印愛35以上で最後の日、市の商人トッズへ告白した女分化レハトの、キャラなしエンド後の話です。
ヴァイルの好友35以上、好愛やや高いが湖へ連れて行くにはゆかず。
ヴァイルや7代目国王など、その後の世界や性格すらも捏造しています。許せる方はどうぞ。
なお私の書くものはたいてい竜頭蛇尾で終わります。そしてこれもそうです。
また作品として致命的なお願いですが、誤字脱字設定のミスなどあると思いますが、大目に見てやってください。
(Pixivからキャプション抜粋)



Teo Torriatte




篭もりが開けて、レハトと最初に会ったときのことを、今どうしても思い出す。
俺は男で、レハトは女で。ちょっとは期待していたんだ。どうして女なのかなって。
だから本当に、贔屓目をなくしても本当に綺麗で綺麗ですごく可愛くて、でも不思議に艶やかなレハトを見たとき、つい尋ねてしまったんだ。
だけれど、レハトから返されたぽそぽそと小さく、そして蕩けるような声は、そんな気持ちを木っ端微塵に打ち砕いた。
 好きな人が、しっかり準備して待っててねって言ったんだ。次に会ったら、もらってくれるって。
星の光を溶かし込んだようなきらめきのある瞳は、語った言葉とは裏腹に何故か悲しそうに床を見た。
でもそれも一瞬のことで、長い睫毛を揺らしてレハトは俺を見た。そして甘い色の唇が華を咲かせるようにまた開く。
 だから立派な大人に、女になりたくて。神様にすごくすごくお祈りしてお願いして、……あと自分でも頑張ってみたよ。
分化したてとは思えないようなボリュームのある胸を張り、レハトは得意げに微笑んでみせる。その仕草は昔を思い出させて、何だかとてもやるせなかった。
俺じゃないんだ。俺のためじゃないんだ。……そこまで落ち込んでみて、でも、まあ、そうだよな、と俺は思い直す。
皆が期待するような、俺もまあほんの少し夢想していたような、そんな色恋沙汰にはならなかった子供時代だ。
王候補というにはあんまりにもか弱くて、俺はいつもハラハラ心配してたっけ。レハトは優しくて素直で優し過ぎて、人を疑うことを知らない子供だったから。
レハトがいくら村を好きでも帰してあげられないし、帰したくもない。でも小さいレハトは幸いにも城も大好きだと言ってくれた。
帰りたくないよと、不思議そうな笑顔で答えられたときの感動を、俺は今でも忘れていない。
レハトが幸せなら、まあいいや。俺ではそれを授けても与えてもあげられないようだし。――自分がそうなりたい希望は夢は気持ちは、篭もりの眠りに捨ててきた。
何でこんな風にレハトを想えるのか、本当に自分自身が不思議で仕方なかった。こんなふわふわした、甘くて泣きたくなるけれど幸せな気持ちがあるなんて。
レハト、レハト、レハト。凄いや、レハト。レハトはやっぱり凄いんだ。だって俺をすっかり全部作り変えた。
ああ、レハトはやっぱり俺への神からの慈愛だ、頑張って頑張った俺へのご褒美なんだ。
だから俺は頬を染めて笑むレハトに向けて、楽しみだなって、笑って言えたんだ。そのときは、純粋に。
鏡のような友には少し遠く、だけれどレハトは誰よりも大切な俺の宝物には違いなかった。


