ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう! そんな感じです。厨二感覚というか悲惨な境遇からの大逆転!みたいな? チートレハトで、何気にハーレムルートです。でもエンドで毒殺されそう。テ……なんとかさんが下手人で。 あ、もちろんトッズは印愛一番に決まってます。決まってます。
しかし突発的に書いてしまったので、文章とか焦った感じがアリアリですね。
くるくるまわる
人は山に帰るという。そして天に昇れぬ輩はまた、この野に生まれ出でるために山を降りるという。 ……僕には記憶があった。今の自分ではない、この前にひととして生きたときの記憶だ。 とはいってもそれらはたいてい薄ぼんやりしていて、繋ぎ止めないとどこかへ去って行きそうなほどの代物だった。 だけれど、中には今も色鮮やかで音もうるさいものもあった。何某かの思い出、感情、知識。 そうしたものは今も心の中で跳ねるようにして生き続けている。 でもそれは別にたいしたことじゃあないんだ。 問題はみっつある。 ひとつは、この僕が、あり得ないはずの、二人目の寵愛者だということ。 ふたつめは、……しかしそれでもなお僕は、ただのちっぽけで無力な子供だということだ。 そしてこれらが正しいのなら、……僕は母さんを守りきることができないのだ。
◆◆◆
ああ……と少年は溜息を吐きながらその瞳を開いた。そして涙で濡れたその頬に気付くと、拭おうと利き手を動かそうとする。 「っっつ!!」 小さな悲鳴がその唇から漏れた。腕は動かない。そして恐ろしいほどの痛み。それは腕だけではなく、脚や胴体、頭からも暇なく隙なく彼を責め立てる。 一番の痛みは胸の奥からやってきていた。夢のこと、そして夢でないことを思い返せば、胸――彼の心が潰れんばかりに叫びをあげる。 「……あ、ああっ、起きたんだね! 良かった……!!」 動かない体、とめどなく溢れる涙、何も考えたくない心。そんなうつろな少年の顔を 覗き込みながら、壮年の男性は喜びの声を出した。 「……もう大丈夫だよ、心配いらないよ。君は助かったんだ。もう平気さ。 そりゃ体は痛くてどうしようもないだろうけど、君は若いんだからきっと大丈夫。全部良くなるよ」 それからその男は慌しげに大きな声で誰かを呼んだ。母さん母さん、起きたよ、レハトが目覚めたよ!良かった良かった……! 涙声のそれに、少年はその男に対して人が良過ぎるという感想を抱く者が、村の中でも多いことを思い出した。 ……そうだ、ここは僕の村だ。僕が育った村なのだ。 ようやく頭の中で何かがひとつ動き始める。チリ、とした何かの軋みも僅かに感じた。 「ああ、良かった! 本当に良かった!! ……今ね、薬湯を持ってくるからね、もうちょっと我慢しておくれよ! ああアネキウス様、本当に本当にありがとうございます……!」 アネキウス。ああ……と少年は思い返した。アネキウス、太陽……雨はアネキウスの慈愛。雨……雨、雨、雨。雨。母さん。 「……ぁ、ぁ、ぁ……」 ――あの日は雨だったのだろうか。いや、雨に変わったはずだ。 あの数日は雨が続いていて、頼まれた仕事がどうにも進まずに困っていた。なので晴れ間が見えたあの日あのとき、どうだろうと現場を見に出かけたのだ。 土はぬかるみ材木は濡れて、やはり作業できる状況ではなかった。その内にまたポツポツと降り始めて、慌てて家路についたのだ。 僅かな涙がやがては号泣のそれへと変わる。けぶるほどの大雨に、外套を持ってくればよかったと後悔した。粗末でも、前を見遣るには役に立つ。 なるべくしっかりした地面を選びながら歩を進めてゆくと、前の方から声がした。自分の名前を呼ぶ声だ。 うつむいていた顔をあげると、斜め前、大きな木の下に同じく粗末な外套をまとった母がいた。手には何かの包みを持っている。 嬉しさと驚きで走り寄れば、外套を持って迎えに来たのよ――間に合わなかったけど、と微笑まれた。優しい声だ。 僕はでもだけど当然ながら嬉しくて、ありがとうありがとうと言いながらそれを身に着けた。ほら顔を拭いて、と拭ってもくれて。 やむまで待っていてたら体が冷えてしまうわと、母は僕の体を心配した。結局僕らは家路を急ぐことにした。村はずれのつましい我が家はまだまだ遠い。 激しい雨のせいで、お喋りしながら帰る余裕はなかった。ぐちゃぐちゃと足元がぬかるむ。嫌だなと僕は思った。 この道の脇は崖のように高低差があって、夜やこんな悪天候のときには歩きたくない道だった。幼い頃からどれだけ母に気をつけてねとお願いしてきたことだろう。 母は割にうっかりしたところがあって、そのぶん僕が守らなければと思っていたのだ。母さん、ああ、母さん。 それなのに、あのとき。 ――少年は悲鳴を上げた。先ほどとは違って、大きく、大きく、この世のものとも思えぬような。
