オレは今、スゴクめんどくさい。
なんでかって言うと、今まで住んでいたところから引っ越すことになったからだ。
今度の家は、前の所よりも、更に大きくて、広いらしい。
何でそんなに大きくする必要があるんだろう?
家にいるのはいつも使用人とオレだけなのに・・・
学校も変わるけど、そんなのは大したことじゃない。
どうせ今までと何も変わらないと思う。
▽ ▽ ▽ ▽
新しい家に向かう時、公園の前をリムジンで通りかかった。
なんの変哲もない、小さな公園。
彼が目にとまったのはブランコで遊んでいる少年だった。
あんまりにも楽しそうなので、単なる気まぐれで車を降りることにした。
「怜二様、どうされましたか?」
「べつに、お前はここで待ってて。ちょっと行って来る」
「・・・あ、はい」
運転手は、自分の主人が公園に興味を持ったことに気づき納得した。
しかも、去っていく後ろ姿が心持ち楽しそうに見えたので、彼は微笑した後、車の中で本を読み始めることにした。
実際、怜二の心はいつもよりやや浮き足立っていたのかもしれない。
一直線に少年の遊んでいるブランコに進む。
「おい、お前、そこから降りろ」
怜二が命令すると、少年は訝しげな顔で彼を見てから口を尖らせると、プイッとそっぽを向いた。
「やだよ、あっちのに乗ればいいだろ」
そう、
他に空いているブランコはあった。
だが、怜二は少年のブランコに乗りたかったのだ。
楽しそうに漕いでいる、そのブランコに・・・・・・
少年は、そんな怜二には目もくれず、ひたすら高く高くブランコを漕ぐ。
その様子は、直ぐに怜二の心に火をつけた。
「降りろ」
ボソリ、と小さく呟き、少年を睨みつける。
全くもって我が儘としか言いようのない行動。
だが、彼のそのような様子は、幼いながらも相手を圧倒する力があるようで、大人でも一瞬怯むものだった。
少年にとってもそれは例外ではなかったらしく、漕ぐことをやめ、やがてブランコの揺れも小さくなっていく。
「・・・なんだよぉ・・・」
少年は、それでも気が強いのか、彼なりのプライドの為か、椅子から立ち上がることはしない。
怜二はそんな少年に、益々苛立ち、
「・・・えっ? あ、あ、わあぁっ!!」
何の躊躇もなく少年をブランコから落とした。
少年は頭から落ち、ぎゃあぎゃあと泣きわめく。
怜二はそれをうるさいな、といった様子で眺め、少年がそのままどこかへと消えていくのを感情のない目で見ていた。
公園には怜二一人だけとなった。
そして、先程まで少年が座っていたブランコに乗り、ゆっくりと漕ぎ始める。
・・・・・・・・・?
ちっとも面白く無いじゃないか───
あの少年が、何であんなに楽しげだったのか全く理解できない。
急につまらなくなって溜息を吐く。
こんな事に興味を持った事が馬鹿馬鹿しくなり、ブランコを降りようとした。
だが、そのとき、
1人の少女がさっきの少年を連れて、スゴイ勢いで駆け寄ってきたのだった。
「ウチの弟に何するのッッ!!!」
何だこの女?
「うるさいな、邪魔だからどけただけだろう?」
「なんですって!?」
言うと同時に、少女はもの凄い力でブランコから怜二を引きずり降ろた。
そして、次の瞬間・・・・・・
怜二の頬は赤く腫れていた。
「・・・っな」
「隣にも空いているブランコは有ったでしょう! 言い訳の余地なしよ!」
「な、殴ったな!!!」
「だから何だって言うの、男がそれくらいでピーピー言わないで頂戴。あなたみたいな子は一度誰かにガツンとやられなきゃ人の痛みが分からないのよ!! 今のは弟の痛みなんだから!!!」
「・・・・・・」
なんだよ、この女! 思い切りひっぱたいた!!
何だかわからないけど、顔が熱くなって泣きたくもないのに涙が溢れてくる。
「泣いて誤魔化さないで! 悪いのはあなたよ、さあ、やることがあるでしょう!」
「・・・?」
「分からないの? つくづく呆れるわね!! 謝るの!」
「あやまる!?」
「当たり前でしょう? 悪いコトしたら謝るのよ」
「オレは悪いことなんかしてない」
「あおいを落としたでしょう? これは立派な悪いこと! あなた最低よ!?」
「オレが・・・最低?」
「謝って!!! でないと反対の頬もひっぱたくから!」
・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・ごめん、なさい」
何という屈辱感だろう。
この女、後で絶対痛い目にあわせてやると本気で考えた。
しかし・・・・・・
次の瞬間その考えは一気に吹き飛ぶ。
少女が笑ったのだ。
それはまるで春爛漫、お花が沢山咲いたような気分。あったかくて綺麗で優しくて幸せだった。
「・・・・・・・・・」
少女はまだぐずっている弟の手を取り、怜二に向き直る。
「じゃあね」
バイバイと手を振り、背中を向ける。
行ってしまう、何か、なにか・・・
「名前、おしえて!!!」
少女は振り返り、少し首を傾げたがまた笑って答えた。
「湯河まりえ。バイバイ」
名前は聞かれなかった。
もう、会うことはないと思っていたのだろう。
だけど、自分の中には『湯河まりえ』という名前と、笑った顔がいつまでも離れなかった。
笑顔とは、あんなにも人を幸せに出来るのだと。
「怜二様、楽しかったですか?」
暫くして車に戻ると、運転手が本を片づけながら聞いてきた。
「・・・・・・うん」
その表情は、何とも幸せそうで、それを見た運転手は、普段殆ど笑わない幼い主人がこういう顔を見せるのは大変珍しいことだったので、喜びに満ちた表情をし、新居へ向かうべく車を発進させた。
怜二は新しい学校では、なんとなく笑顔を作るようにしてみた。
笑ってみれば、自分も幸せになれるような気がしたから。
けれど、それはあまり前とは変わらなくて。
変わったのは、周りの人間の自分への見方だった。
笑っているだけなのに、いい子だって言う。
本当は笑ってないのに、優しい子だって、オレのこと好きだって言う。
オレの言うこと何でも聞いてあげるって。
みんな、分からない。
オレのこと、分からないくせに、変なの。
それから、
『湯河まりえ』を調べてみた。
何が好きで、何が嫌いか、知りたかったから。
でも、大人に頼んで調べたものは、何だか思ったものとは違って、『湯河まりえ』というより、『湯河』っていう家そのものだった。
そんなのでは何だか満足しない。
そう言うのが知りたいんじゃないんだ。
オレは”彼女”について知りたいんだ。
だから、それからは自分の足で調べ、自分の手で彼女についての情報を得ることにした。
それらは、どれも鮮やかで、やっぱりあの笑顔の人だと思った。
彼女にとっての幸せってなんだろうって思う。
自分自身が、自分を取り巻く空気が空虚なほど、彼女がどんどん好きになっていく。
実際に目の前に行って会いたいし、触りたくて仕方がなかった。笑顔だけで、あんなに温かい気持ちになれるのに、彼女に触れたら、自分はどんなに幸せになれるだろう。
どうやったら、キミを手に入れられるんだろう?
オレはその時どうなっちゃうんだろうか・・・・・・
わからないことだらけだ。
なにもわからない、
だって、きっと彼女はオレを憶えてない・・・・
オレにとっては、世の中がひっくり返るくらいの出来事だったけれど。
彼女にとっては、日常のヒトコマで。
だから
オレのこと、忘れちゃってる。
・・・・・・たぶん、きっと、そうなんだ・・・・・・・・・