◆◆◆


大人になってからの暮らしは、分かっていても窮屈で、大変で、退屈で、刺激的だった。
前王に学びながら現国王として采配をふるう。そこまではまあよかった。よくないのは、ひとりの、大人の男としての振る舞いだ。
麗しのレハトは何人もの何十人もの、いや何百人かもしれない求愛者を、子供時代との差に困惑しつつもうまくかわして――いや、いなしていた。
そうだな、そうだ……レハトは立派な大人になると、愛した相手と約束したんだ。
きっとお断りに疲れ果て、病んでしまうかもしれないと危惧していた己が恥ずかしかった。
下心なんかない、レハトが困った際には颯爽と現れ救ってみせようと、物語にあったかのような衛士気分でいたのは確かだ。
宝物、宝物。それからも衛士気分はすぐには抜けず、俺はレハトをそうっと壊れ物のように扱っていた。だって宝物だ。
だけれどそれを、周囲は良しと見なしはしなかった。
国王を顎で使う悪女だと、ひそやかな噂は事実を面白おかしく誇大して、そこかしこに舞い散らばった。
――あの唇はどうだ。啄ばめと言わんばかりに誘い匂っているではないか。覗き見える舌はどうだ、あれは情欲を頬張り味わうために蠢いているだろう。
――あの細くしなやかな指は男を愛欲の夢へと落としめすためのもの。ああ、ああ、あの貪りたくなる卑猥な肢体を見ろ、あれできっと若い国王を骨抜きにしているのだ。
下衆どもが。
……あれほど怒りを感じたことは今もない。あんな昔のことなのに、思い返すだけでも胆の底の方から、今も重く熱くどす黒い何かがせりあがってくるのが分かる。
俺は王となって良かったと、神に深く感謝し祈った。ああアネキウス、我らの神よ。あなたの選んだわたくしが、これから虫けらを潰します。どうか山へは召さらずに。去ねや、この世界から。
俺としては精一杯に素早く綺麗にしたつもりだったのだけれど、その下品で悪い噂話は風に乗る羽毛のように軽やかに、レハトの耳に届いてしまった。
何もない小さな子供部屋。あの一年を過ごしたかつての場所に、レハトは泣きぬれて佇んでいた。一人にしてと頼んだ言葉に、皆誰も顔伏せ、そうしてその中には入れずにいた。
でも俺は扉を開けた。さっと流れた冷気の風に、窓が開け放たれていることが分かる。今日も月は綺麗だった。その光に照らされて儚げな影をつけたレハトも綺麗だった。涙も。
こんな強引なことをできるのは、絶対の権限を持つ俺しかいない。第一これは俺が失敗した案件だ。レハトは瞬間はっとしたように肩を震わせた。
そうして俺を俺と見止めると露台に行きかけていた歩を戻し、その扉そばの壁を震える手で探った。指先がそこに触れたかと思うと、また何か溢れてきたのか壁に額を寄せ、レハトは小さな嗚咽を繰り返し始めた。
ぎゅっと自分を抱きしめるようにして、ただ静かに……うるさくしないよう、子供時代と変わらずに、誰にも迷惑をかけないように泣いていた。
暗い部屋の中で、俺はレハトと呼びかけた。レハトの後ろ頭がゆるゆると振られる。拒絶。それはレハトからは初めてだった。拒絶、拒否。
……嫌だ、と俺は感じた。レハトが俺を嫌がるなんて、そんなのは嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ。
