例のフランス人の社長と言うのは家具メーカーらしいんだけど、未だ日本とはどことも契約を交わしていないらしい。
向こうでは結構有名なんだと思う、お祖母様の愛用している食器とかベッドとか確かこの会社だった気がするから・・・
話はかなりうまくいって、契約、とまでは行かなかったけどそれに近い所までもっていくことは出来た。
ホッと胸をなで下ろしてやっと食事に手を出す気分になる。
それに、飲み物も口に出来なかったから急に喉が乾いてきた。
「助かったよ。後は好きな時に帰っていいから。俺はこれからまだ一周してくる」
そう言い残して、社長は行ってしまった。
ホントに仕事の鬼だわ、休むことを知らないんだから。
ひとり残されて、とりあえず何か飲み物、と思っていると後ろから男の人に声をかけられた。
「これ飲めば?」
「えっ?」
振り向くとジンジャエールを片手に持った背の高い男性・・・・・・・・・・・
その人は・・・・・・
見覚えがある、なんてものじゃない。
だって。
「まりえ」
そう呼んだ少しハスキーな声も、
意志の強そうな瞳も、
笑うとえくぼのでる口元も、
全部、あの頃のまま。
「・・・千里くん・・・・・・」
目の前に現れた男の人は、ちょっと大人っぽくなった昔の彼だった。
ある日突然いなくなってしまった、あの・・・
「元気、か?」
一人だけ時間が止まってしまったかのように動くことも考えることも出来ない。
彼に会ったら聞きたいと思っていたことは沢山あったのに。
何にも出てこない。
千里はただ呆然と立ちつくすまりえを見て、少しだけ悲しそうな瞳を見せた。
「ちょっと、話そうか」
返事もできない彼女の肩に腕をまわして歩くように促し、まりえはようやく足を動かすことが出来た。
千里はエントランスまで行き、まりえをソファに座らせた後、その隣に自分も腰掛けた。
「煙草吸っていいか?」
そう言われ、かろうじて頷く。
慣れた手つきで箱から煙草を取りだし、吸い始める姿をただじっと見ていた。
なんで、千里くんがここにいるの?
今まで、どこに行っていたの?
どうして、突然いなくなったの?
どうして、何も言わずに私を置いて行っちゃったの?
ぐるぐるとそればかりが頭の中を駆けめぐる。
自分の今の状況が夢のような気もしてくる。
ただ、混乱するばかりだった。
「・・・・・・・・・ごめん・・・」
ぽつり、と呟いた彼の言葉にこれは現実なんだと理解する。
「・・・っ! ・・・千里くん、ヒドイよっ・・・今頃現れて・・・ッ」
「・・・ごめん」
「わたし、私がっ・・・あの後どれだけ・・・・・・っ・・・!」
その後の言葉は涙が堰を切ったように溢れてきて続けることが出来なかった。
ただボロボロと流れ出す涙を必死で隠そうと両手で顔を覆う。
「ごめんな」
そう言って千里はまりえを抱きしめた。
煙草の匂いのする服からわずかに感じられる懐かしい匂い・・・
それは、今でも心地良いと思えるもので、不思議と段々心が落ち着いてくる。
「・・・ど、どうしていなくなっちゃったの・・・っ?」
ずず、と鼻をすすりながらやっとの事で声を絞り出す。
「・・・・・・ごめん・・・」
この人はこの期に及んでさえも私には何も言ってくれないと言うの?
目を真っ赤に染めて睨むと、千里は暫く沈黙した後、やがて諦めたかのように溜息を吐く。
「・・・ちょっと、心の準備が欲しい。明日また会えるか?」
寂しそうに微笑むその姿はあの頃の千里と重なる。
心の準備が欲しいと思うくらいの何かがあるというの?
「・・・分かった、わ・・・」
少しして、やっとまりえの涙もとまり、心も落ち着きを取り戻してきた。
それを見計らったように千里が質問する。
「さっき、一緒にいた男・・・ダレ?」
一緒に?
「社長のこと? 私、彼の秘書なの。今日は通訳で来ただけ」
そう言ったまりえの言葉に千里は目を見開く。
「・・・え? 秘書!? 秘書になったのか・・・・・・てっきりお前も招待客だと思ってた。・・・・・・・・・そうなのか、俺はてっきり恋人かと・・・、まぁ恋人にしてはドライだなぁと思ったけど」
「こっ、恋人!? 違うわっ」
驚いて否定すると千里は面白そうにくすくすと笑う。
「わかったわかった、じゃ明日どこで待ち合わせる? まりえの会社教えてもらえればその辺で会わないか」
「ん・・・飯島グループの総合本社分かる? あそこなんだけど、・・・そうだなぁ・・・・・・すぐ近くに『cloud』って言う喫茶店があるの、そこでいい?」
考えながら場所を指定して再び千里を見ると、彼は驚いた顔でまりえを見ていた。
そんなにビックリするような事言った?
「いい・・・・・じま・・・?」
「どうしたの?」
訳が分からず聞き返すと、千里はハッとして否定する。
「いや、そうか、・・・あそこなら知ってる。じゃあ、6時頃にそこで待ってる」
その時の千里の様子は確かにおかしかった。
しかし、それに気づくことが出来るほどまりえは平静ではなかったし、その理由も知るわけがなかった。
千里は、直ぐに会場に戻らなければならなかった為に、約束をすると彼女を気にしながらも行ってしまい、一人残されたまりえは頭の整理がつかなくて、その場所に座ったまま暫くぼんやりしていた。
千里くんが・・・
・・・夢じゃ、なかった・・・・・・・・・
そして改めて痛感する。
会っただけであんなに動揺して、泣き出して・・・
まだ、思い出になんか出来てないじゃない
それは何も知らないで、中途半端なままだったから
だから、私は千里くんとのことを終わらせるために、会って、ちゃんと理由を聞かなくちゃいけない、絶対に。
だって
私が今つき合っているのは怜二で、
彼を好きなのは本当なんだから。
その3へ続く
Copyright 2003 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.