その日、学校中を震撼させるニュースが飛び込んできた。
それは誰もが耳を疑い、ある生徒は泣き崩れ、またある生徒は気を失うほどのものだった。
百合絵はその話が駆けめぐる少し前、ある一本の電話によって、学校に来た早々早退することになってしまった。
「本当に、こんなに急で申し訳ありません」
「仕方ない、お母さんが倒れられたんだから。早く行ってあげなさい」
「はい、向こうに着いて落ち着いたら連絡しますので」
「早く良くなるといいね」
「ありがとうございます・・・」
───多恵が倒れた。
にわかに信じられないような言葉を吐き出した電話の主に、何度も確かめた。
間違いではないのか、それは、人違いだろう、と。
だって、ついこの間会いに行ったばかりで
あんなに元気だったじゃない。
とにかく、とるものもとりあえず、多恵に会うべく百合絵は電車に飛び乗ったのだった。
まさか、多恵さんが倒れるなんて、嘘に決まってる
あんなに笑っていたのに
あんなに、喋っていたのに
由比を見て嬉しそうにしていたのにっ
大好きな人、私に幸せを与えてくれた人
違う、違う、何かの間違いだ!!!
だが、
それは何の間違いでもなく、百合絵が駆けつけたとき、彼女は既に意識不明の昏睡状態に陥っていた。
体中に管を巻かれ、数日前の彼女と同一人物とは思えないこの情景は、本人を目の前にしても信じることが出来なかった。
「ご家族の方ですか」
「・・・・・・多恵さんは大丈夫なんでしょう!? 先生っ、だってこんなの変だわ!? 笑ってたのよ、沢山お喋りしたの、元気だったのよ!!」
医師に縋り付く百合絵を沈痛な面もちで、しかし、彼ははっきりと事実を告げた。
「・・・・・心臓発作で倒れられたようです。発見されたときは既に時間が経過しすぎていて、こちらも精一杯の努力は尽くしたんですが・・・」
「待ってよっ! そんな言い方おかしいわ、まるで多恵さんが・・・・・っ」
・・・・・・・・・・・・・・・多恵さんが・・・
助からない・・・・・・?
まさか
違う、ただ眠っているだけ
これは、違う
違う、違う、違う!!!!
「多恵さん・・・」
呆然とした意識のまま、多恵の側に歩み寄り、彼女の顔を見つめる。
そう、眠っているだけ。
だって全然苦しそうに見えないもの。
すぐに起きて『ユリちゃん』って、優しく笑ってくれる。
「・・・ねぇ、多恵さ───」
その瞬間、
多恵の呼吸が止まり、
周囲に医師や看護婦が取り囲み、
百合絵の目の前にあったものは、
心臓マッサージをしている彼らの姿と、
もう二度と目を覚ますことのない多恵の姿だけ───
受け止められない現実に泣くことも叫ぶことも出来ず、
百合絵に出来たことと言えば、
ただ、
それを何の表情も浮かべずに、黙って見ている事だけだった。
───その後に待っていたもの。
それは、あまりにも無情な現実。
現実は彼女の気持ちなど、少しも待ってはくれなかった。
百合絵は多恵の葬儀や諸々の手続きをしなくてはならず、その前にとりあえず自分のアパートまで荷物を取りに帰ることになった。
実際のところは、多恵の親戚という人間達が続々と集まり、百合絵の事を白い目で見て、彼女を追いやるようにアパートに返したのだが、そんなことは全く気にならなかった。
あまりにも心の負担が重すぎて、現実を現実と認められない。
しかし、アパートの前に着くと、制服姿の男子生徒が玄関の前に座り込んでいたのを目にして、百合絵はそれが由比だと思い、藁をも掴む思いで彼に駆け寄った。
普通に考えれば、彼は自分の部屋の合い鍵を持っていたのだから外で待っているわけはなかったのに・・・
「由比っ!」
名前を呼びながら近づくと、そこにいたのはうずくまって動かない優吾だった。
優吾は百合絵の声に顔をあげ、不思議そうな顔で彼女を見つめる。
彼の顔は何故か涙で濡れているように見えるが・・・
「・・・由比?」
「・・・・・・あ・・・・・・飯島、くん・・・」
由比ではなかった。
だけど、何故彼が自分の部屋の前にいたのか、それの方が不思議でならない。
「あなた、どうしたの? どうしてここに・・・?」
優吾は、彼らしくない無理に作った笑いを浮かべて、ゆっくりと立ち上がる。
「先生・・・やっぱり・・・・・・知らないんだね・・・・・・僕、そう思って・・・待ってたんだけど・・・」
「・・・どういうこと? 何を知らないって言うの?」
「・・・・・・あの、ね・・・・・・由比・・・・・・が、今日の明け方・・・」
───その後のことは、全く記憶にない。
百合絵は、優吾からそれを聞かされた瞬間、この数年間ずっとなかった発作を引き起こした。
激痛の中、ひたすら思っていたこと。
自分もこのまま死んでしまえばいい・・・・・・
それだけだった。
由比、が・・・死んだんだ
優吾の言葉は、今の百合絵にはあまりにも残酷すぎた。
第10話へ続く
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