気がついたら俺も泣いていた。国王なんて大人だなんて男だなんて知るものか。俺はぼろぼろ泣いて泣いて、どもりながらレハトに謝った。ごめん、ごめん、ごめんレハト。
下種な噂を真に受けて、レハトの愛が壊れてしまったらどうしよう。
レハトはこんなひどい妄想を生んだ城も、囃し立てた貴族の長たる俺のことも、ものすごく嫌いになるんじゃないだろうか。
レハトを守るつもりだったのに。レハトに幸せになって欲しいだけなのに。どうして皆は邪魔するのだろう。
ごめん、ごめん、レハト。俺が情けないばっかりに。俺が弱いばっかりに。
我慢できなくてわんわん泣いた。泣きながらぐすぐすぴーぴー鼻を鳴らしていたら、レハトが手巾で拭ってくれた。レハトの鼻も真っ赤だった。
 ごめんねヴァイル、ヴァイル、ヴァイル。僕分かってるよ、知ってるよ。いっつもいつも、ヴァイルが僕のために良くしてくれてることを。
 ごめんねヴァイル、それなのに、それなのに。僕はヴァイルに迷惑かけて。ヴァイルの頑張りに、冠に傷をつけてしまった。
 ごめんねヴァイル、ごめんねヴァイル、ごめんね……。
その泣き声を聞いたとき、俺の体は勝手に動いて勝手にレハトを抱きしめた。
柔らかいのに細くって、甘くて華のようないい匂いがして、何かしっとりしていて、そそるところはすごくすごく厚みがあった。
たぶん俺の体はレハトと逆で、かたくてやたらに筋が張っていて力ばっかり強くて、きっと汗臭くてぶちゃぶちゃ変な匂いがしていたに違いない。だって男だもんな。
そうだ、そう。ああ、俺もレハトもこんなに体は大人になった。でも大人はこんなに泣いちゃいけないのに。泣くはずないのに。どうしようもない言葉が、思わず口から吐いて出る。
レハトの肩口をびしょびしょにしながら俺はそっとその身を離した。レハトもぼろぼろに泣きながら洟を啜り上げた。初めて見る顔だ。すごく可愛かった。
 だってだってだってヴァイル、母さんが死んだとき僕は泣かなかった、泣けなかった。いつもいつも何だか泣くことができなくて、いつもずうっとこらえていた。
 だからきっと仕方がないんだよ。子供のときに思い切り泣いていないから、泣いていなかったから、たぶんその分の涙の水が、体と心に溜まっているに違いない。そしてきっといつかは溢れてしまうんだろう。
 たぶん、今がそのときなんだ。僕も、ヴァイルも。
そこまで言って、ぐ、とレハトは下唇をかみ締めた。続く言葉が嬉しくて、俺はまたわんわん泣いてしまった。
 ――だっていつもヴァイルは我慢して、我慢して、いっぱいこらえていたじゃない。泣いて、泣いてよヴァイル。君が辛いんなら、僕も一緒に泣きたい。
俺はレハトの手を握り締めた。レハト、レハト、レハト。やっぱりレハトは凄いんだ。だって今まで一人で泣いたときは多くても、こうして一緒に泣きあうってことは初めてで。
面白いね、悲しいから泣いていたのに、どうしてこんなに幸せなのかな。
それにこの枯れない涙はどこから来るのかな。レハトはいつでもなんでもどういう意味でも、俺の内側をたっぷり潤してゆくね。ああ、本当にレハトはアネキウスの慈愛そのもの。
その日は結局、手を握り合ったままで、俺たちは夜更けまでわんわん泣き合った。



