○最終話○ 心の約束(前編)







 まりえはタクシーを飛ばして、怜二のホテルへと到着した。
 部屋まで行く距離がとても長い。




 怜二、お願いここにいて!


 懇願に近いような気持ちで彼の部屋の前に立ち、ノックをした。


 けれど、
 何度叩いても返事がない。


「・・・ッ・・・怜二・・・お願い、怜二、いるなら開けて!!」



 いるのかいないのか分からない。


「怜二・・・私よ、・・・・怜二!!!」


 もしかしたら、まだどこかを彷徨っているのかもしれない。
 なのに、私はこんなときあなたがどこへ行くのかわからない・・・





 ここしか、わからない。



 そのまま、ずずっと身体が崩れてその場に座り込んでしまう。
 あんまり怜二のこと知らなすぎて泣けてくる。

 ホント、何でこんなに知らないんだろう・・・



「・・・う・・・・・・ッ・・・・・・っく・・・」















 その時だった。

 カチャ、という音と共に部屋のドアが開く。
 彼は座り込んで泣いてる情けない私の姿を認めると、不思議そうな顔をした。
 私は、驚いて、嬉しくて必死に怜二に抱きついた。
 もう、絶対に離したくないって思いながら。

 それでも、怜二はまりえの体を抱きしめることはしなくてただ、立っているだけだった。

 怜二の顔を見ると、まりえが叩いた痕が、まだ赤くなって残っていて痛々しい。
 相当強く叩いたから・・・
 その頬を出来る限り優しく撫でて、ゆっくりキスをする。

 ごめんね・・・

 怜二は不思議そうにその様子を眺めてて、今度は彼の唇に自分のをそっと重ねると、ピクっと体が動いて目を見開いている。


「・・・千里くんに全部聞いたの。ホントのこと」
「えっ」

 怜二が少し怒ったような表情で沈黙したのを、まりえは首を振って否定した。

「私ね、ショックだったけど、大丈夫だよ?」

「・・・・・・そんなわけ・・・ない」

 瞳を曇らせている怜二に、もう一度唇を重ねる。それでも、怜二は訳が分からないといったような表情をする。
 それを見て、『あぁ、ホントにこの人は不器用なんだ・・・』と思った。





「怜二が、好き。誰よりも大事だよ・・・」




 その言葉に、怜二は息を呑んで真っ直ぐにまりえの目を見る。







「・・・・・・触れても、いいの・・・?」

「うん」



「・・・・・・名前を、呼んでもいいの・・・?」

「うん」



 泣きそうな、でも安心したような顔をして、怜二はゆっくりとまりえの背中に両手をまわした。
 それから、優しく優しく抱きしめて大きく息を吐く。


「・・・まりえさん、あいしてる」

 なんだか、心の中に染みこんでいくみたいで、
 その言葉が、あまりにも嬉しくてまた涙が溢れてくる。私はこの人をずっと見ていけばいいんだって思った。


 怜二が好き

 ううん、その言葉は何か違う気がする

 愛してる?

 本当は、それも何となくあてはまらない気がする


 多分、きっとどの言葉も違うと思うのかもしれない
 言葉では言い表せない、そんなカンジなの


 でも。


「あいしてるよ、怜二」

 今の気持ちを言うなら、きっとこれしかないんだと思う。
 何回でも、何百回でも言いたい


 あいしてるよ、怜二───





後編につづく


Copyright 2003 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.