「ユリせんせ〜、オレ今日腹痛いから、一日中ここにいていい?」
「オレもオレも〜っ、うぅ〜、死にそうだぁ!!」
登校するなり保健室に駆け込んでくる男子生徒に百合絵は苦笑した。
どう見たって体調不良には見えない。
「じゃあ、にが〜いお薬あげるから、それで授業出ましょうね」
「ぎゃあ〜、それだけは勘弁だよ〜!」
その間も続々と生徒が集まり、百合絵に挨拶していく。
彼女は、女生徒からも男子生徒からも色々なことを相談された。親身で優しく若くて綺麗な保健室のマドンナに会いたくて、休み時間ごとに生徒の姿は絶えなかった。
そして、そんな彼女に憧れる独身男性教師も多数存在して、こっそり覗きに来ては彼女と緑茶を飲みながら会話していく。
結局百合絵は、高校の養護教諭として配属された。
来てみれば皆温かく迎えてくれて、毎日楽しくそれなりに忙しく暮らし、気がつくとあっという間に三年が経過していた。
多恵とも別々に暮らすようになって、最初は寂しくて毎日のように電話していたが、段々と生活に慣れていくと、一人でも何とかやっていけるようになった。
その日も生徒と談笑し、全くいつもの朝を迎えていたが、廊下の方から何やらバタバタと慌ただしい足音が保健室に近づいてくるのが聞こえてきた。
百合絵は何となくその足音に注意しながら耳を澄ましていると、案の定それは保健室のドアの前で止まり、今度は勢い良く扉が開かれる。
「せんせ〜、由比が来る時また倒れた〜、気持ち悪いって」
「あらら、じゃあそっとベットに運びましょう」
「優吾・・・オレ、平気だって・・・・・・」
「真っ青な顔して何言ってんの。先生も手伝って、由比頑固者だから」
「日向くん、少しだけベットで休みましょう。ね?」
百合絵が優しく話しかけると、由比と呼ばれた男子生徒は目を逸らして小さく頷いた。
それを確認し、彼をベットに運ぶと、百合絵は由比を安心させるために微笑んだ。
心配そうに友人を抱えながら入ってきた男子生徒は、2年生で飯島優吾(いいじま ゆうご)といった。
彼自身は、健康そのものといったかんじで、体育が一番好きだと明言するほどだが、運ばれた方の男子生徒、彼の同級生で親友でもある日向由比(ひなた ゆい)は、非常に体が弱く、日に何度も保健室に運ばれてくることもある。
身長だけはひょろひょろと高く、だけどあまり運動出来ない彼の肌の色は白く、パッチリとした目や色素の薄い髪の色、全体の顔の作りは中性的で女生徒から人気があった。
いつも一緒にいる優吾の方も、整った容姿に人なつこい笑みと、誰からも好かれるような性格で生徒からも先生からも人気があり、この二人はまるでセットのようだった。
優吾は由比が大人しくベッドに寝たのを確認すると、安心したのか小さく息を吐き、満足そうに大きく頷くと、ニッコリと微笑んだ。
「じゃぁ、先生あとよろしくね。由比〜、次の休み時間に来るから〜!」
そう言い残し、彼は来たときと同じようにバタバタと元気良く保健室から出て行ったのだった。
突風の如く現れたかと思えば、あっという間に去っていった優吾の様子に呆気にとられ、皆、一瞬呆けてしまったが、百合絵はハッとしたように我に返り、
「ハイ、みんなもそろそろHRの時間でしょう? 行ってらっしゃい」
「ふぁあいっ、ユリ先生に言われたら行くっきゃないかぁ」
「うへぇ、めんどくせ〜」
「いってきま〜す」
生徒達が渋々とだが退散し始めて、教室が静かになっていく。
結局、今朝本当の意味で保健室に来たのは日向由比ただ一人だったようだ。
「日向くん、お熱測りましょう」
「・・・ん、だいじょぶ、随分良くなった」
「一応ね」
彼に笑いかけながら、体温計を由比の脇に差し込む。
百合絵の『お熱測りましょう』は、彼女自身が生徒の服をちょっと脱がして、脇に体温計を差し込んでくれるので、熱もないのに体温を測りたがる男子生徒が沢山いた。
由比は今や、保健室の常連になってしまっているので、数え切れないほどそれをしてもらっているが、一向に慣れないらしく、いつも恥ずかしそうに頬を染めていた。
「先生・・・」
「なぁに?」
由比は、何か言おうとして口を開いたが、躊躇った後、
「やっぱりいい、大したことじゃないから・・・」
小さく首を振って少し笑った。
何か言おうとしてやめる。そんな由比はここ最近よく見られる。