◆◆◆


それから暮らしぶりは変わったかといえば、そうでもない。俺は変わらずレハトの衛士気取りで過ごしていたし、レハトはレハトで求愛者をばったばったとなぎ倒していた。
ただちょっと距離はできた。でもそれは何だろう、身体的なものであって、精神的には今までよりずっと近くにあった。と、俺は感じている。
一緒に呑む夜半の酒盛りの回数は減ったけれど、明るい内に済ませる食事の回数は増えた。
舞踏会はいつも俺がエスコート、という訳ではなくなったけれど、俺が一曲目に踊るダンスの相手は絶対にレハトだけになった。
城外の行事へレハトを伴う機会は減ったけれど、渉外官たちが土産に持ってくる外の色んな話を、二人してワクワクしながら待つようになった。
泣きたいときはなるべく互いの前で泣いて、憤ったときは互いの顔を思い出して何とかやり過ごそうとした。喜ぶときはもちろん一緒だ。
子供時代より今の方がよっぽど子供のようだと、長い付き合いの侍従長には微笑まれた。ふいにレハトの真似をして、そいつの名前を呼んでみたら、泣かれたのには驚いた。
そうしている内に、はじめの予定より長く留まってくれていた伯母さんが、もう大丈夫だろうと笑ってランテの地へ去り、レハトの大好きな侍従たちも仕えることができて幸せだったと、涙ながらの笑顔でまたそれぞれの道へ去って行った。
俺は不思議な気持ちでそれを見送った。今までありがとう、これからに幸あれ。そんな思いが心を占めていた。
……レハトがここにいるから、という前提だからかと振り返ってみたけれど、やがてはレハトもいなくなるのだ。……だのにと、自分自身が本当に謎だった。
たぶんこれもまた、レハトのお陰だと俺は思う。レハトは本当に凄いから。レハトがそばにいるだけで、レハトのことを思うだけで、俺はこんなにふわふわできる。
レハトにそう言うと、しばらくの間呆けた顔でこちらを見られた。すごく可愛かった。思わず見つめ返してしまうと、レハトはにひゃっと微笑んだ。すごく可愛かった。
 ヴァイル、ヴァイル。僕も君にそう思ってたんだよ。いつもいっつも、どうしてこんなに優しい気持ちになれるのかなって。
 ヴァイルはすごい優しいから、その優しさが僕にうつったんだって。いっつもいつも、そう思ってた。
 ヴァイルの方が、すっごいんだよ?
――寵愛者だからか何なのか、俺は酒には結構強い。ただそれでも体はきっちり反応する。酔わないわけでもなく、体が冷えるわけでもなく、そう、その反対だ。
初めて発熱したと自覚したときのことも戸惑いも、いまだにしっかり覚えている。何が何だか分からないけど、暑くて熱くて痛くて辛くて。
頬だけでない、顔全部が赤くなっていると言われて、小型の鏡石を持ってこさせて確認したのも、もちろん昨日のことのように覚えて、覚えて……ああもう。
そしてこのときもそうなった。らしい。とにかく首の根元まで熱い。言葉は熱のせいか何だか、口の中で絡まって満足に一言、一呼吸、いや音すらでやしない。
病気のようにどこもかしこも熱いのに、酔ったように嬉しくてクラクラして、もうもうもーう飛び跳ねたい気持ちで一杯だ。
そうして顔を真っ赤にして何も言えずにへにゃへにゃ笑っていたら、レハトもふにゃーと、顔を赤くして笑ってくれた。すごく可愛かった。
その後しばらくの間、レハトと顔を合わせると、ふわふわ?と尋ね、尋ねられればふわふわ!と返すことが御約束となった。ふわふわ言うレハト自身がふわんふわんなのにな。すごく可愛かった。
だけれど、たまにレハトが露台から憂いの眼差しで湖を見るようになったのが、気がかりといえば気がかりだった。



