『あなたの鼓動が聞こえる』・番外編

由比という名の少年(中編)







「ねぇ、由比の恋人ってどんなヒト?」

「何だよいきなり」

「だってさ、由比って人見知り激しいから。だからどんなヒトかなぁって」

 学校の帰り道、突然優吾に聞かれた。
 優吾にはそれらしい女性がいると言うことは話してある。
 相手が百合絵だと言うことまでは知らないが、その事を進んで話そうとは思わないものの、優吾だったら知られてもいいとは思っていた。

「・・・・・・、言葉にするのは難しいな」
「ふぅん」
「・・・でも」
「うん」
「きっと彼女を好きになる男なんて山ほどいると思う」
「へぇ、凄いね、そんな人が彼女なんだ〜」
「まぁね」

 だから閉じ込めたくなる。
 誰の目にも触れさせないように。

「でもね」
「ん?」

「由比に好きになられて嬉しくないヒトなんていないよ、きっと」

「・・・・・・」

 優吾の言葉に思わず赤面してしまった。

「ばっ、ばかじゃね〜の! ソレはおまえだろうが」
「あれ〜? 赤くなってんの〜? 由比ってばカワイイ!」
「うるせ〜!!!」

 全く・・・何言ってるんだか。
 好かれて嬉しくない人間がいるわけないなんて、優吾にこそ相応しい言葉だ。

 そこにいてくれるだけで癒される。
 まるで暖かな日差しみたいな・・・


 けれど、
 どうしてだかわからないけど、
 優吾の口から出たものは、真実しかないのだと直感で理解していた。
 だから、こんな恥ずかしい言葉なのに、口では減らず口を叩こうが、心の中では素直に受け止めている。

 その上、思わず言い過ぎてしまったような事があっても、コイツならきっと許してくれるだろうと甘えてしまう。

 こんなヤツ、他にいない。


 オレの相手が百合絵だと知っても、きっとそのまま普通に受け入れるんだろうな・・・








▽  ▽  ▽  ▽


「あっ、・・・んっ・・・由比ッ・・・・・・っはぁ・・・っ」

 小さなアパートの一室で毎夜繰り返されるベッドの軋む音と、百合絵のか細い喘ぎ声。
 由比は学校だけで彼女を抱くことに満足出来なくなっていた。

 身体の調子は日に日に悪くなる一方。
 医師には学校への通学はそろそろ限界に来ていると言われるほどに。
 だが、不思議と百合絵といるときだけは、まるで普通の男のように出来る自分がいた。
 性行為に関して言えば、むしろ旺盛と言っても良いくらい。

 病魔に蝕まれていけばいくほど、身体を重ねる回数は多くなったような気がした。
 まるで、動物の本能そのもの。
 そんな自分が堪らなく可笑しかった。


 ぐちゅぐちゅと結合部から淫猥な音を発し、百合絵からは女の香しい匂いを放たれ、由比は堪らず腰の動きを早める。

 力強く、もっと、もっと。


「・・・・・・由比っ、あぁっ、由比、由比」

 もっと名前を呼んで。

 もっとオレを欲しがって。


「百合絵っ、・・・っ・・・」


 オレは、まだ生きてる。
 生きたい。

 百合絵と共に。


「・・・あぁっっ、・・・っ!!! 由比っっっ!!!!」


 由比は叩きつけるように何度も強く百合絵を貫き、一際大きく彼女の中を突き上げた。
 百合絵の中が、由比を離すまいとしているかのように締め付け、彼の背中に爪を立てる。
 ビクンビクンと痙攣を起こしたように収縮を繰り返す彼女の中に、自分の欲望を思いのままに吐き出した。
 ドクドクと流れ出る瞬間、頭の中が弾け飛びそうな絶頂感に鳥肌が立つ。


 百合絵とのセックスは由比にとって麻薬のようだった。
 何度しても足りない。
 する度により強い欲求が生まれてしまう。

 繋がることで、ある程度の独占欲みたいなものは満たされたけれど、身体が彼女を欲して止まないのだ。

 百合絵といるだけでも充実感はあるのだが、この行為をしている間が最も生を実感できる瞬間でもあったからかもしれない。



「・・・・・・ね、由比」
「ん?」

 由比が百合絵の滑らかな頬に触れていると、彼女はやや伏し目がちで口を開いた。


「・・・ご両親、心配しているんじゃない?」

「・・・・・・」


 別に答えに窮する質問じゃない。
 ただ、両親という言葉に何となく反応し難いものがあった。

 ここ最近では、由比は夜も百合絵のアパートにやってきて、彼女が泊まるのは駄目だと言うものだから仕方なく帰るという感じで、帰宅は深夜になることもある。

 その為、両親は口うるさく帰宅の遅い理由を聞いてくるが、百合絵の名前を出して彼女に迷惑をかけるのは目に見えているので、この事に関して由比は口を閉ざしていた。
 かといって彼らが放っておいてくれる訳ではないので、少々家に帰るのが面倒な気持ちになっていた。