◆◆◆
白髪の老侍従は、眼の前の少年を凝視した。事故から二週間余りも経つそうだが、それにしては怪我の治りが遅いようにも思えたのだ。 彼がそう、であるならば、もう少し丈夫であってもいいのではないだろうか。と、そこまで考えてみて、いやそれとは訳が違うと、内心で頭を否定に振る。 心がくじけているならば、体とて勢い良く動けるはずもない。少年は母と二人暮らしでほかに一切の身寄りもなかった。彼ら家族は少年が赤子のころにやってきた、いわば余所者だ。もちろんそれ以上の素性を誰も知らない。 おそらく少年も知らないのだとローニカは考える。すべてを知っているのは、山へと旅立った彼の母、そのひとりだけだろう。 ……豪雨の日、前方から来た鹿車の横滑りを受けて、彼ら親子は崖下へと放り出された。母親は必死に少年を守ったらしい。貧しい生活の中、薄く軽い女の体は、さらに物悲しいことになっていたそうだ。 だが驚きはそのあとだ。少年は腕も脚も折れながら、泥と血塗れの体で血塗れの母を背負い、その崖を這い上がって来たという。 そして、母を助けて欲しいと意識を失うまで懇願していたとも。 しかしその祈りとも願いとも、少年の悲痛な訴えは叶うことはなかった。 「……間違いございません。これはアネキウスの選定印」 ……僅かに光る緑の御印。その額の下には、今は死んだように暗い眼がふたつ、ローニカを見つめていた。 頬もこけ、腕も脚もその体も、全て痩せ細って――まるで生きる意志を感じられない。聞けば食事もほとんどとらず、日がな一日部屋の隅を見つめて過ごしているそうだ。 忌まわしいその事故が起こる前までは、この幽鬼のような少年も、それでも神が定めた寵愛者としてのちからを見せていたらしい。 何でもできてしまう器用な子供で、教えたことはすぐに理解し忘れない。仕事も丁寧で早く、働き者だった。そして病も疲れも知らないようで、怪我をしてもすぐに治ってしまう。またなぜか惹きつけられる人間も多かった。 母子はよほど用心して暮らしていたのだろう、村人から与えられた少年の真の姿は、矛盾を多く含む断片的な物ばかりだった。ある者は彼を力持ちの働き者と褒め、しかしまた別のある者は淫らな雌猫と罵った。 ……しかし今は、その厄介な噂の面影の、ただのひとつも残ってはいない。今ここにいる子供は、死へ向かうひとの抜け殻のようにも見えた。 「……貴方様をお迎えにあがりました。どうぞ、私めと共においでください」 努めてにこやかに少年の顔を見遣る。寵愛者も当然ながら人の子と、頭の内でも経験からでも理解はしているつもりだったが、この眼の前の、もう何もかもを失った少年を見つめ続けるには努力が要った。 印の持ち主たれと叱咤したい気持ちと、だからこそ哀れに感じ愛しく抱きしめたい気持ち――それは老いたる自分にとっても中々不可解な心の揺れだった。 「…………」 長い間が続き、そしてしかし少年は首を否定に振った。暗い瞳に理解の光が瞬いて、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちて行く。どこにも、どこにも行かない。母さんといる。母さんを守らなきゃ。 かすれてひび割れた声はか弱く小さく、ローニカの胸に刺さるように届いた。
◆◆◆
少年はまた固い木の床で眠りについていた。老侍従はふっと溜息を吐くとさすがに慣れた態で少年を抱え上げる。眠りを妨げず、ましてやその御身の傷に障らないようにしての行為は、この自分でなくてはできぬことだろうと、ローニカは暗く微笑んだ。 王城までの道のりはまだ遠い。鹿車の遅さもさることながら、問題はこの少年の怪我にもあった。気力の萎えたこの状態に加え、始終伝わる車の振動が、彼の身にも心にも更な追い込みをかけているようだ。 塞がるはずの傷口から、今日も一筋、血が垂れた。腕も脚もまだ完全には繋がっていない。 食事もほとんどを残してしまう。