◆◆◆


そうこうしている内に、ようやく国政が落ち着いて来た。前王の時代は混乱から始まった。様々なことで状況が二転三転と引っ繰り返ったり色々あったようだが、表向きには波乱もない良い治世とされている。
俺はどうだと問われれば、さすがにまあいいんじゃないかと返すだろう。五代目が最期の最期まで耕し地均しまでしてくれたこの国を、俺が誰の眼にも明らかなほどに、荒れ果てさせるわけにもいかない。
彼と同じく、表面上は何もない穏やかさが続いていた。だが口に出せないほどには多々あった。それだけだ。レハトには話せない。ああ、それだけだ。
ちょっとすると、七代目の国王候補が王城にやってきた。すでに年は片手近くにもなっていた。生まれたことは分かっていたし、どこにいるのかも知っていた。だけれど無理矢理は躊躇われた。
ずっと密に連絡を取りながら更に緻密に守り通した誠意が実ったのかどうなのか、現れた彼の一家は緊張した面持ちで俺の前で頭を垂れた。
涙を流して必ず、必ずと地に頭を付け縋るように頼み込む親を見て、俺の胸にどうしようもない突風が渦巻いた。俺が得られなかったもの、俺がなれないもの。羨ましかった。
だが、そんなときにも俺のレハトだ。
柔らかなレハトは彼らの前に舞い降りるように歩み寄って、どうぞご安心ください――ヴァイル王はお優しい方です、と床に着け薄汚れた親の両手を救いあげ、かたく握り締めたのだ。
ごめんレハト、今ちょっと俺、意地悪なこと考えちゃってた。
それからは比較的和やかに、事が進んだと俺は思う。レハトはやっぱりすごい。レハトが微笑むと世界が柔らかいものへと変化してしまう。年若い寵愛者も頬を染めていたし。少し引っかかったけど、俺も大人だし流してあげた。
国王候補の修練や勉学はそれはもう大変なものだった。何せ俺もレハトも幼い彼が可愛くて可愛くて、ついつい甘やかしたりしたからだ。後にそのときのことを彼に聞くと、お断りするのに大変苦労したと微笑みながら返されてしまった。だって嬉しかったからって。
その頭に詰め込んで体に覚えさせる行為はさして苦ではなかったようだ。もちろん実の親との深い交流も心がけて、俺とレハトは愉快な兄たちという位置づけで彼に接していた。愉快、愉快……いつの間にそうなったのやら。ああ。
一番やらかしたのは、お茶の時間でのレハトのとあるおふざけだろう。あの顔であの声で、土豚のいななきをそっくり真似てみせたのだ。私的な三人だけの場だったが、三人だけで本当に良かったと思う。俺も彼もお茶の席も、大惨事となったのだ。でもすごく可愛かった。
その後、レハトは侍従たちにこってりしぼられた。庇った俺も怒られた。それを庇った三人目の寵愛者も怒られた。あのとき確かに俺たちの心はひとつになったと思う。なってもどうだと思うけど。
もちろん楽しいことばかりが続いたわけでもない。けれどそれは踏ん張って頑張って、俺とレハトと彼と、取り巻く協力者たちの尽力で何とか乗り越えた。



◆◆◆


様々な視察も、同行するのは彼になった。舞踏会も、俺の真横にいて大袈裟な口上を聞く人間は、レハトではなく彼が常となった。レハトは俺と一曲目のダンスは踊るが、それだけだ。
御前試合の天幕にもレハトは入ってこない。誘うなら彼でしょうと笑って言われた。レハトが観覧する天幕も俺の場所から遠く離れたところになった。ただ時折目が合う。そのときは微笑み合った。
レハトの衣装や髪型も変わった。今まではどうしようもなく男を魅了するその体を、夢見がちな乙女の心のままな、淡く優しいドレスで押し隠していたのだ。
押し隠すのは変わらない。だけどその色も形も、深くひっそりとしたものに、誰がどう見ても地味そのものなものへと変わってしまった。それもすごく綺麗だった。
けれどやっぱりちょっと寂しくもあった。気付けば自分を示す一人称も、子供時代の表し方は使わなくなっていた。
それからまた、レハトへの求婚が活発になった。八代目の誕生に賭けようとする輩もいたというわけだ。もちろん俺にも。いわゆる適齢期はとっくに過ぎたというのに。
まあ一番被害をこうむったのは他ならない七代目の候補者だろう。とある日、ひどい猛攻を受けたようで――レハトの膝を借りてくすんすんと鼻を鳴らしていたのを見かけてしまった。
印に迫る大きな大人が怖い、貴族の緑子も額を見つめて気持ち悪い。そう述べる彼の頭を、レハトは優しく撫でていた。ちょっとどころじゃない、ものすごく羨ましかった。
でもそうした羨みから離れてその場を見ると、悲しくも美しい、何より愛おしいこの情景が、まるで一幅の絵画のように感じられた。
神聖なものといえば神殿側から怒られそうだけれど、何しろレハトと彼は神が遣わした寵愛者だ。ましてレハトはアネキウスの慈愛そのものなんだし。
とにかく俺がその尊さに見惚れていると、彼らの会話を二三聞き逃してしまったらしい。唐突に耳に飛び込んできたその言葉に、俺の胸が強くしまった。
レハトはヴァイルをどう想っているの。王配になぜならないの、ならなかったの。――無邪気な声を装って、それは鋭い一刺しを放っていた。
国王候補の質問に、レハトは美しく微笑んだ。分からないかしらと歌うような声が俺の元にもやってくる。その言葉の続きが怖くて、だけれど聞きたくて。
たとえば手を。そう言ってすっかり白く細く滑らかになった手を、レハトは緩く振り上げた。貴族の水で洗いあげたその美しさ。あの手ではもうすでに鍬や鋤も扱えはしまい。
そしてレハトは形よい唇をそうっと開いて続きを紡いだ。手を。
 たとえば手を、繋ぐことができる人がヴァイルなの。
……レハト、レハト、レハト。ああ、ああ、ああ、愛してる、愛してる、愛してる。
愛してる。
分かっている、手を繋いでも、強く手繰り寄せることも、そっと引き寄せることも俺にはできないということを。
分かっている、繋いだところで、絡まりあう指のような想いはそこに存在しないことを。
だけれど手は繋げるのだ。手は。
だったらレハト、俺はどこまでも歩いていける。この手があれば。ああ、ああ、愛してる、レハト、本当に。本当にレハト、レハトを愛している、ああ。
……俺が強い感慨に浸らざるを得ない中でも、レハトと少年の会話はまだ続いていたらしい。何かへのお礼と謝罪の言葉が、レハトの口から出たようだった。
やっぱり引っかかったけど、俺も大人だし。流してあげた。
それからしばらくの間、国王候補は元気がなかった。
レハトは露台にいる時間が増えたようだった。



