○第3話○ 芽生えた恋(その2)






「まりえ!」


 会社の玄関口を抜けると、洋介が立っていた。
 怜二ではなかったと言うことに、すこしガッカリしている自分に驚く。
 洋介とはもっぱらメールでやりとりをしていたが、お互いのスケジュールがあわずに告白されてからここ3週間会っていない。

 たった3週間だというのに、この気持ちの変化はなんだろう。


「洋介、どうしたの?」
「どうしたって・・・会いたくて会いに来ちゃいけないか?」
「・・・ううん」

 洋介は浅く溜息を吐いた。

「俺達さ、あの日から一回も会ってないし」

 確かに、スケジュールは合わなかったけど積極的に会おうと思えば会えた。だけど、そうしなかった。無理をしてまで会おうと思わなかった。

 怜二とはしょっちゅう会っていたくせに・・・

 仕事が終わると、会社の前で必ずと言っていいほど怜二が待っていたからなんだけど。

「ごめんなさい、そうよね、じゃあ、これから食事でもしない?」
「そのつもり」

 洋介は憮然とした態度で機嫌が悪い。
 そんな洋介は初めて見るから一体どうしたらいいのかわからない。

「・・・怒ってる、のよね?」

「・・・・・・あーくそ、俺、格好悪すぎ!」

「な、なに?」
「忙しいの分かるし、時間が出来る時に会えればいいとかって大人の態度とれるはずだったんだよ! だけど、会えない時間が長いほど、不安で不安で仕方がないんだ。まりえが俺とつき合ってくれるって言ったのも実は夢だったんじゃないかとか、そんな女々しいことばかり考えてた」

 洋介は辛そうに眉をひそめてため息をついた。

「ごめん、俺、自分がこんなだとは思わなかった」

「・・・・・・・・・」


 恋愛には凄く慣れてるように見えたのに・・・こんなに思い詰めてたなんて。

 それに比べて私は・・・

「・・・私が悪いの。ね? とにかくどこかに入ろう?」
「ああ・・・」

「それ、オレも一緒していい?」


 突然後方からかけられた声。

 驚いて振り向くと、思った通り怜二がいた。
 今日現れないのを不思議に思っていたから。
 やっぱり見てたんだ。
 笑っているけど・・・・・・目が怖い。

「なんだお前?」
「飯島怜二だよ。まりえさんと最近仲良くさせてもらってるんだ」
「はぁ?」

 洋介の目つきが鋭く変わる。
 でも、怜二は全く気にする様子もなくニコニコしながらまりえの腰を抱き寄せてくる。

「ちょっ・・・、怜二!?」
「分からない? オレもまりえさん好きなの、悪い虫は早めに退治しておきたいんだ」
「ふざけんなよ、まりえを離せ」

 地を這うような低い声。完璧に怒ってる。

「あはは、コワイ顔〜」

 ち、ちょっとぉ、何煽ってるの〜〜!?
 怖くて、口挟めない!

 だけど、私が何か言わないとこの場はおさまらないかもしれない。

「怜二は黙って。洋介、冷静になって私の話を聞いて」
「・・・・・・」

 ジロリと睨まれた。
 た、大変なことになってしまったわ・・・

 自分の数少ない恋愛経験などちっとも役にたたない。
 告白などされることは多かったが、好きになれる人間はいなかったから、今までつき合った人間は一人きり。

 まさか自分がこんな場面に遭遇することなど、今の今までまるで思いつきもしなかった。
 今も洋介に睨まれただけでパニックに陥り、自分の方が冷静でいられなくなっている。

「つ、つまりこうよ、仮にでも洋介と私はつき合ってる、そうよ! で・・・・・・なんだったかしら? ううん・・・あっ、そうそう、その後怜二に告白されたの、でもそれだけよ」

 ほ、ホントは微妙に違うけど、大体あってるわよね。
 しかし、その言葉に横から不満の声が挙がる。

「まりえさん、ひど〜いッキスまでした仲でしょ!」

 いや〜ッッ!!
 何でそんな事言いだすのッこの子は〜〜〜!!!

 洋介の眉がピクリと動くのを見てまりえは益々慌てた。

「そっ、それは無理矢理でしょう!? っていうか黙っててよ、話が混乱するから!」
「は〜い」

 そう言って、怜二はにやにやしながら余所を向く。


 ええと。

 だから・・・・・・・・・
 ・・・・・・もう・・・どう説明しろって言うのよ・・・

 殆どお手上げ状態でいると洋介の方が口を開いた。

「なんだか、仲いいんだな・・・・・・まるで姉弟みたいだ」
「それって挑発? いいよ、乗ってあげても」
「ちょっ、バカ! なに言ってるの、やめなさいよねッ!!」
「いいからいいから」

 怜二はにっこり笑った後、洋介に目を移す。
 それは信じられないくらい限りなく冷酷な目で───

 えっ・・・・・・・・・

 横から見ても、その表情は余りにも冷たくて、まりえの背筋は一瞬で冷たくなった。


「洋介サン? あのね、言っておくけどつき合ってるからとかそういうのでオレが引く理由にはならないから。恋愛は自由だし? まりえさん独身だし? まりえさんが誰を好きになってもあなたが縛る権利ないよね。まぁ、当然オレの事好きになるだろうけど」

「お前な、ガキが粋がるなよ? 突然現れて、どうせまりえの容姿に一目惚れでもしてつきまとってるんだろ? 年上の女性に憧れる年齢でもあるしな」

 怜二は、はぁ、とわざとらしくため息を吐いた。

「ちょっと自分が年上だからって優位に立てるとでも思ってるの? やだなぁ、年の差カップルなんて珍しくもないよ、たった5歳くらい何だって言うの?」

 怜二のしゃべり方は相変わらずいつもどおりの口調。


 だが、

 顔が・・・何より目が益々冷酷になっていく。

 そして体から発せられる空気みたいなものも、別人に思えるくらい凍り付いていた。


「容姿ねぇ・・・そう言えばフランス人形みたいだよね? あ、クォーターなんだっけ? おばあちゃんフランス人だもんね、ウンウン。でもさ、オレ顔なんて最初全然見てなかったなぁ・・・洋介サンこそそんなこと言うなんて、まりえさんの顔が好きなんじゃないの?」

「・・・な・・・」

「ま、どっちでもいいけど。とにかくオレはオレの邪魔をする人間は赦さないから」


 こんな目をした人間を初めて見た。

 コワイ。

 いつも自分を見ている目とは全く違う。


 その証拠に、洋介も怜二に何か異様なものを感じているのか、返答もできないでいる。

 ふ、と怜二は表情を崩しまりえを見た。
 それにビクリと震えたまりえを見て、初めて自分に向けられている目がどういったものか理解したようで、幾分雰囲気を和らげた。
 それでも、未だ彼にまとわりつく冷たい空気は残っていて、どんなに優しい顔をされても、それすらも恐怖に感じてしまう。


「そういうわけで、今日はまりえさん貰っていきますね?」


 口調だけは丁寧だった。
 だが、それは、有無を言わせぬといったもので、寸分の無駄もなくまりえを引き寄せさっさと歩き去っていった。

 まりえはただ、その流れに身を任せることしか出来なかった。





 一方その場に取り残された洋介は、冬だというのに額に汗が滲んでいる。

「なんだ、あいつ・・・・・・」

 それだけの言葉を発した頃には、既に二人の姿はなかった。








その3へつづく


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