堕落論


おれが求めていたのは、限りない強さ、それだけだった。
誰にも邪魔できない圧倒的な強さ。
いつかは誰かに利用される生き方を捨てて、
誰にも文句を言われない極みまで達することができるだろうかと。

向けられる感情が畏怖それだけでもよかった。
打たれてもびくともしない頑強さ。
硬質な守りを打ち貫く強大な力。

ただそれだけ。
誰にも負けない。
それだけの自負でよかった。

強いものほど強さに憧れる。
強さを求めるおれの周りには、いつのまにか腕に覚えのある猛者が集まっていた。
そのころのおれは、群れて行動することに興味がなくて、ただその強い力を持ったものたちの中にいることが嫌ではなかったから、そこにいた。
いつのまにか出来た暗黙の力関係も、その頂点に自分が据えられていることも、どうでもよかった。
群れの一員としていることの自覚が、まるでなかった。

当然のように、ただ集まっただけの群れは穏やかではなく。
頭と目されていた自分がその働きをしないから、内部から崩壊し裏切り裏切られる有象無象の塊と化すのも早かった。
おれはそれがわずらわしくて。
勝手に集まってきたくせに、いつのまにか決まりをつくって、その破綻をおれのせいにする。
そんなわずらわしさに嫌気がさして。

ある日、わずらわしかったすべてをなぎ払った。
力だけは強大でも、なにもわからない子ども、と思うことでおれを見下していた連中は、 おれの突然の反目(というのはあっちの主観。おれはおれのやりたいようにやっただけだ)に驚いていた。
それがまた腹立たしくて、抵抗するすべてを打ち払った。


消えろ。
すべて消えろ。
邪魔するものは全部。

気がついてみれば後に残ったのは。
おれと同じように血の付いた得物を握ったひとりの男だった。
いつのまにか背を合わせて立っていたその男は、集団の中で唯一、おれとおなじ側の存在。
集団の中にいるのは惰性で、規律や通底を気にとめなかった。
考えてみると、揉め事の発端もこいつだったのかもしれない。
でもそんなことはどうでもよくて。
群れでいることを理解できなかったおれたちが残った、それだけ。
ヤツはおれを邪魔しなかったので、おれはそいつを消さなかった。
それだけ。

楽しくて仕方ないってツラをしていた。
多分、大掃除をしたのが楽しかったのだろう。
おれは疲れたけど。
そいつは興奮した笑みを刷いて、おれに囁く。
「やんねぇの?」
好戦的な、どこか恍惚とした、ぎらぎらと濡れる双眸。
そこに映る自分は、冷たく冴えた色をしていた。

「意味がねぇ」
すでに終わったこと。
もう。
なにもかもこの手で終わらせた。
「そっか」
つまらなそうに息をつく。
おれとお前がやったら、確実にそっちが死ぬ。
わかりきっていたのに。
それでも男は本気でため息を。

「つまんねぇの」
肩に担ぐように下ろされた刀が硬質な音を立てる。
生き生きと躍動していた身体から、表情から、生命の息吹が消えた。
返り血をてんてんと滴らせる鋼。
温く吹く風はむせ返るような臭い。
どこかで塵を焼く白い煙がのぼっていた。

おれがほしいのは純粋な強さ。
それ以外なにもない、まっさらな強さ。

「おめぇ、名前は?」
自分たちの築いた屍の上で。
すでに興の冷めたような虚ろな視線が辺りを彷徨う。
「ない。適当に呼べよ」
名を持たないと嘯くその真意は測りかねたが、測ってやるほど親切でいるつもりはない。
相棒についた血糊を払いながら、一呼吸だけ考えた。
「……蛇骨、でいいか」
相手に対する確認ではなく、自分への確認。
余韻に浸ってでもいるのか、それまでぼんやりしていた相手が、呟きを聞きとがめて振り返った。
「あ? なんで?」
適当に呼べ、と自分で言ったくせに、不思議そうに眉根を寄せている。
けして不満ではなかったその響きを、おれはいたく気に入った。

「なんでもいいっつったろ」
「言ったけどさぁ……」
説明を求めるように見詰めてくる蛇骨の、まだ生々しい跡の残る刀を指差す。
ざわ、と風が柔らかそうな黒髪を(ところどころ血に染まっていたが)揺らした。
「お前の刀、蛇みたいだなって思ったから。それと、おれは蛮骨ってーんだ」
「なーんでおれがお前の名前にあやからなきゃならねーんだ?」
今度こそ不満そうな口調に、にっと口端を上げてみせる。
「なんでもいいっつったろ」
「……まぁ、いいか」
肩をすくめた蛇骨の刀がかちゃりと鳴った。