◆◆◆


少年は14歳になった。俺ともレハトとも違う、14歳の寵愛者がそこにいた。不思議な感じだった。14歳なのだ。
久方ぶりに再会した従兄弟にそう言うと、彼はふんと鼻を鳴らした。印を持つ者は基本変わらん、そして誰でも年はとるだろう。そんな口調すらも、いや何もかもが懐かしかった。
赴いた屋敷で、俺と彼とで色々なこれからのことを深く話し合い取り決めると、……ではまたなと彼は慇懃に手を振った。これも不思議な感じだった。
俺は笑ったつもりだったが、何だか泣いていたらしい。昔と変わらずに大袈裟に驚いた従兄弟は、だが昔とは違い次には落ち着いて俺の両肩を支え持ってくれた。
情けない俺の顔を上げれば、そこには大昔に見た覚えのある、優しい笑顔が浮かんでいた。
結局俺は眦を染めたまま王城へと帰ることになった。
話したいこともあったし、何より無性に顔が見たくなって、夜分にも関わらずレハトの部屋へその日の内に赴いた。もちろん、レハト付きの侍従たちは皆渋い顔だ。
だけれどレハトは優しく柔らかく俺を出迎えてくれた。露台に佇み月光を浴びながら、レハトは美しく微笑んでいた。すごく綺麗だった。
レハトはもうすでに寝衣に着替えていたようで、素朴な感じのする――たぶんワンピース、ネグリジェ、というようなものを纏っていた。
肩にはずいぶん前、子供時代の昔に年若い侍従が刺してくれたという、見事な刺繍のついたケープを着けていた。自分で手直ししたのといつかの日に笑って教えてくれたっけ。
長い髪の毛は緩く編まれて腹辺りに毛先を下ろしていた。昼間は大体結い上げられていて、そればかりに慣れていたせいか……何だかとても気恥ずかしく感じられた。
思えば素のレハトとは、だいぶ長い間会っていない。それは大人になったから、男と女に別れたから、……恋人でもなければ夫婦でもないから、仕方ないことだと確かに思う。
村で過ごした時間より、俺と共に城にいる時間の方がすでにだいぶ長い。ということは、俺もそれまでの人生より、レハトを得てからの生の方が長いというわけだ。
こんなに長いのに、こんな傍にいるのに、まだまだ俺はレハトを全部知らない。むしろ知らないことの方が増えている。俺の知らないレハト、俺が分からないレハト。
以前だったらきっとそれが怖かった。そんなの当たり前だという顔をして、分かりたくて分かって欲しくて、どこかで小石を蹴り上げていただろう。
いつでも一緒に。いつも一緒に。そばにいて欲しい、そばにいたい。いっそどちらがどちらと分からない程にとけあいたい、とろけたい。
二人で神の慈愛になる程に、肉も、欲も、愛も。そんな風に願う若い自分もいる、いやいたのだ。
だが俺は俺でレハトはレハトだ。分かり合えないからこそ分かり合いたいと思うのだ。とけあうことができないから、分かち合うのだ。肉を、欲を、愛を、慈愛を。
……そんな風に考えていたら、また俺は泣いていたらしい。レハトの小さな両手がそっと伸びてきて、ふわっと俺の濡れた両頬を包み込んだ。
こんな指先が冷えて、レハト。一体どうしてそこにいるの? そんなにそこにいたいの? 何を望んでそこにいるの? それを思うとまた俺の眼から涙がぱたぱたと溢れ出る。
 大丈夫、大丈夫、ヴァイル、大丈夫だよ。
 ヴァイル、ヴァイル、ヴァイルはすごいよ、ヴァイルはいっつも頑張っているよ……。
間近から鈴が転がるような愛らしい声が俺に降り注ぐ。涙でぼやけた眼を瞬いて、俺はレハトの顔に向き合った。すごく綺麗だった。本当にすごく綺麗だった。
レハトが寵愛者だからか、それとも彼女だからかそのふたつともが理由なのか、加齢という事実があってもレハトはなお美しかった。正直、現実味がないほどに。
だから。だから、俺はすごく怖くなって、辛くなって、悲しくなって。
帰りの鹿車に揺られながら、レハトの部屋に入るまでずっと繰り返し頭の中で練習していたそれを投げ捨てて、つい、つい、つい本音を――言ってしまったんだ。
ねえレハト、レハト。そばにいてくれる? ずっと俺のそばにいてくれる? どこにも行かないで、ねえレハト。
俺の頬を包み込んでいたあの柔らかで滑らかで、しっとりしていて細くて白い、けれども今は静かに冷たいその掌が、きゅっとかたくなった、気がした。嫌だ、嫌だ。
レハトの表情は変わらない――と思った瞬間、ふうっとレハトが瞼を伏せて息を吐いた。その口元は頬もあわせて笑っているように俺には見えたので、ちょっとだけ、ちょっとだけ俺も肩の力を抜いた。
でも言う前より言った後の方が怖いなんて。何してるんだろう、何てことしちゃったんだろう。ああ、嫌だ、怖い怖い怖い。怖いんだ。
レハトの返事が何であってもたぶん俺は納得しないだろう。いや、俺は俺自身を恨んで憎んで責めるだろう。今このときでさえ、俺は自分が憎くて仕方ないから。……俺は慌てて言葉を紡いだ。
今日は俺が退位した後のことを話に出かけていたんだ。おそらくランテの領主として住むことになる、その際にはレハトもよければ、できれば一緒に来て欲しいなと、願っていて、お願いしたくて、……。政治、そう、政治的なこともあるし!
結局色々考えたことの毛先ほどもレハトには言えなかった。たぶんそれと同じくらい誤魔化せてはいないだろう。
ただ俺たちは大人になって、話せないことも増えて、知らないところも多くなって、そして笑い合うことで、すべての辛さを押し隠す術も身に着けていた。
俺の馬鹿な発言に、レハトはやっぱり笑って微笑んで、こちらを優しく見つめて。
 ありがとう、ヴァイル。
そう言って、軽いくしゃみをひとつした。



