○第11話○ 真実(その5)






「高校2年の夏頃だったよな、俺達がつき合いだしたのって。

まりえは学校でかなり有名だったし、人気があったから、正直告白してもフラれるって思ってた。

でも、なんでかOKもらってつき合いだして・・・
ハハッ、周りの男の目が厳しかったなぁ。
女でも『まりえ先輩を泣かせたら許しません!』って言う子もいたっけ。

結構プレッシャーはあった。何か妙に焦ってたし・・・

でも、一月くらい経った頃かなぁ、親父の工場がヤバイって話を初めて聞かされた。
ホントはもっと前から傾いてたらしいんだけど、全然知らなかった。

で、まず考えたのは学校やめて働くってこと。
それは親父に速攻却下されたから、バイトだけでもするってことになったんだ。

最初の頃は、普通に皿洗いとか警備員とかそんなのしてた。
だけど、ウチの工場の状態は俺のちっぽけなバイト代なんかじゃなんの足しにもならない、ホントに洒落にならない金額の借金があってさ。

いいかげん俺もかなり落ち込んだ。

街をぶらぶら、どこに行くってあてもなく歩いて、そんで気づいたら夜になってた。
周りはギラギラしたネオン街に変わってて、慌てて引き返そうとしたときに求人の張り紙が目に入ったんだ。

【給与日払いOK! 月給100万も夢じゃない!】

って。


はははっ、今思い出しても凄いフレーズだよなぁ

でも、正直、迷ったのは一瞬だった。
何をしてでも、これだけ稼げるのはこれしかないだろうと思ったから。

だから、ホストクラブで年齢を偽って働くことにしたんだ。



働きはじめて・・・・・・三週間くらいか、俺の前に『飯島怜二』が姿を現した。



初めて聞いた言葉が


”アンタ馬鹿じゃないの?”


メチャクチャ面食らった。中学生くらいのガキがいきなり言うんだからさ。
コイツ何言ってんだ? って怒鳴り返したら、


”まりえさんがアンタの仕事のこと知ったら、どう思うか、考えないの?”


何でまりえのこと知ってるんだって思ったけど、その時は単なるまりえの一ファンか何かかと思って、無視した。
けど、まりえに仕事の事は言えないってのも、ホントの所だったけど。



初めての給料は100万なんて全然いかなかったけど、それでも普通にバイトしてたんじゃ手に入らないくらいの金額だった。

その足で家に帰って親父にその金渡して・・・
金額の多さに仕事のコトを遂に吐かされて、メチャクチャ殴られた。

ボロ雑巾みたいになった所でさ、幸か不幸か借金取りなんかが来ちゃったんだよなぁ・・・

テーブルの上に置きっぱなしだった俺の給料、ヤツらが全部持ってって、皮肉なことにその日は事なきを得たっつーか。

親父、泣いてた。

だけど、俺の方は自分の金で取りあえず助かったんだって、親父に仕事のこと、認めさせなきゃって思って、説得した。
最初は絶対ダメだって反対してたんだけど、朝になる頃には結局折れてそのまま仕事は続けることになった。

ただし、危ないことは絶対しないという約束だけはさせられたけど。
でも、その時の俺には、親父のそんな言葉ちっとも頭に入ってなかったんだよなぁ・・・・・・


もっと金を稼がなきゃと思った俺は、同伴も積極的にするようになって。
それまでは、吹っ切ったつもりでも、やっぱりどこかで消極的な自分がいたから。

同伴って、仕事の前に客と食事したりして、そのまま店に行くってことな?




俺が稼がなきゃ自分の家がなくなってしまう。

親父の働いてる姿とか、あんな楽しそうなのに見れなくなっちまうって思ったらなりふり構ってられなかったし・・・・・・

何回か指名してきた客と食事に行って、仲良くなるとプレゼントなんかもくれたりして。かなり高価なものだったりすると、速攻売った。

それが段々エスカレートしてって・・・
客の気持ちを引き止めるために、ホテルに行った。

初めてそれをしたときは、自分の汚さに吐き気がして、もうこのまま死んじまえって思った。
けど、家では相変わらず借金が膨れあがって、まともに働いてたって利息だけがどんどん増えていくだけだ。
それに慣れるしかないって、必死で言い聞かせて・・・

だけど、
それからはまりえに触れることすら出来ないくらい後ろめたくて・・・・・・・・・

それでも別れるのだけはイヤだった。
最低だな、俺。


・・・・・・そんな生活をまた暫く続けて・・・2回目の給料は、貰ったもんとか合わせると、とんでもない額になってた。

人間行くトコまでいっちゃうと、こうなるんだなって思ったよ。



で、ある日、仕事帰りにまた『飯島怜二』が現れた。
SPだったのか、大男二人を従えて。


今度は、


”アンタなんか死んじゃえばいい”


だったよ。

笑った。本当にそうだな、って思ってたから。

アイツはむっとした顔をして、そのまま一緒に俺の家にあがりこんできたんだ。
いきなり登場したガキと大男に両親はビックリしてたけど、アイツの自己紹介にはもっとビックリしてた。


”はじめまして、飯島怜二と言います。父は飯島グループの会長です。
知ってるでしょう?
いきなりのコトで驚いてるの分かってるんですけど、そんなのにつき合ってるほどこっちも暇じゃないんです。
一度しか言いませんからよく聞いてくださいね。

あなたの工場、ウチの会社が引き受けたいって考えてるんです。

・・・あ、借金のことならご心配なく、コチラで引き受けますから。
まぁ、正直に言うと、これはオレの独断で会社に持ちかけた話ですからね、借金はオレ個人から出すんですけど。
皆さんが必死で頑張ってるのに、こんなガキの金で払えるってのも馬鹿みたいな話ですけど・・・・・・
当然条件はあります。でも、簡単なことですし、それだって悪い話じゃない。
どうです? まぁ、引き受けるしかないと思うんですけど。
それとも、一家心中でもしてみます?”