 勿論、家族に心配をかけているのは重々承知だ。
 だけど、今自分にとって何より大事なことは、百合絵と過ごす時間なのだ。

 本当はひとときでも離れていたくない。
 彼女をこの腕の中に閉じ込めていたいのに・・・


「百合絵はそんなの心配しないでいいんだよ。それともオレと一緒にいるのがイヤなのか?」
「そんなっ! ・・・そうじゃないけど・・・・・・・・・」

 心底困り切った顔をして、こうしていると年上になんて思えない。

「ばかだな、オレがいいって言うんだから大丈夫なんだよ」

「・・・でも」

「ふぅん・・・まだ言う気? そんなこと考えられないようにしなきゃ駄目みたいだな」

「?」

 きょとんとした百合絵の上に再び覆い被さり、ニヤリと笑う。
 彼女は由比が何を言っているのか理解すると、

「ちょっ・・・っ、ま、待って! 今したばっかりなのに・・・私、できな・・んむぅ・・・っ」

 慌てて抵抗しようとしたが、貪るようなキスでそれを封じた。
 拒絶なんて許さない。

 激流のようなこの感情に百合絵を巻き込んで、全てを絡み取って絶対逃がさない。


「・・・あぁっ」



 彼女といると一切周りが見えなくなる。



 ───だけど。


 一人になって、冷静になるともう1人の自分が囁きかけるのだ。




 『オマエのソレはただの自己満足だぞ』



 妙に納得する自分がいる。
 その通りだからだ。

 オレは、百合絵には本当の事が言えない。
 言うつもりもない。


 百合絵に気を遣われたり、そういう目で見られるのは堪えられないから・・・・・・




 でも、その気持ちはオレ自身を騙すための建前なのだ。


 本当は、

 オレという一人の人間を百合絵の中に永遠に刻みつけて、忘れさせないために言わないのだから・・・



 酷く狡い感情だと理解してやっていることなのだ。
 何と最低な男だと幾度も自分を罵った。




 ───オレは・・・自分のことしか考えていない・・・・・・・・・












▽  ▽  ▽  ▽


「・・・ねぇ、由比・・・私、あなたに会わせたい人がいるの」

 少しはにかみながら百合絵にそれを言われたとき、由比は3年生に進学して随分時間が経過していた。
 既に命の期限を言い渡されてから一年以上が経過して、医者を驚かせていた。
 回復する訳ではないが、病気の進行が一時的に遅くなっているのだろうと言われたが、もう既にそんなことはどうでもよかった。


「・・・だれ? 家族の人?」
「・・・・・・ん・・・多恵さんって言うの・・・」
「多恵さん?」

 百合絵は寂しそうに微笑んで、由比に抱きついた。

「私、十代の頃、事故にあって記憶を失ってるの。家族は・・・いるのかもしれないけど、憶えていないわ。多恵さんは、病院で婦長をしてて、そのまま私を引き取ってくれた人よ。私のお母さんみたいな人なの」
「・・・・・・百合絵・・・」

「多恵さんに、由比を会わせたいの・・・」


「・・・わかった」



 ───記憶喪失・・・・・・・・・

 家族がいるのかさえも憶えていない・・・

 それが一体どんな気持ちなのか、オレにはさっぱり想像できなかったけど、百合絵が『多恵さん』という人を酷く慕っていることは充分伝わってきた。

 その母親代わりの女性に会うと言うことは、それだけ百合絵がオレ達のことを本気に考えてくれていると言うことだ。

 勿論、オレが彼女の願いに首を横に振る訳がなかった。









▽  ▽  ▽  ▽


「由比、どこ行くんだ、こんな早く!?」

 玄関でスニーカーを履いていると、兄の和浩がやってきて話しかけてきた。
 和浩は既に結婚して子供がいるが、ここ数日は妻が里帰りしていて実家に戻っている。

「・・・ちょっと出かけてくる」

「ちょっとって・・・あのな。お前のちょっとはあてにならないんだよ、またお袋に心配かける気か? たまには家にいろよ、大体お前はいつもどこに行ってるんだ?」
「カズ兄こそ心配しすぎ、オレにだってイロイロあるだろ? そんなの一々話してられないって」

 由比が話をはぐらかすと和浩は溜息を吐き出す。

「・・・確かに家族には言いたくない事ってあるだろうけどさ。心配ぐらい・・・させろって・・・。俺は何もできないんだから・・・・・・」
「ふ〜ん、・・・ま、オレが思うに、カズ兄にも出来る事ってあると思うけど」
「? 何だ?」

 和浩の問に、由比が含んだように笑い、彼を見上げた。

「とりあえず、今から出かけること、親には適当に言って誤魔化しといてよ」
「由比っ!」
「じゃ、よろしく」
「なるべく早く帰って来いよ!!」

 行きかけた由比の背中に言い聞かせるように叫んだ和浩だったが、それには返事をすることはなく楽しそうに家を出ていった。
 由比は家族には決して話さない『どこか』へ行くとき、とても楽しそうだった。
 それは、あまり見ることの出来ない彼の姿だった為、和浩はそれが由比にとってとても大事なことなのだろうと理解している。

 だが、どうしても心配なのだ。
 命の刻限があと少しだと分かっているから、『その時』が来るまで少しでも自由にさせてやりたいとは思うのだが・・・


「カズ、由比はどうした? 部屋にいないようだが」

 父親が、寝ぼけ眼で二階から降りてきた。
 和浩はもう一度溜息を吐いて、父親に向き直る。

「あ〜・・・何か優吾のトコらしいよ?」

 そう言って、ウソをつき、優吾の名前を出した。

「そうか。・・・うん、彼のところなら大丈夫だな」
「だろ?」

 親は優吾の事を絶対的に信頼している。
 優吾の家はこのあたりじゃ相当有名な金持ちだ、何かあってもお抱えの医者がいて手厚い看護が保証されてる。
 むしろこの家にいるよりも数倍も由比にとっては安全な場所。

 父親はボリボリと頭を掻きながら呑気に新聞を読み始めている。
 先程裏庭で草むしりをしていた母親にも同じ言葉を言わなければいけない。
 和浩は玄関を見つめ、悲しそうに眉をひそめた。


 由比、何処に行っても良い・・・



 ちゃんと帰ってこい







後編へつづく

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