氷が溶けて血に変わるまで
見慣れた死体のどれとも、おれたちは違ったから。
触れればかすかなぬくもりと、しっとりと汗ばんだ肌を感じる。
ついさっきまで、骨だけになっていたはずの、身体。
なのに。
氷のように冷たくも、からからに干からびてもいない。
どうして。
心の臓の音だけ、しないんだろう。
傷つけた腕から流れる熱い血は、いったいどこから沸きあがってくるというんだろう。
送り出す深源がないのに。
どこから。
「いいじゃねぇか。おめぇ、うるさくて眠れねェとか、ほざいてたろ」
そんな、柄にもないこと、と大兄貴が笑った。
おれが言うにはあまりに不釣合いすぎたその言葉を、彼は死ぬ前からずっと覚えていたらしい。
「そ、だっけかぁ?」
そんなことも言っただろうか。
……ああ、それは。
静か過ぎてなんの音も聞こえなくて、
鼓動だけがごとごととうるさくがなりつづけていたあの、
死の直前の夜のことだ。
外は吹雪いていたし、木々は恐ろしげな唸りを上げていた。
寒い夜なのに、居場所を知られては拙いからと焚木もしないで、側にいた誰かとひっついて暖まって。
多分、熱があって。
心の臓が頭にあるみたいに、激しい耳鳴りがしていた。
外の音なんて、ひとつも聞こえなかった。
なにかが不安で眠れなかった。
それを、鼓動のせいにした。
不安ななにかなんて無いのだと。
圧し殺した。
「大兄貴、寝てる?」
今は。
身体の奥からなんの音も生まれなくなった今は。
「……眠くならねぇからな」
静か過ぎて、眠れない。
「ん。おれも」
不安が。
なにものか得体の知れない不安が。
そんなものはないんだと強がりで、目を閉じても。
「やっぱ、死んでるからか?」
もうおれの心臓は早鐘を打ったりしないのに。
どくどくと湧き上がってくる動悸。
「そうなんじゃねぇの」
ああそうか。
やっぱり、おれたちは、死んでいたんだ。
たまに錯覚する。
おれたちがやっているのはあのつづきなのかと。
あの生のつづきなのかと。
違うのに。
つづきなんかじゃない。
つづいてなんかいない。
断ち切られて、また、立ち上がって。
そしてまた―――。
「ま、いーんだけどさぁ」
いつ倒れふしても。
構わないのだけど。
今は動いている現実には、ちっとも現実感がない。
断ち切られたはずの生を、たとえニセモノでも与えられて。
また楽しいことができて。
すんげー好みの生き物を見っけて。
「死んでても、生きてても、やることは同じだろ?」
ただすこし、でき過ぎてる、そんな気がする。
誰に作られた与太話だろう。
そんな、非、現実的な。
「いーんだけどさ」
おれたちはいったいどれだけ繰り返されるのだろうか。
いったいいつまで。
おれたちはおれたちなのだろうか。
「けど、なんだよ」
あ、話、聞いてたんだ。
大兄貴にはきっと関係ない、おれだけのよくわからない気持ち悪さなんだと思ってた。
でも、大兄貴も。
そして、あいつらもみんな。
同じなのか?
「やっぱ、ちがうよな」
なにが違うのか、おれは言わなかった。
おれの馬鹿な頭では、ことばにすることができなかった。
「……ああ」
頷いている大兄貴だってきっと、わかってない。
なにがこんなに不安定なのか。
そう、足元がぐらぐらして、上手く立っていられない感じ。
走ってる時は気にせずに済むんだけど、
立ち止まると、大地が揺れる。
すでに一度死んだ身だ。
この世に未練なんてない。
死んだ後どうなるかも知ってる。
消えること、二度目だ、感慨もない。
ないはずなのに。