もったいないからと小さな声で言われるものの、それでも食べて欲しい分は用意している。本人も残り物を出すことが辛いと言い、決意を持って口に運ぶのだが、やはり喉を通らない。 せめて質の良い睡眠をと、息のかかった――信用のできる宿の、そこの用意できうる中では最高の寝具をあつらえてみたものの、彼はそれを汚すからと申し訳なさそうに言い、そのまま冷たい床にごろりと横になった。 慌ててそれでは体に傷に障ると説得したものの――彼は結局折れはしなかったという訳だ。就寝の挨拶のときには寝具に包まっているのに、しばらくするとそっと抜け出てしまう。その度にローニカは彼を寝台へと優しく抱き戻していた。 ……彼が生きようとしていないのは明白だった。緩やかな自殺を選んでいるのだ。そして何故か王城へ辿り着く前に、本懐を遂げようと考えていることも薄々分かってはいる。母に助けられた命だからこそ、積極的な自害を選べないためらいが、ローニカにとっては有難かった。 彼は死を恐れていない。だがそれは若者の無軌道さや終末への恐怖がないため――等の、ありがちな理由からではないだろう。今の彼にしてみれば、死は母に会えるかもしれない望みを孕んでいるのだ。 会えずともいちからやり直せる、やり直すための手段とも感じているのかもしれない。要するに、現在の自分自身はどうでもいい物体なのだ、と。 ……時折その願いを聞き届けてやりたくなる。押し留めた己の中の獣が、やってしまえと小さく囁く夜がある。しかしその自分を、そして彼を……そう易々と許すわけにはいかぬのだ。 好むと好まざると関係なく、人々は生を受け、やがては己の宿命を見る。それが本人の欲求と資質と、環境と能力――それらが全て変わらぬ一方向を向いているならば僥倖だろうが、おおよその人間はそうそううまくゆくはずもない。 諦め誤魔化し、己を一部だけでも納得させて生きて行くのがほとんどだ。……あの御方も、あの御方も、あの御方も、そしてこの自分でさえも。 ならば何故あなたは逃げるのか。何故立ち向かわないのか、いや、立ち向かわずともせめて、せめて、もっと御印に適う輝きを、なぜ。 そこまで考えて、ローニカは眼を細めた。ああいや違う、違うのだ。流れに棹差しどうにか己を省みる余裕こそなければ、そんな不満も感じず生きて行けるだろう。まさに村の彼はそうではなかったか。聞けば食べることにも困る日々もあったらしい。 日々の糧のために懸命に汗水たらして働く彼を、神に選ばれながらその素晴らしさを恐ろしさを理解しようとしない彼を、この身の内のどこかで卑下してはいまいか。 ぐっと、ローニカは己の胸元を掴み込んだ。そのまま瞼をぎゅっと閉じる。かつていた友との深い思い出は、今日の闇には苦過ぎた。 ……と、その老侍従の手に、そっと何かが添えられた。 「……レハト様」 違う、添えられたわけではない。少年はしっかりこの手を握ろうとし掴もうとし、結果縋るような状態になってしまったのだろう。彼の小さな手が、僅かな明かりからでも震えているのが分かった。 「…………からだ、だいじょぶ、ですか」 思いがけない言葉に、ローニカは目を見開く。変わらず小さな声だったが、声色は何かに怯える必死な思いが感じられた。 「むね、いたい、ですか……? あ、ああ、……ひと、ひと、よびま、す」 老侍従の表情と無言の様をどう思ったのか、少年は溺れる態で寝具から抜け出そうともがき始める。あ、とローニカが己を取り戻すと同時に、少年は床へと無様にぐちゃっと落ちた。 痛みの呻き声。そして飛び散った僅かな血飛沫。頭の傷から落ちたのだろうか、ローニカは慌てて少年を救い起こす。 「レハト様、レハト様! お体は……」 赤い血の筋が、緑に光る御印のそばを伝わり落ちてゆく。少年の眼からは、美しい水がとめどなく溢れていた。 「……いや、です……い、や、だ。 死んじゃ、いや……」 腕の中で少年はひとしきり暴れるように蠢いた。それが、彼が立ち上がり、ローニカのために他の部屋へひとを呼びに行こうとしているのだと分かるまで、ほんの少しの時間が要った。 ローニカは自分は大丈夫だ、胸の病などではない、単に――と言葉を紡げば、少年はようやく無謀な行為をやめた。そしてまたしくしくと泣き始める。どこにそんな水分がと、ローニカは僅かに悲しく笑った。
続く??
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