○番外編3○ 二人だけの空間(あおい編)







 思えば、物心ついた頃には、仕事のために両親があまり家に帰ってこなくて、いつも二人だけで過ごしてきたんだ。

 子供が外で遊んでいるのを母親が迎えに行く、そんな構図は他人の風景だった。
 オレの場合は、姉のまりえが迎えに来てくれた。

 優しくて、キレイで、誰から見ても羨ましがられるような姉の存在。

 ガキの頃はそれが嬉しくて。


 まりえ見たさにオレの家に来たがる周囲のヤツらに自慢したくて、あの頃は毎日大勢が家に詰めかけていた。
 その全ての存在に優しく接しながらも、オレだけは特別に扱ってくれる。



 あんなに嬉しいことはない。


 オレの全てを、寂しいなどと思わせることなく包み込んでくれた。





 だけど、いつの頃からだったろうか?


 とにかくまりえを誰の目にも触れさせたくなくて、家に友達を呼ぶことをやめた。


 オレ達は、ずっと二人だった。




 それの均衡が崩れ始めたのは、まりえが高校2年の時。


 同級生の男とつき合いだすようになってから、帰りが遅くなり、オレと二人でいる時間が急激になくなっていった。

 いつもオレは、家で一人きりになり、まりえが帰ってくるのを待つ生活になっていった。

 だけど、オレが許せなかったのは、相手の男の存在。

 まりえは、ソイツとつき合うようになってから、あまり笑わなくなったから。

 最初の頃はとても嬉しそうだったのに、段々と辛そうになっていくのが見ていてすぐに分かった。
 オレは、ソイツとつき合うのはまりえにとって、絶対良いことの筈がないと思ったから、かかってきた電話はオレが取る限り、まりえはいない、と告げ、取り次ぎを一切しなかった。


 それでも、まりえの表情は一向に明るくならない。

 だから、

「そんなヤツとなんか、別れちゃえばいいんだ!」

 そう言ってやったことがあった。

 どうしてなんだろう?
 どうして、苦しいのに一緒にいるんだろう?

 全く分からなかった。




 そして、

 忘れもしない、あの日・・・・・・



 家に帰ってきたまりえの顔色は最悪で、今にも倒れてしまうんじゃないかってくらいフラフラしていた。
 オレが話しかけても相槌一つ打ってくれないし、瞳は宙をさまよったままどこを見ているのかわからない。



 まりえは人形になってしまったのだと思った。



 そのまま何日も学校に行くことはなくて、オレは妙な不安を覚えて一緒に学校を休んだ。
 何度かまりえの学校の友達が家に来たけど、面会謝絶にして誰も家に入れなかった。



 人形になってしまったまりえは、何も喋らない。

 何も聞かない。

 何も見えない。



 このままでもいいかなって、ちょっとだけ思った。
 だって、そしたらずっとオレの側に置いておけるから・・・・・・




 だけど、オレは人形のまりえより、笑ってるまりえの方が何倍も好きで。


 一生懸命話しかけて、ごはんを食べようとしないまりえの口に食べ物を流し込み、オレの存在を思い出してくれるようにと、毎日二人で手をつないで一緒に眠った。

 何日かして、まりえの口がオレの名前を呼んだとき、オレは嬉しくて泣いた。
 それを見て、まりえも泣き出したから、二人してわんわん泣いた。



 まりえは、

「置いていっちゃた・・・、置いて行かれちゃった・・・・・・、どうしてどうして? 好きなのに、こんなに好きなのは、私だけだった・・・っ・・・」

 そんな言葉を、何度も何度も繰り返してた。


 それを聞いて、オレはまりえの恋は終わったんだと確信した・・・




 もう、恋なんかしなくていい

 これからはオレが守ってやるから・・・


 オレに守らせて欲しい


 強くなるから

 まりえを守っていけるくらい強くなるから




 そう思って暮らしてきた。


 まりえの方も、誰に心奪われることもなく、また前のように平穏な二人きりの生活が戻っていった。





 なのに、まりえに、また男ができた。

 その男はオレも知っているヤツで、まりえよりも5歳も年下。
 ソイツは元々気にくわなかった存在だったから、余計に神経を尖らせる。


 冗談じゃない、あんなヤツにまりえを守れるわけがない。



 けれど、前以上に恋することに夢中になっていくまりえ

 どうしてなんだ?
 もう、二度とあんな思いはさせたくないんだよ

 オレがたくさん愛してるから、それでいいじゃないか


 それじゃ、だめなのか?




