○第10話○ 再会(その3






 次の日も、会社で考えることは千里のことばかりで、ミスなく一日を終わらせた事が不思議なくらいだった。
 しかしその為か、いつもよりも時間がずっと速く進んだように感じる。

 終業時刻がきてそのまま一階まで降り、会社の前で立っている怜二を見たときにハッとして、やっと現実を取り戻した。


「ま・り・え、さ〜ん」


 嬉しそうに手を振って、脳天気なその声に一瞬心が和みかけたものの、今日怜二に断りの連絡を入れることをすっかり忘れたことに気づく。
 一日中、千里の事ばかりを考えていたことに、何となく後ろめたさを覚えてしまう・・・

 怜二の横まで来ると、彼女の手を取り、自然に手を繋いで、

「オレ、お腹空いちゃった、なに食べよっか?」

 こういった会話は今では当然の如く交わされるものとなっている。
 しかし、今日は千里がこの近くまで来ていて、すぐそこの喫茶店で自分を待っているはずだ。

 今日、怜二と過ごす事を断ってまで、千里とは会わなくてはいけないと思う。
 じゃないと、これから怜二と向き合っていくのに、何らかの引っかかりのようなものがつきまとうだろう・・・
 だが、まりえはどうやって断ればいいのか、断れば理由も聞いてくるはずだし、その理由も正直に言うべきか戸惑う。

 ・・・・・・それでもやっぱり・・・

「あ、あのねっ、怜二! 今日だけど私・・・、あの・・・・・・っ・・・・・・・・・・ぁ・・・!」

 意を決して怜二に向き直り彼を見たとき、すぐ後ろに立っていた人物が目に入る。
 まりえの視線が別方向を向いて止まっていたので自然に怜二も後ろを振り向く。




 なんでここにいるのッ
 場所ちゃんと指定したのに




 そこには、昨日と同じように何故か凄く驚いたような顔をした千里が立っていた。


 ・・・しかし、なによりもまりえが驚いたのは、千里を見て発した怜二の一言だった。




「何で、お前がここにいるんだ? 消えろと言ったはずだ」




 まるで面識があるような言い方。

 実際そうとしか思えなかった。
 怜二のこの落ち着きように、千里の怜二を見る表情。

 なんなの? この二人・・・






『消えろ?』


 一瞬何か恐ろしい考えがよぎったが、それを打ち消すように怜二を見ると、彼の瞳は・・・・・・洋介を見据えたときよりも遙かに冷たい凍るような目つきをしていた。

 まりえは全身に鳥肌がたつような感覚を覚え、瞬間的に繋いだ手を思い切り振りほどく。


「・・・まりえ、さん?」

 驚いて振り向く怜二以上に、こんな風に手を振りほどいた自分自身に一番驚いた。

「・・・ど、どういうこと? 消えろって・・・なに?」

 目の前が霞んでいきそうなくらいの緊張。
 後ろに立っている千里を見ると、呆然としたまま立ち尽くしている。



 なんだろう、凄く、イヤな感じがする・・・・・・





 千里くんが突然いなくなったのは・・・


 ・・・まさか、そんなわけないよね?


 いやだ

 心が考えるのを拒否する。
 だけど。


 もしかして、と考えてしまう自分。
 そんな自分がとてもイヤになる。



「それは・・・」

 千里が何かを言おうとしたとき、ほぼ同時に怜二が口を開いた。


「オレがコイツに二度とまりえさんの前に姿を現すなって言ったんだ」




 っ!?




「だって、コイツとまりえさんなんて不釣り合いじゃない? ・・・だから、飯島の力を利用して海外に追いやってさ」








「学校にもウチの会社の圧力かかってるからね、転勤先を秘密にする事くらい造作も・・・」


 パシリ、と弾けるような音に通行人が驚き振り向いていく。
 だけど、周囲の事など今はどうでもよかった。


 これ以上はなにも聞きたくない!


 思った瞬間、まりえは怜二の頬を思い切り叩いていた。
 自分の手がビリビリするほど強く。



 色々な感情がごちゃ混ぜになって、身体がぶるぶると震えてくる。
 そう、確かに怜二は言っていた。15歳からの私をずっと見てきたって。


 だけど、こんな風に裏で色んな事をねじ曲げられていたって言うの!?


 あの冷酷な顔、あの怜二ならば確かにそんなこともするのかもしれない。
 考えたくないけど、怜二が言ったことはそういうこと。





 ガラガラと色んなものが崩れていく気がした・・・・・・






「まりえさん・・・」
「いやっ!!!」

 そう言って、触れようとした怜二の腕は一瞬で拒否される。



「さわらないで!!! その口で私の名前を呼ばないでッ!!」



 今までこんなに怒りに身を任せた事なんてあったろうか?
 そもそも、これは、怒りなの?

 わからない、止まらない!!!



 だって

 こんなの、あんまりだ






 酷すぎるよ、怜二!!!!







「・・・もう、二度と、顔も見たくないッ!!!!」










 こんな事を知って、許せるわけがない


 例え過去の話だとしても
 もう、今までどおりになんて出来ない





 好きになっても結局また失っちゃったじゃない!!




 でも、千里くんの時とは違う。




 今度は私から手を離すんだから───





その4へ続く


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