そこまで一気に喋られて、聞いてた俺らが話を飲み込むのに暫く時間がかかった。
親父は、そんな夢みたいな話になかなか信用出来なかったみたいだったな。当然だけど。
けど、これが本当のことなら逃す手はないって、どんな条件かわからないけど、その話にのることにしたんだ。



”条件は、あなた達家族全員、明後日からアメリカへ行ってもらうこと。勿論、向こうに永住してもらいます。
理由は、ウチの会社で今抱えている問題の一つ、技術不足があります。調べたところ、あなたの工場で扱っている技術の何点かはなかなか素晴らしいものだ。
幸運なことに、それがウチの会社で応用できそうなんです。それを利用すれば、会社の利益があがると、そう考えています。
今のあなた方では、その技術があってもうまい利用のしかたが出来ない上、経営者としてもどうかと思いますよ?
だってこの借金見てくださいよ。
こんな小さな会社なのに、どうやったらこんなに増やせるんですか? その才能はありますけどねぇ・・・
だから、あなたにはウチの会社の技術スタッフとして働いてもらう、それだけですよ。
それから、千里さんの学校の手続きの方もコチラでやらせてもらうので、全く心配要りません。
いいですね? この話を進めても?
簡単すぎて信じませんか?
いいですよ、信じる信じないはあなた方の勝手だし”



親父は1も2もなく頷いた。自分がけなされている事にすら全く気づかない様子だった。
むしろ気が変わらないウチにって、契約書にサインするまであっという間だったよ。
まさか、この世にこんなコトがあるなんてって、最後にはアイツを拝んでたし。




それから、

アイツが帰る前に、俺と二人で話がしたいって言いだして、自分の部屋に通した。

それで。
暫く無言だったアイツが突然言い出したんだ。



”もう一つ、条件がある。
まりえさんには、何も言わないでいなくなって欲しいんだ。それで、二度と彼女の前に姿を現さないって約束して、いいね?
屑みたいなアンタにだってそれくらい出来るでしょう?
・・・・・・全く君の家の工場のイイトコ探しには骨が折れたよ。
ま、実際買い取った技術自体は悪くなかったけどね。
何もなかったらどうしようかと思ったよ”



平然とそんな事を言いながら笑う姿を見て、何なんだ、コイツはって思った。
もしかして、こんな夢みたいな話はその条件のためなのか? って。

殆ど冗談のつもりで聞いたら、『そうだ』ってあっさり言うんだぜ?




”アンタみたいなヤツを彼女は好きなんだから、悔しいけどそれはオレにはどうにもできない。
けど、これ以上薄汚れたアンタの側にまりえさんをいさせるなんて耐えられない。
まりえさんに触れるのはオレが許さない”



見た目はまだ、あどけないガキで、笑うともの凄く人なつこいのに、目つきが変わっただけでまるで別人。

でも、言ってることは一人の男として、まりえを想っているって充分伝わってくる内容でさ。
やってることは、メチャクチャな事なんだけど・・・

ショックだった、その言葉は。
当たってただけに・・・


俺は、完全にまりえを裏切る行為をしてたから。

こんなガキに言われること一つ一つがホントに重くてさ、痛くて仕方なかったよ・・・
同時に、真っ直ぐに純粋にまりえのことを想えるアイツがメチャクチャ羨ましかった。



まりえがスゴク好きで。

何をしても手放したくないって、本気で思ってた。

けど、俺じゃダメだった。






・・・・・・最後の学校は、妙にスッキリして、明日にはもうここにはいないって分かってるのに、晴れ晴れとした気分だったよ。
もう、あんなコトしなくていい、色んなコトから解放されたって。




ただ、まりえと二人で帰る道のりだけは悲しかった。

もう、永遠に会うことは無いって思ってたから。





・・・・・・それなのに、昨日のパーティでは俺から声をかけて・・・・・・

なんかさ、久しぶりに見たまりえが、あんまり綺麗になってたから、声をかけずにいられなかったんだな・・・

あの場に俺がいたのは、飯島グループの人間として招待されたからなんだ。
とりあえず、アイツの読みは当たったみたいだな。
親父の技術って本当に凄かったんだ。
俺も今は親父と一緒に技術スタッフとして働いてる。
まぁ、親父が忙しくて出れない変わりに俺が急遽帰国して出席したんだけど。




でもさ、俺の中で、黙っていることはずっと気持ちが悪かったから、これでまりえに嫌われても俺は満足してる。


アイツ、飯島怜二な、『まりえさんが悲しむから言うな』って、いまだに言ってんだぜ?


馬鹿だよなぁ・・・

アイツ、ホントに呆れるくらい馬鹿だよなぁ・・・・・・」




その6へ続く


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