「あんなヤツ、どこがいいんだ?」

 そう聞いたとき、まりえは嬉しそうに笑って言った。

「わからないけど、好きなのよ」



 相手の男にも言ってやった。

「いい加減別れろよ、まりえはオレだけいれば充分なんだから」


 ソイツは、楽しそうに笑って、

「じゃあ、二人でまりえさん、守っていこうか?」


 オレが怒ると、

「いつも笑っていられるように、ずっと側にいるから大丈夫だよ」

 目を細めながらそんなことを言い出す。




 そんな言葉信じるはずがない。

 ないけど・・・・・・
 前と違って、まりえがいつも笑っているのは確かだった。


 毎日、とても幸せそうにして・・・

 それは、ヤツが言ったとおりで。




 けれど、それでも、オレは一番近くでまりえを見ていきたいと思う。


 もう、人形になんてならないように、


 いつも幸せでいられるようにと・・・・・・





 オレは、

 今でも思うときがあるんだ。




 二人だけの空間、あれが永遠のものだったら良かったのにと───













▽  ▽  ▽  ▽


「あおいー、ちょっと今手が離せないの、お客様が来たみたいだから出てあげて」

 ぼんやりした意識のなかでまりえの声に急激に目が覚める。
 周囲を見渡しながら、リビングのソファの上でうたた寝をしていたことを自覚する。

 そういえば、さっきからチャイムの音がしつこく鳴ってるな。

「お願い〜」

 まりえは、というと、エプロン姿で何か料理を作っていて忙しそうだ。
 昼飯が楽しみだ、と思いながら、立ち上がり、

「美味しそうな匂いだね」

 そう言いながら、玄関へと向かう。
 キッチンの方でまりえの嬉しそうな笑い声が聞こえた。

 それにしても、しつこいチャイム。まるでイタズラしているかのように、ピンポンピンポンと・・・


「うるせぇな、一回鳴らせば分かるんだよっ、新聞の勧誘ならお断り・・・」
「やっほ〜、あおいのお出迎え〜? オレは出来ればまりえさんのアツイ包容でお出迎えして欲しかったなぁ」

「げぇっ、何でオマエがウチに来るんだよっ!?」

 天敵、飯島怜二!
 オレは一気に戦闘モードに突入だ。
 だが、相変わらずにこやかにソイツは笑顔を振りまいている。
 ウソもんの笑顔に決まってるが。

「まりえさんに、招待されたんだ〜。おじゃましま〜す♪」

 オレが上がっていいとも言わないのに、ズカズカと図々しく上がり込むその態度。
 全く礼儀がなってないと思う。

「怜二、いらっしゃい。もうすぐお昼の用意できるから待っててね」
「わぁ、いい匂い〜スッゴイ楽しみ」
「まりえっ、何でコイツが来るんだよっ! オレ聞いてねぇし」

「・・・あら? そうだったかしら・・・でも、いいじゃないっ、学校でも仲が良かったんですってね二人とも」

 はぁ!?
 いつからオレとコイツがオトモダチなんだよ!?

「冗談じゃ・・・」
「そうそう、もぅね、ア・ウンの呼吸なの。”ツーカー”の仲なんだよね〜。オレ出来れば、卒業したくなかったよ〜」

 オイ。
 何言ってんだ、コイツ?

 ・・・・・・良く言うぜ、大学生になったって言っても、付属なんだから高校と同じ敷地内にあるじゃんか。
 オレは見かけることは無いけど、ウワサだけは、相変わらず聞こえる。

 飯島先輩がごはん食べてた、だの。

 飯島先輩が歩いてた、だの。

 飯島先輩が笑ってた、だの。


 生きてりゃどれも大概するもんだ、なんでそんなことがウワサになるのか理解不能。



 大体、オレとしてはせいせいしてるんだ。

 コイツが高校にいた頃は、休み時間とか昼休みとかしょっちゅうオレの所に押し掛けて来やがって。
 お陰で、目立ちたくもねぇのに注目浴びまくって大迷惑だったんだ。


「まりえ、どうせコイツ大学でまた女をはべらせてるんだと思うよ? こんなヤツやめとけよ」

「・・・女をはべらせる?」
「そうそう、高校の時なんて、凄かったんだから」

 下らないファンクラブなんかあったりして、
 別に誰ともウワサになんてなってないけど。

 その言葉は、あえて言わない。

 オレの台詞にまりえがちょっと機嫌を悪くしたのか、ヤツを睨んでいる。

 ヤツは、頬を膨らませながら、

「・・・あおい〜、そういうワザと勘違いさせるようなこと言っちゃダメだよ〜。もぅ、まりえさんも、オレがまりえさんしか好きになれないって分かってるのにそんな言葉に耳をかすなんてヒドイでしょ?」

「・・・・・・あ・・・ごめん、ね」
「わかってくれればいいよ、でも、嫉妬でしょ今の? 嬉しいなぁ」

 頬を染めながら謝るまりえに、嬉しそうなヤツの顔。


 ここにいるのは3人。
 なのに、空気は二人の世界。




 ああああああっ、ちくしょ〜〜〜〜〜っ!!!



 オレの息が止まらぬ限り、この心臓が動き続ける限り、何がなんでもコイツを天敵と決めた!!!



 絶対絶対、おまえの思い通りになんてさせないからな!!!

 覚悟しろ、飯島怜二!




 とにかく今は、オレの存在を思い出してくれっ






【怜二編】へつづく


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