百合絵は彼が自分に何か話したいことがあるのではないかと思っていたのだが、彼は言いかけても必ずやめてしまうのでどうしたものかと思っていた。
何か、悩みごとがあるんじゃないかしら・・・
「私で良かったら、日向くんの話いくらでも聞くわよ?」
「・・・・・・いいんだ」
「でも・・・・私で何か力になれるのだったらって思うんだけれど・・・」
「・・・・・」
それまで目を逸らしていた由比の視線が百合絵とカチリ、と合う。
真っ直ぐに見つめ、その瞳の中に見え隠れする強い力。
「本当にそう思ってる?」
「・・・ええ、思ってるわ」
百合絵は、こんな瞳を昔誰かに向けられたような錯覚を起こした。
由比は少し躊躇するような表情を見せたが、キュッと口を結んで目を伏せた後、もう一度彼女を見つめた。
「オレさ、まだ高校2年で・・・やっと16歳になったばかりのガキで・・・・・・体も弱くて・・・・・・頼りない・・・」
苦しそうに、辛そうに眉を寄せて百合絵を見つめる瞳。
それに吸い込まれるように、目が離せなくなってしまう。
「こんな筈じゃなかった。高校生になったオレは、もっと体も強くて、ずっと男らしくなってるはずだった」
「日向くん・・・」
「先生と、こんな風に出会いたくなかった・・・」
「・・・・・・どういう・・・」
「オレは醜いんだ。最低なヤツだ・・・先生が他のヤツに優しくしていると、はらわたが煮えくりかえりそうなくらい腹が立つ。どうしようもなく嫉妬して、そいつらみんな殴り倒したくなる。他のヤツに優しい言葉なんてかけて欲しくない。オレだけに、オレだけの先生でいて欲しいって思ってるんだ」
「・・・・・・」
「先生が、すきだ」
あまりにも激しい由比の言葉。
少女のような顔をして、彼の中身は激しい気性を持った男性だった。
彼は、目を潤ませ、百合絵の細い手首を掴む。
「せん・・・百合絵が、好きだ」
普段の彼は、いつも目を逸らしてあまり自分を見ようとしない。
けれど、今の彼は百合絵を見たまま決して視線を逸らそうとはしない。あまりにも強い光は、彼女の思考能力全てを奪い去った。
そんな彼女の精神状態を知ってか知らずか、由比は上体を起こし、片手で百合絵の頬を撫で、嬉しそうに目を細めた後、優しく唇を重ねる。
「なっ、なにを・・・っ」
「キスだよ、百合絵とオレは今、キスをしたんだ」
「ゆ、百合絵じゃないわ、先生でしょう!?」
「先生なんかじゃない。あなたはオレにとってたった一人の女性だよ」
「日向くんっ!!」
「由比だよ、由比って呼んで」
どんどん彼の体が近づいて、彼の左腕が自分の背中にまわり、右手は首筋を撫でるようにして親指で百合絵の唇をゆっくりと往復する。
「この可愛らしい口で、名前呼ばれたら幸せだろうね」
「やめて・・・っ」
「やめる・・・? 今やめたらオレは、一生百合絵を手に入れられない」
「・・・何を言っているのかわからないわっ」
「だって、次は警戒するでしょう?」
どういうことなの?
わからない、わからない。
彼は、何をしようとしているの?
コワイ、誰か・・・っ
「誰も来ないよ。オレと、百合絵二人きりだ」
百合絵は信じられないものでも見たかのように由比を見つめ、首を左右に振って否定した。
なのに由比の体は離れるどころか、益々密着してきて完全に彼に抱きしめられてしまっている。
「おね、がいっ・・・やめて・・・っ!」
「オレのものだ」
そう言うと、彼は百合絵をベッドに引きずり込み、彼女を組み敷いた。
由比の力は思ったよりずっと強くて、普段あんなに病気がちなのに、やはり細い体と言っても男だと言うことをイヤでも思い知らされる。
「やぁっ」
彼女の首筋に噛みつくようにキスをして、白衣のボタンを一つずつ外していく。
やめさせようと儚い抵抗を試みるが、彼の体はびくともしない。
中に着ていたブラウスのボタンも簡単に外され、ブラジャーは胸の上にたくし上げられた。
こんなにも必死で抵抗しているのに、嫌がっているのに、彼はやめてくれない。
「・・・・っ・・───っ!!?」
スカートの下から彼の手が忍び込んで来たとき、百合絵は軽い悲鳴を上げた。
コワイ、
いやだ、いやだ、誰か助けて
多恵さん、多恵さんっ!!!
後編へ続く
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