◆◆◆


……それからのことは、あまり思い出したくない。
継承の儀を控えて多忙を極める俺と候補者とは反対に、レハトはゆっくり穏やかに過ごしていた――過ごさざるを得なくなっていた。
誰しも過去の自分を思いっきり張り倒したくなるような、そんな思い出のひとつやふたつはあるだろう。俺はこのときの自分自身に決闘を申し込みたい。そしてむちゃくちゃにやっつけてやる、絶対に。
このときの俺はといえば、第二のレハトのような、土壇場での素晴らしくも恐ろしい出会いがあるかもしれないと、内心戦々恐々ともしながら期待の面持ちで毎日を執り行っていた、いたのだ。
寵愛者は丈夫だという理解が心の底にもあった。病すら普段は避けて通ると、……これまでの寵愛者がそうだったように、俺がそうだったように、身体だけは無駄に丈夫で。
あるときから道ですれ違うこともなくなった。ふとした折に広間に赴いても、レハトの残り香すらそこにはない。暖かな日差しを受ける中庭にも、迷いを隠す大きな朽木にも、騒がしく埃っぽい市にも、彼女はその姿を現さなくなった。
それに気付くころ、レハトは御前試合の観覧や舞踏会や園遊会にも出なくなり、そして月に一度の寵愛者たちの食事会すらも、とうとう、ああ、いよいよもって。
俺は呆然としながら、たくさんの医士たちの間を割ってレハトのそばへと歩み寄った。華のような甘く芳しい匂いはどこにもない。レハトの部屋は押し寄せた人の群れに埋め尽くされ、汗臭さと薬臭さの混じった不快で不愉快な香りで満たされていた。
寝台の中で、それでもレハトは困ったように眉を寄せて微笑んでいた。顔色は青白く感じられ、唇はこれまでにないほどに薄く、薄く白かった。額の印がやけに目立って見えている。
 こんな大袈裟に、ヴァイル。
自分付きの侍従に口止めしておいて、何が大袈裟なのか。それなら何で体の具合がおかしいと感じた初めの内に、医士に相談しなかったのか。今は忙しいから迷惑だろうと、どうせそう考えて――逃げたんだろ、レハト!
俺はぐっとその言葉を飲み込む。結果的にレハトは放っておかれたのだ――俺はレハトを放っておいたのだ。あれからどうにもレハトと顔を合わせることが心苦しくて、言い訳をつけては、なるべく離れようとしていたのだ。
そばにいて、と願ったくせに、何で自分から離れてしまうのか。追いかけて欲しかったのだろうか、縋って欲しかったのだろうか。
……ああ、俺は欲張りで我侭だ。どうして今頃の今更、こんな齢にもなってから、諦められなくなったのだろう。終わりが見えたからこそ、何もかも抱き引き連れたくなったのだろう。そんなものは、もっと幼い時分にやるべきことだのに。共にどこまでも、いつまでも。
……レハトの病名ははっきりしなかった。痛みも辛さもレハトは一切訴えなかった。ただ緩やかに、死へと向かっていることだけは伺えた。なぜ、どうして、どうして、なんで。
俺がそう口をつくと、レハトは長い睫毛を瞬かせた。そして歌うように話し始める。
 ローニカが言っていたよ。あり続けるための意味を失くしたときに、人は山へと旅立つのだろうって。
 だから、きっと、たぶん。たぶん。
……それでもレハトは耐えてくれた。候補者の成人姿を見なきゃねと微笑んで、飲み辛い味の薬湯に挑戦し続けたり、神殿側からのよく分からない祈祷を受けたり、やつれていく体とは相反して色々頑張った。頑張ってくれたんだ。
俺はといえば実はそこらへんの記憶が曖昧で、ただ国王としては非常にまともな働きをしたようだった。むしろいつもより冷静でかつ穏やかに過ごしていたとは周囲の弁だ。
だけれどたったひとり、そうではないと俺に突きつけた奴がいる。もちろん七代目だ。そういうこいつだって、内心をぐっちゃぐちゃに荒れさせていた。それはよく覚えている。ひどい混乱に歪んでいた眼をしていたのだ。そして奴曰く、俺のは死んでいたらしい。
結局七代目のもうひとりは現れ出でなかった。この世にいないのか、叢の奥深くに隠れたか、とにかくもうどうだっていい。いたとしても、そいつは俺たちにとってはもういないと同じだった。
ああ、俺のレハト。俺の、俺だけの、俺のためのレハト。俺の前の奴らも俺の後の奴らも、こうして手を繋ぐことなんかきっとできやしないだろう。羨ましいか、妬ましいか。
お前たちは羨みで血の涙を流せばいい、俺は絶望で泣くだろう。充足を知った後の虚無感は、どれほど人を打ちのめすのか――俺はまもなく知ることになるからだ。
俺はレハトの慈愛で生きてきた。レハトは神の慈愛で遣わされたのかもしれないが、だけれど神はそれだけだ。
俺に微笑み俺を笑わせ俺を泣かせて俺を喜ばせる、そんな恵みを降らせたのは、レハトの慈愛だけだった。そこには神の手なんかありはしない。あるのは柔らかくしっとりしていて、細くて白い、いい匂いのするレハトのすべてだった。
レハト、レハト、俺のレハト、俺の俺の俺のレハト。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。神よアネキウスよ、レハトをさらって行かないで。
やめろ。やめろよ。やめてよ。やめて。
ねえ、いくらレハトが優しいからって、今更もったいなく思ったの? 
あんたはずっと分化もしない子供のまんま、いつまで我侭通して馬鹿な仕打ちを楽しむの?
俺たちずっと頑張ってきただろう、こんなくっだらない印をつけて、あんたはそんな不幸を狙い撃ちして。
足らないよ、見合わないよ、全然割に合わないよ。
だから俺からこの世界から、レハトをこんな早くに連れてかないで。
ああ駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だってば。
ああレハト、レハト、レハト、レハト。
ああ、レハト、俺はあんたを愛してる。愛してる、愛してる。今の俺ならアネキウスだってぶん殴ってみせる。
レハト、レハト、お願いだから行かないで。お願いだからそばにいて。
レハト、レハト、ああレハト、俺の俺のレハト。
本当に、本当に愛してる、愛してるんだ、レハト。
誰にもやらない、誰にもやらない、誰にもやりたくないんだよ。誰にもあんたを渡さない、何にも誰にも渡したくない。
たとえレハト、あんたがあの男の元へ行きたくとも。





