけではないだろう。怪しい人間、と判断しての質問だった。
しかしオルガは、早まった考えをすぐに後悔する。
男の手には、白い花束が下がっていた。

「花を、供えたくてね」

手にした花を掲げてみせた男に、勝手な偏見を持ったことをこころの中で激しく反省した。
自分が生きることに精一杯で、死んだ人間を思いやる暇も惜しんでいた自分より、余程まともな人間じゃないか。

「……誰か知り合いでも?」

かつてそこにあった化学工場か、ここら一帯の住人にか、オルガにとっては赤の他人でも、親しくしていた人間もいるはずだ。
だとしたら怪しい人物はオルガの方で、遺族を差し置いて遺品を掠め取る不埒な窃盗犯に他ならない。

「いえ、通りすがりのものです」

男の意外なことばに、オルガは眉根を寄せる。
なんだか話がかみ合ってない気がするのは、自分の早合点だけのせいなんだろうか。

「はぁ?」

オルガの混乱をよそに、男は持っていた花束を少し掲げてみせた。
白い花。大きな花弁に包まれたつつましい真赭の花蕊。
茎に寄り添うように伸びるふくよかな葉身が、周り覆う無粋なセロファンからのぞいている。
清らかな聖女の花に似ているが、それとは種を異にする花だ。

「実はこの花、行き場がなくなっちゃったんですよ。供えさせてくれませんか? それとも…そんな不純な花じゃダメかな」

至極真面目に語っているらしい男の、情けなく笑った表情を見て、オルガは呆れ返った。

「あんた、その花、誰かにやろうとしてたのか?」

――― よりによってその花を? そりゃ、フラれて当然だ。

女に花を贈るつもりなら、花ことばと一般的に持たれているイメージくらいは知っておいた方が無難だ、という代表例だろう。
もっとも、彼の花がどんなときに飾られることが多いかは常識のような気もする。

「ええ。綺麗でしょ。僕の好きな花なんです」

白い清楚な花。
たしかに綺麗だ。文句のつけようも無いくらい。
だがその花のもつ勇ましく傷ましい意味は、この場にあってこそ馴染むものであり、女への贈り物としては不適当極まりない。
知らなかったとはいえ、そんなものを贈られてしまった女が気の毒だった。

「次からは止めた方がいいぜ」

くっと喉の奥で笑って、オルガは真面目な忠告をした。
いかにも上品そうに見える男だが、なかなかに無神経のようだ。
女を騙せる顔と雰囲気をしているのに、中身がそれでは上手くいくものもいかないはずである。

「どうしてですか?」

驚いたように軽く眼を瞬かせた男が、花とオルガを見比べる。
お前にはこれが綺麗に見えないのか、とその目が言外に語っていた。
自分の価値観がすべての男なのだろう。

「あんたに似合ってない」

皮肉気に口端をあげ、肩をすくめたオルガに、男は掲げていた花を下げた。
かさりと包装紙が音を立て、花々が黒く煤けた地面を見つめる。

「はは。言われちゃいました」

たとえ彼にとっていらなくなった花であっても、白いスーツを汚してこの灰山にわざわざやってきたことは事実。そう、悪い縁でもないだろう。
せっかくの慰霊の花であるし、役目をまっとう出来るなら、きっとその方がいいはずだ。

「そこ、飾ってってくれよ。他に供えてるヤツもいねぇから、喜ぶだろ」

自分が言えた義理ではないのだけど、とオルガは自嘲する。
それが男には、死者を悼む姿に見えたのかもしれない。

「ありがとうございます」

白い花は消炭と化したいつかの街に、ひっそりとその身を横たえた。