◆◆◆



「待ってたよ」




◆◆◆



早朝。その日は珍しくなびいた雲が空に不思議な模様を描き出していた。陽の光のせいか、雲も微かに色づいて見える。雨を呼ぶ代物ではないことが、このときは恨めしかった。
ぼんやりと露台からその朝を眺める。何だかもうどうでもよくなって、ふっと部屋の方へと振り返れば、床に顔をこすりつけ拳を何度も何度も叩きつけている青年がいた。
俺の朝には色があったが音はなく、七代目が号泣していることに気付くのに、ほんの少しの時間がかかった。慰めなければとそばに寄れば、寝台の白い塊が目に入る。あれは。
あれは。




ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ……ああ、俺の、俺の。俺の、ああ……………………。



急に音が世界に戻った。余りの騒音に息を切らすと、何だか妙に生臭い味が口の中を満たしているのに気がついた。どうにも少し記憶がとんでいるようだった。
そしてそれを血だと確信した瞬間、七代目の拳が俺の左頬に綺麗に決まった。七代目を制止する悲鳴や叫びが侍従の間からわき起こる。俺はためらわずその生意気な右足の膝下、ふくらはぎを思い切り蹴ってやった。俺より背が高くなりやがって、くっそう。
やはり基本は脚だな。七代目はなぜか鼻血も垂らしながら片足を抱えてうずくまった。よく見れば頬も物凄く腫れている。脚は折れちゃいないが、まあ折れてもいいだろうよ、一本や二本くらい。俺は血の唾をぺっと吐き出して、にやっと笑ってやった。
俺の笑いを受けて、どう思ったのか七代目は泣き出した。どうした、脆いな、と思いながら促して、しゃくりあげて意味の分からない言葉の羅列を懸命に整理させる。まったく子供だな。――そう思ったすぐに。
どうして泣かないのか。どうして、あのひとが、あのひとがあのひとが去ってしまったのに。なぜ泣かないのか、なぜ泣かないのか、なぜ泣かないのか、このひとでなし。
だって仕方ないだろう。俺はあれからこれまでに、たくさんあいつと泣いてきたんだ。だからたぶんその分の涙の水が、たぶん全部枯れ果てて、枯れ果てているに違いない。うん、きっとそう。
けれども、七代目に向けて口からこぼれた言葉はそれと違った、違ってしまった。
お前、お前、お前。お前、俺が泣いてないと思うのか。
実際泣いてなかった。
まるで酔っ払いの妄言だ。でも七代目ははっとして、何だか納得したように、その眼を下方へ向けた。そうして小さな声で謝られた。ごめんなさいって。
うん?と不思議に思いながら俺は自分を見直してみる。服の片袖がビリビリに破られていた。人差し指の爪が剥がれかかっていて、腕には長く赤く盛り上がる引っかき傷。猫でもいたのだろうか。
よく分からないが、まあ引き分けだなと思うことにする。いいんだ。いいんだ、俺も大人だから、一人で盛大に沈んでいるわけにもいかない。
それからひとりを欠いたふたりだけの俺たち寵愛者は、それでもたまにくだらない理由でよく喧嘩をするくらいには仲良くなれた。実は前からこうしたかったんだよ、あいつほんっと糞生意気だし。豆は悪に決まってるし。





◆◆◆



そうして七代目がようやく立ち直れたころ、俺はご大層な鹿車の群れと共にランテの館へと住まいを移した。勝ち逃げかと泣きながら奴は俺を罵ってきたが、俺はその洟を拭ってやって肩を叩いた。
いつまで子供でいる気だよ、結婚までした癖に。そう内心思いつつ、けれどもどうしようもない愛しさがこみ上げてくる。こんな図体もでかくなったのに可愛くて可愛くて、本当にどこまでも憎たらしい奴だ。
何だかあの嫌味な従兄弟になった気がする。後にそう御本人様に語ってやったら、驚いたことに本の背で頭を叩いてきた。うわ、そんなことしていいのかよ。そう慌てると、従兄弟は涼しい顔を俺にしてみせた。本は古く、著者の名前はディレマトイ。
――今、俺とその従兄弟殿とは互いの顔を肴に月見酒と洒落込んで、昔の様々を語り合っている。そうだな、今なら正直に、素直に、全てを。まあ、あけすけにって訳にはいかないけど。
夜半にさしかかって、従兄弟が少し舟を漕ぎ始めた。俺はふっと微笑んで、もう一度、露台から広い夜空を仰ぎ見た。
……ああ、月が俺を見てる。海なんて、海なんて今はもうどうでもいい。俺には月だ、月に決まっている。月がいい、夜のこの月が。ああそうだ、太陽の半身、俺のもうひとり――そうだったひと。レハト。
杯の中、月の写し身を俺はたまらず呑み干した。


いいんだ、いいんだ、いいんだ、もう。
いいんだ。
もう、いいんだ。




だからレハト。レハト。レハト。
どこへなりとも行っちゃえよ。




(END)